垣根の破れたところから、大きな茶のぶち犬が彼の庭に這入ってきた。お隣の発田の飼犬である。なにか考えこんでいる風に首を垂れ、彼が大切にしている
(どうも変だ)頬杖をついたまま、彼はそう考えた。
ぶち犬は靴をくわえたまま、彼の方から眼をそらすと、重そうに
(あの垣根も早いうちに修繕しなければ、やがてぼろぼろになってしまうだろう)
彼はけだるく身体を起しながら、垣根の方をぼんやり眺めていた。朽ちかけた竹垣だが、発田の家と彼の家の仕切りになって、往き来できないようになっていたのに、発田のおかみさんが燃料にするために引抜くから、近頃では犬が自由に出入できる隙間ができた。そのうちに人間が通れるようになるだろうし、やがては馬も通れる位になるだろう。今のところは犬だけだが、あのぶち犬は日に三四度は何となく彼の庭にやってくる。茶のぶちをつけたりして、感じのわるい犬だ。
(しかしどうしてこんなに身体が重いのだろう?)
身体のどこかが変調子になっていることを、彼はこの頃はっきり意識していた。とにかく身体がひどくだるくて、それに応じて気持もひどく重い。気持がすこしも動かない。ある鈍麻が彼の全部を漠然と満たしている。ものを眺めても、ただ眺めているだけで、それに働きかける意欲が全然起らない。げんに今だってそうだ。復員のとき持って帰った古靴だが、もう
塀の外に、
この妙な状態は、何時の頃からか。昨日今日のことではない。身体の機能の狂いを自覚したのは、一週間ほど前、いや十日位になるだろう。食慾がしだいに減退し、身体をうごかすのが大儀となり、何をするのもいやになってきた。ねじを巻き忘れた柱時計の振子が、いつのまにか止ってしまうように、情緒までがだんだん振幅をせばめて、反応を失い始めてきたようだ。現象に呼応して、感じ揺れるものがない。食慾の減退からみると、消化器系の障害もあるらしいが、風邪をひいている気配もたしかにある。それは中山と一緒に酒を飲んで、水に落ちたあの夜以来だ。
昔からの友達の三元が、どうした心境からか強盗をはたらき、とうとう
「三元があんなことをやったのも、もともと君の影響だよ」
中山はそんなことを押しつけがましく彼に何度も言ったのだ。そればかりにこだわっているような言い方で。中山も相当酔っている風であった。
「こんな時代だから、強盗やってもいいんだと、三元に教えたのは君だろう」
「そんなことがあるものか」と彼はひたすら抗弁した。「そんな
「そら、言ったんだろ。言わなくても、暗示ぐらいはしただろう。そしてあいつは可哀そうにやっちまった。やっちまったから、あいつの負けさ」
中山は眼をきらきらさせて、そんな事も言った。三元の犯罪事件の後始末を相談するために会ったのに、後始末の話はほとんど出ず、なぜ三元があんなことを仕出かしたのかという問題を、堂々めぐりするだけであった。三元のことをサカナにして酒を飲むなど、いささかなまぐさすぎる感じもしたが、中山の語勢につられて、彼もすこしは力んでいるようであった。始めはそんな具合に酔いを殺して飲んでいたのだが、しかしだんだん廻ってくるにつれ、三元の所業などは、もともと彼に縁のない遠いものに思われてきた。
「仲間うちから強盗が出るようになって、おれたちも大したものだよ」
酔った心で思ったままを、彼は口走ったりした。中山は眼を光らせてそれを聞いていた。中山は彼より二つ年上で、ある週刊雑誌の
下着まで水に濡れた翌朝、彼が眼を覚ますと、鼻の奥や耳の底が不快に
それから三四日して、夕食にシチウが出た。そのどろどろのシチウを膳の上に見たとき、彼は神田マーケット裏の泥水溜りをすぐ
「これは食えない。下げてくれ」
そして彼は御飯に熱い茶をかけて、やっと一杯たべた。御飯は消しゴムのような厭な味がした。それから念のために体温を計ってみると、検温器は六度八分を指していた。平熱が常人よりもずっと低い彼にしては、正常な体熱ではなかった。平常の彼の体熱は、三十五度を越えることはなかったから、肉体のなかで、なにか異常がおこっているのは確かであった。
(三元のことで、中山はおれにまるで腹を立てているような具合だったな)
あの水溜りに落っこちたのは、酔いに足をとられたのではなくて、中山が突き落したのかも知れないと、彼はふと考えたりした。あの夜中山が三元の心情をしつこく問題にしたのも、三元の所業が中山にとって
(おれを突きとばしたのが中山だとすれば、その時あいつはどんな表情をしていたのだろう?)
