「勇、電話だよ」
と社会部長の
「おッ、今行くぞ、どうせ市内通報員だろう」
「いや、そんなものじゃ無い、早坂勇さんとはっきりお名差しだ」
「月賦の洋服屋にしては少し時刻が遅いね」
無駄を言い
「||僕は早坂、用事は何んです、何? 何? 小説家の小栗桂三郎が自殺したッ、
受話器を放り出した足の勇の顔は、獲物を見付けた猟犬のような緊張に輝いて居りました。
「勇、小栗桂三郎が自殺したって? 本当かいそれは?」
とニュース敏感症に
「本当にも何にもお聴きの通りだ、もう少し
「おかしいなア、自働電話のようだったぜ」
「そうかね」
「その上子供の声だったろう、不思議だネ」
「何がおかしいんだ兄貴」
社会部長と平記者の隔りも、友達同志を階級付けるには足りません。千種十次郎と足の勇は、
「そうじゃ無いか、小栗桂三郎は有名な金持で立派に電話を持って居る筈だ。その自殺を、誰だかは知らないが、
「フム」
「それにもう一つ、知っての通り、僕と小栗は、大学時代からの友達で、かなり親しい積りなんだ。その小粟に変ったことがあれば、僕に知らせるのが順当じゃ無いか」
「そうかも知れないが、
足の勇は気が気じゃありません。
「それは解ってるが、俺はどうも
「
「小栗の家へさ、俺はその間に標題だけでも書いて工場へ廻して置く」
「
勇は言下に電話に掛りました。新聞社の編輯局独特の深夜の緊張が
「モシモシ、モシモシ、そちらは小栗さんですね、こちらは関東新報ですがね、||御主人が
「勇ッその電話を貸せッ、切るなッ、||あ、モシモシ僕です。判りますか。関東新報の千種十次郎||、実は今小栗君が自殺をしたと言う電話が来たんです、
千種十次郎の顔には、恐ろしい疑惑が、雲の如く往来しました、「小説家小栗桂三郎自殺す」と書いた
「勇、これはどうかしたら事件かも知れないよ、御苦労だが、
「オーライ」
足の勇はその上の注意は聴いて居ませんでした。千種十次郎の話を、半分は後ろ耳に聴いて、オーバーを引っ抱えたまま、サッと廊下へ||、
足で種を取るから「足の勇」と言われる位の男で、用事がありさえすれば夜中だろうが朝だろうが、
取って二十七になったばかり、某大学を三年前に出て足で種を採るといっても、決して昔の探訪記者と一緒に見たわけではありません。
足の勇が、渋谷の郊外の、小栗桂三郎の家へ着いたのは、それから三十分の後でした。
家の中は深夜乍ら大変な騒ぎ||
名刺を通して、「
あれからの出来事を手っ取り早く言えば、主人の小栗桂三郎は、
「どうして新聞社の方へ先に判ったのでしょう」
いくら報道機敏でも、家の者が知らずに居るのに、密閉した
「子供の声で自働電話からかけて来たんです。それにしてもおかしいなア、兎に角
「え、ツイ十分ばかり前に掛り付けのお医者がお
死んだ小栗桂三郎は一体変った生活様式が好きな男で、近頃は夫人の浪子と別れて女優上りの作家で、立花秀子という、有名な美人と親しくして居るという話でした。
かなり広い家の中には、爺やの江藤老人夫妻と、書生の
小栗自身は、家に居る時は大抵
小栗のこんな習慣は、江藤老人からも聴きましたが、一面識のある足の勇も、
内廊下が尽きると
「旦那様が御存じの新聞の方で御座います」
江藤老人に紹介されて、二人は目礼を交しました。佐伯という内科の博士で、町医者乍ら、
「僕は新報の早坂という者です。小栗さんが自殺をしたという誰が掛けたかわからない電話を受けて驚いて飛んで来たんですが、本当に自殺したのでしょうか」
「さア、
「と
「いずれ、もう警察医の方が来るでしょうから、立会で診た上発表しますが、||密閉された部屋で人が死んで居て、それが、炭酸
佐伯博士は、立って、安楽椅子の上に楽々と掛けた形になって居る、小粟桂三郎の死体の顔から、
小肥りの小栗桂三郎の顔は、全く生きて居る時の儘で、美しい血色までが少しの変りもありません。
「この美しい血色が問題です。炭酸
「二時間以上?」
