「親分、お願いがあるんだが」
ガラッ八の八五郎は言いにくそうに、長い
「またお小遣いだろう、お安い御用みたいだが、たんとはねえよ」
銭形の平次はそう言いながら、立上がりました。
「親分、冗談じゃない。||またお静さんの着物なんか
八五郎はこんな事を言いながら、泳ぐような手付きをしました。うっかり金の話をすると、お静の頭の物までも曲げかねない、銭形平次の気象が、八五郎にとっては、嬉しいような悲しいような、まことに変てこなものだったのです。
「馬鹿野郎、お
「へッ、勘弁しておくんなさい||今日は金じゃねえ、ほんの少しばかり、智恵の方を貸して貰いてえんで」
ガラッ八は
「何だ。智恵なら改まるに及ぶものか、小出しの口で間に合うなら、うんと用意してあるよ」
「大きく出たね、親分」
「金じゃ大きな事が言えねえから、ホッとしたところさ。少しは付き合っていい心持にさしてくれ」
「親分子分の間柄だ」
「馬鹿ッ、まるで
「親分の智恵を借りてえというのが、外に待っているんで」
「どなただい」
「大根畑の左官の
「うん||知ってるよ、あの酒の好きな、六十年配の」
「その伊之助親方の娘のお
ガラッ八はそう言いながら、入口に待たしておいた、十八九の娘を招じ入れました。
「親分さん、お邪魔をいたします。||実は大変なことが出来ましたので、お力を拝借に参りましたが||」
お北はそう言いながら、浅黒いキリリとした顔を挙げました。決して綺麗ではありませんが、気象者らしいうちに
「大した手伝いは出来ないが、一体どんな事があったんだ、お北さん」
「他じゃございませんが、私の弟の
「幾つなんで」
「五つになったばかりですが、智恵の遅い方でまだ何にも解りません」
「心当りは捜したんだろうな」
「それはもう、親類から遊び仲間の家まで、私一人で何遍も何遍も捜しましたが、こちらから捜す時はどこへ隠れているのか、少しも解りません」
お北の言葉には、妙に
「捜さない時は出て来るとでも言うのかい」
「幽霊じゃないかと思いますが」
賢そうなお北も、そっと後ろを振り向きました。真昼の明るい家の中には、もとより何の変ったこともあるわけはありません。
「幽霊?」
「
「その弟さんが?」
「え」
「おかしな話だな、本物の弟さんじゃないのか」
「いえ、乙松はあんな様子をしているはずはありません。芝居へ出て来る
お北は気象者でも、迷信でこり固まった江戸娘でした。こう言ううちにも、何やら
「そいつは気の迷いだろう||物は言わなかったかい」
「言いたそうでしたが、何も言わずに見えなくなってしまいました」
「フーム」
平次もこれだけでは、智恵の小出しを使いようもありません。
「私はもう悲しくなって、いきなり飛出そうとすると、父親が||あれは狐か狸だろう、乙松はあんな様子をしているはずはないから||って無理に引止めました。一体これはどうしたことでしょう、親分さん」
弟思いらしいお北の顔には、言いようもない悲しみと不安がありました。七日の間、相談する相手もなく、何かと思い悩んだことでしょう。
「お袋さんは?」
「去年の春五十八で亡くなりました。||それから
「
「拾った子なんです」
「そうか||それで親方は
「でも、私が小さい時なんかとは比べものにならないほど可愛がっていました。今度だって口では強いことを言っても、お酒ばかり呑んでいるところを見ると、心の中では、どんなことを考えているか判りゃしません」
お北の言葉で、次第に事件の
「その子の本当の親元はどこなんだい」
と平次、これは
「それが解りません。五年前の夏、天神様の門の外で拾って来た||と言って、
「伊之助親方は知っているだろうな||八、こいつは一向つまらない話らしいぜ、
平次は黙って聴き入る八五郎を顧みます。
それから二日目、平次が新しい仕事に喰い付いていると、気のない顔をしてガラッ八は、帰って来ました。
「何をニヤニヤしているんだ、乙松の行方が解ったのか」
と平次。
