「ああ退屈だ。こう世間が無事ではやり切れないなア」
文学士
「全くだ、何んか
十五六人集った
やや額の禿げ上った、中年輩の好男子で、
「みっちゃんお茶だ、人数だけ」
子爵の声に応じて、
「面白い事があるよ、解釈次第では、驚天動地の事件なんだが······」
「何んだ何んだ、驚天動地なんて鳴物入りでおどかすのは? イヤに持たせずに、手っ取早く発表したまえ」
これも退屈がり屋では人後に落ちない、会社員の筒井
「玉置子爵の旧領地に起った事件なんだが、話しても構わんでしょうな」
「それは困る、あればかりは勘弁してもらい
子爵は一方ならず迷惑相ですが、
「話したまえ、少しでも我々の耳へ入ったら、隠し
「賛成」
「謹聴謹聴」
もう斯うなっては手の付けようがありません。
玉置の
「天慶二年、平将門は下総猿島に偽宮を造り、関東諸国を攻略して、諸国に要塞を築き、
蜂屋文太郎の話はなかなか大掛りです。今まで倦怠し切って居たクラブ員達も、思わず乗り出して小学生のように物好な顔を輝やかせて居ります。
「ところで、その諸国の要塞の内、玉置子爵の旧領地に、玉置の城というのがあります。当時の兵略上一番重要な足場だったらしく、将門は部将に命じて、軍用に充てられた
昔々大昔の日本には、黄金がダブダブする程
話は余事に
玉置の城というのは、築かれた時代が時代ですから、平場の城ではなく、山の中段を切り開いて、石を畳み水を
さて、そこで満場の紳士諸君、東京の埃の中に住んで、退屈という慢性病に悩まされて居るより、一番この玉置の城跡へ遠征を企てて、宝探しの手柄を競って見ようではありませんか。数百年間、数千の人が智恵を絞って、どうしても発見の出来なかった宝を我々の手で発見して、「無名
室の中は異常に緊張して、珍らしくシーンとして居ります。その様子を眺め廻した蜂屋文太郎、我意を得たりと言った調子で、
「重要な事を一つ言い落しました。城跡には一基の碑が建って五十語ほどの漢文が刻んでありますが、何分年数が経って、雨風に腐蝕されたために、満足に読み下すことが出来ません。これは
夏至と申すと、六月の二十二日で、
「賛成」
「是非私も参りましょう」
ざわめく室内をもう一度眺め渡し乍ら蜂屋文太郎は
「もう一つ、この探検は一見何んでもない事のように思われますが、実は非常に危険があるという事を申し添えて置きます。一昨年も昨年も、丁度同じ夏至の日に、玉置の城趾で、何者とも知れぬ者の為に何者とも知れぬ者が殺害されて居ります。一昨年は昔の内濠の跡、今は用水堀になって居る所で、一人の老人が石垣の中から抜け出したとも見える、大石に打たれて死んで居りました。が、石垣の石はそんな所へ独りで飛ぶわけはありませんから、これは仔細あって何者かに殺害されたものと見なければなりません。超えて、昨年は、これも同じ夏至の日に、本丸の昔泉水のあったろうと思う辺で、一人の若い婦人、
蜂屋文太郎の異様な話は、これで終りました。「行こうか、行くまいか」「行っても見たいが、多少気味が悪くもある」といった、不安と焦躁は、
「蜂屋君はつまらない事を言ってしまいました、これは私の国に起った、お
玉置子爵は、安楽椅子に
「それに、もう一つ悪い事があるのです、近頃世間を騒がして居る、判官三郎とかいう怪盗、あれが私へ手紙でこういう事を言って来てるのです。······玉置の城趾の宝は、最近かく申す判官三郎が発見するであろう、
「ホウ||」
「判官三郎が飛出しましたか」
「それは大変」
怪盗判官三郎が、この事件の真っ只中へ飛こんで来たと聞いて、一座の緊張は又加わりました。何となく物々しくなる空気を払い除けるように、玉置子爵は手を振り乍ら、
「イヤ、諸君まで驚いてはいけません。世間はどうも判官三郎を買い
「イヤ」
子爵の言葉が終らぬ内に、スックと立ち上った和服姿の若い紳士があります。これは
