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カスリイン・ニ・フウリハン(一幕)

CATHLEEN NI HOOLIHAN

ウイリヤム・バトラ・イエーツ

松村みね子訳




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ピイタア・ギレイン

マイケル・ギレイン   ピイタアの長男、近いうちに結婚しようとしている

パトリック・ギレイン  マイケルの弟、十二歳の少年

ブリヂット・ギレイン  ピイタアの妻

デリヤ・ケエル     マイケルと婚約の女

まずしい老女

近所の人たち



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一七九八年、キララに近い農家の内部、ブリヂットは卓に近く立って包をほどきかけている。

ピイタアは炉のわきに腰かけ、パトリック向う側に腰かけている。


ピイタア  あの声は何だろう?

パトリック  俺にはなんにも聞えない。(聴く)ああ、きこえる。何か喝采はやしているようだ。(立って窓にゆき外を見る)何を喝采はやしてるんだろう。だれも見えやしない。

ピイタア  投げっくらしているんじゃないか。

パトリック  今日は投げっくらなんかありゃしない。町の方で喝采はやしているらしい。

ブリヂット  若い衆たちが何かスポーツをやってるのだろう。ピイタア、こっちへ来てマイケルの婚礼の着物を見て下さい。

ピイタア  (自分の椅子を卓の方にずらせて)どうも、たいした着物だ。

ブリヂット  あなたがわたしと一着に[#「一着に」はママ]なった時にはこんな着物は持っていませんでしたね、日曜日だってほかの日と同じようにコートも着られなかった。

ピイタア  それは本当だ。われわれの子供が婚礼する時こんな着物が着られようとは思いもしなかった。子供の女房をこんなちゃあんとした家に連れて来られようと思いもしなかった。

パトリック  (まだ窓のところに立って)往来を年寄の女が歩いて来るよ。ここの家へ来るんだろうか?

ブリヂット  だれか近所の人がマイケルの婚礼のことを聞きに来たんだろう。だれだか、お前に分るかい?

パトリック  よその土地の人らしい、この家へ来るんじゃない。坂のところで曲がってムルチインと息子たちが羊の毛を切ってる方へ行った(ブリヂットの方へ向いて)こないだの晩四つ角のウイニイが言ってた事を覚えているかい。戦争か何かわるい事が起る前に不思議な女が国じゅう歩きまわるという話を?

ブリヂット  ウイニイの話なんぞどうでもいいよ、それより、兄さんに戸を開けておやり。いま帰って来たらしい。

ピイタア  デリヤの持参金を無事に持って来たろうな、おれがせっかく取り極めた約束を、向うでまた変えられちゃ困るよ、ずいぶん骨を折って極めた約束だ。

(パトリック戸を開ける、マイケル入る)

ブリヂット  何で手間がとれたのマイケル? さっきからみんなで待っていたんだよ。

マイケル  神父さんとこへ寄って明日あす結婚さして貰えるように頼んで来た。

ブリヂット  何とかおっしゃったかい?

マイケル  神父さんは非常に良い縁だって言ってた、自分の教区のどの二人を結婚させるよりも俺とデリヤ・ケエルを結婚させるのを喜んでいた。

ピイタア[#「ピイタア」は底本では「ピタア」]  持参金は貰って来たか?

マイケル  ここにある。

(マイケル卓の上に袋をおき向う側に行って煙突の側面に寄りかかる。このあいだ中ブリヂットは着物をしらべて縫目をひっぱって見たりポケットの裏を見たりしていたが、着物を台の上に置く)

ピイタア (立ち上がって袋を取り上げ金を出す)おれはお前のためにうまく取り極めてやったよ、マイケル。ジョン・ケエルおやじはこの金のうち幾らかをまだ手放したくはなかったらしい。はじめての男の子が生まれるまで、この半分だけわしが持っていたいのだが、と云うんだ。そりゃいけない、男の子が生まれても生まれなくても、お前さんの娘をうちへ連れて来る前に百ポンドの全部をマイケルに渡して貰わなくちゃと俺が云った。それからおふくろが口をきいて、あの男もとうとう承知した。