「面目ねえが、何にも判りませんよ」
「それが面目のない
「これでもせいぜい
「何が可怪しい」
「二日二た晩、伊之助親方と呑んでいたんだが、酒ならいくらでも呑ませるくせに、あの話となるとどうしても口を開かねえ、あんな頑固な
「放っておくんだな、幽霊退治はもうたくさんだ」
「でもお北坊が可哀想ですよ、母親の亡くなった後は、身一つに引受けて世話をしたんで、泣いてばかりいますよ」
「いやにお北の事となると思いやりがあるんだね」
「冗談でしょう、親分」
そう言いながらもガラッ八が
「だって、乙松は殺された様子もなく、肝腎の
「でも親分は、智恵なら貸すはずだったじゃありませんか」
「
「············」
「なア、八、こいつは伊之助親方が承知の上でしている事なんだ。乙松は生みの親の手許に帰って、伊之助は
「だって親分」
「たぶん馴合いの若いのが、親の許さない子を生んでよ、始末に困って捨てたんだろう。後で親が死ぬか何かして、幸い子供の拾い主も判っているから、金をやって取戻したのさ||この筋書に
「············」
八五郎は少し
がそれから三日目、江戸の初夏が次第に
「親分さん、
「どうした、お北さん」
「死んでいるんです」
「何?」
「
「
「いえ、斬られているんです」
「何? 人手に掛ったのか||そいつは大変ッ」
平次は立上がって支度をしております。
「ね、親分、だから言わないこっちゃねえ」
とガラッ八。
「殺されるのが判りゃ俺は占いを始めるよ。文句を言わずにお北さんと一と足先に行くがいい」
「それでは親分さん」
二人は飛んで行きました。
平次はなんとなく苦い心持でした。八五郎へはポンポン言いましたが、せめて三日前に乗出して、伊之助を警戒していたら、命までは
||よしッ、あの娘のために、一と肌脱いで、
大根畑の伊之助の家へ着く頃までには、何遍も、何遍も、自分へそう言い聞かせているのでした。
伊之助は少し変り者で、あまり付き合いがなかったものか、この騒ぎの中にも、集まっているのはほんの五六人、叔母のお村が采配を
奥といったところで、たった二た間の狭い家、手習い机の上に線香と水を並べて、伊之助の死骸は、その前に転がしたというだけのことです。
「親分さん、この通りの姿になりました。敵を討って下さい」
気象者らしいお北も、急にこの世へたった一人残されたと判ったように、
「凄い手際ですね、親分」
ガラッ八は後ろから首を長くしました。
「
平次も何となく暗い心持でした。町方の御用聞の平次には、自分では指もさせないだけに、武家の切捨御免が
「辻斬りでしょうか」
「いや、||辻斬りが死骸を家まで持って来るはずはない」
「
八五郎は日頃平次に仕込まれた通り、一応常識的な疑いを並べます。そのくせ腹の中には、そんな手軽なものじゃあるまいといった、直感らしいものが根を張っているのです。
「何にも
涙の隙からお北は言います。
「八、財布の中を見てくれ」
八五郎は
「これは
「親方はもう六十だろう、迷子札は
小判形には出来ていますが、よく見ると
左官伊之助倅 乙松
「
「何? 乙松の迷子札?||やはり子供は承知の上で返したんだね」
平次の言うのは
「親分さん、それは、昨夜私が入れてやったんですよ」
お北は変な事を言い出しました。
「何? そいつは話が違って来るぜ。
「いえ、
「どこへ行ったんだ」
「
お北はその時の事を思い出したらしく、また新しい涙に濡れます。
「近いな」
平次は独り言のように言って、それからいろいろと調べましたが、その上はなんの手掛りもありません。
叔母のお村は四十七八、伊之助には義理の妹で、お北の知っているほども、事情を知らず、家の中は出来るだけ捜してみましたが、文字の読めない伊之助は、書いた物というと、毛虫よりも嫌いだったらしく、大神宮様の御札と、仏様の
「捨てられたとき着ていたという、白羽二重の
平次にとっては、これが最後の手掛りでした。
「その後は見たこともありません、多分||」