「子爵のお言葉ですが、これは
「行こう行こう」
「
こうなってはもういけません。玉置子爵は苦笑してドッカと安楽椅子に身を埋め、蜂屋文太郎は会心の
「みっちゃん、お茶を人数だけ、前祝いに景気付けよう」
「ハッ······ハイ」
衝立の蔭から美しい女給の声、居眠りでもして居たのでしょう、僅に顔をあげた
一行十二人、玉置の城趾に集ったのは、その翌る日の十時頃でした。常磐線の寒駅から
「ヤレヤレ疲れた、
「小判一枚よりは、無事に命を拾って帰る工夫をした方がよかろう」
「ああ、命はいらないが、ビールが一杯飲み度い」
こんな下らない事を言い乍ら、一番の見晴しに出て、石畳の上に這い廻る蔓草の上に、めいめい腰を下しました。
目の覚めるような満山の緑、晴れやかな午前の陽を受けて、その清々しさというものはありません。藪や木立の隙間に、チラリチラリと動くのは、警固の警官百五十名の一隊でしょう。そんな事を考えると、あまり風流な気持にはなれませんが、関東平野を見下す眺めは、さすがに俗腸を洗い清めます。
「サア疲れが直ったら、そろそろ活動を開始しましょう。正午までに一時間半しか無い。まごまごすると、一年に一度の機会を失する」
一番先に蜂屋文太郎が
「成程これだ」
「ドレドレ」
ぐるりと十二人、六七尺の自然石の碑を取巻いて、ためつすかしつしますが、風雨に磨滅した上、散々に苔蒸してどう見当をつけても読み下せません。
「桑田縦変||珠玉黄金||相伝||これだけは読める、よしや桑田変じても、珠玉黄金が子孫に伝わるというような事だろう」
「その次は、
「解るわけは無い。数百年来何千人の人がこれで頭をひねったんだ。一時間や二時間で、この謎が解けたら、それは人間業ではない」
主人公の玉置子爵は、すっかり投げてかかって居ります。
「わかる、確かにわかる、人間の工夫して作った謎を、人間の頭で解けないという事は無い······」
自信に充ちた凜然たる声、一様に振り向くと、テアトル築地の俳優生月駿三、今日は気のきいた洋服姿で、一行から
「解る? それはエライ、さすがは生月君だ」
冷笑に似た語気、これは玉置子爵です。
「解るのが本当です、今までの人は、碑の上の無駄な言葉に囚われ過ぎて、一番肝腎な事を忘れて居たのです。私には大体の見当はつきましたが、最後にたった一つ、ある時が来なければ解けないところがあります。正午まで待って下さい」
「あと一時間と十分」
蜂屋文太郎は時計を出して、アナウンサーのような
「そんなにはかからない、十分で宜しい」
「たった?」
「············」
それには答えず、生月駿三はズカズカと石碑の背後にある俗に底無しの井戸と言われて居る空井戸の側へ行って、その辺に生い繁る雑草を引きむしって居ります。
「あと一時間と五分」
蜂屋文太郎は、委細構わず進行係をやって居ります。
「諸君は銘々の案を立てて、一年に一度の機会を掴んで下さい、でないと判官三郎にしてやられますよ」
「あと一時間と二分」
時計の針は遠慮もなく進みます。たった十分間で宜しいと言った、生月駿三の為の時間は、あと僅に二分を余すのみです。
「あと······」
蜂屋文太郎勝ち誇った調子で、「あと一時間」即ち生月の要求した十分が切れた事を報告しようとする刹那、
「解った!」
明決な一語。
空井戸を覗いて居た生月駿三は、
「何? 解った、ど、どう解ったのだ」
玉置子爵は少しあわて気味に乗り出しました。事件はこの人に取って、非常に重大になって来たのです。
「至って簡単です、お話しましょう」
やおら、生月駿三、ステッキを挙げて、
その時、
「待って下さい」
転げるように、藪蔭から出て来た一人の娘があります。お召らしい
「アッ」
「みっちゃんじゃないか」
「どうしてこんな所へ」
