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一八七四年十一月九日
エンクワイヤラア紙上に社會面記事として執筆せしもの。
エンクワイヤラア紙上に社會面記事として執筆せしもの。
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無法な火葬
土曜日夜の恐るべき犯罪
慘殺されて竈で燒かれた男
恐ろしき父の復讐
殺人容疑者の逮捕
情況證據の環
戰く馬の憫れな證據
戰慄すべき惡魔的所爲の詳細
被告の陳述と名刺型寫眞
土曜日夜の恐るべき犯罪
慘殺されて竈で燒かれた男
恐ろしき父の復讐
殺人容疑者の逮捕
情況證據の環
戰く馬の憫れな證據
戰慄すべき惡魔的所爲の詳細
被告の陳述と名刺型寫眞
「災禍は踵を追ふて襲ひ來る」、しかく災禍は迅速に相次いで起るものだ。
がこの血腥い犯行に第三者を使嗾した促迫の動機となつたものであらう。兇行の場所は中央並木通りの眞西、舊ワアク蝋燭製造會社工場跡の眞向なるリヴィングストン街とギャムブル横町に跨るフリイベルグ製革工場内であつた。
被害者はヘルマン・シリングと云ふ男。アンドレアス・エグナア、ジョオヂ・ルウファー、フレデリック・エグナアの三者が殺人容疑者である。
我々の獲た報道によれば不必要な冗語を一切除いた事件の眞相は次の如くである。被害者ヘルマン・シリングはフリイベルグ方に暫く雇はれてゐたもので製革工場の西隣りで工場とは木戸續きのフィンドレイ街一五三番地に酒場兼下宿業のエグナア方に嘗て止宿してゐた。エグナアにはジュリアといふ十五歳ばかりの娘があり世上の噂では餘り身状のよくない蓮葉娘であつたが被害者シリングと彼女とは非常に懇ろになつた。事實二人の交情は或夜遲く父親のために
密通の證據たる現場を發見されたがシリングはその時窗を破つて地上に飛び降り辛くも父親の復讐を逃れて一時事なきを得た。エグナアはシリングが娘を誘惑したのだと強硬に主張したが被告は娘との密通は素直に認めながらも自分が最初の密通者でもなく且愛された唯一の相手ではないと申立ててその責任は拒否した。兎に角娘は懷姙し本年八月六日姙娠七ヶ月で子宮癌のために病院で死亡した。同日エグナアと息子のフレデリックとは樫材の桶割板をもつてシリングを製革工場に襲ひ恐らく局外者の妨害がなかつたら殆ど彼を致死せしめたであらう。シリングはエグナア父子を毆打罪の科で拘引せしめ彼等は保安官の前で審理の結果有罪と決し五十弗の科料並びに一年間彼に對して治安を妨げぬ印として二百弗の保證を負はされた。審理後自家の酒場の部屋で
この怨みの返報にシリングの命は吃度取つてくれると、その後もこの威嚇を彼は數度の機會に繰返してゐた。シリングは娘との密通が露顯した後はエグナア方を去り以後は
であつた。當夜十時半頃リヴィングストン街上ル中央並木通りに住むジョン・ホルレルバッハ(十 六)といふ屈強の若者が自宅に歸りギャムブル横町に面する庭裏の住居へ這人つた[#「這人つた」はママ]。彼は裏二階の自室に入り寢ようと思つて着物を脱いだ。脱ぎ終るか終らぬうちに彼は明らかに自分の家の後の横町から格鬪の物音を聞いたので急いで着物を引掛け階段を駈け降りたが物音は製革工場の小屋の中から聞えて來るので豫てシリングとは顏馴染の彼は「ヘルマン、君か」と獨逸語で呼びかけた。答は「さうだ、ジョン。ジョン、ジョン、早く助けに來てくれ、誰か僕を殺さうとしてゐる」とまるで咽を締められたか息でも詰つたやうな聲だつた。「誰が」と次に訊いた。その時の答は甚だ不明瞭で要領を得なかつたのでホルレルバッハは大聲で「人殺し人殺し野郎、その男を放してやらぬと俺が行つて撃ち殺すぞ」と怒鳴りつけた。この威嚇には何等應へもなく唯
聞えるばかりだつた。ホルレルバッハは殆ど死ぬばかりに驚愕し直ちに横町を飛び出し警官を探しにリヴィングストン街を下つた。彼はワアク會社跡の火の番の提灯の灯を見たが火の番に逮捕の力のある事を知らずと云ふ少年の申分は奇怪だが兎に角火の番の注意も呼ばず數多の町を呼ばはりも怒鳴りもせずに警官を探し歩いたが見當らず仕方なく兇行の演ぜられた厩の傍を通つて空しく自分の部屋に戻つた。厩の傍を通つた時何物かを引摺る音が聞えたやうに思はれた。部屋へ歸つたものゝ其儘眠る事は不安なので其夜一晩中恐怖と戰慄とのうちに坐つた儘夜を明かした。
シリングの宿所の親方であり且フリイベルグ工場の雇傭人たるウェステンブロオクが厩の馬の手入にギャムブル横町の格子戸へ出た。彼は木戸に錠が下りてゐるのを見てシリングを呼んだ。勿論
に大きな杖をそへて一緒に箒を立てた如く血と髮の毛とがべつとりと附着した儘片壁に立てかけてあつた。血痕は厩から百呎以上離れた汽鑵室の入口まで續いてをり更に調べて見るとそれらの血痕は竈の瓦斯室の入口へ眞直に導いてゐた。恐怖に撃たれた兩人は最惡の戰慄が事實となつて俄かに目前に現はれた如く悚然として立ちすくみ、軈て出來る限りの迅速をもつて八方に急報を飛ばした。傳令者は直ちにオリヴァア街の警察署に急報したのでビエルボオム中尉は役員ノエップを引率して八時半現場に到着した。
殺人嫌疑の告訴が彼等の名前に對して手筈されてあつたオリヴァア街の警察署へ送られた。死體檢視官マレイは通達により即時呼出に應じた。管内の警察官は悉く不在だつたので彼はサムエル・ブルウムを特任し、且ジョン・カッタア、ヘンリイ・ブリット、ジョオヂ・グウルド、デニス・オーキイフ、ジョン・ウエッセル、ビイ・エフ・シヨットの諸氏を選任登録した。今朝九時迄で彼等は一と先づ散會した。屍體はその間に西六番街なるハビッグ葬儀社に送附された。數時間の後エンクヮイヤラア記者はマレイ博士に隨行して葬儀社を訪問し發見されたヘンリイ・シリングの黒焦死體の一切を檢視した。
は野獸の如き殺人犯が兇行の跡を晦まさんと百方手を盡したにも係はらず彼等に不利な恐ろしい證據として手もつけぬまゝ殘つてゐた。
棺の蓋を明けると燒いた牛肉の匂ひに頗る似て一層重厚な強烈に鼻を刺す惡臭が室内に充滿し觀者をして殆ど嘔吐を催さしめた。が黒焦死體の慘状は更に/\酸鼻を極めてゐた。棺中の清潔な白布に安置されてゐる死體は初め急いで瞥見した目には形の崩れた燃えさしの瀝青炭の大きな塊に似てゐたが、これを更に接近してその恐るべき代物を探知するのは餘程の健胃者によつて初めて成し得る觀察であつたに相違ない。||半焦の腱によつて互に引吊られ或ひは半ば

