昼頃から降り続いた雪が、宵には小やみになりましたが、それでも三寸あまり積って、
「銭湯へ行くのはおっくうだし、
「お前さん、そんな事を言ったって無理だよ、この雪だもの、目の不自由な者なんか、歩かれはしない」
そんな事を言いながら、ちょうど三本目の
「おや||」
お市は
「どうしたんだい」
と、佐吉。
「雨戸を叩く者があるんだよ。こんな晩にいやだねえ、本当に」
「開けてみな、
佐吉は少し酔っているせいもあったでしょう。
同時に、もう一度トン、トン、トンと軽く叩く音、続いて若い女の声で、
「ここを開けて下さいな||」
と、大地の底から響くようなか細い声が、ハッキリ雨戸の外に聞こえるのです。
「誰だえ」
お市は
外は真っ白||。
人間はおろか、貉も狸もいる様子はなかったのです。
好い加減に積った雪は、狭い庭を念入りに埋めて、その上に
「誰も居はしない。変だねえ」
「そんな事があるものか、今も人の声がしていたじゃないか」
「そう言ったってお前さん、猫の子もいないよ」
お市はそう言いながら、戸袋に左手でつかまったまま、まだサラサラと降る雪の中へ、何の気もなく顔を突き出したのでした。
「あッ」
恐ろしい悲鳴。
驚いて佐吉が立上がった時は、お市の身体は、もんどり打って、雪の庭へ||、真っ逆さまに落ちてしまったのでした。
「何て間抜けな事をするんだ。
佐吉はそう言いながら、縁側へ飛出して差し覗くと、お市の身体は雪の中に転落して、ノタ打ち廻りながら、
「お化けだッ」
佐吉はそれでも、
「お
少し離れているお勝手へ
「ハ、ハイ」
居眠りでもしていたらしい、下女のお駒は、
「八、こういうわけだ。
捕物名人銭形の平次は、子分の八五郎||一名ガラッ八へ妙にしんみりした調子で話して聞かせました。
少し人間は
「親分、大変面白そうだが、下手人は一体何でしょう」
「それが解らない」
「
小さい
「相変らずお前はお先っ走りだね、庭の雪には下駄の跡があったんだよ」
「ヘエ||」
「鎌鼬がまさか下駄を履いて来はしまい」
と、平次。
「それじゃやはり人間かな」
どうもはなはだ血の廻りが宜しくありません。
「お市とかいう女房の
「佐吉夫婦に
「ありすぎるほどだ」
「厄介な野郎だネ」
「角兵衛獅子の親方と、
「ヘエ||」
「ここで考えたって始まらないよ。とにかく、行ってみるがいい、思いの外手軽に解るかも知れない」
「親分は?」
「俺はそれからの事にしよう。他に用事もあるから、とにかく、今戸の殺しはお前に任せるよ。いいかい、ガラッ八」
「弱ったなア」
「弱ることがあるものか、八五郎もこの辺が手柄の立て所じゃないか」
「そういえばそれに相違ないが」
子分思いの平次は、これほどの手柄を、ガラッ八に譲ってやるつもりでしょう。二つ三つ肝腎な注意をすると、わが子の
ガラッ八が越後屋へ着いたのは、事件のあった
「お、八
と万七。まさか主人の佐吉が、親分の平次へ頼みに行ったとは知りません。相手が甘いとみて、少しからかい面になります。
「三輪の親分御苦労様で、||石原のが身体が悪いんで、あっしが申し訳だけに覗きに来ましたよ。三輪の親分が居て下されば、ここから帰ってもいいくらいのもので、||へッへッへッ」
これは、親分の平次に、万一、三輪の万七に逢ったらこうとくれぐれも教わってきた口上。まことに行届いておりますが、お仕舞のへッへッへッだけが余計です。
そう言われると、万七も悪い心持はしなかったのでしょう。それに、どっちにしても石原の利助の縄張うちで、八五郎をからかいすぎるわけにもいかず、もう一つは、事件がいやに神秘的で、容易に見当が付きそうもないと思ったのでしょう。
「そう言われると年寄りの出しゃ張る幕じゃないようだ。八兄哥、話は聞いたろうが、どうもこの殺しは見当が付かないぜ」
