「泥棒の肩を持つのは穏かではないな」
日曜の午後二時、男爵邸の小
「肩を持つという訳ではありませんが、あの『判官三郎』と名乗る泥棒ばかりは憎めませんよ。第一あれは驚くべきスポーツマンで······」
というのは、会社員の黒津武、運動家らしいキリリとした
「というと、君自身が
これは宮尾敬一郎という、金持の坊ちゃんです。映画とスポーツと音楽の通で知らないものは、月給を取る方法と金を儲ける方法だけといった、典型的の有閑青年。
「僕じゃない、僕の伯父がやられたんだ」
「君の伯父さん? ······
「それだよ、伯父の悪口をいっちゃすまないが、世間から『地獄の筒井』といわれる位だから、伯父のやり口も充分悪かった」
「あの古代の宝玉というのは、有名な
「その通り、残念
「マア黒津さん、そんなに伯父さんの悪口を
後ろの方から、洗練された美しい声、振り返って見ると、次の間に通ずる
「オ、栄子さん、
青年達は、腰を浮かして、この美しい人を迎えました。唐船男爵の一粒種で、才色兼備の見本のような令嬢、毎月変った
「黒津君が伯父さんの悪口をいうのは、存分にお小遣が貰えないからなんですよ······」
「マア」
「コラ何を人聞の悪い事をいう、君のようなノラクラ者と違って、これでも独立独歩の月給取だぞ、お小遣に困るようなサモしいんじゃない」
「ハッハッハッ、まあ怒るな。ところで英子さん、今ここで、判官三郎の噂をして居たんですが、あなたはどうお思いになります?」
「まあ素的ネ」
「判官三郎を憎んだものだろうか、それとも讃美したものだろうかと言うのです」
「憎むところなんかありませんワ。判官三郎は神出鬼没の怪盗ですけれど、意地の悪いことや、残酷なことは決してしません。
「これこれ何をいうのじゃ、泥棒崇拝は少し慎しんだがよかろう、
「············」
男爵に声をかけられて、
「判官三郎という、巨盗を君は知って居るかな」
「イヤ、一向······
「プッ」
とうとう
「
男爵は憐れむような慰めるような、不思議な一瞥をこの若い教授の上へ送りました。
「判官三郎が、内燃機関の改良者だといわないところが、まだしも見付けものだよ」
宮尾敬一郎は不遠慮に
「マア
黒津武は、もう一度外国語の本を取り上げようとする深山茂を止めて、
「君のように本ばかり読んで居る人間はあるもんじゃない、
若い教授の手を取らぬばかりに、一座の中へ引入れました。
「有難う、だが僕にはまるっきり話題というものが無いんだよ、内燃機関の改良の事を話すと、君達に笑われるばかりだし······」
それでも淋しくニッコリして、男爵父娘と相対して、黒津、宮尾二人の間に座を占めました。
二十七八歳、むっつりした好青年で、何んとなく重厚な感じがあります。内燃機関の特殊な研究者で論文さえ出せば、
「深山君の勉強には敬服するが、少し
「有難う、けれども、僕はどうもあの運動というようなものをやる気にはなれない」
黒津の手厳しい攻撃に対しても、軽く抗弁しながらも、ともすれば長椅子の上へ置いて来た、外国語の本の方に気を取られ相です。
「判官三郎というのは、近頃世の中を騒がして居る巨盗なんだが、この泥棒は不思議に婦人方に人気があるんだ。例えば、英子さんの今の弁護振りの如き、婚約者たる君の耳に、異常に響かなかった筈は無い······」
「マア黒津さん、何んという
「英子さん
「それで······」
深山茂の顔には、解き難い疑問が、
「それで······どうも弱ったな、君のように冷たい顔をして居ると、話が
「どんな顔をして居ればいいのだ」
「御挨拶だネ、そんな論理学的な表情を取り払って、精々社交的な表情をして居ると、おれの話は滑らかに進展する······まあいいや、結論だけ簡単にブチまけよう。こうだ、本にばかり
