私達の友人は既に、彼の本性にかなはない総 ての物を脱ぎ棄て、すべての物を斥 けた。そして彼自らの手で紡ぎ、織り、裁ち、縫ひ上げたところの、彼の肉体以上にさへ彼らしい軽羅 をのみ纏 ふて今、彼一人の爽かな径 を行つてゐる。
他の何人に対してよりも、自分自身に対して最善の批評家であるところの彼は、つねにただ、彼の子供として恥しくない子供だけを生み、より恥しくない子供だけを育て上げてゐる。彼のと異つた芸術を要求することは固 より許されよう。彼のにまさつて完全なる(或は完全に近い)芸術といふものは、たやすく現代の世界に見出されないであらう。
彼の芸術は、詩に於て最も彼らしきところを、最も完全なるところを示してゐる。
今の詩壇に対する彼の詩は、余りにも渾然たるが故に古典的時代錯誤であり、余りにも溌溂たるが故に未来派的時代錯誤であることを免れない。
嗚呼 、この心憎き、羨望 すべき時代錯誤よ。時代錯誤の麟鳳よ。永久に詩人的なるものよ。
『永久に詩人的なるもの』私達の友人よ、ねがはくは彼によりて、彼を取りまける総ての者が、詩の天上にまで引きあげられて行くことを。
他の何人に対してよりも、自分自身に対して最善の批評家であるところの彼は、つねにただ、彼の子供として恥しくない子供だけを生み、より恥しくない子供だけを育て上げてゐる。彼のと異つた芸術を要求することは
彼の芸術は、詩に於て最も彼らしきところを、最も完全なるところを示してゐる。
今の詩壇に対する彼の詩は、余りにも渾然たるが故に古典的時代錯誤であり、余りにも溌溂たるが故に未来派的時代錯誤であることを免れない。
『永久に詩人的なるもの』私達の友人よ、ねがはくは彼によりて、彼を取りまける総ての者が、詩の天上にまで引きあげられて行くことを。
一九二三年一月十四日
生田長江
月をわび身を佗びつたなきをわびてわぶとこたへんとすれど問ふ人もなし。
芭蕉翁尺牘より
あはれ
秋風よ
||男ありて
今日の夕餉 に ひとり
さんまを食 ひて
思ひにふける と。
さんま、さんま
そが上に青き蜜柑 の酸 をしたたらせて
さんまを食ふはその男がふる里のならひなり。
そのならひをあやしみなつかしみて女は
いくたびか青き蜜柑をもぎて夕餉にむかひけむ。
あはれ、人に捨てられんとする人妻と
妻にそむかれたる男と食卓にむかへば、
愛うすき父を持ちし女の児は
小さき箸をあやつりなやみつつ
父ならぬ男にさんまの腸 をくれむと言ふにあらずや。
あはれ
秋風よ
世のつねならぬかの団欒 を。
いかに
秋風よ
いとせめて
あはれ
秋風よ
情あらば伝へてよ、
夫を失はざりし妻と
父を失はざりし幼児とに伝へてよ
||男ありて
今日の夕餉に ひとり
さんまを食ひて
涙をながす と。
さんま、さんま、
さんま苦いか塩つぱいか。
そが上に熱き涙をしたたらせて
さんまを食ふはいづこの里のならひぞや。
あはれ
げにそは問はまほしくをかし。
(大正十年十月)
去年立秋ののち旬余の或る日、机に凭 りて「情史」を繙 き偶々巻二十四を開きしになかに洞庭劉氏といふ一項あり、
「洞庭劉氏 其夫葉正甫 久客都門 因寄衣而侑以詩曰、情同牛女隔天河 又喜秋来得一過 歳歳寄郎身上服 糸糸是妾手中梭 剪声自覚如腸断 線脚那能抵涙多 長短只依先去様 不知肥痩近如何。」
これに比ぶれば謝恵連が擣衣の篇のごとき徒らに美辞を弄 ぶものといふべし。われは三誦して秋夜の寡居に感はことのほか深かり。
「洞庭劉氏 其夫葉正甫 久客都門 因寄衣而侑以詩曰、情同牛女隔天河 又喜秋来得一過 歳歳寄郎身上服 糸糸是妾手中梭 剪声自覚如腸断 線脚那能抵涙多 長短只依先去様 不知肥痩近如何。」
これに比ぶれば謝恵連が擣衣の篇のごとき徒らに美辞を
おもふ人いと遠し、
歎きつつ織るものは
なつかしき人に着られよ。
幾とせぞ 天の川
逢ふことぞ待たるるよ、
秋ごとに君に行き
君にそふ
絹裂けば
わが胸の
縫ひゆけばなみだ落ち
縫ひきしむ針ぞ
わが心咋のままぞも、
憂れたくも肥え給へりや。
もとより即興の戯れにして原詩の哀切に対して恥づ。