そう言いながら、二人の子分と顔を見合わせて、妙にニヤニヤしております。
意地の悪そうな四十男。世上の
越後屋佐吉というのは、四十を越したばかりの、
早速八五郎を一と間へ案内して、
傷は
「血が出ましたか」
「出たの出ないの||庭の雪が真っ赤になりましたよ」
有名な銭形の平次が来ずに、少し好人物らしい子分の八五郎が来たのが、佐吉の
「フーム」
ガラッ八は
「八兄哥、血のことを気にするようじゃ、
と首を出した万七、冷笑気味な
「············」
ガラッ八は黙って
「それによ、八兄哥。左利きの鎌鼬ってものはあるめえ」
万七は言い得て妙といった顔で、死体の右の頸筋||人間の手で上から切り下げた、斜めの傷口を指すのでした。
「曲者は下駄を履いていたそうですね」
とガラッ八。
「踏み荒らしてしまったが、まだ庭に雪がありますから、見当ぐらいは付きます。こうお出でなさい」
佐吉に案内されて、次の間へ行くと、縁側に近く長火鉢を置いて、すべての調度は昨夜のまま、障子を開けて一と目庭を見ると、なるほどさんざんに踏み荒らしましたが、消え残る雪の上には、血とも
「下駄の跡は一人でしたか」
「庭の中にはかなり足跡もありましたが、みんな同じ歯の跡で、木戸から入って出たのは一人分だけでしたよ」
ガラッ八も途方にくれました。十坪ばかりの狭い庭には、亭主の殺風景な性格を反映して、石一つ、植木一本ない有様、わずかに戸袋の側の
「木戸の向うは
「そうですよ、あの雪で
と佐吉。
「この辺に、お前さんを
「ありますよ、どうせ良く言われっこのない性分で、町内の人が皆んな敵みたいなものでさア||」
少し言い草は乱暴ですが八五郎の半間な調子に
「
「二人いますよ。一人は越後者で、お駒という下女、一人は
佐吉のそう言うのを聞きながら、八五郎は障子を締めると、今度は家の中の間取りを見て廻りました。入口の格子の右が女中部屋で、その先がお勝手、お勝手はすぐ横町の路地へ、木戸一つで通ずるようになっておりますが、御用聞の出入りがあるので、この辺の雪も踏み荒らされております。
入口を
下女のお駒は、流し元で遅い朝飯のお仕舞をしておりました。二十三四の色白の女で、様子もそんなに悪くありませんが、半面の
もっとも、このお駒というのは、妹の方で、姉はお
「お駒さん、
ガラッ八が水を向けると、
「驚いたよ、お
何を当り前な事を||と言わぬばかりの
「お神さんの殺された場所で、何か見るか聞くかしなかったかい」
「旦那が大きな声で、
これでは取り付く島もありません。
角兵衛獅子をやって歩いたというのは、たぶん十年も前のことでしょう。見たところ、楽な奉公によく
ガラッ八は仕様事なしにお勝手口の外を眺めました。取込んでろくに雪も
「八
後ろから、肩を叩いたのは、三輪の万七。
「何ですえ、親分」
「気が付かないか」
「ヘエ||?」
「それならいい、後で縄張がどうの、石原がこうのって文句は言わないだろうな?」
妙に
「下手人の目星でも付きましたか」
「そうだよ。八兄哥、後学のために話そう、あれを見るがいい」
万七の指したのは、お勝手の外を掃いている、与次郎の箒を持つ手です。
「············」
「あの箒を持つ手が、恐ろしく不自由なのに気が付かないかい」
「そう言えばそうかも知れませんネ」
「そうかも||じゃないよ、あの与次郎という男は確かに左利きだ」
「えッ」
「
「なるほど」
万七に注意されて、そっと与次郎の方へ目を走らせると、箒を持ったのは右手には相違ありませんが、なるほど不自由そうで、その作為のあとが、一と目でわかります。
「主人に聞くと、あの野郎、たしかに左利きだという事だ。ね、八兄哥、御用聞はこういう細かいところへ眼が届かなくちゃ物にならねえよ」
