「八、あれを
「ヘエ||」
「逃がしちゃならねえ、相手は
「あの七つ下がりの浪人者ですかい」
「馬鹿ッ、あれはどこかの手習師匠で、仏様のような武家だ。俺の言うのは、その先へ行く娘のことだ」
「ヘエ||、あの美しい
「静かに物を言え、人が聞いてるぜ」
銭形の平次と子分のガラッ八は、その頃繁昌した、
「ガラッ八、よく見ておくんだよ、心得のために話しておくが||」
「ヘエ||」
平次は一段と声を落しました。
「武家はちょいと怖い顔をしているが、よくよく見ると顔の造作の刻みが深いというだけのことで、まことに人相に毒がねえ、||牙のある獣に
「ヘエ||、するとあの美しい娘が悪人てえ証拠は?」
「あの娘と擦れ違ったとき見ると、
「それは、あっしも見ましたよ。あれは徳蔵稲荷の門前で売っていますね。素焼きのお狐に泥絵具を塗って、一つが十二
「それだよ、そのお狐を若い女が袖に忍ばせているのも
平次はいつの間に拾ったか、
「いつの間に拾いなすったんで、早業だね、親分は?」
「馬鹿、静かに物を言え、往来の人が顔を見るじゃないか、||ところで、女が物を落すと、どんなに忙しい時でも大抵踏み止まって一応は拾い上げるものだ。そして、役にも立たないことだが||
「お狐を
「解ったか、八、あの女は馬鹿か豪傑か、でなければ腹の中に容易でない屈託があるんだ。それも並大抵のことではない、女が願い事が叶うという
平次の明察は、すっかりガラッ八を景気付けました。
「ね、親分、この仕事をあっしに任しちゃ下さいませんか」
「何だと」
「八五郎の手柄初めに、根こそぎ洗い出してみせましょう」
「大丈夫か、ガラッ八」
「大丈夫かは心細いな」
「············」
「第一、あんな吹けば飛ぶような新造を、銭形の平次親分とその一の子分の八五郎とで
「それもそうだな。万に一つの間違いはあるまいが、あの娘を見失っちゃならねえよ。俺は徳蔵稲荷へ行って、お前の帰って来るのを待っているから」
「
「ドジを踏むな、相手が綺麗な新造だと思うと間違いだぞ」
「だ、大丈夫||」
ガラッ八は平手を
平次が徳蔵稲荷へ行ってみると、果して思いもよらぬ大事件が待ち構えておりました。
神様にも
「あッ、銭形の親分、ちょうどいいところで」
町の口利きらしいのが、顔見知りと見えて、袖を引かぬばかりに案内してくれます。
「どうなすったんです、これは?」
「大変な間違いがありましたよ、あれを見てやって下さい」
指したのは、ささやかな玉垣の下。
「あッ、これはひどい」
銭形の平次も思わず声を立てました。
人の死体や、残酷な場面は、嫌いだといっても随分たくさん見て来た平次ですが、まだ、こんな変ったのは見たこともありません。
真新しい紅白の鈴の緒で縛り上げられた中年者の男が、二た突き三突き、
「銭形の親分、この通りだ。これは
「ヘエ||、大変な事をする奴もあるものですね。玉垣の前で堂守を殺すなんて、随分
平次はそう言いながら、一と通り死体を
もっともまだ人通りも少ない時分で、死体は玉垣の横手の方にあったのですから、夜が明けたといっても一と
役人の見える前に、平次は忙しく四方を探しましたが、
「ハテ||」
銭形平次ほどの者も、思案に余って
そのうちに、徳蔵稲荷の前は野次馬で一パイ。
「仁三郎が殺されたとよ」
「あんな仏様みてえな人間を殺す奴は、どんな野郎だろう」
「それに玉垣まで血で
こんな噂を平次はジッと聴いておりました。この事件には、余程深い奥がありそうです。やがて平次は、門前の
「十八九の美しい新造が、この