「············」
深山茂は、とうとう長椅子の方へ帰ってしまいました。この若い学究に取っては、
「マア深山さん」
自分の魅力の前から、臭いものを見棄てるような無造作な態度で
そこへ、若い女中が、磁器のお盆へ入れて、人数だけのコーヒー茶碗を運んで参りました。素晴らしい茶碗に、銀の
「このコーヒーは自慢で、南洋から取寄せたのを、念入りに家でひかしたんだが······」
唐船男爵は、世間並の貴族らしく、手数をかけた飲物に軽い誇を感じながら、フト匙を取りましたが、
「フム······」
茶碗の中を眺めてうなって居ります。
「マア」
英子はクルリと振り返って、
「鶴や、
「そのコーヒーは下げて行って、捨てるなり、どうするなり、それから菓子を持って来るのですよ······アア後をしめて」
すっかり面喰って、涙さえ浮べた若い女中は、アタフ夕引下って、片手で
「アッ、又!」
「あの娘は全く野蛮人だよ」
唐船男爵はいくらか落付きを取り返して、二度目に入ったコーヒーを啜りながら、こう申します。
「日本にあんな人間が住んで居るのは珍らしいネ、いくら山出しにしても、
「が、
ツイ口を滑らして、宮尾敬一郎は首を縮めました。美しい英子姫の瞳が、非難するともなく、自分の方を
「マア宮尾さん。男の方はどうしてあんな無智な娘を好くでしょう?」
「イエなに」
「私にはどうしても解らない、不作法で横着で、野蛮で、そりゃ大変な娘よ······そうそうあの娘は、深山さんが御郷里の方から
「どうもすみません······」
感心に話が耳に入ったかして、例の外国語の本を伏せて、若い教授は顔を起しました、
「だけれども、あなたのお国って、あんなところでしょうか、私共とは、人情風俗がまるっきり違うんですもの」
美しい姫の
「何しろ、山の中で猿や熊と一緒に育った娘ですから、都会人の礼儀や作法を心得て居るわけはありません。その代り、正直で無邪気で、都会人のように、ウソを言う事も知らないのです」
「あの上嘘を言ったら、どんな事になるでしょう」
「············」
ちぐはぐな心持、そぐわない空気、一座は又白け渡りました。
気まずい沈黙を破って、廊下を
「殿様、タ大変で御座います」
「何?」
「なんだ」
総立になって客間へ転げこんだのは、日頃沈着そのもののような顔をして居る、
「
「アッ」
唐船男爵もさすがに顔色を失って、立ちすくみました。富と権勢とを誇る男爵家の金庫ですから、中に何があったかわかりませんが、兎に角、
五人が
「宝石は?」
「大丈夫だ」
「有価証券?」
「何んともなって居ない」
「現金?」
「みんなある」
英子と本藤の問に答えて、男爵の手はそれからそれと忙しく動きます。
「では、
「そうだ、一番大事なものが無くなって居る」
振り返った男爵の顔は、血の気もなく真っ蒼に歪んで居りました。
「お父様、では
「これは尋常一様の泥棒ではない、深山君、御覧の通りだ、君が苦心をして発明した、あの世界を驚倒させるだろうと言われた、新式内燃機関の設計図が盗まれてしまった」
「||||」
恐ろしい深い沈黙が、一座を支配しました。男爵の次の言葉を待つように、互に顔を見合せて、異常な緊張に任せて居ります。
「あの設計図は、とうに君に返さなければならないものであった。が、会社で君から買収する意向があったので、幾度も君から請求され乍ら、心ならずも止めて置いた||」
「||||」
「あれが無くなっては、君の損害は勿論のことだが、会社の損害が非常に重大だ」
「警察へ、電話で」
だれやらの声に応じて、本藤が卓上電話を取り上げようとすると。
「待った」
男爵はコードを引っ張って止め乍ら、