異口同音とはこの事でしょう。神田の「無名
「待って下さいな、この謎は私が解かなければなりません、どなたも暫らく待って下さい」
みっちゃんはほんのりと
「
筒井知丸。大事な話の腰を折られて、少しジレ加減にこう申しました。
「
「馬鹿、帰れ帰れ、お前などの来る場所じゃない」
口汚く罵るのは、御人体にも似げなく玉置子爵です。上品な青白い顔を緊張さして、こめかみのあたりが、ビリビリ虫が這うように動きます。
「私は玉置光子です、この城趾へ来て悪い筈はありません」
「玉置光子、玉置光子······? ?」
「解らなければ、もっと詳しく話しましょうか、私は先々代の子爵玉置義正の孫で、昨年この城趾で殺された、玉置春子の妹光子です」
「嘘だ嘘だ、そんな、そんな馬鹿な事があるわけは無い、お前は
子爵は
「騙り? 騙りは
美しい小娘とばかり思った「みっちゃん」が、名門の跡取りであったのも予想外ですが、大の男を相手に、一寸の引けも取らぬシャンとした
「こら出鱈目をいうな、先代は支那で亡くなったのは知って居るが、子供などがある筈は無い。私が別家から入って玉置家を相続したのは、法律上の正当な手続を踏んでした事で、
「そんな事は私にはわかりません。もう弁護士に頼んでありますから、いずれ裁判所で何んとかして下さるでしょう······けれども、差しせまって、この石碑の謎は私が解かなければなりません。一昨年の夏至の日、私の伯父||お母様のお兄様に当る方||が、この城趾へ謎を解きに来て、大石に打たれて殺されてしまいました。昨年の夏至の日には、私の姉がこの城趾を訪ねて、これも謎を解きかけて短刀に刺されて殺されてしまいました。その噂を聞いて、私は
美しい光子の頬には、夏の陽を受けて、汗とも涙とも判らぬものが光ります。一生懸命の娘の弁舌に言い伏せられて、さすがの玉置子爵も、今はもう沈黙してしまいました。軽蔑し切った様に、時々この小娘を眺め乍ら、下品な西洋人のように肩をすくめて居ります。
「あと三十分」
思いもよらぬ冷たい声、それは時計を見詰めて居た、蜂屋文太郎の掛声です。
「アア、どうしましょう、私にはまだ解らないところが一つある、たった一つ······」
光子は空井戸の側へ行って、その
「その井戸の中へは、何百人の人が入って探険した筈だ······底の底まで空井戸だ······何があるものか」
子爵は冷罵に近い言葉で、こう言い切り乍ら、白麻のハンケチを出して額の冷汗を拭きます。
「アッ」
不意に光子の
「危い」
「何をする」
文学士の碧海賛平は駆け寄って娘を抱き起し、画家の朝山袈裟雄は、胸倉をつかまんばかりに、この無法な俳優に詰め寄りました。可哀相に光子は、石畳の上でひどく
「············」
生月駿三は、黙って
「アッ吹矢!」
「これが、みっちゃんの眼を狙ったんだ、
生月駿三が娘を突き飛ばしたのは、その吹矢から救う為だったのです。
やがて生月駿三は、完全にこの探検隊を支配してしまいました。この男||テアトル築地の人気を背負って立つ優男||のすることは、何んかしら根強い理由があって、グイグイと人を圧伏する力が潜んで居るのです。
「あと十分」
その中で、蜂屋文太郎だけは超然として、圏外に立ったままジッと腕時計を見詰めて居ります。この男には何んか違った考えがあるらしい事は判りますが、それが
「どうしましょう、あと十分、私にはどうしても判らない、たった一箇所だけ······」
光子の美しい眼は、救いを求めるように、生月駿三の顔を見上げました。
「みっちゃん、心配するな」
やさしく娘を
「みなさん、手を貸して下さい。この井桁を取り払うんだ。······あぶない······井戸の中を覗いちゃいけない。その中には
六七人力を併せると、四枚の
「サア猪が飛出すぞ」
谷川の
「ワッ、ブルブル」