「ヘエ、そんな事もありましたでしょうが、なにぶん毎日二三十ずつ売れるお狐様ですから、はっきり覚えちゃいません。場所柄で
土産物屋のお
「ちょいと、お兄イさん」
不意に、本当に不意に娘は立ち止まりました。お屋敷風とも町家風ともつかぬ、十八九の賢そうな
「············」
不意討を喰らって、ガラッ八は往来の真ん中に立ち
「私の家はここよ、後を
「ヘエ||」
「何て間抜けな
「あッ」
虹のような
「あッ、いけねえ」
路地へ飛込んだがもういけません。中は
「畜生め」
大きく舌打を一つ、せっかく引受けた大仕事を
「この武家を
勝手な独り言を言いながら、少しやり過して、
「どっこい、今度は逃さねえぞ」
浪人者の
「これこれ町人」
「ヘエ、ヘエ」
「先ほどから
「とんでもない」
「
カンラカラカラと笑い飛ばすと、刻みの深い物凄い顔の
「ヘエ、あっしは悪い人間じゃございません」
「そうだろう。その方の人相は、どう買い被っても悪人という相じゃない。鼻が
「ヘエ||」
「悪人はもう少しノッペリして凄味があるな」
ガラッ八もうすっかり面喰らってしまいました。
「親分もそんな事を申しましたよ、あの御武家は、ちょっと凄い顔をしているが、きっと仏様のような方に相違ないって||」
「仏様は少し嫌だな、まあいい、ところで何の用事で拙者の後を跟けた、返答によっては許さんぞ」
「決して旦那の後を跟けたわけじゃございません。先刻旦那の前へ行った、あの綺麗な新造が、どこへ行くかと思って、ちょいと、その||」
「馬鹿野郎」
「ヘエ||」
「お前のような馬鹿がいるから、若い娘が一人歩きも出来ないのだ。今日だけは見逃してやる、さっさと帰れ」
「ヘエ||」
ガラッ八は全くさんざんな敗北でした。二三町スッ飛んで、浪人者が路地の中へ消えるのを待って、近所の酒屋で聞いてみると、
「あの浪人者は、手習子を集めて、師匠をしているでしょうね」
「いいえ、そんな話は聞きませんよ。身寄りも
「しめたッ」
ガラッ八は、それだけ聞くと、横っ飛びに徳蔵稲荷へ駆け付けました。娘を見失ったのは、何といっても大失策に相違ありませんが、その代り、あの浪人者を手習師匠と鑑定した、親分平次の失策も
徳蔵稲荷の前へ帰って来ると、黒山の人だかり。
「ハイヨハイヨ」
野次馬を分けて入ってみると、玉垣の下、紅白の鈴の緒で縛られた堂守の死体を前に、銭形平次は腕を
「親分、これはどうした事です」
「おお、八か、あの娘はどうした」
「
「何? 見失った? 馬鹿野郎ッ」
「その代り親分、あの浪人者は手習師匠でないってことまで突き止めて来ましたぜ」
「そんな事を誰が頼んだ、馬鹿ッ、向うへ行ってしまえ」
「ヘエ」
ガラッ八は、まことに滅茶滅茶です。
徳蔵稲荷の堂守殺しは、それっきり下手人が判りませんでした。銭形の平次は身一つに引受けて、いろいろ探索の手を費やしましたが、何としても解りません。
仁三郎は全くの一人者で、金も係累も、人に怨みを買う覚えもなく、その上、
しかしこの時代の迷信深い野次馬が、お稲荷様の拝殿の鈴を隠すというのも受取れないことです。
さては、鈴を盗むためであったか||
フト平次はそんな事を考えました。しかし、
それにつけても、あの娘を逃がしたのは、何という手ぬかりでしょう。子分思いの平次もこの時ばかりは、ガラッ八に半日も物を言いませんでした。袖の
最後に残る手段は、鈴の行方を調べることです。平次はその日のうちに、あらゆる子分を駆り集めて、
「親分の眼鏡は曇らねえ、確かにありますぜ」
第一に飛び込んで来たのはガラッ八。
「何があったんだ」
と平次、さすがに腰が上がります。