お北は涙を押えて、淋しく頬を
「こうなると五年の月日は短いようで長いな、証拠らしいものは一つも残らない」
その日のうちに、鼻の
「親分、||いいことを聞出しました」
「何だい」
八五郎が神田へ帰ったのは、もう夕暮れでした。
「伊之助があの晩家から出るとすぐ、近所の居酒屋へ飛込んで、一杯引っかけながら、これから金儲けに行くんだ||って言ったそうですよ」
「
「酒は好きだが、勝負事は嫌いだったそうで、たぶん大きな仕事でも
「仕事の請負に、迷子札を持出す奴はないよ。八、こいつは面白くなって来たぜ」
「ヘエ」
八五郎は無関心ですが、平次の態度は急に活気づいて来ました。
「俺はだんだん判って来るような気がする。伊之助は悪い男じゃないが、酒が好きで、仕事が嫌いだから、五年前
「············」
「あれを持出されると困る筋があるのを承知で、乙松の本当の親へ
「見て来たようだね、親分」
「物事はこう組み立てて考えるのが一番手っ取り早く解るよ」
平次の異常な想像力は、その鋭い理智を
「それだけ解りゃ、相手が突き止められそうなものじゃありませんか、親分」
「もう一と息だよ||お前御苦労だが、伊之助の出入りしているお
平次は一歩解決へ踏込みます。
「でも
「大嘘だよ||捨児とでも言っておかなきゃア、世間の口がうるさかったのさ。迷子札を持って、半刻で
「なるほどね||ついでに斬られた場所も解るといいが||
「そいつは考えない方がいい、たぶん屋敷の中でやられたろう」
八五郎は飛んで行きましたが、得意の耳と鼻を働かせて、二た刻ばかり
「親分、判りましたよ」
「おそろしく早いじゃないか」
「お北さんが万事心得てましたよ」
「なるほどね」
ちょいと、からかってみようと思いましたが、若い娘の口を重くするでもないと思って、
「親分さん||
お北は父のかわりに帳面をやっていたので、よく知っております。
「その中で五年前にお産のあった家は?」
「八五郎さんでは、
「取上げたのは?」
「黒門町のお
お北の説明はハキハキしております。が、それだけの事情はよく判っても、それが乙松の
「吉田一学様のところで、生れた赤ん坊を入れ換えたんじゃありませんか。何かわけがあって、娘の産んだ子を伊之助に育てさせ、他の子を産んだ事にして、園山若狭様の跡取りにしたといった筋書は
ガラッ八は一世一代の智恵を絞ります。
「狂言にはなるが、本当らしくないな||五年
「真っ向から当ってみましょうか」
「俺もそれを考えているんだ、危ない橋を渡ってみるか」
「危ない橋?」
「
平次は何を思い立ったか、淋しく笑います。
「御免下さいまし」
「誰じゃ」
御徒士町の吉田一学、
「御用人様に御目に掛りとうございますが」
「お前は何だ」
「左官の伊之助の弟||え、その、平次と申す者で」
「もう遅いぞ、明日出直して参れ」
お勝手にいる
「そうおっしゃらずに、ちょいとお取次を願います。御用人様は、きっと御逢い下さいます」
「いやな奴だな、ここを何と心得る」
「ヘエ、吉田様のお勝手口で」
どうもこの押し問答は平次の勝です。
やがて通されたのは、内玄関の突当りの小部屋。
「私は用人の
六十年配の穏やかな
「ヘエ、私は左官の伊之助の弟でございますが、兄の
「遺言?」
老用人はちょっと眼を見張りました。
「兄の伊之助が心掛けて果し兼ねましたが、一つ見て頂きたいものがございます。||なアに、つまらない迷子札で、ヘエ」
平次がそう言いながら、懐から取出したのは、
色の浅黒い、苦み走った男振りも、わざと狭く着た
「それをどうしようと言うのだ」
「へ、へ、へ、この迷子札に書いてある、
「············」
「どんなもんでございましょう」
「しばらく待ってくれ」
待つこと
どこから槍が来るか、どこから鉄砲が来るか、それは全く不安極まる
「大層待たせたな」
二度目に出て来た時の用人は、何となくニコニコしておりました。