「そうです、小栗さんは十一時前に亡くなって居たのです」
「||||」
「それに、口のあたりに、猛烈な
「成程」
足の勇は、腑に落ちないことばかりですが、専門家がこれだけ確言するのですから、疑問を挟む余地もありません。
その中に、桜の大本箱が一つ、電気蓄音機のかなり贅沢なのと、レコードキャビネットが一つ、書物卓の外に、茶卓が一つと、ベッド兼用になりそうな長椅子が一つ、安楽椅子が二つ、小椅子が二つ、その安楽椅子の一つの上に、主人公の小粟桂三郎は、何んの苦悩の跡もなく、
茶卓の上には卓上
入口は廊下に面した
鍵は二つ共
「この鍵は一つ切りじゃ無いでしょう」
足の勇は斯う言い乍ら江藤老人を振り返りました。
「一つだけしかありません、旦那様は御存じの通りの御気性で、黙って書斎へ入るのを、大変お嫌いで、鍵は御自分で持って居らっしゃるのだけしか御座いません。用事があると、外からノックして、開けて頂くようにして居りました」
他殺らしい疑は、これで全部消えて
そのうちに所轄署から係りの警部が警察医と一緒にやって来ました。
午前一時、||足の勇は市内の最終版へ間に合うように、編輯局で首を長くして待って居る筈の千種十次郎へ電話をかけなければなりません。
小説家小栗桂三郎の死は、翌朝の関東新報の特種になりました。一流の花形作家で、
死んでから早坂勇へ掛った電話は相当重要に見られ、当の早坂勇は一応喚問を受けましたが、多分奇癖の多かった小栗桂三郎が、死ぬ前から計画して、
それに、青酸のような匂いの強い猛毒を、黙って呑まされる筈もなく、
解剖の結果かなり、多量の青酸が、死体の口中と胃の中から検出されましたが、それにしたところで、自殺説を
別居して居る夫人の浪子と、懇意な立花秀子も一応は取調べられましたが、どちらも上等過ぎるほどの
里方に引取られた浪子は、薄情な夫、小栗桂三郎を怨み抜いて居りましたし、家もそんなに遠くはありませんが、何分ひどいヒステリーで、その晩は特に発作が猛烈だったので、年取った母親が、一刻も目を離さなかったと証言して居ります。
立花秀子の方は、これも渋谷の終点近い有名なアパートで隣室に居る女流詩人の
二人の笑い声は、廊下まで聞えて居りましたし、立花咲子がそれからズーッと原稿を書いて居たらしいことは、
その外、文壇的にも敵の無い小栗桂三郎の書斎へ、
大きい遺産は、別居して居ると言っても、まだ離婚の手続を
その中で、たった一人、小栗桂三郎の自殺説を信じない者がありました。それは関東新報の社会部長千種十次郎で、小栗と友人関係でその性格やら人生観やらをよく知って居たせいもあるでしょうが、一つは新聞記者の本能で、何んかしら腑に落ちないところのあるのを隠そうともしませんでした。
「勇、君は
「何を」
「小粟桂三郎の一件だよ、君はあの発表を少しも疑わずに信ずることが出来るか」
到頭
「と言うと?」
「俺はどうしても小栗を自殺だとは思わないよ、あれはキット人に殺されたんだ」
「
「御同様だかね、勇、第一小栗は有名な楽天家で、野心家で、自殺などする男じゃない」
「||||」
「その上、金もふんだんにあるし、一流の作家だし、
「無い」
「それから、青酸中毒で死んだと言うのに、青酸のビンもコップも無かったと言うじゃ無いか||」
「その通りだ、それが一番不思議だ」
「まだあるよ、自殺を予告すると言う話は聞いたことがあるが、自殺してから新聞社へ電話をかけさせると言うのは例の無いことだ。死んだのは遅くとも十一時で、電話を受けたのは市内版の最初の締切間際だったから、どうしても十一時半だ||」
「||||」
「もう一つ、小栗が死ぬ前に人に頼んで置いて、死んでから電話をかけさせることがあり得るとしても、君を名指して呼んだのは
「||||」
「君は一二度逢っただけで、小栗をよく知って居ないと言ったが、僕は学生時代からの友達だ、小栗は自分の死を関東新報の特種にさせる積りで、誰かに頼んで電話を掛けさせたにしても、呼出すのは早坂勇なる君ではなくて、この千種十次郎でなければならぬ筈だネ、勇そうじゃ無いか」