「近頃下谷中の古道具屋から、鈴を買い集めた者があるって言いますぜ」
「本当か、八」
「本当か||は情けねえ、この足で歩いて、この耳で聞いたんだ。間違いっこはねえ、その上、堂宮の拝殿の鈴がチョイチョイ盗まれる」
「何だと」
「親分、こりゃどこかに鈴を集めて
「馬鹿だなお
「男も女も、武家も、町人もあるってことですよ」
「いつ頃から始まったことなんだ」
「なんでも半年ばかり前からボツボツあった事だが、激しくなったのは、この二三日だってことですよ」
「よし、それで解った、八」
「ヘエ||」
「手前、いつでも、親分のためなら命を投げ出すと言うね」
平次は少し
「言いましたとも、
「糸目を付けたくも、金なんか持っちゃいめえ」
「図星ッ、親分の眼鏡は曇らねえな」
「幸い命だけは一つ持っているだろう、そいつをちょいと貸してくれ」
「お安い御用だ、
「馬鹿だな、お前は」
すべてこういった調子ですが、昔の江戸っ子は、こうした警句のために、自分の命ぐらいは何とも思わずに賭けました。
「誰にも言っちゃならねえよ、俺達の知り合いから出来るだけ鈴を集めるんだ、||それから、熊や三公にそう言って、まだ手の届かねえ場末から鈴を集めさせ、それを
「そんな事なら何でもありゃしません、やりますとも」
「
「解りましたよ、親分、鈴でも
物事を単純に考えるガラッ八は、もうすっかり成功したつもりで飛出してしまいました。
その
「||エー、鈴はいりませんか、大きいのは拝殿の鈴から、小さいのは
ガラッ八はときどき
「チョイと、鈴屋さん」
八五郎はときどき呼び止められて、猫の子の鈴、鋏の鈴などを売りましたが、徳蔵稲荷で盗まれたような、大きな鈴は誰も振り向いてはくれません。
翌る日、ガラッ八は根岸の奥へ入り込んでおりました。すっかりもう板について、懐を覗かなくともスラスラと口上も言えるし、元手かまわずの鈴も相当売れますから、何だったら、このまま足を洗って、鈴売りになるのも悪くない||といったような
「エ||鈴屋でござい、鈴はいりませんかな、手の鈴、足結の鈴、釧の鈴||」
と張り上げていると、
「ちょいと、鈴屋さん」
「ヘエヘエ」
「御新造様が鈴を御覧になりたいとおっしゃるよ、ちょいとここから入っておくれ」
「ヘエヘエ」
誘われるままに、ヒョイと庭に入ると、後ろの潜戸はピシリと締められましたが、その
「あッ」
ガラッ八は、思わず声を出しましたが、庭石に
「御新造様、鈴屋を呼んで参りました」
障子の中へ声を掛けます。
「御苦労だったね、
優しく応えて、秋の朝日の
眉の跡青々と妙に淋しく
「下町には居るそうだが、この辺へ鈴屋が来るのは珍しいね。どんな品があるか、みんな見せておくれ、気に入りさえすれば、
「ヘエ||」
しかしこの時、
箱の中の鈴と、手に持った鈴と、洗いざらい縁側に並べると、八五郎を案内した美しい女中は手を挙げて合図しました。
「それッ」
四方から飛出したのは、
「あッ、何をする」
と言ったが追い付きません。女と思って甘くあしらっている内に、風呂敷を被せて、帯紐で縛ってそのまま、物をも言わず奥へ
ガラッ八は出かけてから、もう三日帰りませんでした。銭形平次、さすがに放ってもおけません。
仁三郎の
「そんなはずはございません、下手人は思いもよらぬ大物でしょう」
平次はそう言って与力の役宅を出ましたが、さて、大きい口を利いたものの、
念のために下谷へ引返して、徳蔵稲荷の
それは、徳蔵稲荷の建物はひどく古くなったので、最近
それだけなら何でもありませんが、その上、古い堂宇は、信心のため孫三郎が申受け、御本尊を除いた一切の付属品と共に、根岸の寮の広い庭に移して、そのまま祀ろうという事に決っているという話なのです。
