正月七日の宵。||七草粥の祝儀をそのままに、牧野子爵邸では親族知友を招待して、新年宴会を催した。
集る者十人。その中でも特に人々の注意をひいたのは、少年探偵としてめきめき名をひろめた
この三人は、去年東京を中心にして行われた大きな犯罪を探偵して、立派な功績をのこした両大関で、その夜はたがいに初めて会うのであった。
「僕春田です」
「お噂はいつも伺っております、どうぞよろしく」
しかし樫田刑事は、なにをこの小僧がといわんばかりに、ちらと眼をくれただけで、
「やあ!」といったまま、春田君のさし出した手を握ろうともせず、さっさと自分の
傍にいてこの無礼な態度を見ていた
「よし給え、あの人はいつか自分から僕の手を握りにくるようになるよ、ここが我慢のしどころさ」
そして壮太の肩を叩いた。
「さあ皆さん」牧野子爵は集った客たちに向って叫んだ。
「食堂の用意ができたそうです、今夜は
客達は話しながら子爵の後から食堂へ入って行った。
食事の間、お客達の話は春田君の手柄話に賑わった。
牧野子爵はむろん自分の甥の自慢だから、黙ってひきさがっているはずはない。例の潜水艦の秘密事件だの、幽霊殺人事件だの、それからつい最近に解決したばかりの、あのメトラス
「ですがねえ子爵!」客の中から秋山という若い紳士が声をあげた。
「その問題の黄色ダイヤの頸飾が、まだお邸にあるのでしたら、我々に見せて頂きたいものですねえ!」
すると一座の客たちも、それに賛成して、どうぞ頸飾を見せて貰いたいというのであった。
「よろしい、諸君、では物語の中心となったその頸飾をごらんに入れましょう」
子爵はすぐに小間使を招いて、夫人の化粧室から、頸飾を持ってくるように命じた。
間もなく小間使は黒
「これです」子爵はやがて小筐の中から、
「この頸飾は初めトルコの王宮に秘蔵されていたもので、古い伝説によると、あのギリシャの英雄アレキサンダア大王が、自分の頸にかけていたものだということです」
子爵の話に耳をかたむけながら、人々は驚きの眼を
やがて人々が見終ると、子爵は頸飾を小筐に戻して小間使にわたした。
「元の場所へしまっておいで」
小間使は小筐を持って客間を出ていった。
それから客達が自分自分の席に戻って、がやがやと頸飾の噂話をはじめた時だった。
「きゃっ

樫田刑事が駈けつけて見ると、夫人の化粧室の外に、
「あっ、やられた

刑事は思わず叫んで立停った。
見よ、床の上には小間使が
そこへ子爵はじめ客達がどやどやと駈けつけてきたので、刑事はあわてて叫んだ。
「子爵、重大な事件です、誰もこの化粧室へ入れないで下さい。また今夜のお客様は、御迷惑でも事件の解決するまで一歩も外へ出てはなりません、||それから」と刑事は
「秋山氏はどうぞお入り下さい」
「僕も入れて頂きたいですね、名探偵閣下」そういう声がして、客達の間から、にやにや笑いながら龍介君があらわれた。刑事は不愉快そうに眉をよせたが、ぶっきら棒に、
「どうぞご随意に」といって、
化粧室には、樫田探偵と、子爵と、龍介君とが残った。怪しい紳士秋山は、
小間使は樫田刑事の介抱で、すぐに正気にかえった。そして打たれた額を濡れ
「私、このお部屋へ入ってきますと、突然夜会服を召した紳士の方が、真暗な
「ふむ||」樫田刑事は小間使の倒れていた場所に落ちていた長さ二尺くらいの棍棒を拾いとった。そしてポケットから指紋帳を取り出して、手早く棍棒に印されてある指紋をとった。
「さて、秋山さん」刑事は
「失礼ですが
秋山紳士は恐る恐る近寄った。刑事は顫えている秋山紳士の指を握って、指紋帳の上に押しつけてから、棍棒に印されていた指紋を合せて見た。樫田刑事の顔には、得意然とした微笑があらわれた。
「合う、この二つの指紋はぴったり合う、同一の指紋だ」
「それは


秋山紳士は突然どなりはじめた。
「僕はなにも知らぬ、僕はそんなことはしやしない、間違だ、失敬な

「指紋がなによりの証拠ですよ」
刑事は冷笑しながらいった。
「しかし、説明を承りましょう秋山さん。さっき小間使がおそわれた時、この

「僕は、僕は頭が痛むので、それで、庭へ出ようとしていたのだ。それで出口がわからないで困っていると、突然女の悲鳴が聞えたので駈けつけてきたんだ、そこへ
秋山紳士がいいきらぬうちに、樫田刑事は大声に
「いや秋山さん、嘘をつくならもっと上手にやらんといかんよ、そんな