落ち込む水の中から顔を出したのは、猪とはよく言った、髭武者の山男、井桁の下の凹みに隠れて娘に古風な飛道具を吹き付けたのを、生月に発見されて、思いもよらぬ水攻めを食わされたのです。
「助けて」
とうとう悲鳴をあげてしまいました。僅に石畳へ両手をかけて、上半身を持ち上げたのも暫らく、猛烈な水に掃き落されて、あわや底も知れぬ空井戸の中へ落込み相になります。
「そら、獲物だ」
「オウ」
とゆるぎ出たのは、今まで時計と睨めっこをして居た蜂屋文太郎、ズカズカと傍へ寄ると、僅に井戸の
「コラ、
「騒ぐな」
凜とした叱咤の声、もう新聞記者蜂屋文太郎ではありません。
「みっちゃん······イヤ光子さんだっけ······君に解らないというのは、これだろう。もう猪は居ない。安心して井戸の側へ寄って、中をよく見るんだ」
生月駿三に招かれて、光子は近々と寄り添い乍ら、谷川の水の轟き落ちる井戸の中を覗きました。
「この井戸は
からからと笑い乍ら、生月駿三は井戸へ落ちる水を加減してだんだんその量を
「夏至の正午······この意味がわからなければ、井戸の中へ三年籠って研究したって謎はとけない。夏至は言うまでもなく、一年で一番日の永い日だ。そして一番太陽が中天に来る日だ。北半球のこの辺では、太陽の位置は
指す下には、なるほど太陽の光線がかなり深い所まで、井戸の中へ落ちて居ります。
「丁度十二時」
片手に捕物を引寄せた蜂屋文太郎は、片手の腕時計を見乍ら斯う宣告しました。
「丁度よし」
響の音に応ずる様に、生月駿三は井戸の中を覗いて応えました。
「井戸の口から入る光線と、すれすれの所まで水を入れたのだ。井戸の口径と太陽の位置とを測れば、こんな手数をしなくともいいわけだが、何百年の昔、
石畳を一つ起すと、その中に凹みがあって、したたかな
「こんな事だろうと思って用意をしたのだ。退屈病患者達は、後学の為によく見て置くがいい」
だんだんこの優男の言葉がぞんざいになります。くるくると上着を脱ぐと、井戸の側の桂の大木に棕梠縄の一端を堅く結び付けて、一端をぞろりと井戸の中へ、
「みっちゃん、君は一番信用が置けそうだ。あとをよく見張って居てくれ。その辺の狼へ気をつけるんだよ」
生月駿三は
太陽と水との接吻をする辺まで降ると、棕梠縄の瘤を足だまりに、じっと四壁を見廻して居りましたが、やがて、
「フム」
一つ唸ると、かくしからU字型になった鈎を出し、縄の途中へ引っかけて、それを自分のバンドへ止め、両手に
二打三打、石はポロリと落ちて、井戸の中へ溜った水はその穴の中へ恐ろしい勢で流れこんで行きました。
「これで
鈎を外して
井戸の上に、真昼の陽を受けて、キラリと閃めくナイフ。
「オオ
思わず首をすくめて息を呑みましたが、不思議に縄は切られた様子もありません。大急ぎで
「エッ」
早速の気転、井戸の口から横なぐりに
「ウム」
と倒れてしまいました。見ると、それは思いきや子爵玉置道高の血に飢えた恐ろしい姿だったのです。
「みっちゃん、危なかったなア。君は縄を切らせまいとして争ったんだろう。どうも有難うよ。キットお礼はする」
「あれ、生月さん、私こそ」
身じまいをして、ポッと娘は赤くなります。人目が無ければ手でも取り度いような心持でしょう。
蜂屋文太郎その他は、手錠をかけられた兇漢が逃げ出したのを、追い廻して
折から警戒の巡査の手を借りて、兇漢を捕えた一行は、蜂屋を先にドヤドヤと帰って来ました。
「オウ、これは子爵じゃないか」
「蜂屋さん、仮にそう呼ばして貰いましょう······この城趾で、一昨年は山根老人を殺し、昨年は玉置春子を殺した真犯人を引渡しましょう」
生月は少し改まります。
「生月君、仮にそう呼ばして貰いましょう。御厚意有難う」
蜂屋文太郎はズカズカと、半ば気を
「サア、