「競争会社の関係もあるから、なるべく表沙汰にはし度くない、あの秘密はあまりに重大だ、もう少し調べてからにしよう」
と申します。
どうして書斎の金庫の開いてるのが判らなかったかというと、今日は日曜で、男爵も本藤も、朝から書斎を見舞わず、掃除をした女中のお鶴は、例の山出しで、金庫が開いて居たか閉って居たか、そんな事は気にもかけなかったというのです。
注意して見ると、「金庫には[#「「金庫には」はママ]何の
組合せ文字は、唐船男爵と本藤が知って届るだけ、あとは英子嬢さえ知らなかったのです。
「本藤、組合せ文字を人に知られるような事は無かったろうな」
「飛んでもない······」
本藤は唐船男爵の問に、一度はいさぎよく応えましたが、何を感じたか、フト固い表情をして考え込んでしまいました。
「どうしたのだ」
「ナニ何んでも御座いません、多分何んでもないだろうと思いますが······二三日前の事、私の手帳が見えなくなって、心当りの場所を半日探して居ると、庭に落ちて居ましたといって、お鶴が返してくれた事があります」
「それで?」
「私はその日一日調べ物の仕事が忙しくて、庭へは一度も出ませんでした。不思議な事があるものだと思って居りましたが、······後で気が付いて見ると、その手帳に書いて置いた、金庫の合言葉が、一枚そっくりムシリ取られてありましたようで······」
「何? 何んでもない事があるものか、お鶴を呼べ!」
「お父様、あの
「よしもう判った、お鶴に金庫を開ける智恵があるわけはない、お鶴を手先に使って、中から設計図を取り出した奴があるに相違ない」
ジロリと見渡した男爵の眼は、深山茂の深沈な顔にピタリと釘付けになりました。
大事な大事な一人娘、望まばどんな高い身分の若殿も、婿なり養子なりに迎えられるだろうと言われた才色兼備の見本のような英子嬢を犠牲にして、この素性も知れぬ若い教授を
それにもかかわらず、その若い教授は、英子嬢よりも設計図に執着して、何遍も何遍も男爵に返還を迫って居たのです。
おまけに、||これは一番重大な事ですが||お鶴は深山の郷里から来た娘で、深山とどんな関係があるか誰も知らず、ただ、一方ならず深山を慕って居ることだけは、軽い嫉妬に敏感になって居る英子嬢ならずとも、
「泥棒の手引をしたのはお前だろう」
本藤に突き飛ばされて、
「いいえ、
「知らないとは言わさん、手帳の中に書いてあった組合せ言葉を読んで、それを誰かに知らせたに相違あるまい」
「············」
「サア、お前の手引をした相手は誰だ、言わないと警察へやって暗い処へ
「私ゃア、何んにも知らないよ」
この娘が何を知って居ましょう、振り仰いだ眼は、天にまたたく星のように清らかです。
「本当に知らないな」
「本藤、そんな事で口を開かせようと思っても容易の事ではあるまい、可愛らしい顔をして居るくせにとても強情なんだから、もう少し何んとか工夫をおしよ」
英子嬢は、あられもない事を申します。
「アッ、あれは?」
誰やらが頓狂な声を出します。
振り仰ぐと、鉄格子で堅めた大窓の上の、空気抜の小窓が半分開いて、この
判官三郎
と麗々しく四文字、ここから入りましたと言わぬばかりに「アッ」
「判官三郎だ」
「これは容易じゃない」
驚きとも感歎とも付かぬ声が口々に爆発します。
「アレー、助けて!」
お鶴は必死と争いましたが、大の男二三人に
「サア、ブルをお出し、この
英子の美しい顔には、残虐な微笑がスーッと走ります。
「よし来た」
二本の鎖で押えて居る、ハズミ切ったブルドック、白黒斑で小牛ほどある逸物です、それを面白半分で書生達が放すと、英子が自分で、屋上庭園に通ずる厳丈な扉を開けて、
「サアお鶴、暫らくブルと一緒にお