ブリヂット  お金を手に持ってひどく嬉しそうですねえ。

ピイタア  まったくね、俺も俺の女房と一緒になった時、百ポンドでも、二十ポンドでも、貰いたかったよ。

ブリヂット  そりゃ、わたしは何も持って来なかったけれど、此処のうちだって何もありゃしなかった。わたしがあなたのとこへ来た時あなたが持ってたのは鶏が何羽か、自分でその世話をしていましたね、それから二三匹の羊、それを自分でバリナの市までひっぱって行ったでしょう。(彼女不愉快になって水入を料理台の上に音をさせて置く)わたしが持参金を持って来なかったところで、それだけの物は自分の体で働き出しましたよ、赤ん坊を藁の束の上に寝かしておいて、今そこに立ってるマイケルをね、そして馬鈴薯いもを掘りましたよ、立派な着物も何も欲しいと云わずにただ働いて来たんですよ。

ピイタア  それはそうだよ、ほんとうに。

(ピイタア彼女の手を撫で叩く)

ブリヂット  構わないで下さいよ、わたしは片づけ物をしなくっちゃ、嫁がうちに来る前に。

ピイタア  お前はアイルランド中でいちばんの女だよ、だが、金も好いね。(もう一度金をいじりながら腰掛ける)俺は自分の家のなかでこれ程たくさんの金を見ようと思わなかった。これだけあれば我々もたいした事が出来るな。ジェムシイ・デンプシイが死んでから欲しいと思っていたあの十エーカアの田地も手に入れて牧場にすることが出来る。その家畜もバリナのいちに出かけて行って買えばいい。デリヤはこの金のうち幾らか自分の小づかいに欲しいとでも云ってたかい、マイケル?

マイケル  いいえ、何とも云いません。金のことに就いてはあまり考えていないようで、まるで見むきもしなかった。

ブリヂット  それはあたり前だよ。なんだってあのが金なんぞ見ているものかね、お前というものを見ているんだから、立派な若い男のお前を見ているんだから。お前と一緒になるのをどんなに悦んでるだろう、お前は真面目な好い息子でこの金も無駄に使ったり飲んでしまったりしないで、ちゃあんと役に立てて行けるだろうから。

ピイタア  マイケルだってあんまり持参金の事は考えなかったろう、娘がどんな顔をしているか、そればかり考えていたのだろう。

マイケル  (卓の方に来る)そりゃ、誰だって綺麗な好い娘に側にいて貰いたいよ、自分と並んで歩いて貰いたいよ。持参金なんてちょっとの間のものだ、女房はいつまでもいるんだから。

パトリック  (窓から此方に向き)また下の街ではやしているよ。エニスクローンから馬が来たのを上げているんじゃないかな、馬が上手に泳ぐのを喝采はやしているんだろう。

マイケル  馬じゃあるまい。何処にもいちがないから馬の連れてき場がないよ。町へ行って見て来な、パトリック、何が始まってるんだか。

パトリック  (出ようとして戸をあける、暫時入口に立止まる)デリヤは覚えているだろうか、ここのうちに来る時おれに猟犬の仔犬を持って来てくれる約束をしたんだが?

マイケル  覚えているよ、だいじょうぶ。

(パトリック出て行く。戸をあけっぱなしにして)

ピイタア  今度はパトリックが財産を探す番だが、あの子はそう容易らくに手に入れることは出来まい、自分の地所も持っていないんだから。

ブリヂット  わたしは時々考えますよ、わたしたちも段々らくになって来るし、ケエルの家もこの区ではずいぶん力になるだろうし、デリヤの叔父さんで牧師も[#「牧師も」はママ]あるし、パトリックをいまに牧師にしてやったらどんなもんですかね、あんなに学校の出来もいいんだから。

ピイタア  まあゆっくりだ、ゆっくりだ。お前の頭はいつも計画でいっぱいだね、ブリヂット。

ブリヂット  わたしたちはあの子に十分な学問をさせてやれますよ、人の同情で生きてる苦学生みたいに国中歩き廻らせなくともいいんですから。

マイケル  まだ喝采はやしている。

(戸口に行きしばらくそこに立っている、片手を眼の上にかざして)

ブリヂット  何か見えるかい?