「うまい、兄貴、御明察だ、関東新報の社会部を背負って立つほどの事はある」
「
「
「話したよ花房へ」
「ヘエ||、したら、何んと言った」
「一応理窟はあるが、所轄署の意見を覆えすほどの証拠が無い、警視庁から手を入れる為には、もう少し動きの取れぬ証拠でも無ければと||言うんだ」
「つまらない遠慮だね」
「で、僕は警察の手を借りずに、もう少し突っ込んで探して見度いと思うんだ、一つは友人の
「素敵だね」
「勇、一と肌脱いでくれるか」
「やろう、是非一と役買わしてくれ」
「よし、それで話が決った。会わせる者がある、
薄暗い応接間には、十四五の少年が一人、借りて来た猫の子のように、隅っこの方に立って居りました。
「
と千種、少し職業的ですが、人を
「え」
少年はおどおどした調子で千種十次郎と足の勇を、二人の巨人のように見上げました。
「少しも怖がることは無い、知ってるだけの事を皆んな話してくれさえすれば」
「············」
千種は少年を促して、向い合って椅子を引寄せました。
「詳しく話して御覧」
「あの||、今朝、売物の新聞を読むと、小栗と言う人の遺産の事を書いたあとに、あの晩、頼まれて新聞社へ電話を掛けた人が名乗って出たら、お礼をやるとありましたが、本当でしょうか」
「本当とも、さア、金は
千種は紙入から紙幣を何枚か抜出して、少年の前へ置きました。
あれから電話局へ何遍か問い合せましたが、渋谷駅前の自働電話から、関東新報の編輯局へ掛けたことだけは解りましたが、それ以上はどうしても解らなかったので、到頭今日の朝刊に広告を出す段取になったことは、側で黙って聞いて居る早坂勇も大方知って居ります。「兄貴は
「そうです、僕なんです||、あの晩は寒い晩で新聞の売れが悪かったんで、十一時半頃までかかって、漸く籠を空けて帰ろうとすると、女の人が僕を呼び止めたんです」
「女」
足の勇の声が大きくなると、少年は少し脅えたように口を
「それから
千種十次郎は、さり気なく次の言葉を引出し乍ら、足の勇の軽率な態度に
「え、女でした、若い綺麗な女の人でした」
「和服か、洋服か」
「和服です、狐色の毛皮の襟巻で、始終顔を半分隠すようにして居ました」
「············」
十次郎と勇は顔を見合せました。和服で毛皮の襟巻というとどうやら別れた夫人の浪子の匂いがします。立花秀子は洋装一点張で、和服と言うものを着た例が無く、それが又自慢の一つでもあったのです。
「毛皮の襟巻で顔を隠して居るのに、
「僕に、電話を掛けさして居る時、横のガラス窓の外から見て居ましたが、その時、何にかの弾みで襟巻が外れたんです」
「どんな顔をして居た」
「眼の大きい、眉の濃いそれでも綺麗でした」
「よしよし大抵分った。で、電話を何んと掛けたか知ってるだろう」
「よく知ってます。関東新報の編輯へかけて早坂勇と言う方を呼出して、||小説家の小栗桂三郎が自殺した、特種だから、
少年は大分応接間の空気に慣れて、
「それで結構、さア、お礼の百円だ、受取ってくれ||でもう一つ二つ聞くが、電話の後で、その女の人からお礼を貰ったろうネ」
「え、百円札が一枚」
「それから着物の柄を覚えて居るか」
「よく知ってます」
「どんな着物だ」
「黒いピカピカしたコートでした」
「草履か下駄か」
「靴です」
「よし、もう
千種十次郎に斯う言われるとお礼の紙幣を引っ掴むように、少年は応接間を飛出しました。
「矢張り浪子夫人だ」
と足の勇。
「いや、そう簡単には行かんぞ」
「どうして? あの顔や、様子は、浪子夫人そっくりじゃないか、浪子夫人が
足の勇は日頃にも無い雄弁に
「いや、浪子夫人は、夫を殺した後で、何んの為に電話をかける必要があるんだ、しかも、一二度しか逢った事の無い君にだよ」
「||||」