ピシリ、重い鉄の
「ワーッ、助けて、ヒー」
悲鳴に交って、猛犬の吠える声、屋上庭園の物凄い
「どうした?」
「お鶴は屋上庭園で仲よくブルと遊んで居るワ」
父男爵に答えた英子の眼には、恋敵を鰐の口へ投げこませた、エジプトの女王のような誇りと美しさがありました。
「あの屋上庭園は下まで六十尺もある、こんな時は高い建築も悪くないな」
「それに、郊外の有難さで、お
黒津は男爵に
話が途切れると、再び恐ろしい沈黙が一座を領して、頭の上から、かすかに悲鳴、猛犬の唸り、手に取るようにそれが聞えます。
抗すべからざる圧迫が、宮尾、黒津、男爵の額に冷汗を浮かせ、その眼をカッと
一人は英子嬢、その輝かしく、美しい顔には、微笑をさえ浮べて居ります。もう一人は深山茂、鉄の仮面のように冷たい顔で、例の外国語の髭文字の本に読み耽って居ります。
「英子さん」
暫らくして、静かに外国語の本を閉じた深山茂は、美しくも取すました英子の前へ歩み寄って呼びかけます。
「||||」
黙って男の顔を見上ぐる姫の眼には、
「屋上庭園へ通ずる鍵をお出しなさい」
「どうなさるのです」
「お鶴を救わなければなりません」
熱鉄を叩くような言葉、
「あの
「愛人」
「エッ、それでは私は」
「路傍の人だ」
これは氷を割ったような言葉です。
「いけません、いけません」
サッと英子の顔は血色を失って、両手で胸を抱いて、
「お出しなさい、あの
「コレ、君は娘を侮辱するか、無礼だろう」
猛り立つ男爵を尻目に、
「男爵、怒ってはいけません、猛獣と一緒に一人の娘を屋上庭園へ追い上げる婦人は尊敬に価するでしょうか」
「何をいうのじゃ、あれは泥棒の手先を働いた女ではないか、それ位の事は何んでもない」
「泥棒泥棒と
「||||」
「設計図は私のものですから、設計図の被害者なら、私でなければなりません。失礼ですが、男爵にはあの娘を
「深山君、言葉が過ぎようぜ、泥棒を引入れて、金庫を開けさしただけでも重大な罪ではないか」
忠義立てする黒津武を見も返らず、
「君の知った事ではない······サア鍵を下さい」
「そんな物はありません。
英子嬢の美しい顔は
「仕方が無い、争って居る時間が無い。それでは、あの
一本止めの釘を刺して、クルクルと上着を脱ぐと、ワイシャツの袖を捲くって、見かけによらぬ見事な腕を、窓ワクへかけ乍ら、
「スポーツマン達、見て置くがいい。僕のは山男流の体術だ、諸君のとは、少しばかり訳が違う」
と言い終らない内に、
「アッ」
という間もありません。
この客間は、武蔵野と富士山の
窓から出て居る四つの顔を嘲けるように、若い
「オ茂さん」
「お鶴、無事だったかい」
ブルに追いすくめられて、生きた心地もなく胸壁の隅に
「私ゃア、おっかない」
脅えた小鳩のように、ワイシャツの胸に
「もうエエぞ、心配するな。設計図を取り返す用事さえ無けりゃ、こんな
「お前さん本当に山の中サ帰る気かエ」
「そうともそうとも」
「ここの男爵様の婿サアになる約束はどうするだエ」
「嫌な事だ、真平御免だよ」
「私は、茂さんの出世をさまたげてはすむまい······私は死んでもいい、お前さんお嬢様の婿サアになって上げよ」
「何を馬鹿な」
「あの山の中からも、一人位は男爵が出たら、皆んなの衆はどんなに肩身が広かろう。私が東京サア出る時も、決して茂さんの後を追うじゃ無エ、お前はお前で身を立てろ、茂さアは男爵様のお婿様になるちゅうだ。未練がましい事をして、茂さアの出世を妨げると承知をしねエぞと、くれぐれもお父さアに
「
「だから、私は死んでもエエ、お前を男爵様やお嬢様と
娘の熱い唇がそっと、深山の頬に触れたと思うと、脱兎の如く腕の下をすり抜けて、三尺ばかりの胸壁へ攀じ上りました。