そう考える度に、彼はへんに冷たい
それなのに、用事はあとからあとから起きてきた。枕に顔をつけて眠ろうとすると、何度となく眠りから呼び帰しにくるあの意識の小悪魔に似ていた。会合がいくつも重なったし、また三元のことでM精神病院にも行かなければならなかった。裁判にあたって精神鑑定を申請するために、一応その方面のことを問い合せておく必要があったのだ。それはあの夜、中山が発議したことであった。日を定めて、彼は中山と連れだって、M病院にゆくことになっていたが、その行程を利用して、中山は自分の週刊雑誌に精神病院見学記を書くつもりらしかった。M病院には知合いの医者がいたが、まだ連絡をとっていなかった。
それから彼は住居を見つける必要にもせまられていた。今の家は遠慮がちな追い立てをくっていた。家主は隣家の白木で、彼と発田の二軒が白木の持ち家であった。白木と彼の家をへだてる垣根に長者門があって、その扉をあけて白木は、三日に一度くらい彼の家にやってきた。彼と花札をたたかわす為である。白木は彼よりもすこし若く、小柄な男であった。皮膚が豆腐みたいにぶよぶよと白かった。黒い小さな眼球に、瞼が白くかぶさっていた。定まった職業をもたないので、いつも貧乏しているらしかった。毎日ぶらぶら家にいて、
「まだ、お家は見つかりませんでしょね」唐突にそう言うと白木は急に気の毒そうな表情になって、眼をぱちぱちさせる。自分の唐突さを恥じているような風情もある。そしてあわてて言葉をつぐ。「いや、おせきたてするわけではないんですよ。ただ、ちょっと、なにしたものですから。いや、今時、適当な家なんか、なかなか見つからないでしょうからね」
世間話の切れ目に、白木はこの話をちょっと入れて、すぐ切り上げてしまう。しかしそれは時に、正面切った催促よりも、もっと切実な催促を感じさせることもあった。そんな時彼はだまって白木の顔を眺めている。白木の方でひとりで話を切り上げるから、大てい彼は何も返事をしないで済んだ。
硝子戸ごしに、長者門のすきまから、白木の家が見える。土地が一段下っているので、低くなった庭には、軍鶏が一羽王者のようにあるいている。もうこれ一羽しかいないのだ。この軍鶏の世話をしている白木をときどき見かけるが、そんな時の白木の姿は、若いくせに虚脱したような印象で、まるで精気をすっかり鶏に吸いとられたような感じだ。そのくせ白木の顔には、切ない喜びといったようなものが、どことなくただよっている。彼はその姿を見るたびに、いつも強く「不能者」という言葉をかんじた。「不能者」という言葉が内包するすべてのものを。この若い不能者の家主には、色白の肉付きのいいおかみさんと、女の子がひとりいる。手癖がわるいと評判されているのは、この女の子だ。評判通りであるのかどうか、彼は知らない。両親の血をうけて、皮膚が白くて、あまり白いので、眼玉が青味がかって見えるほどだ。またその眼玉は絶え間なくよく動く。
「まだ凍ってんだってさあ」
その女の子が喚きながら、白木の表から駆けこんでくる。手には
「まだ凍ってんだってさあ」
何が凍っているのか。彼はそれを知っている。先刻街をあるいているとき見たのだ。魚屋に配給の冷凍魚が入荷して、積まれてあった。スケソウ
彼はもとから、この界隈何百軒の人々が、
(さて、どうやってあの靴を取戻したらいいだろう。まさかおれが忍びこんで、靴をくわえてくる訳にも行くまいし||)
女の子の
「やはり黄色いよ。どう見ても、黄色だね」
中山は写真機に黄色いフィルターをかけながら言った。彼はその写真機の前に、すこし
「そんなに黄色かねえ」
「黄色かねえって、まるで夏蜜柑だよ」
そして中山はうつむいてレンズの位置を定めた。彼は両手をぶらりと垂れて、中山の赤い鼻を眺めていた。焦点がうまく定まらないらしく、中山は身体を動かしながら、なかなかシャッターを切らなかった。それを見ながら彼は、写真機のなかに倒逆して映った自分の黄色い顔を、想像するともなく想像していた。倒逆し
精神鑑定の件については、やはりその時でなければどうなるか判らないし、また法廷が精神鑑定の申請を受諾したとしても、その件がこの病院に依嘱されてくるかどうかも確実でない、というのが
「別段おかしいところは無いじゃありませんか。筋道は通っているし||」
医師は彼の話を聞き終えると、そう言った。そういえばそうだ、と彼も思った。しかし三元の行為を、筋道の通るように整理して話したのは、彼自身であることに、彼は次の瞬間気付いていた。中山は彼の隣に腰かけて、終始口をつぐんでいた。
「折角おいでになったんだから、院内でも見物しておいでになりますか」
