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水の上

安西冬衛




中央公会堂の赤煉瓦

緑青ろくしよう色の高裁のドーム

中洲の葉柳をかすめて

とび去る水中翼船の渦巻から

ムツとするような水苔の匂い。

ついさつきまで

ランチ・タイムをたのしんでいた

BGやホワイト・カラー達も

みんな今は引き揚げていつてしまい

あとには

濡れ手で銭勘定の

貸ボート屋ののどかな浮世哲学。

上げ潮にむつかしい家裏やうらをみせた川魚料理の

昼もほのぐらい煤天井すすてんじよう

うららかな水かげろうのあや

軒場に張り出した

巣箱のようなエア・コンの上に

かえりそびれた

新聞社の伝書鳩が

ちよこなんと一つ

そろそろ夕刊の

降版の時間だというのに。






底本:「ふるさと文学館 第三三巻 【大阪※(ローマ数字2、1-13-22)】」ぎょうせい

   1995(平成7)年8月15日初版発行

底本の親本:「安西冬衛全詩集」思潮社

   1966(昭和41)年

入力:大久保ゆう

校正:Juki

2016年3月4日作成

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