「どういたしまして、どうせ夜が明けるか、斬られて死骸だけ帰るか||それくらいの覚悟はいたして参りました」
と平次。
「大層いさぎよい事だが、左様な心配はあるまい||ところで、その迷子札じゃ。私の一存で、この場で買い取ろうと思う、どうじゃ、これぐらいでは」
出したのは二十五両包の小判が四つ。
「············」
「不足かな」
「············」
「これっきり忘れてくれるなら、この倍出してもよいが」
武兵衛はこの取引の成功を疑ってもいない様子です。
「御用人様、私は金が欲しくて参ったのじゃございません」
「何だと」
平次の言葉の予想外さ。
「百両二百両はおろか、千両箱を積んでもこの迷子札は売りゃしません||乙松という倅を頂戴して、兄伊之助の後を立てさえすれば、それでよいので」
「それは言い掛りというものだろう、平次とやら」
「············」
「私に免じて、我慢をしてくれぬか、この通り」
後閑武兵衛は畳へ手を落すのでした。
「それじゃ、一日考えさして下さいまし。
平次は目的が達した様子でした。迷子札を懐へ入れると、丁寧に
「園山若狭様は一千五百石の大身だ。殿様は御病身で、世捨人も同様だというが、あの弟の勇三郎というのがうるさい。うっかり町方の御用聞が入ったと判ると、どんな眼に逢わされるかも知れないよ、用心するがいい」
「大丈夫ですよ、親分」
ガラッ八は探りにかけては名人でした。とぼけた顔と、早い耳とを働かせて、いつも平次が及ばぬところまで探りを入れます。
「俺はもう一度吉田一学様の屋敷を、外から探ってみる」
二人は手分けをして、それから丸一日の活躍を続けたのです。
日が暮れると、神田の平次の家へ、平次も八五郎も引揚げて来ました。お北は事件の成行きを心配して家を叔母のお村に頼んだまま、昼からここで待っております。
「親分、ひどい目に逢いましたぜ」
ガラッ八はよっぽど驚かされた様子で、報告も忘れてこんな事を言うのでした。
「殿様の弟の勇三郎に見付かったろう」
「いえ、||あれは猫の子のような人間で、屋敷の中へ
「ハッハッ、そいつはよかった」
「よかアありませんよ。あんな無法な人間をあっしは見た事もない||玄関側から、木戸を押して、奥庭へ入りかけると、いきなり、コラッピカリと来るじゃありませんか。コラッは
「
「解るの解らねえのって、
「そんな事はどうでもいい」
「ところが、それが大事なんで||殿様は三年越しの御病気、少々気が変だということですが、とにかく寝たっきり、奥方の百枝様はまだ若いし、若様の鶴松様は五つ、家の中は、ニヤリニヤリの勇三郎||こいつは殿様の弟で、三十二三のちょいと
「············」
「ところが、十二三日前、若様の鶴松様が、晩の御食事の後で急に腹痛を起し、一度は引付けなすったが、金助町では手が届かないというので、
八五郎の報告はざっとこの通りでした。
「その鶴松という坊っちゃんは、以前と少しも変らないのか」
「弟の勇三郎様が言うんだから、ウソではないでしょう」
「顔も、物言いも||」
「多分そんな事でしょう」
八五郎の話はこれで全部です。
「親分の方はどうでした」
「俺の方はさんざんの
「ヘエ||」
ガラッ八は少し
「でも、それで見当だけは付いたよ。今晩こそ、お北さんの
「············」
どんな成算が平次にあるのでしょう。
その晩
「平次、迷子札はどうした。||いろいろ相談をした上、三百両で引取りたいと思うが、どうだ」
今晩は打って変って奥の広い部屋へ通した上、隣の部屋には二三人の人が居るらしく、何となく改まった空気です。
「御用人様||いろいろ考えましたが、どうも金ずくでお渡しは相成り兼ねます」
「フーム」
「兄伊之助が心に掛けた倅乙松を御渡し下さるか||」
「左様な者は一向知らぬと申したではないか」
「では、御当家に御泊りの、園山様若様、鶴松様に、この北と申す
平次は畳に両手を突いて、ピタピタと話を進めました。明るい