樫田刑事は慄えている秋山紳士をひきよせて、残る隈なく身体検査をした。が不思議や、ダイヤの頸飾はどこにもなかった。
「さてはどこかへ隠したに相違ない」というので、部屋の隅々、小間使の体まで探し求めたが、ついに頸飾は出てこなかった。
「樫田さん、事件は解決しましたか?」
いままで、樫田刑事の訊問などは見向きもせずに、化粧室の中をくわしく綿密にしらべていた春田龍介君が、にこにこ笑いながら進み出てきた。
「解決しとるよ。女中が何者かに襲われた、そばに女中を殴った棍棒が落ちていた、そして部屋の外に紳士が立っていた、棍棒には指紋があった、その指紋が紳士の指紋であった、女中は自分を殴ったのは夜会服をきた紳士だといった。でその紳士は夜会服を着ている······こんな簡単明白な事件は子供にだって片がつくさ!」
「そうですか」
龍介少年は相変らず笑いながら、
「しかし、こういう

龍介君の静かなしっかりした意見を聞いていた刑事は、その立派な言葉にたじたじとなったが、まだ龍介君の本当の偉さがわかっていないので、
「ふん、君はなかなか立派な意見を持っている、では君には事件はもう分っているのかね」
「ええ、そうですよ樫田さん!」
龍介は軽く笑って答えた。
「僕にはもう誰が犯人で頸飾がどこに隠してあるかということまで分っているんです」
樫田刑事は、まるで
その時、寝椅子の上に休んでいた小間使は立上って、ふらふらと洗面台の方へ近よった。龍介君は急いでそれをさえぎって、
「どうするんだね、君」
「私、打たれた傷が痛みますから、お水で冷やさせて頂こうと存じまして」
「あとで!」と龍介君はいった。そして小間使を元の寝椅子におい帰した。
「そんなことはあとでたくさんできるよ、まあ静かに坐ってい給え。そこで秋山さん、失礼ですが、今夜この宴会へくる途中、どこか
秋山紳士は、自分にかけられた
「そうです、家を出まして銀座で二軒用事をたしました、一軒は日本屋という洋服屋で、春服の仕立を頼んだのです。それから
「
龍介はきっと唇をむすんで立上った。
「もう事件は解決しました。三十分の後、僕はこの事件の主謀者をつれてここへ帰ってきます。伯父さん、あなたは料理部屋へいって、今夜
あっけに取られている一同をあとに、化粧室をとび出した龍介は、大声に喚いた。
「壮太君、さあ君の


それから三十分後だ、樫田刑事が、警官隊をつれて、
「野郎共束になってかかってこい、

怪しい支那人に取巻かれた真中に仁王立になって、喚いているのは
「やれ


「有難えぞ、メトラス博士の時にゃ、坊ちゃんにお株をとられたから、今夜こん畜生め、壮太さまがどれくらい強いか見せてやるんだ。さあ豚共、かかってこいっ

叫びざま、いきなり取巻いている支那人の荒くれ男の一人に跳掛っていった。がしゃん




「やれ


「素晴しいぞ、そら、殴れ

傍からけしかけられるので、壮太得意絶頂だ。
「この野郎



とばかり、取っては投げ、掴んでは投げ、まるで阿修羅のように家の中を縦横無尽に暴れまわった。
かくして、泰昌軒の地下室に隠れていた怪支那人の一団は、間もなく樫田刑事一行のために捕縛された。
「へん、どんなもんだい」
壮太は流れおちる汗を横なぐりに拭きながら、
「おいらの親分は龍介様だ、そしておいらは

樫田刑事と春田君とは、ふたたび牧野子爵邸の化粧室に戻ってきた。
「さて、まず頸飾を出しましょう」
龍介君はそういって、書生を呼んだ。
「君、すまないがね、
書生はかしこまって出ていった。
「さて小間使君、どうか額の傷を冷やしてくれたまえ」
龍介は小間使にいった。小間使はその瞬間
「いえ、私、もうよろしゅうございますの。もう痛みはいたしませんから」
「では、僕が手を洗わしていただこうかな」
龍介君はつかつかと洗面台へ近よって、
「出ました、出ました先生、ダイヤの頸飾が
そう叫んで室内へとびこんできた書生の両手の間には、なんと燦然と輝く黄色ダイヤの頸飾がゆれていたではないか。
「ねえ、樫田さん」
龍介君は皮肉に笑いながら云った。
「僕はさっき云ったでしょう、頸飾の隠し場所も、そして犯人もわかっているって。犯人は小間使と
「どうしてこの事件を解決したか」
やがてもう一度客間へ人たちが集った時、龍介は静かに話しだした。
「あの女中の殴られた傷を見ると、右の額です。
第二には、女中が自分を殴ったのは、夜会服を着た紳士だといった、ところが暗闇の
その時
聴いていた客たちはじめ、さすがの樫田刑事も思わずあっといって春田君の名探偵ぶりに舌を巻いた。伯父である牧野子爵が、その時、どんなに得意然と髭を捻っていたか、皆さんにも想像できることでしょう

「失敬しました春田君」
樫田刑事は立ってきて、進んで春田君に手をさし出しながら云った。
「先ほど私はあんたを軽蔑しておった。しかし今では私自身を軽蔑しております、どうか先程の無礼をお許し下さい」
それを見ていた
「どうでえ、おいらの親分は春田さんだ、そこでおいらは

さて読者諸君。私は残念ながらひとつのお知らせをしなけれは[#「しなけれは」はママ]なりません。こうして春田君は続けざまに五つの重大事件を解決しましたが、今度ある方面からの命令で、一年間外国へ見学に派遣されることになったのです。
我等の少年探偵春田龍介君は、来る三月、二年級を修了すると同時に、まず