元来、書物などは実生活には無用の長物であるから、読まぬ奴は読まぬし、信ぜぬ輩は信ぜぬのだから、
鈴木信太郎君は嘗て僕を『豪華版の醍醐味を解せぬ東夷西戎南蛮北狄の如き奴』と極めつけた。山田珠樹君は先頃たまたま、『彼は本は読めればよし酒は飲めればよし、といつた外道である』と、
僕は山田君から、『酒は飲めればよし、
然しながら、書物に至つては之は、全く文義通りの『読めればよし』で、紙質、印刷、装幀、新旧版、何でもよし。珍本、稀覯書、豪華版に対しては頗る冷淡であると言ふよりも寧ろ昔日の熱がさめてしまつたのである。それでは、ラリッシイムやリュックスの所有慾が全くないかと言ふにさうではない。所有慾は充分にありながら、保存慾が殆どないのである。どうも、僕の珍・稀・豪書趣味は小児の翫具に対する興味と酷似してゐる。買つたり貰つたりすると、二三日は撫でたり擦つたりして悦に入るのだが、それが過ぎると、如何なる豪華版でも普通版扱ひになつてしま
愛書癖と言へば、アナトオル・フランスが有名な珍・稀・豪書好きで、而も門外不出主義の大家であつた。然るに、フランスの親友であつた露西亜の老共産主義者ラポポオルは、所有の普及化論者であるから、フランスの書架から手当り次第に書物を引出して読み散らし、而も往々何処かに置き忘れて来る癖があつた。或日のことフランスが邸の裏庭を散歩してゐると、洗濯物を乾す綱の上に、彼の無二の珍書が馬乗りに跨がつて、ゆらゆらと揺れてゐたさうである。山田、鈴木両君に此の話を聴かせたら、さぞ寒気がすることだらう。
僕等の仲間で蔵書家と云へば、先づ山田、鈴木両君を推さねばならぬが、蔵書の数に於いては、山田君に一日の長があり、豪華版の多種な点では、何と言つても鈴木君に指を屈せざるを得ない。山田君の好んで蒐めてゐるのは、仏蘭西小説とそれに関する文献であるが、鈴木君のは仏蘭西詩歌殊に象徴詩とその文献で、全く見事なコレクションである。加之、両君の書斎が又愛書家にふさはしい洵に立派なものである。両君の書斎に比べると、僕の書斎は
死に垂たる病中驚いて坐起せば
暗風雨を吹いて寒窗に入る
暗風雨を吹いて寒窗に入る
などといふ、多恨な老衰境が沁々味はへるかと思ふと、今から、なかなかに楽しみである。
数年前、僕は九州大学の成瀬教授から一本を贈られた事がある。書名は『ポン・ヌッフ橋畔、シラノ・ド・ベルジュラックと野師ブリオシエの猿との格闘』といふものである。原名は Combat de Cyrano de Bergerac avec le singe de Briochet au bout de Pont-Neuf といふ戯作である。作者はシラノの友でもあり、モリエエルの友でもあつた飲んだくれ詩人ダスウシイであると今日では推定されてゐる。此の作は、ダスウシイがシラノと仲が悪くなつてから
此の『シラノ猿猴格闘録』は小型の渋い美装本であるが、僕はそれを手に把つて眤と眺め入りながら、これは大した代物だぞ、と思つた。こんな豪華版の稀覯書を僕が頂戴して果してよいものだらうかと、少々心配になつて来た。握持慾だけ旺盛で、保存慾の稀薄な僕が、若し此の珍籍を失くすやうな事があつたら、それこそ一大事だと思つた。
数日後、山田、鈴木両君に会つて、此の奇書の話をすると、両君の目の色が見る見る変つて来た。僕は心の中で、奴さん達垂涎三千丈だな、とほくそ笑みながら、どうせ俺には保存慾はないのだから、欲しければ
||ありがたう! と呶鳴つた。
見ると、山田君はたゞ飽気に取られて、
||早えなあ! と言つたまま、眼を白黒させてゐる。いやどうも、早いの早くないの!