洞庭劉氏の詩を三誦してよりのちまた月余、或るゆふべ身に秋冷をおぼえて自ら秋衣をさぐるに事によりてわが思ひ凄然 たるものあり。その夜筆をとりて「秋衣の歌」をつづれども意はありて詩は遂に成らず。これを筐底に投じ去りぬ。今年また秋衣の候となる。われは仮そめながら病に伏して他家に身を寄せたり。秋宵只一人の為めに長く孤愁は時に甚だ堪ふべからず。つれづれのあまり旧稿を思ひ出でて再び見んことを願へども協 はず。蓋 し転々たるわが流寓のうちに失はれたるなり。乃ちこゝろにこれをたづねつつ漫吟し得て些 か意を遣りぬ。詞の稚拙は既に恥ぢざるなり。
灯かげとどかぬ
さすらひ人の
ひとり
秋風に著る秋ごろも、
劉氏を妻に持たぬ身の
わがとり出づる古ごろも
ころもをとればそぞろにも
おもかげぞ立つ
わりなきことを言ひいでて
恨むよしなき
絹を二つに裂かんとき
こほろぎの音をしばし聴け
そのかそけさを胸に知れ
つれなき人とならじかし。
人目を
あわただしくも運ぶ手に
そのほころびをつくろひし
ころもは
吐息とともに
くつがへりたる味噌汁に
しとどなる膝なかりしか。
劉氏は人の妻なれば
ひとりとり
糸目もふるし古ごろも、
秋の灯かげにすわるとき
新らしく着る古ごろも
膝なる
いみじき
(大正十一年九月)
(アアネスト ダウスン)
我は悲しめりとには非ず、我は泣くこと協はず
わが思ひ出のすべては、はた、眠につきつつ。
見守りつ、ゆく水の白く異 しくなりまさりゆくさま、
日ねもす夕暮まで我は見守りつ、川面 の変りゆくさま。
日ねもす夕ぐれまで我は見守りつ、雨の
窓がらすのうへ打ちたたくそのうれたさ。
我は悲しめりとにはあらず、ただ我は
かつてわが願ひなりしもの皆に倦 んじ果てぬ。
かのひとの唇や、かのひとの眼や、ひねもす
わが身には影の影なるものとはなりつ。
君がこころに焦 がるるわが渇きは、ひねもす
忘れられしものとはなりつ、夕 の来るまでは。
かくて我は悲 のさなかに遺 されつ、泣かんとす
隣室の客は男ふたりだ。
酒をのんで、いつまでも
何だかくだらない議論をしやがつた。
やつと寝たと思つたら
ひとりは
ひとりは又すばらしい歯ぎしりだ
これではまるでさつきの議論のつづきぢやないか。
そのいびきをかうして聞いてゐると
自然、豚のことが思ひ出されるし
歯ぎしりの方はまるで柱時計のぜんまいを巻いてゐるやうだ。
おれは豚小屋の番人になつて
番小屋の柱時計に油の足りないねぢをかけてゐるのか知ら·········
ゆうべの寝汗のしみ込んだこの掛ぶとん
何だかほし草のにほひがして来た······
浴泉は毎日、私のおできの
岩苔のやうにこびりついた奴を洗ひ落すが、
谷川の水は毎晩、私の心に流れこんで
それが心の
ひとりぼつちの部屋へ月がさすから
電燈を消したら
おれの目から温泉が出たつけ。
秋になつたら
小さな家を持たう、
小榻一椽書百巻
さうして
煙草とお茶とのいいのが飲みたい、
そこには花畑がいる、
妻はもういらない
童子を置いて住まう、
童女でも悪くはない、
さうだ、それよりさきに
一度、上海へ行つて
支那の童女を買つて来よう、
十四ぐらゐのがいい、
(大正十一年八月)
あなたの夢は昨夜で二度しか見ないのに
あなたの亭主の夢はもう六ぺんも見た
あなたとは夢でもゆつくり話が出来ないのに
あの男とは夢で散歩して冗談口を
夢の世界までも私には意地が悪い だから
私には来世も疑はれてならないのだ
あなたの夢はひと目で直ぐさめて
二度とも私はながいこと眠れなかつた
あなたの亭主の夢はながく見つづけて
その次の日には頭痛がする ·········
白状するが私は 一度あなたの亭主を
殺してしまつたあとの夢を見たいものだ
私がどれだけ後悔してゐるだらうかどうかを
(大正十一年十二月)
霜ぐもる十二月の空は
豆腐やのちゃるめら[#「ちゃるめら」はママ] 聞けば
火を吹いておこすこの男の目に ふと
どこかの 見たこともない田舎町の場末の
古道具屋の四十女房がその
釣ランプをともすのだ
かかるゆふべの
(大正十一年十二月)
風花日将老
佳期猶渺渺
不結同心人
空結同心草
佳期猶渺渺
不結同心人
空結同心草
なさけをつくす君をなみ
人と別るる一瞬の
思ひつめたる風景は
松の梢のてつぺんに
海一寸に青みたり。
消なば消ぬべき一抹の
海の雲より洩るやらむ、
焦点とほきわが耳は
人の
山路きて 君が指すままに
わが摘みしむらさきの花、
君が問ふままに その名を
わがをしへたるりんだうの花、
そのかの秋山のよき花を 今は
ただしばしば思ひ出でよとぞ
わが頼むことは わりなき。
我が一九二二年 畢
(大正十二年二月)