マイケル  年寄の女がこの路を上がって来る。

ブリヂット  何処の人だろう? 先刻さっきパトリックが見た知らない女じゃないかね。

マイケル  とにかく近所の人じゃないらしい、上着を顔にかぶっている。

ブリヂット  何処かの貧乏な女が、わたしたちが婚礼の支度をしているのを聞いて、貰いに来たのかも知れない。

ピイタア  金はしまった方がいいな。何処の知らない人が来ても見られるように出しとく必要はない。

(隅にある大きな函に行き、それを開けて財布を中に入れ錠をいじっている)

マイケル  お父さん、そら、そこへ来たよ。(一人の老女ゆっくり窓の外を通る、通るときにマイケルをじっと見る)知らない人にうちへ来て貰いたくないな、おれの婚礼の前夜に。

ブリヂット  戸をおあけ、マイケル、かわいそうな女の人を待たせないで。

(老女入り来る。マイケル彼女の通りみちをあけようとして傍に退いて立つ)

老女  こんちは。

ピイタア  こんちは。

老女  好いおうちだね。

ピイタア  さあさあ、何処ででも、おやすみ。

ブリヂット  火の側にお掛けよ。

老女  (手を温める)そとはひどい風だ。

(マイケル入口から好奇心を以て彼女を見ている。ピイタア卓の方に来る)

ピイタア  きょうは遠くから来たのかい?

老女  遠くから、たいへん遠くから来たよ、わたしほど遠いとこを旅をして来たものはどこにもありゃしない、そしてわたしを家に入れてくれない人がいくらもあるよ。丈夫な息子たちを持ってる人で、わたしの知った人があったが、羊の毛を切っていて、わたしの言うことなんぞ聞いてくれないんだ。

ピイタア  だれでも、自分の家がないというのは、なさけないことだ。

老女  ほんとうにそうだよ、わたしがまごつき歩いてるのも長いことさ、初めて無宿者やどなしになったときから。

ブリヂット  そんなに長く放浪たびをしていてそんなに弱りもしないのは不思議だわねえ。

老女  時々は足が草臥れて手も静かになってしまうけれど、わたしの心の中は静かじゃない。わたしが静かになってるのを人が見ると、年寄になってすっかり働きがなくなったのだと思うかもしれないが、心配が来ればわたしは自分の友だちに話をするよ。

ブリヂット  どうした訳で放浪たびを始めたの?

老女  あんまり大勢の他人がうちにはいって来たので。

ブリヂット  ほんとうに、お前さんも苦労したらしいね。

老女  ほんとうに、苦労したよ。

ブリヂット  何が苦労の初めだったね?

老女  土地を取られてしまったのだ。

ピイタア  たくさんの土地を取られたのかい?

老女  わたしの持っていた美しい緑の野を。

ピイタア  (ブリヂットに小声でいう)いつぞやキルグラスの地所から追い出されたというケイシイの後家ででもあるだろうか?

ブリヂット  そうじゃありませんよ わたしは一度バリナの市でケイシイの後家さんを見たけど肥った若々しい人でした。

ピイタア  (老女に)喝采はやしている声を聞いたかね、丘を上がって来るとき?

老女  むかしわたしの友だちがわたしを訪ねて来た時にいつでも聞いたような声をいま聞いたと思った。(自分ひとりだけに小声でうたい始める)

わたしもあのと一緒に泣きましょう

髪の黄ろいドノオが死んだ

麻縄を襟かざりに

白いきれを頭に載せて

マイケル  (入口から近づく)お前がうたってるのは何の唄だい、おばあさん?

老女  むかしわたしの知ってた男のことをうたっているんだよ。ガルウヱイで絞罪になった黄ろい髪のドノオのことさ。

(うたいつづける、前よりも高い声で)

わたしの髪は巻きもしず結びもしず

お前と一緒に泣きに来ました

畑のあかい土を掘り返して

あの人が自分の畑をたがやしてる姿が見える

石に漆喰つけて

丘のうえに納屋を建ててる姿が見える

おお、その絞首台を倒そうものを

エニスクロオンであったことなら

マイケル  その人は何のために死んだんだい?

老女  わたしを愛するために死んだ。わたしを愛するために大勢の人が死んだよ。

ピイタア  (ブリヂットにいう)苦労したために気が変になってるんだ。

マイケル  その唄が出来たのは古いことかい? その人が死んだのは古いことかい?

老女  古いことじゃない、古いことじゃない。だが、ずうっと昔、わたしを愛するために死んだ人もあったよ。

マイケル  それはお前の近所の人たちかい?