そして始めに脳の手術室を見せてもらった。それはへんてつもない、狭い殺風景な部屋であった。しかし医師が戸棚から出した大型のケースを開いたとき、彼はなにかひりひりするようなものが身体を走りぬけるのを感じた。それは手術の器具であった。大きなメスや、小さなメスや、小型のドリルや、その他いろんな形の器具が整然と収められ、
「脳というのはね、半熟の卵みたいにぶよぶよでしてね、切り離すとき血管を切断すると大変でしょう。だからこんなに鈍い刃を使うのです。こんな具合に手探りしながら||」
医師は両手でメスを操作する仕草をやって見せた。メスを握る細い指が微妙に動くのを彼は見ていた。中山がそばから訊ねた。
「手術時間はどの位かかるのです?」
「三十分位で済みますよ」
「頭蓋骨の穴はそのままにしておくのですか」
「いえ。やっぱりふさぎます。ドリルで骨を削るでしょう。その破片や粉末が血と一緒になって、こねられて、粘土みたいになっているんです。そいつを丸めて、穴に押しこんでおくと、ひとりでにふさがっていますよ」
医師はケースを閉じて、戸棚にもどした。人間の、考えたり感じたりする実体が、それらの部分を金属のメスで手探りされたり切り離されたりする時、その実体そのものは何を考えたり感じたりしているのだろう。医師の話では、その手術は局部麻酔で、患者は手術中に医師と話も出来るということであった。その局部麻酔というのも、頭蓋の外側だけに必要なので、頭蓋骨や脳には不必要だというのであった。考えたり感じたりする脳が、感覚を欠除しているということが、彼には妙に不気味に感じられた。この感じは、一週間ほど前に彼が読んだ、動物試験で心臓を切り取って、その心臓が食塩水かなにかの中で数時間生きていたという実験の記事につながっていた。科学がすすんで、たとえば脳や眼玉がそんなことになったら、感覚器をもたない脳は孤立して何を考えつづけ、また眼玉は孤立して見るだけ見つづけることで、果ては一体どんなことになるのだろう。しかしそれは疑問としてではなく、ある不気味な実感として彼におちてきた。彼は頬にうすら笑いを浮べながら、医師のあとについて、つめたい廊下に出た。廊下では彼の下駄の音が鳴った。犬に靴をもって行かれたままだから、仕方なく下駄をはいて来たのであった。
病棟の方には目新しいものもなかった。ありふれた顔をした患者が、すすけた病室にいるにすぎなかった。そこらあたりから中山は急に
構内のひろい直線道路を、背の高い痩せた男が、脚をすらりと伸ばして、ゆっくり散歩していた。その男は上衣をぬいで、細い上体にズボン吊りを見せていた。眼鏡の奥のくぼんだ
中山が写真機をとりだしたのは、医師に別れを告げてからであった。とり出しながら、中山が言った。
「病室でも撮らせて貰おうと思ってたんだが、つい質問に身が入って、忘れてしまった」
「ぼんやりしてんだな」と彼はすこし笑いながら答えた。「写真版にでもして出すつもりかい。建物でも撮っておけよ」
「そう思っていたところだ」
酒を飲んでいないときの中山は、肩のあたりが妙に寒そうで、乾いた眼のいろをしていた。写真には自信がないらしく、これで写るかな、などと
「一枚君を撮ってやろうか」
空は灰色に乱れていた。その下にぼんやり
「さっきから、変だと思っていたんだが、君の顔は、おそろしく黄色いぞ」
彼にむけられた写真機のシャッターが切られたとき、彼はすこし上向いて、遠くの空を眺めていた。遠くの空もやはりほのかに黄色を帯びていた。病感がじわじわと彼の胸にひろがってきた。
帰途、電車に揺られながら、中山が言った。
「
「そんなことでなおるかね。身体のあちこちがとても
「脂肪分はいけないよ。澱粉をたくさん
「いろんなことを知っているんだね。やっぱり雑誌記者などやっていると、いろんなことを覚えるんだな」
「商売で覚えるんじゃないよ。おれも昔、
それからすこし三元の話をした。三元が押入った被害者宅に行って示談書を書かせようとした話を、中山がした。
「三元の友人で、今度のことについてあやまりに来たんだ、と言ったら、なかなか愛想がよくてね、うまい具合に行きそうだと思ったんだが、示談書をかいてくれと切りだしたら、とたんに硬い顔になってね、厭だと言うんだ」
「示談書とはっきり言ったの?」
「いや、その犯罪は憎んでいるが、その本人を憎んでいるわけじゃない、ということを、一筆かいて呉れと言ったんだ」
「そんな切出しかたをするから駄目だよ」と彼は笑った。
「いや。話しているときは、そこまで行ったんだよ。あんなことで捕まって、ほんとにお気の毒だなんて言っているんだ。ところがその心境を書いて呉れと言うと、厭だと言うんだね」
「そんなものだろうな」深い疲労を感じながら彼はそう答えた。「あんまり無理しない方がいいよ」