万七はそう言いながら女物の下駄を突っかけてお勝手口へ出る。
「与次郎とかいったネ、ちょいと訊きてえことがある、番所へ一緒に来て貰おうか」
「あっ、何をするんだ」
立ち
「御用ッ」
「神妙にしろッ」
路地から二人の子分が
万七にしてやられて、ガラッ八の八五郎は、
「親分どうかしておくんなさい。あっしはこんな恥を掻かされたことがない」
「馬鹿野郎、また何かドジな真似をしたんだろう。見てきた通り、真っ直ぐに話してみな」
銭形の平次は、八五郎を
「何? 庭には、
「それが時が経っているのと、さんざんに踏み荒らしているから、まるっきり解らねえ」
「仕様がねえなア、銭湯へは行って訊いたろうな、越後屋の女房が殺された時刻に、与次郎が行っていたかどうか」
「そんな事に抜かりはねえ。朝日湯の番台の
「人でも殺そうというほどの野郎なら、わざと半刻ぐらいは下手な新内でも唸っているだろう。後か先に、ほんのちょいと庭口へ廻れば、仕事は済むんだから」
「親分までそのつもりじゃ話が出来ねえ」
ガラッ八はすっかり
「ところで、死骸の傷は斜め横に真一文字に付いてると言ったね」
「そうですよ」
「
「それが
「
「えッ」
合せ剃刀と睨んだのは
平次はとうとう今戸まで出掛けてみる気になりました。三輪の万七の鼻を明かすつもりは毛頭なかったのですが。
「下手人は左利きと聞いて、自分の左利きを隠そうとしたというのはおかしいな。そんな事をしたところで、主人か下女に訊かれれば、すぐ解ることだから、
平次はそう言いながら、ガラッ八を案内に、今戸へ出かけて行ったのです。
越後屋へ行く前に、近所でいろいろ噂を聞いてみましたが、佐吉夫婦の評判はまことにさんざんで、冗談にも褒める者は一人もありません。
慾が深くて
下男の与次郎が、殺されたお市と何か関係でもあるのではないかという疑いも、一応は持ってみましたが、これも問題になりません。お市は四十近く、与次郎は三十になったばかり、女の方はヒステリックな、どちらかといえば
金が目当て||ということも考えられますが、それなら、女房だけ殺して、姿を隠したんでは一文にもならず、二度出直す時間もあったはずなのに、それっきり逃げ出してしまったのは、多分、下手人の方でも、人を一人殺して、面喰らったためだろうと思われます。
平次は一応家の内外を調べた上、いよいよ自分の考えを確かめたらしく、主人の佐吉に何やら耳打ちをして、誰を縛るでもなく、
それから三日目の朝、越後屋の佐吉は、
「親分、
「えッ」
「与次郎が縛られたから、それでいいのかと思うと、あれは三輪の親分の見当違いでしたね」
「どうなすったんだ。詳しく話してみなさるがいい」
平次も思わず
「こうなんです、||女房の
「············」
平次も、側で聞いているガラッ八も、思わず、ぞっとしました。
「しばらく黙っていると、女のか細い声で、||ちょいと開けて下さい||と言ったようですが、なにぶんあの騒ぎの後でしょう、頭から水をブッかけられたようになって、恥ずかしい話ですが動くことも出来ません。そのまま
「············」
「
佐吉はゴクリと
「それは面白くなって来た||越後屋さん、帰ったら、近所中へこう言いふらして下さい||昨夜も変な野郎が来て今度は俺を
「少しも面白くはありませんが、やってみましょう。だが、私はもう一度来ても、顔を出すのは御免を
「大丈夫、相手は雪の晩でなきゃア来ないと解ったようなものだから、この次の雪の降る晩に、私か八五郎が、そっと
「ヘエ||、まア、そうまでして下されば」
佐吉は呑込み兼ねた様子で帰って行きました。
よく雪の降った年ですが、それから七日ばかりは晴続き、押詰って、二十四日、夕景から催した雪が、宵には綿を千切って叩き付けるような大降りになりました。