顱頂部全體はブク/\


顎骨と顏面骨の下部とは石炭と乾いた血と粘々した肉とに全部蔽はれてゐるので檢死官は初め下顎骨は燒失したものと思つた位であつた。併も肉と石炭と黒焦げの軟骨とから成る恐ろしい髑髏の面を
兩顎はその儘になつてゐることが發見された。兩顎は非常に固く結ばれてゐるので引離すことが出來ず無理をすれば全部を灰に崩してしまう惧れがあつた。檢死官が指で上齒を一本缺き取ることが出來たほど火熱は猛烈だつたのである。
頭蓋骨の破片の外に右の骼骨六枚、左の骼骨四枚、脊柱の中央部、肝臟、脾臟、腎臟、骨盤骨、左右の上膊骨、大腿骨、兩脚の脛骨、脚骨等があつた。胴體は胸のところで炸烈し心臟と肺臟とは完全に燒き盡されてゐた。肝臟は手輕にもローストになり腎臟はうまくフライになつてゐた。恐らく不幸な被害者は
燃え
頭蓋骨は割れ裂け煮えたぎる五體が破れ裂けるまで竈の中を、幾百の惡蛇の如き炎々たる焔の音を覗き込んでゐたのだ! 恐らくそんな事は本當にはなかつたらうし我々は哀れな人道のために本當でなかつたことを望むが、しかし恐怖の一夜の恐ろしい秘密は加害者のみが知るばかりである。彼等は恐らく多く認知してゐただらう。しかし吃度我々が暗示した程に多くは認知してはゐなかつたらう。
エグナア父子の逮捕後間もなく派出所は製革工場の雇傭人で土曜日の夜解雇されたジョオヂ・ルウファアなる男が彼の解雇についてシリングを問責してゐたといふ報告を得た。搜査は直ちにロオガン街九十番地の彼の住居に向つて開始せられたが彼は不在で女房が訊問に答へて初めに云ふに、夫は昨夜は晩飯後は外出しなかつたと答へた。後彼女は良心が
兇行の報道は非常な迅速さで傳播した。その恐るべき慘状は信ずべく餘りに恐しく思はれたがその時に限つて話は十二の唇を傳はりながらもその推移によつて何等の變化をも生ぜず、
人間の最も熾烈な想像の追從をすらも許さなかつたのである。
正午になると現場附近の街路は兇行の話を知つてゐる人から洩れるどんな言葉でも熱心に聞き迯さず、それを又熱心に傾聽する新しい群衆に息を殺して受賣すると云つた人々で雜沓した。折柄の晴天で午後にはほんの火事の燒跡を見物に來た途中※[#「圖」の「回」に代えて「面から一、二画目をとったもの」、73-5]らずも更に恐しいこの事件を聞き知つた近在の人達が幾百人となく入り込んで來たゝめ群集の數は一層増大しそれが製革工場の周圍を波濤の如く
四時半頃に數日來暫く催してゐた雨が沛然と降り出し、それがために群衆は四散し屋敷の周圍を警戒する警官は大いに助かつた。
五時頃
をやつた跡を顯はしてゐた。彼は己れの受けた嫌疑の恐ろしいにしては外見はいかにも冷然と落着き拂つてゐた。上着には何處にも血痕は附着してゐなかつたが軈てズボンを脱ぐと猿股の膝の部分が
彼は慌てゝ叫んだ。「これは私の扱つた獸皮の血です」血痕は襯衣の胸にも發見せられた。
は下手な英語と獨逸語との交つた言葉で大體左の如きものであつた。「土曜日の晩にフリイベルグさんがどうも仕事が
やらなきや
のが當り前だなんて云つてゐました」
顏面の掻傷について訊問された時最初はワアク蝋

