「親分、変なことがありますよ」
「何が変なんだ。||まだ朝飯も済まないのに、いきなり飛び込んで来て」
五月のよく晴れた朝、差当って急ぎの御用もない銭形平次は、八五郎でも誘って、どこかへ遊びに行こうかといった、太平無事なことを考えている矢先、当の八五郎は少しめかし込んだ
「それがね、親分」
ガラッ八は少し言いにくそうでもあります。
「めかし込んでいるくせに、ひどく取乱しているじゃないか。火事か喧嘩か、それとも借金取りか」
「そんなのじゃありませんよ||今日は飯田町のお
ガラッ八は少しばかり照れ臭い顔になりました。
「お由良? あの柳屋の評判娘かい||あの娘は
「意見は後で承るとして、まアあっしの話を聴いて下さいよ。そのお由良を誘いに行くと、昨夜から帰らないって、柳屋の
八五郎はまたゴクリと
「
「それじゃ駆落||」
「駆落なんてえのは馬鹿のすることだよ。本所の叔母さんとか、湯島の
「そんなのはありませんよ。どうかしたら?」
「待ってくれ、悧巧者のお由良だけに気になるぜ。近ごろ懇意にしている男でもなかったのか」
「近いうちに、伊勢屋の治三郎と一緒になるという話はありますがね」
「それじゃお由良には玉の
「ね、親分」
ガラッ八の八五郎は一生懸命でした。そのころ飯田町の飲屋の看板娘でお由良というのは、色の浅黒い丸ぽちゃの二十歳娘で、さして綺麗ではなかったのですが、
ちょっと一パイの折助や手代から、二階へ押し上がって
銭形平次も、何かしら、突き詰めた八五郎の顔を見ると、いつもの調子でからかってばかりもいられないような気になるのです。
それからものの
二度目に飛び込んで来たガラッ八は、今度こそ本当に
「親分。た、大変」
「さア、来た||その大変が来そうな空合いだったよ。お由良がどうしたんだ」
「死んでいましたよ、親分」
「何? 死んでいた||やはりそんなことだったのか、どこで死んでいたんだ」
「水道橋の
「泣くなよ、八。身投げをするようなお由良じゃないが、踏み外したのか、それとも突き落されたのか」
「それが解らないから、親分へ相談に来ましたよ。元町の仙太親分の見込みは、お由良を付け廻していた浪人者の織部鉄之助か、
「待ってくれ、そんなに
「そのほかに、お由良と張り合っていたお美代も、お松も怪しい||」
「やり切れねエなア、そうなりゃ、八五郎だって怪しかろう。近頃はお由良のことというと、夢中だったぜ」
「親分、どうしたものでしょう」
八五郎はドッカと腰をおろしました。少し眼の色が変っているようです。
お由良の死骸は、水道橋の橋詰に三文菓子を
お関はお由良の亡くなった母親と懇意で、お由良の相談相手でもあり、良い小母さんでもあったのですが、お関の一人息子で||ツイ三崎町の
顔の古い御用聞||元町の仙太も、お由良は投身なんかする女ではないと
「お、銭形の」
平次はそこへやって来ました。
「元町の親分、やはり殺しという見当かい」
「身を投げるようなお由良じゃないよ。男という男はみんな寄ってたかってチヤホヤしてくれるんだ。この世の中が面白くてたまらない女だったよ」
「なるほどね」
さすがに仙太は老巧でした。
「死骸を見てくれるかい」
「そいつは眼の毒だが」
そんなことを言う平次を、仙太はお関の家へ案内してくれました。
お茶の水の
「フーム」
筵を
「切った傷は一つもないよ||突き落されるまで、黙っているお由良じゃあるまいから、よっぽど力のある奴が、橋の上から足でもさらって、一と思いに
「待ってくれ、元町の親分。これは一体どうしたことだ」
死骸の首から肩のあたりへかけて、皮下出血らしい不気味な
「毒ではないよ。口の中は少しも変っていない」
仙太は平次の顔にこびり付く難しい疑いを解くようにこう言うのです。
「だが、この打撲傷はおかしいぜ」
「橋架でなきゃ水の中に
「こいつは考えてみると判らないことばかりだ」
平次はそう言いながら、死骸の上に筵をかけてやって、片手拝みに側を離れました。
「柳屋の
「そいつはいい
平次はガラッ八に合図をして、お由良の父親をつれて来させました。崖の上を
「親分さん方、御苦労様でございます||」
よく
「爺さん、とんだことだったね」