越後屋から迎えを待つまでもなく、ガラッ八は今戸へ駆け付け、庭口からそっと例の部屋へ入り込みました。
飲み物も食い物もフンダンに用意させましたが、人が来ることは誰にも話させず、下女のお駒も、宵のうちから床へ入れて楽寝をさせ、佐吉一人、淋しく待っているところへ、八五郎が行ったのですから、佐吉の喜びというものはありません。
半分は
雨戸は一種のリズムを持って、トン、トン、トンと鳴ります。八五郎は懐の十手を抜いて、そっと立上がると、
「待って下さい。私の顔を先に見せなきゃア、逃げるかも知れません」
佐吉もすっかり
闇から湧き上がったように、サッと吹込む一団の
「あッ」
佐吉は額を押えて縁側へ倒れました。
「
続いて飛出す八五郎、一気に闇の庭へ、
引っ返してみると、額から頬へ見事に斬り割かれた佐吉、ようやく起き直って、血だらけな半面を両手で押えているのでした。
それからの騒ぎは書くまでもありません。幸い傷は浅かったので、用意の
少し落着いたところで、いろいろ訊いてみましたが、ただ、雨戸を開けると同時に、一団の白い吹雪を顔へ叩き付けられたように覚えると、額から頬へ、
翌る朝、神田から銭形の平次が駆け付け、三輪の万七もやって来ましたが、庭の足跡は、踏み荒らされない代り、今度は雪に埋まってしまって、八五郎が入ったのも定かでない有様、曲者はどこから来て、どこへ逃げたか、嗅ぎ出す手掛りというものは一つもありません。
さんざん責めたが、何としても白状をしない与次郎は、これを
それに、銭形の平次は、
「三輪の、そう言っちゃ済まないが、下手人は左利きじゃないよ」
と言い出したものです。
「えッ、どうしてそんな事が解るんだ」
万七の唇は少し
「刀か脇差だと、これは左利きの
「なある||」
三輪の万七、一言もありません。
しかし、右利きとわかったところで、下手人の当りが付いたわけではありません。右利きは左利きの十倍もあるのですから、わずかに、与次郎が下手人でないということが、消極的に解っただけの事です。
その時、妙な者が訪ねて来ました。
「銭形の親分さんが来ていなさるそうですが、ちょいとお目にかかって申上げたいことがあります」
お駒に取次がせたのは、この辺に網を張って、吉原へ通う客を拾う
「私に用事というのは、お前さん達かい。取込み中で、お通しは出来ないが、ここで聴かして貰いましょう。どんな事なんだい」
銭形の平次は、上がり
「昨夜、実は妙なことがあったんです。||言おうか言うまいか、相棒とも相談したんですが、
「そうともそうとも、気の付いた事があったら、何でも話した方がいい。決して掛り合いなどにはならないようにしてやるから」
「有難うございます、実はこうなんで、親分さん||」
年取った方の駕籠屋の話というのは、実に奇怪を極めました。
||昨夜、
どうせ帰り道、相手は
争うほどの事でもないので、そのまま駕籠を停めたのは、ちょうど
狭い駕籠の中で、どうしてそんな早変りが出来たか、渡世の駕籠屋も想像が付きません。とにかく、急に臆病風に誘われて、定めた駕籠賃ももらわずに、山の
「親分さん、お狐様か雪娘か知りませんが、どうもろくなもんじゃございませんよ。御用心なさいまし。ヘエヘエ||こんなにお
二人の駕籠屋は、余分の駄賃を貰った上、所、名前を言って帰ってしまいました。
「ね、銭形の、こいつは
万七は妙にニヤリニヤリしておりますが、平次はそれを聞くと、追っ立てるように外へ飛出しました。
裏口は往来を
もう少し先へ行くと
「八、
「ヘエ||」
持って来た二間竿。
先に鳶口を付けて、川面の雪と雑物とを掻き廻して行くと、間もなく妙なものが引っ掛りました。
「おやッ」
引上げてみると、少し