「アッ」
と思ったがもう遅い、あまりの不意で、気が付いた時は、もう娘の
「お鶴、待った」
転げるように駆けて行くと、
「アレー」
飛降りて死んだ筈の娘は、
「オオ危ない、今度はブルに助けられたか、よしよし······そんな馬鹿な考えを起してはいけない、いいか、お前は石畳より犬の方が怖いから助かったんだ、おれ達の生れた村には、犬というものも、猫というものも居ない」
深山は娘の背をさすり乍ら、ホッと
「いいか、よく聞くんだよ、あの山の中の村から出て来なければ、おれもお前もこんな苦労はしない、おれ達は、あの山の中の三軒家に閉じ籠って、何十年も、何百年も、食って寝て、静かに世を終ればよかったんだ。お前と生れぬ先からの
男の声には、不思議な真情がこもりました、娘は、その胸に顔を埋めて、涙繁く聞き入って居ります。
「お前も聞いて知ってるだろうが、今から十何年前、たまたま村へ入って来た山林区署の役人に
「本当かい、それは」
「ああ、本当とも」
「茂さア」
娘はもう「うれしい」とも言えませんでした、男の胸はグッショリ涙に濡れて、春の夕陽は、屋上庭園一パイに最後の光を投げて居ります。
ブルの首に付いた二本の鎖と、深山のしめたバンドと、お鶴の腰紐とを合せて、避雷針から五階の窓へ、丁度一本の命の縄が下りました。
それを伝わって、娘一人を運び下すことは、山男の深山茂に取っては、何んでもありません。
窓の中へ、お鶴の
そのまま、お鶴の手を取らぬばかり、固い表情をした一座へ振り向きもせず、スーッと出て行こうとすると、
「待て」
後から呼び止めたものがあります。
「············」
黙って振り向く顔へ浴せるように、
「お前は判官三郎だろう」
かさにかかるのは黒津武です。
「
「その身の軽さは容易じゃない」
「馬鹿な」
「こら、出てはいかん、今警官を呼んである」
「出るなと言ったところで、この上の逗留は御免蒙ろう、お互に愉快じゃあるまい。僕の身の軽いのは、山奥に育って、猿や
「イヤ弁解は警官にしろ、逃げるな」
黒津は躍起となって、出口へ立ち塞がります。
「オイオイ邪魔をするなよ、僕は山の中へ帰るんだ。そんなに判官三郎の正体が知り度ければ教えてやろうか、それ、そこに居るその方が、君の尋ねて居る御仁だよ」
指さした方には、富豪の坊ちゃんで、役に立たない事なら何んでも知って居るが、その代り、御飯の足しになることは何んにも知らないという、代表的のモボ宮尾敬一郎。
「コラ馬鹿な事を言っちゃいかん、あれは宮尾君じゃないか」
「そうさ、宮尾敬一郎君、一名判官三郎だ、宮尾君の体術の鮮かさは、僕のような山男流とは又違うよ」
「
「出鱈目か出鱈目でないか、宮尾君の顔を見るがいい、そら笑ってるだろう、判官三郎は、僕の為に、男爵の金庫から設計図を取り返してくれた恩人だから、どんな事があっても言わない積りだったが、宮尾君の顔をみると、云っても
一座の驚きは絶頂に達しました。八つの目が、思わず無能でお人好の坊ちゃんとばかり思った、宮尾敬一郎の顔に注ぐと、宮尾はニッコリ、笑みこぼれて、
「皆さん、私は新式内燃機関の設計図と、お鶴という娘の恋を深山教授に返してやりました。古代の宝玉を黒津君の伯父さんから、正当な所有者へ返してやるように、すべての物が、正当なる所有者に返るのは愉快なことです。それが私の仕事なのです。||ところが、まだ二つだけ返すものが残って居ります。一つはチョークの
「ホウ、警官隊は今門を入るところか、少し遅かったな、ここまで登って来る内に、入れ代って私の方が門を出るという寸法だ」
サッと身を沈めると、狭い出張りを横這いに、もう一つ身を翻すと、三階の開いた窓へ、スーッと身を隠してしまいました。