「無理って、なにが無理なんだい」吊皮に下ったまま、中山が赤い鼻を近づけてきた。
「いや。わざわざそんなところに行ったりして、大変だっただろう」
「だって、可哀そうだからね」
「可哀そうって、誰が?」
窓の外に、線路と平行した街道で、自動車が衝突したのか人を
「あの病院のこと、記事になるかね」
「うん」光線の具合か、中山は暗く沈鬱な顔をしていた。「どうにか書けるさ。それが商売だもの」
「しかし変なものだね」すこし間をおいて彼は言った。「精神鑑定を申請してさ、気違いということになれば、三元は無罪になるだろう。しかし三元にして見れば、気違いになるよりは、刑務所へ行った方がいい、と言い出すかも知れないね」
「そりゃそうかも知れん」
「その点から言えば、僕たちはひどく
中山とは
だるい身体をもてあましながら、家へ戻ってくると、彼は長者門をくぐって、白木の方へ降りてゆき、明日から
「ええ。ええ。わけて上げてもいいですよ」
白木は籠の中の鶏から眼を離さず、そう答えた。雲を洩れたわずかな
「こればっかりが楽しみでね。もうこれ一羽になってしまった」
「勝負に出すのですか、これも」
「ええ。近いうちに千葉でやるんでね、それに出そうと思ってはいるんですよ」
もし勝ち抜けば数万の金が入るのだが、負けたら一文にもならない上に、すっかり廃鶏になってしまうのだ、と白木は静かな声にもどって説明した。
「勝てばいいんですがね。金にもなるんでね。金のことはどうでもいいと思うんだけれど、貧乏したらやはり金も欲しいしね。今まとまって欲しいんですよ」
「勝つでしょう。こんないい体格だから」
「体格じゃ、こいつはきまりませんのでね」
もしこの鶏が負けたら、もう
「また、やりますか、こいつ」
白木は花札をめくる手付をしながら、うながすような目付になった。彼はうすく頬に笑いを浮べて、白木のぶよぶよした生白い顔を見ていた。
彼に花札を教えたのは、三元であった。復員してきて、住居がないまま、半年ばかり三元の家に同居していたことがあって、その時毎晩三元と花札を弄んだ。三元も彼と同じく軍隊から復員してきたのだが、どうやって借りたのか、独身のくせにちゃんと一軒の家に住んでいた。二間しかない小さな家で、その湿気の多い三畳間を、三元は彼のためにさいた。三元は花札はうまかった。ほとんど指先に眼があるのかと思われるほど、感が良かった。三元のそうした感の良さに、彼はときどき不気味なものを感じた。ある時中山や三元などと、麻雀卓をかこんだことがある。三元はろくに勘定もできないほど下手なのに、
「おれの
彼は三元のその言葉を無条件で信じた。なにかもやもやしたものが、どこかでぴたりと合った感じがした。
「めくらの手を引いて歩くときのこつを教えてやろうか。それはね、めくらより一歩自分が先に足を踏み出して行けばいいんだ」
三元の指は細くて長かった。関節がないような印象の指であった。ふしぎに白木の指がそれと同じ感じであった。白木の指は長くはなかったが、細くて、くねくねと力点がないような動きをした。
翌日から彼は三度三度
白木が持ってくる
「蜆ですよう」
縁側においとけばいいのに、と彼が寝床の中で思って、返事しないでいると、小娘は更に声を張り上げて叫んだ。
「蜆ですよう」
朝の光が射しそめる頃から、彼の世界は黄色に
(病覚があるとしても||)汁の中から蜆をひとつひとつ拾いながら、彼は時々そう考えた。(それだけではどうにもならない)
ある夕方、このように身体や気持が鈍麻した状態で、なお心の表面にひりひりと触れてくるような、ひとつの言葉を聞いた。その時彼は部屋を閉め切って、白木と花札をやっていた。コイコイという遊びであった。白木はそれをコヨコヨと発音した。白木は彼の取り札と自分の取り札を見くらべながら、まだ大丈夫と見ると、勝ちを大きくするために、コヨコヨと言いながら勝負をせり上げた。
「コヨコヨ」
「コヨコヨ」
白木の黒い小さな眼球は、そんな時ふと残忍な光を帯びてうごいた。彼は反射的に札を出したり取ったりしながら、気持はそばで鳴っているラジオに
「デス・バイ・ハンギング」
「デス・バイ・ハンギング」
ぶらりとぶら下った人間の姿が眼の前に見えるようじゃないか、と彼は心の中でつぶやいた。しかしその言葉の重さは、それだけでなかった。なにか言いようのない拡がりを、その言葉は持っていた。肉声を殺した機械音であったから、なおのことその感じは強かった。それは沢山の人を殺し、彼自身の内部のものを殺した兇暴な嵐の、ひとつの帰結点の位置で発音されていた。
(このような実質のある重い言葉を、どんなに長い間おれは聞かなかっただろう?)