「それに、十四や十五の少年が、あんなにはっきり女の顔を記憶して居るのもおかしいし、十一時過ぎの往来で逢った人間の、着て居たコートや、履物まで記憶して居るのは少し変じゃないかネ、何より、今時、昔の女学生じゃあるまいし、和服に靴を穿いて居る女というのが奇抜だよ」
「そう言えばそうだが、その時漫然と見て居ても、あとで事件が大きくなったんで、淡い記憶がはっきり焼き付けられたんじゃ無いか」
「さア」
二人は黙りこくって考込みました。
「もう一度あの夕刊売の少年に逢って見よう、住所は判ってるネ」と足の勇。
「書き留めてあるよ」
「それじゃ、追っ駆けて行って、今度は浪子夫人と立花秀子を一緒に訪ねて、首実検をさせようじゃないか」
「それもよかろう」
二人は自動車を飛ばして、夕刊売少年の住所を探しましたが、千種十次郎に教えて行った、青山穏田のその番地は、大きい邸宅ばかりで、夕刊売などをやる少年の住んで居そうな場所ではありません。
「しまったッ、あの時警視庁の花房一郎君にでもそう言って、本職に聞かせるんだった」
と言ったところで追っ付きません。
「あれは皆んな
「容易ならぬ相手だ、勇、一と奮発する気は無いか」
「
「僕は浪子夫人の方を探って見るから、君は立花秀子の方へ接近して見たらどうだ。僕は小栗の関係で、浪子夫人は表面からよく知って居るが、立花秀子は女優時代の関係で君の方が懇意だろう」
「そう言えばそうだ」
「立花秀子はあれでも職業婦人だから、昼は大抵『愛の友社』に居るだろう」
「行こうよ、勇」
二人が有名な「愛の友社」へ行ったのは、昼を少し過ぎて居ました。昼食をすませた連中は大抵出かけた後ですが「愛の友社」に籍を置く立花秀子は、隅っこの椅子でお茶を啜って居りました。
「立花さん、
「あっ、千種さん、早坂さんも御一緒」
「この間は嫌なことでしたネ」
「え、全く嫌になって仕舞いましたワ、小栗さんが自殺したからって、私まで引合に出さなくてもいいでしょう。私と小栗と何んの関係があるものですか」
「全く、災難でしたね、まア過ぎた事だ、あきらめが肝心ですよ。ところで立花さん、今日は付合って頂けませんかしら?」
「え、招ばれて上げても
「まだ胸が一杯でしょう||」
「あら、千種さん、そんな事を言っちゃイヤ、ね早坂さん」
「僕の腹なら空っぽですよ」
「マア、何んて間抜けな調子でしょう。だけど、私は、早坂さんのその
立花秀子は、そう言い乍ら、二人の中へ席を移しました。
薄い
黒以外の色を忘れて
「立花さん、勇の野郎が、近頃恋患いをして居るんです」
「あら古風ねえ、相手は?」
「言おうか勇」
「止せやい兄貴」
足の勇はすっかり赤くなって
「
「可哀そうにすっかり憂鬱になって居らっしゃるじゃありませんか」
「勇が恋患いをしたんだから、年代記ものですよ。此間っからすっかり音痴メンタルになって居るから、
「何んです、その音痴メンタルと言うのは?」
「センチメンタル見たいなものですが、勇のは少し馬鹿気て居るから音痴メンタルで||」
「まア」
「訊問に及ぶと、白状しましたよ」
「何んて||」
「
「あら」
「立花秀子さんに逢いたいなんて、身の程を知らない野郎でしょう、駆け出しの新聞記者のくせに」
「そんな事無いワ、ねえ早坂さん」
「
「あら、本当なの早坂さん、嬉しいワねえ。私は世間から
美しい立花秀子は、手袋を
「弱ったなア」
「弱ることなんか無いワ。
「驚いたなア」
足の勇は全く面喰って
「じゃ、僕は失敬する、仲人は宵のうちさ、頼むぜ勇」
「待ってくれ兄貴、約束が違う」
「馬鹿だなお前は、約束は立花さんとするが
千種十次郎はそう言って午後の街の陽の中へ飛出しました。後に残った二人、足の勇と立花秀子は、隅っこの椅子に二羽の小鳥のように寄り添って、照れ臭く顔を見合せて居りました。
それから又十日ばかり経ちました。
足の勇はすっかり立花秀子のアパートに入り浸って、ろくに社へも出ないようになってしまいました。