「賽銭箱から鈴の緒まで新しいのと代えて下さるそうで、氏子一同大喜びでございます。それにつけても、こんなに荒れたままで大川屋さんに差上げては、いくら何でもお気の毒だからと申して、玉垣と鳥居を塗ったついでに、
和泉屋の主人の話を聞くと、平次の真っ暗な胸には、サッと一道の光明が射しました。
「有難うございました、いろいろ解りました。稲荷様の罰ということもありますから、そのうちには下手人も判りましょう、お
和泉屋を飛出した平次は、その足ですぐ根岸の大川屋の寮を目当てに行きました。まさかガラッ八の真似をして鈴屋になって出かけるわけにも行きません。岡っ引にしては少し手堅い
近所で聞いてみると、大川屋の主人というのは、働き盛りの四十男ですが、早く
その女は、お
門を入って耳を澄ますと、なるほど秋の空気に響いて、どこからともなく、床しい鈴の
「これだこれだ」
平次は独り言を言いながら、寮の玄関にかかりました。
寮の玄関には、大きい鈴がブラ下がっておりました。その頃では珍しい試みで、なるほど「鈴屋敷」だと思いながら、二つ三つガランガランとやると、玄関の障子が
「どなた様で||」
首をかしげたのは、忘れもしないガラッ八に
「あッ、お前さんはやはり
「············」
娘はサッと顔色を変えて、そのまま障子を締めそうにするのを、
「どっこい待った。俺はお上の御用を聞いている平次という者だが、お前さんには徳蔵稲荷の仁三郎殺しの疑いがかかっている、変なことをしちゃかえって為にならねえ、黙って主人に取次いで、どうして鈴を集めたか、仔細を話して明り(
平次の態度には、商売柄にも似ぬ、噛んで含めるようなもの優しさがありました。娘はハッと顔を伏せましたが、思い定めた様子で、
「しばらくお待ち下さいまし」
静かに奥へ消えます。
やがて通されたのは、さまで広くはありませんが、妙に小綺麗に片付いた寮の奥座敷、待つ間もなく、
「お待たせいたしました。銭形の親分さんだそうで、ちょうどいい方にお目にかかりました。私は大川屋の
敷居際で静かに挨拶したのは、最早名妓といった
「面倒な駆引は抜きにして、早速承りますが、手前どもの八五郎という男||鈴売りに身をやつして参ったはずでございますが、
平次の調子は、平淡なうちにも一歩も
「ハ、ハイ、あの方は、身分をおっしゃいませんので、全く敵の廻し者と思い込み、しばらくこの寮へ留まって頂きました」
「そうでしょう、||いやそう打明けておっしゃって下さると大変私もお話を申上げよくなります。ところで、その次に伺いたいのは徳蔵稲荷の鈴の事ですが、あれは一体どうなりました」
平次の言葉は直ちに問題の核心に触れて行きます。
「あれは少しも存じません。先ほどお取次に出ました、召使の八重と申す娘に、朝夕あの鈴を見張りながら、お
お米の答は明快を極めました。眉の跡の青々とした
「そうでしょう、||あの
こう言う平次の態度や言葉は、その人柄のように
「それから、どんな事を申上げれば宜しいでしょう?」
ツイこう言ってみるのでした。
「たったこれだけの事を打明けて下さい。どうして、こんなにたくさんの鈴を集めなすったか||、この鈴は何になさるつもりか、それから、八五郎を敵の廻し者と間違えたとおっしゃったが、その敵というのは誰か、それだけを聞けば、私の用事は済みます」
「ハイ、決して隠し立てはいたしません、何もかも申上げます。父が生きていれば、どんな事があっても口外の出来ないことですが、今ではもう昔話になりました」