老女  わたしの側へおいで、その人たちの話をするから。(マイケル炉のそばに彼女のわきに腰かける)北にはオドウネル家の強い人がいたよ、南にはオサリ※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82)ン家の人があったし、それから、海のそばのクロンタアフで生命をおとしたブライアンという人もあった。西にも沢山あったよ、何百年も前に死んだ人たちが。それに明日あした死のうとする人たちもある。

マイケル  西の方かい、明日あした人が死ぬのは?

老女  もっと側に、もっとわたしの側にお寄り。

ブリヂット  正気だろうか? それとも、この世の人じゃないのかしら?

ピイタア  自分の言ってることが自分によく分らないんだ、あんまり苦労したり食わずにいたりしたので。

ブリヂット  かわいそうに、親切にしてやりましょうよ。

ピイタア  牛乳でも飲ませて麦の菓子を食わしてやれ。

ブリヂット  それにもう少し何か添えてやったらどうでしょう、旅費にするように。ペニイかそれともシリング一つでも、うちにこんなにお金があるんだろう。

ピイタア  そりゃわれわれが余分に持ってるなら惜しみはしないが、持ってるものをどんどん出してゆくと、あの百ポンドも直きにくずすことになるだろう、それは惜しいよ。

ブリヂット  たしなみなさいよ、ピイタア。シリングをおやんなさい、あなたの祝福を添えて、それでないとわたしたちの幸運しあわせだって逃げていくかもしれない。

(ピイタア函の方に行き一シリング取り出す)

ブリヂット  (老女に)おばあさん、牛乳を飲むかい?

老女  食べる物や飲む物は欲しくない。

ピイタア  (シリングを出して)すこしだが上げる。

老女  こういう物は欲く[#「欲く」はママ]ない。わたしは銀貨が欲しいんじゃない。

ピイタア  何が欲しいんだ?

老女  誰でもわたしを助けようと思えば、自分自身をわたしにくれなけりゃ、わたしに全部すっかりくれなけりゃ。

(ピイタア卓の方に行く、手に載せたシリングを途方にくれたように見つめながら、そして其処に立っていてブリヂットにひそひそ話している)

マイケル  そんなに年をとってるのに誰も世話をする人はないのかい、おばあさん?

老女  誰もいない。わたしを愛してくれた人はそんなに大勢あったが、わたしはだれの為にも床の支度はしなかったよ。

マイケル  放浪たびをしていたら寂しいだろうね、おばあさん?

老女  わたしはいろいろな事を考えていろいろな事を望んでいるよ。

マイケル  どんな事をのぞんでいるんだい?

老女  わたしの美しい土地を取り返す希望のぞみと、それから、他人をうちから追い出そうという希望のぞみと。

マイケル  どうすればそれが出来る?

老女  わたしを助けてくれるいい友達があるから。わたしを助けようとして今みんなが集まるところだ。わたしはおそれやしない。もしあの人たちが今日負けても明日は勝つだろうから(立ち上る)わたしの友だちに会いに行ってやろう。わたしを助けに来てくれるところだからあの人たちのむかえに行ってやらなければ。近所の人たちを呼び集めて出迎えに行ってやろう。

マイケル  一しょに行って上げよう。

ブリヂット  マイケル、お前が迎えに行くのはこの人の友だちじゃないよ、お前はここのうちへ来ようとする娘を迎えに行かなくっちゃならないよ。お前の仕事がたくさんあるじゃないか。食べる物も飲む物も家へ取って来てくれなけりゃならないよ。うちへ来る娘は空手で来るんじゃないから。お前も空っぽの家へあの人を迎えては済まない。(老女に)おばあさん、あなたは知らないだろうが、うちの息子は明日あす結婚するのよ。

老女  結婚しようとする男に助けて貰おうとは思いやしないよ。

ピイタア  (ブリヂットに)いったい、この人は誰だと思う?

