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『言苑』跋

新村出




『辞苑』出でて茲に三星霜、幸に大方人士の歓迎と支援とを得て、版を重ぬること実に百八十有二、編者の洵に欣幸とする所である。

 編者はこの望外の厚意に励まされて、更に簡易・軽便にして効果的なる国語辞書の編纂を企て、爾来経営を怠らなかった。即ち編者は『辞苑』の完成以来、先ず中等学校・青年学校・小学校の国語読本を始め、各教科書の主要語彙の蒐集を図り、又進んで専門用語の採否については、各専門家の意向をも聴取し、他方『辞苑』より比較的実用に縁遠い語彙を削除し、専ら教科学習上必須なる語彙と時勢の変化・進運に伴なって激増する新造語とを挿入することに力を尽くした。内容の説明は簡約を旨とし、且携帯に便なることを慮った。その成果が本書『言苑』の誕生である。

『言苑』収むる所の語彙凡そ十万、語彙選択の当否、説明の確否については、編纂主任溝江八男太氏予を輔けて之に当り、森松与造氏はその得意とする「同訓異義」の立案・工作及び全般的検討並びに校正に終始その力を致し、今井正視氏亦公務の繁を割きて「類語」の蒐集に努力し、博文館辞書編纂部員諸氏も亦校正並に印刷の企図に終始渾身の努力を致し、恩地孝四郎画伯は装幀に、四本文雄氏は挿絵に、各々独特の伎倆を発揮し、又、共同印刷株式会社社員諸氏は熱誠その事に従って万遺漏なきを期せられた。本書の完成は、実にこれ等諸君の黽勉と力行との結晶に外ならぬ。ここに衷心より深謝の意を表する。

 本書の完成に当りて、所感の一端を披瀝して跋とする。(昭和十三年一月)


 昭和二十三年本書の出版権が博友社に譲渡されるや、社長小野高久良氏が、本辞典の重版復興に最善の努力を傾倒されたことに対し、深甚の謝意を表する。(昭和二十五年十月追記)

(昭和十三年二月初刊、昭和二十六年八月戦後第三版『言苑』)






底本:「新村出全集第九巻」筑摩書房

   1972(昭和47)年11月30日発行

初出:「言苑」博文館

   1938(昭和13)年2月初刊

※表題は、「跋」に辞書名を補い、底本編集時に与えられたものです。

入力:フクポー

校正:きゅうり

2019年5月28日作成

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