宛先 東京市麹町区三番町六四 第一福四萬館
発信地 千葉県夷隅郡御宿 上野屋旅館
今日は朝ハガキを書いたつきりでしたね。あなたのお手紙を拝見して、私も大変いい気持になりました。本当に今私は幸福です。そして、あした電話をかける事を楽しみにして。
今日は午後からはじめてのいい天気でしたので、板場と女中を一人つれて山へ行きました。海が真つ青で、静かで、本当にいい景色でした。
今日はもう夕飯をすまして眠らうと思ひましたけれど、眠れないので三味線をいぢつて見ましたけれど、面白くも
他に手紙やハガキを書かなければならない処が沢山あるんですけれど、筆をとりさへすればあなたにばつかり書きたくなります。父の処に一昨日から手紙を書きかけて、まだ書けないでゐるのです。かうやつて、あなたに何にか書いてゐる間だけです、ぢつとしてゐられますのは。それで、机の前に座りさへすれば書きたくなるのです。かうやつてあんまり書いてはあなたのお仕事の妨げになるとは知りつつも、書かずにはゐられないのです。どうぞ、自分に対してもあなたに対しても、あんまり節制のない事をお怒り下さいますな。
孤月氏が、此間私のことをパツシヨネエトだつて悪く云ひましたけれど、私は今度はそんなにパツシヨネエトではないと自分で思つてゐましたのに、矢張りさうなのですね。
かうしてぢつと目をつぶりますと、あなたの熱い息が吹きかかつてゐるやうに感じます。あしたはあなたのお声が聞けると思ひますと、本当にうれしくて胸がドキ/\します。女中たちは、毎日々々、旦那さまの事ばかり気にしてゐます。
静かな夜に潮の遠鳴りが聞えて来ます。さびしい夜です。あの音が聞えますと、何んだか泣きたくなつて来ます。丁度、何時かの夜、あなたが||さう/\芝居にゐらしたといふ夜、お訪ねしてお逢ひする事が出来ないで、青山(
何しろ、顔を見せて下さるだけでいいのですから、何卒ゐらして下さい。今から電話をかけに行きます。かけてお留守だと、本当にいやになつて仕舞ひますね。何卒ゐて下さいますやうに。何にを話していいのか分りません。
[『大杉栄全集』第四巻、大杉栄全集刊行会、一九二六年九月]