好きこそ物の速さなれで、あの時の鈴木君の先手の打ち方の素早さと言つたら。
今では、問題の『シラノ猿猴格闘録』は立派な桐の箱に納まつて、鈴木君の書斎で可愛がられてゐる。その後、同学の渡辺一夫、有永弘人両君の調べで該書が愈々稀覯書中の稀覯書である事が明かにされた。十九世紀中葉の古典学者にして珍本蒐集家でもあつたエドゥワアル・フウルニエが著はした『史的文学的雑録』(一八五五年)といふ書物がある。この『雑録』は、仏蘭西の稀覯書二百五十余種を翻刻して、十巻に縮めたものであるが、第一巻に『シラノ猿猴格闘録』が収められてその解説が施されてゐる。それに依ると本書の初版は全く湮滅した、刊行年代は一六五五年前後らしいと言はれてゐる。一七〇四年の再版が唯一冊残存してゐたのが、シャルル・ノディエの有に帰し、後にそれがルウ・ド・ランシイといふ男の手に渡り、此のド・ランシイ君から借用して茲に翻刻した、と断つてあるさうである。
鈴木君の御託宣に依ると、本書は世界に一冊しかなく、而も、その所有者が夫子自らに他ならぬと言ふわけなのである。
然しそこに問題があるのだ。此の珍本の所有権が、日本では、初めは、成瀬正一君にあつた事は改めて断わるまでもない。而して更にその所有権が成瀬君から僕に移つた事も、之又争ふべからざる事実である。が、然し、成瀬君から僕に滞りなく流れて来た所有権が、僕から鈴木君の手に淀みなく去つて行つたと断定し得るであらうか、疑はしい。事実上は鈴木君が占有、寧ろ戦時国際法の占領の法理の方がより良く当嵌ると思ふのだが||兎に角、占有してゐるに相違ない。然し、その後、成瀬君は、あの本は僕に贈つたので僕が他人に渡すぐらゐなら、初めから誰にも与る筈ではなかつたと言つてゐるらしい。誠に道理である。知己の言でもある。斯うなると、既に形而下の法律論などは問題ではなく、形而上の所有哲学になつて来る。一体、人間の最高の道徳に於いて、私人の所有権などが認めらるるものであらうか。セザアルのものはセザアルに返せと言ふことがある。どう考へても、あの珍本は神様のものとしか思へない。
十年前、僕は里昂で、マラルメの神話解説『昔の神々』と題する、稀覯といふ程ではないが、先づ相当な珍本の初版を手に入れた。帰朝の後、僕は該書をマラルメ専門の鈴木君に与へる約束をしたのだが、一旦約束してから後で少し惜しくなつた。丁度、その頃、鈴木君は『仏蘭西象徴詩抄』を訳し、僕が、その跋を書く事になつたので、僕は跋文の中でその本は誰にも与り度くない。自分の本箱の中で何時までも寝てゐろといふ心持を匂はせて、
神々をして安らけき眠りを眠らしめよ
と特に書いたのであつた。然るに、鈴木君の『訳詩抄』が出来上つてから、改めて跋を読んで見ると、安らけき眠り、の上に、最もといふ二字がいつの間にやら加はつてゐるではないか。鈴木君の方が僕よりも遥に立派な書斎を持つてゐる以上、最も安らけき眠りの落ちつく先は知れ切つてゐる。此の二字のいきさつで、僕は遂に『昔の神々』から見放されてしまつたのである。若し火事が起つて君の蔵書を悉く焼き尽したら君は一体どうする、と僕は嘗て鈴木君に冗談半分に訊ねて見た。すると鈴木君は、その時弁慶すこしも騒がず、泰然自若として答へた。
||必ず発狂して見せる。