「ヘエ、ヘエ」
「お由良が家を出たのはゆうべの
「まだ宵のうち、
「ちょいちょいそんなことがあるのか」
「ヘエ||」
気性者のお由良は夜歩きなどは何とも思ってはいなかったのでしょう。
「どこへ出かけるか見当くらいはつくだろう」
「夕方、伊勢屋さんが来たようでございましたが、店が立て込んでいるので、よくは判りません。ヘエ」
「いろいろ懇意な男があったようだな」
平次は苦々しくそんなことを訊くのです。
「そんなことはございません。世間では何と申しますか存じませんが||お由良は悧巧者で、勝手に男を
「なるほどね」
それは多分本当でしょう。愛嬌があって、口上手で、ちょっと
「それに、近いうちに、伊勢屋の旦那と祝言するはずでございました」
飯田町の酒屋で、ちょっと知られた物持の伊勢屋治三郎は、三年前女房に死なれてから、三十五の男盛りをやもめ暮しをつづけ、お由良が
「お由良を欲しいというのが、だいぶあったそうじゃないか」
「それはございました。御浪人の織部鉄之助様も、
お由良の父親は、娘の威力を勘定するように、慕い寄った男の名前を一つ一つ積み上げるのです。
「お由良は酒を飲んだのかい」
「ヘエ||」
商売柄、それは訊くだけ野暮だったのでしょう。
「伊勢屋へ嫁にやるというのは、いつのことだったんだ」
「近いうちというだけで、まだ日までは決っておりません。もっともいざとなれば、私風情の娘ですから明日にも嫁にやれないことはございません」
そこへお関が出て来ました。いや、出たというよりは尻ごみをするのを、八五郎に引出されたという方が穏当でしょう。
「ゆうべ、お由良が来なかったのか」
平次は静かに訊きました。
「ヘエ||いえ、お由良さんはもう三月も姿を見せません」
生れて初めて御用聞に物を訊かれて五十女のお関はすっかり
「お前の倅の幾松と、お由良を一緒にする
「ヘエー、お由良さんが小さい時分には、そんなことを考えたことも言ったこともありますが、年頃になると、男達に騒がれるのが面白そうで、こちとらでは及びも付きませんでした」
お関は何となく物悲しそうです。世帯やつれのした、駄菓子屋の五十女は、何もかも
「幾松は身体が悪いそうじゃないか」
「世間様は気が変のように言いますが、人様に顔を合せるのを嫌がるだけで、別にどうもしたわけじゃありません||あれあの通り」
振り返るとどこの
とにかく、
つづいて嫌がる幾松を、無理にガラッ八に引出させてみましたが、そんな具合で筋の通ったことを言わせる望みもなく、ただ二十四という立派な職人が、人付合いもせずに、暗いところに引っ込んでいなければならぬみじめさを、哀れ深く見ただけのことです。
「お前はお由良をどう思う?」
平次はいろいろに問い試みました。が、幾松は、
「············」
蒼白い顔を
「無駄だよ、銭形の。それより他のを当ってみよう」
元町の仙太は、とうにこの気鬱病患者に
それから平次と八五郎はお由良に少しでも関係のありそうな筋を、片っ端から当ってみました。最初にお弓町に住んで
「ほほう、お由良が死んだのか、そいつは大笑いだ。いずれ畳の上で死ぬ女じゃないとは思ったが||」
こういった調子の、三十近い尾羽打枯らした姿です。
「それについて、お由良が身を投げるような心当りはございませんか」
「ないよ、あの女が身を投げる気になれば世の中を少しは見直す」
「ヘエー」
「あの女は薄情で悧巧すぎて、腹の立つ女だが、付き合っていちゃこの上もなく面白い女だったよ。賢い女というものは、美人よりも男を夢中にさせるな」
「············」
「俺も少しばかりの
織部鉄之助は痩せた頬を撫でて、カラカラと笑うのです。何かこう虚無的になった捨鉢な諦めを感じさせる男です。
「そのお由良にいつお逢いになりました」
「ゆうべ逢ったよ」
「えッ?」
鉄之助の言葉はあまりに予想外です。
「ゆうべ逢ったのが、そんなに不思議かえ」
「どこでお逢いになりました」
「
「どんな用事で?」
「近いうちに、伊勢屋へ嫁入りすることになったから、その
「それっきりで」
「残念ながらそれっきりだよ||お由良という女は、そういった女だ。今までいろいろの男と付き合って、さんざん良い心持に