「おやッ、これはお
と万七。
「
平次はそう言って、考え深く
白無垢は出ましたが、下手人はそれっきりわかりません。娘を乗せて来たという駕籠屋まで引っ張り出して、来た道を逆に、稲荷の
佐吉のために、身を売った娘もあろうし、
佐吉の傷は間もなく
その次に雪の降ったのは、明けて翌年の正月十三日。この時は朝から
「今晩きっと下手人を探してお目に掛けますから、掛り合いになった人を、皆んな集めておいて下さい」
平次からの使いで、八五郎が越後屋へそう言いに行ったのは夕景。それから支度に取りかかって、三輪の万七とその子分、銭形の平次とガラッ八、それに与次郎とお駒、主人の佐吉、これだけ集めておいて、いつぞやの駕籠屋二人に、
相変らず酒が出ます。お勝手も入口も締めず、用心が悪いようですが、名代の御用聞が二人いるのですから、空巣狙いの心配もなく、今晩は例の居間の長火鉢の前へ、一人残らず集まってしまいました。
トン、トン、トン、
雨戸は鳴ります。一同はぞっと顔を見合せました。続いて、
「ちょいと、ここを||」
と、か細い女の声。佐吉も子分達もガラッ八も与次郎も顔色を失いましたが、一向平気なのは銭形の平次だけ。中でもお駒は袖に顔を埋めて、畳の上に突っ伏してしまいました。
「さア、お駒さん。お前でなきゃアならない事がある。行ってあの雨戸を開けるんだ」
と、平次、ガタガタ
続いて、万七、佐吉、ガラッ八、与次郎。
「お駒さん、
「あれッ||」
お駒は振りもぎって逃げようとしましたが、平次は後ろから
続いてまた、トン、トン、トン、と叩く音、
「お駒さん、あれ、あれ、お前の姉さんが呼んでいるじゃないか。越後屋佐吉||ここの主人に、角兵衛獅子で何年となく
「············」
平次の言葉は、物凄い空気の中に、地獄の判官の宣告のように響きました。
「お前の姉が、佐吉夫婦を
何という恐ろしい緊張でしょう。主人の佐吉は
「お駒、お前が開けなければ、俺が開けてやる。それ」
平次の手は雨戸にかかると、アッと言う間もなく一枚引開けましたが、外は、雪の上に照る十三夜の
「玉紫の花魁。よく聴くがいい、お前の妹のお駒は、一生困らぬだけの金を持たせて、明日にも故郷の越後へ帰してやる。もうここへ出ちゃならえぞ、解ったか||南無阿弥陀仏」
平次が月の庭へ手を合せて拝むと、お駒も、佐吉も、ガラッ八も、釣られたように、念仏を
「親分、この御恩は忘れません」
お駒は何べんも何べんも繰り返して、江戸へ引返す平次の後ろ姿を拝んでおります。半面
「ね、親分、あの下手人は玉紫とかいう花魁の幽霊なんですかい」
とガラッ八、少し
「馬鹿ッ、幽霊が人を殺してたまるもんか」
「すると」
「お前だから話すが、人に言うな、あれはみんな、お駒の細工さ」
「ヘエ||」
「お勝手からそっと出て、遠廻りして庭木戸を入って、姉の
「白無垢で、雪の晩だけねらったわけは?」
「白無垢は姉の形見さ。あんなものが、玉屋から届いたガラクタの中にあった事を、佐吉も気が付かなかったんだ。稲荷様へ行って、駕籠へ乗って中で着換えたのは、わざわざ遠方から来た、
平次の話は明快ですが、たった一つ、まだガラッ八にも解らないことがあります。
「
「馬鹿だなア、お品さんは、そんな事にかけちゃ、申分のない役者だよ。稲荷様から辻駕籠に乗って、お駒がやったとおりに運んだまでの話さ||そうでもしなきゃア、佐吉は百両という大金を出す気にならないだろうし、いつかはお駒が下手人ということが解って、三輪の万七
昨夜の白無垢は、石原の利助の娘のお品とは、佐吉も万七も、当のお駒も気がつかなかったでしょう。
「ヘエ、そんな事をしてもいいんでしょうか」
「何をつまらない。
平次は感慨深くそう言いました。滅多に人を縛らぬ、一名