初めは、千種十次郎に言い含められて、小栗桂三郎の死因を探る為に入り込んだ筈でしたが、
秀子は、何んとか世間から噂されて居りますが、男性に取っては全く魅力そのものでした。趣味が精練されて、性格はかなり知識的で、作家としても一風を打ち建てて居りましたが、それよりも素晴らしいのは、この女の持って居る肉体の価値です。
「勇さん、
高笑いを転がされると、足の勇の持って居た疑いなどは、煙のように吹き飛ばされて
「私は、
「············」
「白状すると、
そんな事も言いました。
玉虫色の笠に
併し、この交際も長くは続きませんでした。ある晩訪ねて行った勇は、秀子の化粧卓の
勇は本能的に、この二品を取上げると、ギョッと
「随分変ネ、お隣の鼎さんよ、あんなに親しくして居たのに近頃は私と口も利かないワ、妬いてるんだワ」
そう言い乍ら、顔を洗ったばかりの、健康な顔をした秀子が入って来ました。
「あら、どうかなすったの勇さん、変な顔色よ」
「どうもしない」
「
「
「
「そうも言っちゃ居られない」
勇は渋谷の往来へ、鉄砲玉のように飛出して
行く先は、言う迄もなく小栗桂三郎の死んだ家。まだ未亡人の浪子は入らず、江藤老人夫婦が留守をして居るだけですから、見せて貰うにも手数が掛りません。
「江藤さん、
「早坂さんでしたか、どうぞ」
何んの
庭から廻って、
「あッ、早坂さん、
廊下伝いに
「いや、何」
足の勇がどんなに蒼かったことでしょう。
その晩遅く。
いつものように、長椅子の上に並んで掛けた勇は、恐ろしい疑惑に
「どうなすったの? 悪い顔色よ」
秀子は若い蔓草のような腕を伸べて勇の首にからみ付こうとしました。
真珠色のスタンドから射す光は、この
「秀子さん、もう僕は斯うしちゃ居られない、今晩こそ、何も
「
「僕には、こんな生活を
「あッ」
秀子が驚いて
「これは
勇は秀子の豊満な腕を
「勇さん、何も彼もお仕舞いねえ、私はもう隠しも
「この化粧卓の
「ああ、矢張りあの女だ」
「あの女と言うと?」
「勇さん、小栗を殺したのは私よ、確かに私に相違ないワ。だけど、これにはわけがあるワ、||あの小栗と言う奴は、そりゃ悪人よ、私の昔の
「えッ」
「みんな小栗の細工だワ、そして私の名誉をメチャメチャにして自分の思う通りにしようとしたんだワ」
「だけど、たった一度私はあの男に
「えッ」
「そうするより外に仕方が無かったんだワ、御覧なさいなこんな、具合に||」
秀子はその熱を帯びた美しい唇を持って来て、勇の唇を追いました。物悲しい眼を一パイに見開いて。
プーンと女の口から
「小栗は夢中になって、カプセルに入った青酸を、私の口から吸い取ってしまっただけの事よ、だけど、勇さんには、このカプセルはやらないわ」
「あッ、秀子さん、それを呑んじゃ、それを」
「左様なら||」
あッと言う間もありませんでした。
秀子は
立花秀子は、小栗に脅迫されて、危うく貞操を奪われそうになった時、フト手に入れた青酸を二重のカプセルに入れてその上を厳重に密封したのを、接吻にことよせて口移しにして
人を毒殺する者は、必ず自分の為にも一服は用意すると言われて居ります。立花秀子ももう一つ用意して居たカプセルを含んで、自分から勇の腕の中に死んでしまいました。
その後刑事につけられて居る事を知って持出して捨てることもならず、アパートの物置に隠して置いたのですが、隣室の鼎咲子が、勇と秀子の猛烈な恋に
秀子は全く勇を慕って居りました。
少年を買収して電話をかけさしたのは、勇に手柄をさせると共に、自分の溜飲を下げる為、言わば犯罪者の小さい虚栄心だったのです。
何も彼も段落が付いてしまったから、千種十次郎は、足の勇を
千種十次郎が夕刊売少年の話を聴いて、犯人は立花秀子ではないかと気が付いたのは、少年が電話を頼んだ女の顔や身なりをあまりによく知って居たのに疑を起したところへ「
少年の言った人相や