鉄之助の痩せた頬には、苦渋な笑いが淀むのです。
「それで旦那は?」
「綺麗さっぱり諦めたよ。本人から後腐れないような挨拶をされちゃ、男の方から未練を言う筋はあるまい。||あの女は多勢の男へ付き合って、その一人一人を鏡にして、自分の才智や愛嬌や弁舌や
鉄之助はそう言いきって、にがにがしく笑いを絞り出すのです。
「旦那は昨夜どこへも出ませんか」
「お由良を追っかけて行って、野良犬のように斬って捨てようかと思ったが、止したよ。祖先や故主のお名が出ちゃ済まない」
「············」
「婆アに五合取って貰って、手酌でやらかして寝てしまった||惜しいと思ったが、一と足も出なかったよ」
お勝手の方でゴトゴトやっている六十がらみの
神保町の質屋、||上総屋の番頭金五郎は、お由良が殺されて御用聞が来たと聴いて、ただもう
「お由良は何の用事で来たんだ」
「それがその大変なことで||」
「大変なこと?」
「ヘエー、近いうちに伊勢屋へ
三十男の金五郎は、自分にかかる疑いを極度に恐れて、ワクワクしながらこれだけのことを言いきりました。
「ひどくはっきりしているんだね||ところで、お由良をうんと怨んでいる者があるはずだが、心当りはないのか」
「怨んでいるとすれば、お関
「それっきりか」
「ヘエー」
金五郎は不安と恐怖にさいなまれている様子で、ゆうべお由良を
もう一人、お由良をつけ廻した大工の若吉は、四五日前から佐倉の
「お由良の講中で残るのは、八、お前ばかりだぜ」
「ヘエー」
「ヘエーじゃないよ、昨夜どこへ行ったんだ。真っすぐに白状しな」
「驚いたなどうも。||親分のところで
「あ、そうか、それで安心したよ。お前はたしかに
「冗談じゃありません」
八五郎まことにさんざんです。
「だが、外の男は、こっちから押し掛けて行って、後腐れのないように断ったお由良が、八五郎だけは懐に突っ張っている十手の手前もあるから、今日半日神妙に付き合ってよ、天神様の藤を眺めながらお前に
「へッ」
八五郎は照れ隠しに鼻を
平次は時を移さず飯田町の伊勢屋へ飛んで行きました。
「主人の治三郎はいるかい、俺は神田の平次だが||」
「ヘエ、私がその治三郎でございますが||」
帳場で心も空の
「お由良の死んだことは知ってるだろうな」
「ヘエ||」
それを承知の上、素知らぬ顔で算盤を弾かなければならぬ治三郎の心持は、平次にも解りません。
「それをどう思う」
「ヘエ」
「店の者のいないところで、ゆっくり話を聴きたいが||」
平次は
「それではどうぞこちらへ||」
奥の一と間、店の者の眼の及ばないところに行くと、平次は改めて訊きました。
「お由良は殺されたんだが心当りはないのか||打ち明けて話して貰いたいが||」
「そのことでございます、親分さん。奉公人たちの手前、私は我慢に我慢をしておりますが、朝から真っ暗な心持で、この先どうして生きていいか見当も付きません」
「············」
治三郎の言葉はようやくほぐれました。
「お由良は
「············」
治三郎の涙声になった愚痴を聴きながら、平次はチラリとガラッ八に眼配せしました。治三郎の言ったことを、店の者や出入りの商人たちに確かめさせる
「誰があんな
「お由良を殺したのは誰だろう、見当くらいは付かないものかな」
平次は脈を引きました。
「なにぶんあの通り、人気者のお由良でございましたから||」
治三郎にも見当は付かない様子です。
「ゆうべはお由良に逢わなかったのか」
「逢いません、||あと二三日の辛抱で、ここへ来て貰えると思いましたので、宵からこの部屋に
最後の晩に逢えなかった悲しみが、治三郎をさいなむ様子です。
そんなことで切上げて、伊勢屋を出た平次は、路地の外でハタと心得顔のガラッ八に逢いました。
「親分、治三郎の言う通りだ。祝言は明後日に決まっていましたぜ。柳屋の親爺は不承知だったが、それはいずれ金で承服させる心算だったんでしょう」
「ゆうべ治三郎は外へ出なかったのか」
「晩飯が済むと、婚礼前に帳面を調べるからと、一人で奥へ引っ込んだそうですよ」
「今までそんなことがあったのか」