彼は意識をそこに置かずに、反射的に札を出したりめくったりしていた。白木は時々瞼をあげて、ちらりと彼をうかがいながら、札を出し入れした。彼はとつぜんM脳病院のつめたい廊下や、皮膚がひりひりするような手術道具などと一緒に、構内のひろい直線道路ですれちがった痩せた背の高い男の姿を思い出した。すれちがうとき男がつぶやいている言葉を、彼はあの時聞いた。意味は判らなかったけれども、それはたしかに
(あいつはたすかったんだな、あいつは)
それは麻痺性痴呆の病名をもって、A級戦犯の法廷から除外された男であった。この男がM病院に収容されていることは知っていたし、直線道路の彼方にその姿を見たとき、彼はすぐその男であることを直覚した。長身のその姿は、つめたい風のようなものをただよわせながら、近づいてきた。すれちがうまで彼等三人は、しんと口をつぐんで歩いていた。
(どうしてあの時おれたちはしんとしてしまったのだろうな)
彼はその時白木のしなやかな指が、めくった雨の十を桐の二十に合せて持ってゆくのを見た。彼はうす笑いを浮べて、それを見ていた。そして勝負が済んだ。彼は座布団の下から数枚の紙幣を出して、白木の方に押しやった。
「少し疲れたね」と彼は言った。
「まだずいぶん黄色いようですね」札をかきあつめながら白木が答えた。「もう止しますか。今日は私の方が勝った」
ラジオは続いて判決の模様を伝えていた。しかし白木はそれにほとんど興味をもっていないらしかった。彼は
「まだ、お家は見つかりませんでしょね」
彼は返事の代りに、ちょっとうなずいてみせた。
「いえね、少し困ったりしましたんでね。あなた付きのままで、この家を売りたくないんでね」
「ええ。どこか探して引越しますよ」と彼は
「あいつが勝って呉れればね、それでも
「発田さんの家を売ったらどうです」
「ええ。出来ましたらね。女房が田舎に戻りたいと言っていますんでね」
「でも、
白木はふくれた瞼をあげて、小さな瞳で彼をちらりと見た。冷たく硬い瞳の色であった。彼はそろえた花札を白木の前から取り、箱に入れながら言った。
「もし何でしたら、私付きのまま、この家をお売りになってもいいですよ。でも私もできるだけ探してはみますがね」
「ええ。ええ」
白木はあいまいにうなずいた。そして立ち上った。彼は縁側まで送って出た。白木は下駄をはきながら言った。
「発田さんの犬が、この庭にも来るでしょう」
「ええ」
「昨日うちの鶏と喧嘩しましてね。あの犬、ときどきお宅のものをくわえて行きません?」
「いいえ」と彼はうそをついた。「いい犬ですね、あれは」
白木は急に声を落して言った。
「発田さんはなかなか家賃をはらって呉れないのですよ。もう何箇月も。あなたからかけ合っていただけませんか。歩合を出しますよ」
彼はただ黙ってぼんやり笑っていた。すると白木も気の抜けたような笑いを顔に浮べた。
「闘鶏の集りは、いつですか」
「ええ。もう二週間ばかり」
お辞儀をして、長者門をくぐって白木が行ってしまうと、暫くして彼は部屋に戻り、ラジオを台にして、手紙を書き始めた。それは中山に宛てたものであった。書いている間、便箋の下では東京裁判のラジオが鳴っていた。三元がまだ碑文谷署にいるかどうかということ、またその後の状態を知らせて呉れというようなことを書いた。それから暫く考えて、三元が罪に
(いつもおれは実のないへなへなした言葉ばかりを、言ったり書いたりしている)
家を追い立てをくっているから、暫くでいいから同居させてほしい、と書くとき、彼はやはり微かな抵抗を感じた。中山が彼をむかえる訳がないことは、たしかな予感として彼にあった。中山をふくめた人物や事象は、平面的な模様として彼の心をへだたってはいたが、それらはまた漠然たる復讐の気配をふくんだ構図で、同時に彼に対していた。心身の変調を覚えてから、時々起きる理由のない不透明な不安も、押しつけてゆけばそのような壁につき当るようであった。彼はぼんやりした笑いを顔にふくませながら、だるい身体を起し、手紙を投函しに外に出た。
戻って来たとき、発田のおかみさんがしゃがんで境の垣根を抜いているところを、彼は見た。彼の
(あんな商売では、家賃をはらう余裕も出ないのかしら?)