「無礼だろう。子爵玉置道高を何んと思う」
僅に起き上った玉置子爵は、この場の様子に気が付いて、ギョッとした様子でしたが、直ぐ気を換えて
「二人殺しの真犯人」
自若とした蜂屋文太郎の声、
「何を証拠に」
「証拠は充分過ぎるほどある。最後の確証を握るために、骨を折って
「君は何んだ、何の権利があって······」
「私は
新聞記者蜂屋文太郎と名乗る男は、当時名探偵として鳴らした、警視庁の花房一郎だったのです。
「お前は、山男の三治という前科者を買収して、二度までも邪魔者を殺させ、今日は吹矢で最後の一人を倒そうとしたろう。井戸の中に宝があることは解っても、謎を解くことが出来ないばかりに、謎を解きかけた人を見ると殺さずには居られなかったのだろう。お前は子爵家の血統の者でも何んでもない、大騙りの偽者な事はよく解って居る、サア弁解は出る所へ出てからしろ」
花房一郎は、子爵の肩を叩いて言い放ちます。筒井知丸、碧海賛平の
折から、
「妙な所から水が出ます」
警固の警官の一人が駈けて来て、用水堀の石垣を指します。
「しめた。そう来なくちゃ嘘だ。一たん止めた谷川の水を、
生月駿三につれて、十何人一と塊りに駈け付けます。見ると用水堀の中程の石垣がゆるんで、その間から一道の水が勢よく噴出して居る有様、足場を見付けて、スルスルと降りて行った生月、
「みっちゃん、君は主人公だ。一緒に来給え」
娘の手を取って、石垣伝いに
暫らく経ってから、
「
花房一郎に引立てられた玉置子爵は、今思い出したように、穴の口を指し乍ら、
「
とわめき立てます。
「わかってる」
冷い一言、花房一郎は自若として動き相もありません。
「
子爵の声を聞いて、間近に居た十人ばかりの警官、用水堀の上へ集って来ましたが、花房一郎は二人の入った穴を見詰めたまま、何んとも命令を下しません。
暫くは、白日の下に恐ろしい緊張が続きます。
やがて、待ちくたびれた頃、穴の口へスラリと現れたのは、判官三郎の生月駿三ではなくて、玉置光子のみっちゃん唯一人。
「みっちゃん、
あわて臭って筒井が聞くと、娘は黙って首を振って、危い石垣の上を、
「
朗らかな声、後を振り向くと、井戸の口から棕梠縄を伝って上ったらしい生月駿三、泥だらけな
「中は磨き上げた様な
にこやかに話すのを遮って、
「判官三郎動くな」
子爵玉置道高、押えられたまま口惜しそうに身をもがきます。
「ホウ、今わかったか······よしよしあわてる事は無い。マア聞き給え、最初はこの財宝を一人占めにしようかと思ったが、本当の持主が現われると、オレが取るわけには行かない。地下の財宝は全部玉置光子嬢事、わが美しき『みっちゃん』のものだ、誰も争ってはいけないぞ、判ったらそれでよし」
「オイ、警官達、判官三郎をなぜ
玉置子爵が歯がみをするのを、面白相に
「騒ぐな騒ぐな、オレは生月駿三というテアトル築地の俳優だ、判官三郎という確かな証拠は一つもあるまい、よしんば判官三郎にしたところで、今日はその筋の御用をこそ勤めたが、悪い事は一つもしちゃ居ない筈だ」
言うだけの事をいうとくるりと後へ向いて、
「左様なら花房君、又逢おう」
「待て、三郎」
今まで黙って居た花房一郎、後から浴せるように一喝すると、花房の顔色を伺って、手も下さずに居た警官達、「ソレッ」と居合腰になって、生月の後へ飛付こうとします。
「何んだ、花房、君は二人殺の真犯人を手に入れ、みっちゃんは巨万の富を手に入れ、そしてオレは新しい恋人を手に入れたんだ。それで充分じゃないか。それとも未だ不足だというのかい。今日の腕比べは五分五分だ。お互にそんな事で我慢するさ。みっちゃん、左様なら、又逢おうよ、あすこでネ。忘れちゃいけないよ」
サッと身を翻すと、思いもよらぬ山の上へ、藪や木立をスラスラと分けて、アッと言う間にその姿を消してしまいました。