關根正直氏の手に成りたる「小説史稿」は兔に角日本文學史の第一着手なり。吾人は氏の「史稿」に於いて甚だ失望する所なきにあらず、然れども是は敢へて氏に責む可き所ならず、却て氏に許す可きは、氏が此の事業に一鞭を着け、以て吾人を勵まし、且つ吾人をして大に據る所を得せしめし事にあり。
今ま歐洲の歴史は、文學史の討究によりて局面を一變せんとす、眞正の内部、將さに從來の外部と共に照然たらんとす。文學は空漠たる想像より成れるにあらず、實は「時代」なる者の精勉して鑄作せる紀念碑なり、是れ、吾人が前に開かれたる一大卷の吾人をして讀解し、
誰れか眞に今日の日本を知る者ぞ、誰れか眞に昨日の日本を知る者ぞ、又た誰か眞に明日の日本を知る者ぞ、多くの政治家あり、議論家あり、又た國粹家あり、而して眞に日本なる一國を形成する原質を詳かにする者は稀れなり、其人民の性情を窺はんと欲するが如きは、絶えてあらず、此に於いて余が文學史を望むの情一倍して來る、余が「小説史稿」を讀みて感ずる所、斯くの如し。