犬がくわえて行った靴のことは、彼はもう
発田という男と隣人になって、一年近く経っていたが、彼は発田とほとんど口を利いたことがなかった。発田は顔色のわるい、むくんだような感じの男であった。この男は胃弱にちがいないと、彼は常々思っていた。青ぐろい顔に、銃眼みたいな小さな眼がついている。発田は、朝早く出てゆくと、夜になって帰ってきた。その姿を彼は時々見ることがあった。
発田は身体に合わない日にやけた背広を着ていた。弁当箱を小脇にかかえて、朝早くと夜
彼とあうとき、発田はいつもきらりと眼を光らせて、彼を見た。彼があいさつしない限りは、頭を下げなかった。そして話しかけられるのを恐れるように、足早にとっとっと通りすぎた。
彼の家と発田の家は、どちらも白木の持ち家で、しかも造りが同じであった。間取りから方角まで同じであった。発田は子供がいなくて、夫婦だけでその家に住んでいた。発田の家と造りが同じだということは、時々彼にある感じを起させた。生活の中の感覚や情緒が、ある程度住居の形に影響されることを思うとき、発田のことがいつも漠然と彼の胸に浮んでくるのであった。たとえば便所にゆくために日の当りの悪い縁側をふむ時とか、また部屋の中から庭を眺めている時でも、そこにある情緒は彼ひとりのものでなく、発田や発田のおかみさんも持つだろうということを、彼の意識に自然に入れていた。彼は発田の家のなかをのぞいたことはなかった。しかしその中に住んでいる発田夫妻の動きを、彼は彼なりに類推していた。その想像のなかでだけ、彼は発田夫妻とむすびついていた。
発田は終戦前、朝鮮で視学をやっていたという話であった。そのことを彼は白木から聞いた。そういえば発田の身のこなしには、植民地にいたらしい臭いと、また視学という中途半端な権力者の臭いが、どことなく残っていた。銃眼みたいな小さい眼は、不必要な人間をしりぞける、とがめるような光を含んでいた。かたくなな自尊心が、そこにひらめいていた。この界隈では、発田はつき合いの悪い人間にちがいなかった。そして発田夫妻は、意識的に自分等のまわりに垣をめぐらして、孤立して生活したがっているようにも見えた。
現在の発田の職業を、彼は知らなかった。近所の者も誰も知らないようであった。もちろん彼はそれを知りたいという興味は、全然持たなかった。
しかし二三日前、彼は偶然に発田の商売を知った。
ある用件の帰途で、彼はある街をあるいていた。時刻は夕方であった。場末の盛り場みたいな狭い道で、片側に露店がずらずらと並んでいた。往きかう人々に混って、彼は黄色い現象のように、だるい足を引きずっていた。やはりひどく体が重かったし、それに
片側の露店は、半町ほどつづいていた。ごく貧しい露店の群で、並んだ感じもばらばらで統一がなかった。その中頃に、玩具を売る店が二軒ならんでいた。どちらもすすけたよしず張りで、ゴム風船などが竹の柱にゆわえてあったりした。その一軒の、安っぽい赤や青や黄の不協和な玩具の配列の奥に、そこに坐っている発田の姿を彼は見た。
(こんなところに発田が坐っている)
ごく自然な、ぴったりした額縁のなかに、発田の顔がある。第一に来た感じはそうであった。奇異な感じは全然なかった。しかし彼が発田の顔を認めた瞬間、発田は青ぐろい顔を不自然なやり方で彼の方からそむけたようであった。発田の向い側に、道をへだてて、甘酒など売る店ののれんが下っていた。どういう気持であったのか、彼はふとその店に立寄る気になって、
(
しかし彼は一番表側の、通りの眺められる卓に腰をかけて、つめたい飲物を注文した。のれんの隙間から、通りを隔てて、発田の店が正面に見えた。すこしうつむいた発田の青ぐろい横顔に、
店に並べられた玩具の品数は、ごく貧しかった。それらは粗末な棚の上と、下にしいた赤毛布の上に並べられていた。赤毛布はところどころ摺り切れていて、端の方は黒い地面に接していた。そこに発田が脱ぎ捨てたらしい一足の靴が置かれていた。その靴の色や形には、はっきりと彼は見覚えがあった。彼は口の中で思わずつぶやいた。
(ああ。あれは犬がくわえて行ったあの靴だ)
すると奇妙な可笑しさが波をうって、自分の唇にのぼってくるのを彼はかんじた。あの犬が顔の両側にぶらぶらと下げて持って行ったあの靴が、今ここにきちんとそろえて脱いで置いてあるということが、見た目の上では、なにか関連がない妙な感じとして彼をくすぐった。彼は飲物を少しずつ飲みくだしながら、しばらくその靴の形に視線を定め、声を忍んでわらっていた。
赤毛布の上に坐っている発田は、ますます落着かない
甘酒屋には彼の他には、誰も客はなかった。彼のいる卓も汚れて、いくつもしみが出来ていた。そこに彼が飲みほした空のコップが、のれんや通りの人影をゆがんで映していた。そして
(さて||)と彼はゆっくりと考えた。(もう出かけようか)
その時発田の店から、調子
その時、掛声のような小さな叫びがあがった。それは草津節の調子に合せて、短く断続した。発田の隣の店の玩具屋で、その主の若い男が、犬の玩具を両手で立て、シロホンに合せて踊らせているのであった。玩具の犬は、無表情のまま、おどけた
発田は首を隣に廻して、その若者に何か早口で言うらしかった。その言葉は彼のところまで届いてこなかった。なにかなじるような調子が、その口つきや姿勢にはっきり出ていた。発田の小さい四角な眼は突き刺すように若者にむけられていた。若者はそれに何か言い返す風であった。その言葉も彼のところに届かなかった。
(おれがいるから、おれが眺めているから||)
金を卓上に置き、
(だから発田は惨めになり、惨めになったことを怒っているのだろう)
発田は中腰になって、すこし身体を乗り出すようにしながら、隣の若者に何か言っていた。声の切れはしから見ると、それは強くなじっている調子であった。自分が叩いている音楽に、無断で合せて犬を踊らせるのは、
のれんをくぐって彼が通りへ出た時、発田の身体はびくりと動いて、一瞬凝ったように静止した。それを眼に収めると、彼は外套の
(あの奇妙ないさかいは、どんな決着をつけたのだろう?)