「これこれ左様な馬鹿な事を申してはならぬ。鶴松様はもう御休みじゃ」
「では致し方がございません、このまま引取ることといたします」
平次は一歩も引く色はなかったのです。
「平次」
「ハイ」
「物事は程を越してはならぬぞ」
「存じております」
「致し方もないことじゃ」
「············」
後ろの
「平次、覚悟せい」
凄まじい殺気、
「お、石沢左仲様」
「存じておるか」
「そう来るだろうと思ったよ」
「何を言う」
一方からは後閑武兵衛、これは羽織だけ脱いで、一刀を引抜き、逃げ路を
「これくらいの事が解らなくて飛込めると思うか、いや、御両人、御苦労千万な事だ」
平次は後ろにお北を
「無礼だろう。身の程も顧みず、
石沢左仲の槍先は、灯にキラリと反映しながら、ともすれば平次の胸板を襲うのでした。
「御冗談でしょう。そんなものに刺されてたまるものか||ね、御両人、よっく聞いて貰いましょう。話は五年前だ。御当家から園山様へ縁付かれた百枝様が、御里の御当家に帰って
「えッ」
平次の言葉は、二人の用人を仰天させました。
「世にいう畜生腹、これが
平次がここまで説き進むと、
「黙れ、その方ごときの知った事ではないぞッ」
石沢左仲の槍は、ともすれば平次の口を
「どっこい待った。あっしを殺せば、
「············」
平次の言葉は、石沢左仲の
「話はそれから五年目だ||手っ取り早く言えば、園山家の
石沢、後閑両用人の顔色の凄まじさ。
平次はなおも、
「鶴松君はその場で死んだが、奥方と御用人は重態と言いふらして、御里方に遺骸を運び、五年前から伊之助の子になって育っている乙松を、伊之助から取上げ、お顔が瓜二つというほど似てるのを幸い、鶴松君
「············」
「乙松様が、伊之助とお北を恋しがってむずかるので、夜中連れ出して、大根畑の伊之助の家を覗かせたこともある。が、その後伊之助はもう少し金が欲しくなり、残しておいた迷子札を持って、
「············」
平次の明智は、
「さア、どうしてくれるんだ。このお北には親の
平次の追及のますます猛烈なのを聞くと、後閑武兵衛は刀を納めました。
「平次とやら、いちいち
「············」
「この一
「後閑様、そうおっしゃるとお気の毒ですが、御大身の直参も御家が大事なら、左官の伊之助も自分の家や命が大事じゃございませんか」
「············」
「まして五年越し若様を養育した上、虫のように殺されちゃ浮び切れません。娘のお北の心持は一体どうしてくれるんで」
「相済まぬ」
「相済まぬ||で親を殺された者の心持は済むでしょうか。ね、御用人、人間の命には、大名も職人も変りはありませんよ」
「············」
「龍の口へ訴え出ると申したのは、決して
平次は少しも
「平次とやら、その方の言葉はいちいち胸に
石沢左仲、手槍を投げ捨てると、畳の上にどっかと坐りました。癇癪持だけに、生一本で正直者で、思いつめると待てしばしがありません。
「石沢氏」
驚いたのは後閑武兵衛でした。
「いかにもお北に討たれてやろう。命は
「············」
「勇三郎様は
石沢左仲の言葉は、一つ一つが血の涙のようでした。いつの間にやら正面の
「親分さん、引揚げましょう、||
お北も泣いておりました。勝気でも
「よしよし、お北さんがそう言うなら、あっしは事を好むわけじゃねえ。忠義な人達に免じて今晩は帰るとしよう||そのかわり、このお北を、金助町のお屋敷へ引取って、若様のお側へ置いてやって下さい」
「それはもう、言うまでもない、お北とやらここへ来るがよい」
美しく気高い百枝がさし招くと、お北はもう、前後も忘れて、乙松の側へ飛んで行きました。
「
「
抱き合う二人、言葉とがめをするのも忘れて、百枝は
*
「親分、
大むくれのガラッ八に迎えられて、
「討ちかねたよ。見事に返り討さ、武家は苦手だ。町方の岡っ引なんか手を出すものじゃねえ」
平次は苦笑しております。