お米は思い入った風情にこう申しました。
お米の父というのは、
その後、
女房お
河井龍之介というのは、日ごろ父道斎と懇意にしていたこれも西国の浪人者で、たぶん父道斎が、島原の残党七人の連絡係をつとめ、その所名前を書いているのを知って、奪い取ろうとしたのでしょう。島原の残党七人の所名前が判れば、
一人残された娘のお米は、悪者の手に掛って吉原に身を沈め、生来の美しさと賢さで、一時は全盛を
夫孫三郎の許しを受け、金に飽かして新古いろいろの鈴を買い集め、その中から、道斎銘のを探し出して楽しみにしておりましたが、不思議なことに、母の金簪を鋳込んだ、父の最後の傑作が見えません。
だんだん詮議しているうちに、誰の手を経てどうして売られたか、その鈴は徳蔵稲荷の拝殿にあることを見付け、鈴だけ所望するのも、稲荷様を
「こんなわけでございます。親分、父親の作った鈴の音を慕う私の心持をお察し下さいまし」
長物語をおわったお米は、物悲しそうに平次の顔を振り仰ぐばかりでした。
「親分、これからどうなるんでしょうね」
とガラッ八。
「俺にも解らねえ、二日でも、
「チェッ、
「こぼすなよ、八」
銭形の平次と八五郎は、こんな事を言いながら、根岸の奥の寮を引揚げました。
入谷まで来ると、何を考えたか、平次は卒然として往来に立ち停ります。
「八ッ、手前あの浪人者は手習師匠じゃねえと言ったっけな」
「何ですって?」
「あの騒ぎのあった朝、広徳寺前で逢って、お前が
「へ、へッ、千慮の一失って講釈師は言いますぜ、あの時ばかりは親分の
「つまらねえ事を言うな||こうっと、あの浪人者が手習師匠でないとすると、あの袖の赤いのは朱じゃなくて
「ヘエ||」
「徳蔵稲荷の
「なある||」
「それに、大川屋の御新造は、父親を殺した河井龍之介というのは、生きていれば五十を越したはずで青髯の凄まじい、ちょっと怖い顔をした男だと言った」
「ヘエ||?」
「さア、来い、ガラッ八、手前にとっちゃ怪我の功名だ。その浪人者の家へ案内しろ」
「親分、こうお出でなせえ」
二人は宙を飛んで白川鉄之助と名乗った浪人者の長屋へ駆け付けました。ソッと格子から覗くと、家の中は鈴だらけ、主人の鉄之助は、障子に漏れる秋の
「今日は、今日は、御免下さい」
八五郎が格子を開けると、
「河井龍之介、御用ッ」
銭形平次が飛込むと一緒でした。浪人者はさすがに身だしなみで、引付けてある一刀を引抜き、
「何をッ」
真っ向から向って来るのを迎えて、ピュッ、ピュッと、平次得意の投げ銭、一箇は刀を抜く拳を打ち一箇は眉間をしたたかに打ちました。
「あッ」
とたじろぐところを、折重なって、
*
河井龍之介の首は、間もなく鈴ヶ森に
堂宮の鈴を盗み歩いたのは、自分が道斎を殺したとき盗んで売った鈴の中に、島原の残党の所名前が書いてあることに気が付いたためでしたが、お
もっとも、徳蔵稲荷から盗んだ鈴だけは、そっと銭形平次の手から、お米の手へ返してやりました。その鈴を二つに割ると中には細々と何やら書いてありましたが、平次はもとよりそんなものを読もうともしなかったのです。
後日その事について、与力の笹野新三郎に訊かれた時、平次はケロリとして、
「今頃島原の残党が、二人や三人ヨボヨボになって江戸に居ることを詮索したところで、何の足しになりましょう。それより大事なことをお耳に入れておきますが、河井龍之介を捕えた手柄は、この平次ではなくて、ガラッ八の野郎でございますよ。あの男はなかなか馬鹿じゃございません、おついでのとき褒めてやって下さいまし」
こんな事を言っておりました。