その後も彼は時折、その情景を思い出し、そんなことを考えたりした。ああいう折れ曲った怒りが、納得できる結末をもつことを、彼は想像できなかった。彼にできることは、あの草津節の散乱する金属音を、じんじんと皮膚によみがえらせることだけであった。そして、あそこにいた発田の姿を、見ないふりして過ぎないで、わざわざ向い側の甘酒屋に入ったことは、そして発田の姿を眺めていたことは、残酷なことであったかどうか。それを考える度に、言葉になった結論が胸に浮ぶ前に、自分をひっくるめた人間人間のありかたに、彼は
発田の犬はこの頃も彼の庭にしばしば現われていた。荒れた庭の唯ひとつの装飾である
朝になると、昨日一日食べた
中山の手紙には、彼と同居して暮すのは厭だ、とはっきり書いてあった。
「三元が君と同居して、あんなことになったことを思えば、僕は君と一緒に暮すよりは、死人と同居する方を希望する」
そういう文句のあとに小さな字で、コレハ冗談ダ、とつけ加えてあった。文面によると、三元はすでに碑文谷署から身柄は
(たといどんなに折れ曲っていたにしても||)青ぐろく緊張した発田の表情を思い浮べ
しかしあの時でも、彼は発田の動作に惨めな笑いを感じていたのであった。あるいはそれ故に、草津節の旋律の破片が、復讐のように彼の胸をこすり上げてきたのではあったが。||
(一度小菅まで行って見よう。そしてそれから、またいろんなことが俺のなかで始まるかも知れない)
彼はそんなことを考えた。
家賃のことについて、発田に彼がかけあったかどうか、それを白木は探りにきたに違いなかった。花札をやりながら、遠廻しな言い方で、白木がその件に触れた。
「いえ。まだかけあってはいませんよ」と彼はぼんやりと笑いながら答えた。「歩合をいただくよりも、花札で貴方から勝った方が、早そうですからね」
その日彼は勝ちつづけていた。一回の勝負の賭金は大した額ではなかったが、勝ちがつづくので、彼の座布団の下にはかなり厚く紙幣がたまっていた。そしてその場の勝負も、彼が勝った。紙幣をまた受取ると、場にちらばった札をそのままにして、彼は
「私がかけあうのも、
「ええ。ええ。でも私は口が下手でしてね」
「そう。口が下手らしいですね、あなたは」
白木はくずしていた膝をゆっくり坐り直した。白木の膝もとには、もう二三枚の紙幣しか残っていなかった。白木はしろっぽくふくれた瞼の下から、ちらちらとそこを眺めたり彼の顔を見たりしながら、低い声で言った。
「もう、
「電燈の光だから、そう見えるんですよ」
「実はね」と白木は少し言い
「明日が闘鶏日なんですか」
「それについてね、やっぱり色んなことがあって、金がかかったりしましてね」
「明日はきっと勝ちますよ」うす笑いを頬に浮べて彼は言った。「でも、何なら、家賃を前払いしてもいいですよ」
白木はだまっていた。彼は次の部屋に立つと、また戻ってきて、白木に金をさしだした。
「鶏の調子はいいんですか」
「ええ。まあ」
白木はすこし
「もう少しやりましょうか、コイコイ」
「いえ、もう」
莨をふかしながら、
「あなたとコヨコヨをやってると、不思議なんですけれどね、私はすこしイライラしてくるんですよ。勝っても、負けてもね」
「イライラね」
白木は気の抜けたようなぶよぶよした笑いを浮べて、頭をすこし下げた。
「お邪魔しました。遅くまで」
「ゆっくりおやすみなさい。明日は大変でしょうからね」
縁側まで送りながら彼は低い声で言った。庭の夜気は妙になまぬるかった。
翌日から二三日あたたかい日がつづいた。
彼はふと思い立って、小菅刑務所に出かけることに決めた。日当りのいい縁側で、彼は
「父ちゃんの酔っぱらい。酔っぱらってるよう」
それからまたがたがたと物音がした。それを聞きながら、彼は眠りに落ちた。
(負けたのかしら。それとも、勝って祝酒でも飲んだのかしら)