「時々あったようです。十日に一度とか、一と月に一度とか」
「さてここまで来てみると、お由良を殺しそうなのは一人もないじゃないか。どうしたもんだろうな八」
平次も少し持て余した様子です。
「水道橋へ引返しましょう。お関
水道橋へ引返すと事件は急展開をしておりました。
お関と幾松の様子が変なので、多勢の子分に見張らせていた元町の仙太は、お関が
「銭形の
元町の仙太は得々として言うのです。
「ゆうべお由良が来ると解って、毒を用意したのかな」
「さア、そこまでは判らないが||」
平次の投げた疑問の重大さを、元町の仙太は消化しきれない様子です。
「お由良の肩の
平次はつづけて疑問を投げました。
「そんなこともあるだろうよ。だが銭形の、お関は白状しているんだぜ」
「えっ」
「お由良は昨夜
「待ってくれ元町の、そいつは大変な番狂わせだが、俺が考えていた筋道とはまるっきり違って来る。||お関母子に逢わせてくれないか」
「いいとも」
平次は仙太と一緒に、その足で番所まで
お関と幾松は厳重に縛られて、口書きを取って奉行所に送られるばかりになっていましたが、銭形平次はその縄を解かせて、さて問い進むのです。
「お由良に毒を飲ませた||と言うそうだが、その毒はどうして用意したんだ。ゆうべお由良の来るのが解っていたとでもいうのか」
「親分さん、聴いて下さい||お由良の母親と私は幼な
お由良と幾松が、幼な友達という
そのお由良が次第に賢く冷たくなって多勢の男たちにチヤホヤされるに従って、下剃の幾松を
世帯の苦労に、
「私と幾松と、一緒に死んでしまえば、それで市が栄えるでしょう。生きている楽しみも望みもない母子が、死ぬ気になったのは無理でしょうか。石見銀山の
「············」
「お由良は少しは酔っている様子でしたが、||近いうちに伊勢屋へ
「············」
「どうせ死ぬ気の母子ですから、腹が立ちながらもいい加減にあしらっていると、すっかり有頂天になって、私たち母子が死ぬために用意した酒を、湯呑に注いで、アッと言う間に二杯も立てつづけに呑んでしまいました。||私も幾松もあっけに取られて見ていると、お由良は言いたいだけのことを言って、フラフラと出て行きました。酒の中にはうんと附子が入っています。私は心配でたまらないから、そっと後を
「すぐ後を跟けたのか」
平次は言葉を挟みました。
「いえ、ほんの煙草を二三服ほどの間はありました。||お由良の後を跟けるともなく水道橋へ行くと||橋の
お関はその時の事を思い出したか、ゴクリと
「それからどうした」
と平次。
「月の光に照らされた死顔を見ると、私は急に死ぬのが怖くなりました。||ここでお由良の死骸が見付かると、私と幾松に疑いがかかると思ったので、
「その時、死骸が
「いえ、真っすぐに水の中へ落ちましたよ。||大きな音を立てて||私は大急ぎで帰って来て、まんじりともせずに明かしてしまいましたが||」
お関の言うのは、本当でしょう。今は死の恐怖から解放されて、どうともなれといった捨鉢な気持が、疲れ果てた五十女の、自白となった様子です。
「親分」
「どうした八」
「本郷三丁目の生薬屋じゃ、お関へ
「?」
ガラッ八の報告は平次にも予想外です。
「お関は||鼠が多いから、石見銀山の代りに附子を欲しいと言って来たが、ひどく突き詰めた様子だし、橋の
「本当かい、それは?」
あまりのことに平次も驚きました。
「番頭も手代も言うんだから、ウソじゃないでしょう」
「すると、お関母子は砂糖酒を呑んで死ぬ
「まア、そんなことですね」
「そして、お由良は砂糖酒で死んだことになるわけだ」
「············」
「八、こいつは面白くなって来たぜ。もういちど振出しに戻って、やり直しだ」
「どこへ行くんで? 親分」
「柳屋を調べなかったのが手落だよ。来るか、八」
「ヘエ||」
二人は飯田町に飛びました。柳屋はお由良の死骸を持込んで、ひと方ならぬ混雑でしたが、お勝手口からそっと滑り込んだ平次とガラッ八は、
「お由良の
平次の問いは唐突ですがこの上もなく効果的でした。
「それは言うまでもございませんよ、親分さん」
「それじゃ、誰が一番お由良を怨んでいたか、そいつを聴かしてくれ」