ブリヂット  おばあさん、まだお前さんの名を聞かなかったね。

老女  ある人はわたしのことを「かわいそうな老女としより」と云っている、ある人は「フウリハンの娘のカスリイン」とも言っている。

ピイタア  そういう名の人を聞いたことがあるように思う。はてな、誰だったか? だれか俺の子供の時分に知ってた人らしい。いや、いや、思い出した、唄で聞いた名前だ。

老女  (入口に立っていて)この人たちはわたしのために唄が作られたのに驚いている。わたしのために作られた唄は沢山ある。今朝もひよつ[#「ひよつ」はママ]風にきこえたようだった。

(うたう)

あんまりみんなで泣くにはおよばぬ

明日あしたお墓を掘る時に

しろいスカアフの騎手のりてをよぶな

明日あした死人を葬るときに

よその人たちにふるまいするな

明日あしたお通夜をするときも

いのりのために金をやるな

明日あした死にゆく死人のために

 いのりの必要はない、その人たちの為に祈りの必要はない。

マイケル  その唄の意味はおれには分らないが、何かおれに出来る事があれば言っておくれ。

ピイタア  マイケル、此方へ来なさい。

マイケル  だまって。お父さん、あの人のいうことを聞いておいでなさい。

老女  わたしを助けてくれる人たちはつらい仕事をしなくっちゃならないよ。いま赤い頬をしてる人たちも蒼い顔になってしまう。丘も沼も沢も自由に歩きまわっていた人たちは遠くの国にやられてかたい路を歩かせられるだろう。いろんな好い計画は破れ、せっかく金を溜めた人も生きていてその金を使うひまがなく、子供が生まれても誕生祝いの時その子の名をつける父親がいないかも知れない。赤い頬の人たちはわたしの為に蒼い頬になる、それでも、その人たちは十分な報いを受けたと思うだろう。

(老女出て行く、彼女のうたう声が外にきこえる)

いつまでも忘られず

いつまでも生きて

いつまでも口をきく

その人たちの声を国民はいつまでも聞く

ブリヂット  (ピイタアに)ピイタア、あの子を御覧なさい、何かに憑かれたような顔をしています。(声を高くして)これを御覧よ、マイケル、婚礼の服を。ずいぶん立派だねえ! いま着て見た方がいいよ、もし明日着て体に合わないと困るから、若い衆たちに笑われちまうよ。これを持ってって、向うの部屋で着てみておくれ。

(彼女マイケルの腕に服を持たせる)

マイケル  何の婚礼の話をしているんだい? あすおれがどんな服を着るって話だい?

ブリヂット  あしたお前がデリヤ・ケエルと結婚する時に着る服じゃないか。

マイケル  忘れていた。

(服を見て奥の部屋の方に行こうとする、そとでまた喝采はやす声がすると立止る)

ピイタア  あの声がうちの前まで来た。何が始まったんだろう?

(近所の人たちどやどや入って来るパトリックとデリヤも[#「デリヤも」は底本では「テリヤも」]彼等と一しょにいる)

パトリック  港に船が来ているよ、フランス人がキララに上陸するとこだ!

(ピイタア煙管を口からはなし帽子を取って、立つ。マイケルの腕から婚礼の服がすべり落ちる)

デリヤ  マイケル! (マイケル気がつかない)マイケル! (マイケル彼女の方に向く)どうしてあたしを知らない人みたいに見るの?

(彼女マイケルの手をはなしブリヂット彼女のそばに行く)

パトリック  若いものはみんな丘を駈けおりてフランス人と一緒になりに行くよ。

デリヤ  マイケルはフランス人と一緒になりに行きやしないでしょう。

ブリヂット  (ピイタアに)行くなと云って下さい、ピイタア。

ピイタア  言ったって駄目だ。われわれの言ってることは一言ひとことも聞いてやしない。

ブリヂット  何とか言って火の側へ連れてって下さいな。

デリヤ  マイケル、マイケル! あたしを捨ててゆきはしないでしょう。フランス人と一緒になりはしないでしょう、あたしたちは結婚するとこじゃありませんか!

(デリヤ腕を彼の身に巻く、マイケル彼女の方に向いてその意に従おうとする)

(家のそとに老女の声がする)

いつまでも口をきく

その人たちの声を国民はいつまでも聞く

(マイケル、デリヤから身を振りはなして暫時入口に立つ、やがて駈け出す、老女の声のあとを追って。ブリヂット静かに泣いているデリヤを自分の腕に抱く)

ピイタア  (パトリックの腕に片手をかけて訊く)年よりの女がそこの路を下りてゆくのを見なかったか?

パトリック  見なかった、若い娘が行ったよ。女王のように歩いていた。






底本:「近代劇全集 第廿五卷愛蘭土篇」第一書房

   1927(昭和2)年11月10日発行

※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。

入力:館野浩美

校正:岡村和彦

2019年2月22日作成

青空文庫作成ファイル:

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