鏡のなかには、すべすべになった彼の顔があった。日当りのせいか、気のせいか、ひところよりも黄色さが減っているようにも思われた。彼は鏡をとりあげて、斜にしたりかざしたりして、いろんな角度から顔をうつして見た。顔のかたちはそれにしたがって、いろいろに変化した。顔の中では、耳がまだずいぶん黄色だと思ったが、それは病気のためでなく
雲もなくて、いい天気であった。彼は身仕度して、外へ出た。道はよく乾き、風のために
靴屋と花屋にはさまれた小さな肉屋に、鶏卵がたくさん籠に積まれているのに彼は眼をとめた。卵などはいいだろうな、と思って彼はその前に足を止めた。卵は澄んだ日の光の中で白っぽく艶をもっていた。そこに近づくと、肉切台のむこうに立っている肥った
「これを、五つ。いや、十ばかり貰おうかな」
何となく店の内部をのぞきこむと、肉屋の土間に鶏が一羽立っていた。鶏は頸をまっすぐに立て、眼を閉じ、まるで剥製のように
「どうしたの。この鶏」
「眼をつぶされたんでさ。
「縛っておかないでも、逃げ出さないものかしら」
「こうなれば絶対に動かないね。いさぎよいもんだね、
卵を数えて紙袋に入れながら、親爺はそう答えた。彼はふたたび土間の鶏に眼をおとした。鶏はくちびるをかみ合せたまま、寂莫として立っていた。そして
(まだ生きてはいるんだな)
蜆をこの鶏とわけ合って食べたことを、彼は考えていた。しかし今日からは、白木はもう蜆を持ってこなくなるだろう。
(そうしていよいよこの俺も||)卵を入れた紙袋を受取りながら彼は思った。(家もろとも他に売られる破目になるかも知れない)
金を払って、彼は店を離れた。あるくにつれて、卵は袋のなかで微かな音を立てて鳴った。
すでに駅に近かった。小菅までこの駅から、相当な時間がかかる筈であった。電車の中で読む雑誌でも買おうと思って、彼は本屋の前に足を止めた。台の上にはたくさん雑誌が並んでいた。刺戟がつよいあくどい表紙の雑誌が、ずらずら並んでいるその間に、中山がやっている週刊雑誌の最近号が、すこし表紙がめくれてはさまっているのを、彼は見つけた。卵の袋を脇の下にはさみ、彼は手を伸ばしてそれを抜きとった。そしてぱらぱらと
それはM精神病院の訪問記であった。中山はそれをルポルタージュみたいな形式で報告していた。読んでゆく
(おれがあそこで感じたことを、中山は全然感じていないようだし)その記事を読みつづけながら彼はそう思った。(中山がここに書いているようなことを、おれは見もしなかったし、感じもしなかった)
中山の記事が力点をおいているのは、病室で見た患者たちの生態であった。彼の記憶のなかでは、それらの光景はもはやぼんやりした灰色の連続として残っているに過ぎなかった。それを中山は丹念に拾いあげて、描写していた。そしてそれに加えた説明は、医師の説明をそっくり流用していた。
「······如何なる事態にたいしても感情を発露させることのない感情荒廃の状態である。この不幸な人々は、近親者や看護人に対しても、何ら親愛の情を示すことなく、周囲の人々の心づかいに対しても冷然としている。すべてのことに何の喜悦も関心もなく、他人に対する同情も道義心もない。発熱や
精神分裂病者の病棟を描写した後に、中山はこのような説明をつけていた。何もかも知っているぞという書き方をするのが、こんな記事のコツなんだな、と思いながら、彼は先をつづけて読んだ。
「······またある患者によっては、すでに感情生活の変化の最初期に、感興がうすれ、周囲に対する関心と愛情とが減じてゆくのを異様に感じ、悲しみを感じる事例もあるという。自己が現実世界から徐々に隔てられてゆくように実感するのである。かくして周囲の人々の感情が、患者に反応をもたらし難い状態となると、患者と周囲の人々との間の人間的
彼はその
(中山にしては、上出来な
頁を伏せてその雑誌をもとの場所にもどすと、彼は頬にかすかな笑いを刻んだまま、歩き出した。電車の中で雑誌を読むより、外の景色でも眺めている方が、今はよさそうな気がした。
彼の眼の前で踏切の遮断機がその時するすると下りた。彼は紙袋を持ちかえながら、