「そいつは申し兼ねますが、||どうしても言えとおっしゃれば||やはり気が変になるほど思い詰めた幾松じゃございませんか」
「お由良が死んで困るのは?」
「私と伊勢屋さんでございますよ。私はまア親ですから当り前で、伊勢屋さんの方はあんなに仕度をして待っていたのですから、お由良が死んで、どんなにがっかりなすったでしょう」
「そんなものかな||ところで、伊勢屋は本当にお由良に打ち込んでいたに違いあるまいな」
平次はせき立てられるような調子です。
「伊勢屋さんから、大変な起請が入っていましたよ、お由良は虎の子のように大事にしていましたが」
弥吉が持って来たのは、治三郎の書いた型のごとき起請でその文句は、
二人の夫婦約束は神かけてのものだから、万一変改のあった時は、お互の身上 を一つ残らず相手にやる||
といった厳しいことが書いてあるのです。
「何ということだ。馬鹿馬鹿しい」
ガラッ八が危うく破って捨てそうにするのを、平次は辛くも止めました。
「そいつが面白いんだよ。||もっとも、それほどの約束があっても、
「全く、親分のおっしゃる通りでございます。どんな証文があったところで、本人が殺されたんじゃ何にもなりません」
弥吉の愚痴が際限もなく発展しそうなのを
「どうしたもんでしょう、親分」
ガラッ八は袋路地へ逃げ込んだ野良犬のような顔をしていました。
「だんだん判って来るじゃないか||もういちど水道橋へ行ってみるとしよう」
平次は水道橋へ来ると、橋の袂を捜して手頃な
「親分、そんな石をどうするんで?」
「こいつを手拭に包むのさ、||その手拭の端っこを持って、力任せに振廻したら、どんなことになると思う」
「あぶないね、親分」
「お由良はこの石でやられたんだろう。お関は死骸を真っすぐに水に落したというが、死骸の首から肩へかけての
「············」
「橋の欄干の下に倒れていると、そこへお関が来て、てっきり毒酒にやられたと思って、欄干の下を潜らせて水へ落した||」
事件の輪郭が次第に明白になって行きます。
「すると親分||」
「お由良を殺したのは、宵からお由良を
「親分」
「もう一人あるはずだ」
平次はそう言いながらもういちど飯田町に引返すと、伊勢屋に飛び込んで主人の治三郎を縛ってしまったのです。
「あ、親分。私じゃない、私は」
「黙れッ」
平次が取合いそうもないと見ると、
「お由良は恐ろしい女でした。あいつを殺さなきゃ、私が殺されるか
「そんなことはお
平次は耳にも入れようとしません。
*
治三郎を送ってから、ガラッ八はたまり兼ねて平次に絵解きをせがみました。
「あっしには少しも判らない。どうして治三郎は明後日は祝言という間柄のお由良を殺したんです」
「うっかりお由良の才智に引っ掛った治三郎は、中年者だけにいろいろ考えたのさ。第一、あんな
「ヘエー」
「治三郎は怖くなったが、お由良と別れる手段も口実もない。そこで||お由良に言い寄った男が多いようだが、祝言してからそんな男に
「············」
「お由良はそれを聞くと、今まで念入りに愛嬌をふりまいていた男や、執念深く自分をつけ廻していた男のところへ、片っ端から押しかけて縁切り話を叩きつける代り、すぐ祝言してくれと治三郎に持ちかけたのさ」
「············」
「治三郎はあの晩柳屋へ行ってお由良に逢い、その話を聴かされて女のヌケヌケした調子に心から嫌になった。||念のために後をつけて歩くと、お由良は一軒一軒男を訪ねて、キビキビと片付けて歩いた上、先々で一杯ずつ引っかけて、水道橋へ来た時は女のくせに大虎だ」
「············」
「こんな女と無理に一緒になることを考えると、治三郎は心の底から怖くなった。お由良が酔って正体のないのを幸い、手拭に石を包んで二つ三つ喰らわせ、息の絶えるのを見定める隙もなく逃げ出した。||人の
「なるほどね」
八五郎もようやく事件の真相が判ったような気がしたのです。
「だから、あんな気の多い悧巧な女と掛り合っちゃいけないよ。女は正直で生一本なのが一番良い||」
そう言う平次の胸には、恋女房お静の純情な
治三郎のお白洲の調べが平次の推理と