彼に對する最も有力な報告は金曜日夜ワアク蝋

といふ事實を被害者ヘルマン・シリングが知つてをりシリングはこの事を派出所へ密告すべしと思つてゐたといふ事實である。この報告の眞否は今の所述べ得る限りでないが若し眞實としたらこの事實はルウファアを殺人の深き罪に誘つた理由の決定的證據を提出するものであらう。
は獨逸人で年齡四十三歳、痩形の男で容貌險惡で果斷な面構をしてゐる男。息子は無髯の少年で己れの因果に全く無神經に無頓着な陰鬱な容貌をしてゐる外には著しい特徴のない男。息子の話によると土曜日の晩は九時頃まで「鬼ごつご[#「鬼ごつご」はママ]」や「
エグナアは製革工場の眞向ひで珈琲店と樽商とを經營し、酒場の方はフィンドレイ街一五三番地にある。
はウェストフェリアの生れで年齡二十五歳、身長五呎八吋均衡の取れた體格、紅顏で濃き顎髯あり斜視である。昨夜は概して非常に機嫌よく
には一脚の卓子と馬具と被害者の寢室それに大きな鞣皮置場二棟と



あらゆる證據から判ずるに加害者は屋敷の勝手口と番犬とを熟知する者で、若し然もなくばかの通路へ忍び込む迄に番犬に出會つて囓み裂かれてしまつたに相違ない。恐らく彼等はエグナアの家から製革工場に通ずる木戸を明けて入り込み必ずや被害者が寢室へ入るに通ると知つた馬具部屋に身を忍ばせてゐたものであらう。被害者が例の如くギャムブル横町に面する小さな木戸から這入つて來た時彼等は機を窺ひ待つてゐた馬具部屋の開いた戸口から覗いてゐたらう。闇と沈默の中を二歩三歩歩み來るや突如
が始まる。夜は眞暗で暗黒な兇行には持つて來いの朦朧さが四下に
を絶好の場所と考へたのであつた。
厩と百呎とは離れぬ所に



はいまだ疑惑の餘地もあるけれども併し乍ら我々にはそれが最も決定的なものに思はれると斷言する。殊にアンドレアス・エグナアの場合に於ける事實が然りである。
厩の屋根下の床をなしてゐる汚れた板は厚い蜘蛛の巣の
ルウファアの衣類も警官の方の手にあつたがこれは唯
を提供してゐるだけで而も多量に附着してゐた。粗い市松格子の襯衣の胸はドロ/\に紅く染つてゐた。綿綾織のズボンの腿にはダラ/\濃い血の流れかゝつた痕があり膝から下はそれが黒く乾いてこびりついてゐる。彼はこの襯衣の血痕を製革工場に於ける自分の仕事が

この他に當然情況證據の項目中に入るべきこの恐ろしい慘劇に關聯せる數個の例がある。吾々は屋敷に飼つてある番犬の巨大なこと獰猛なこと且兇行中不思議にもこれら番犬が鎭まつてゐた所から見て斷定的證據として犯人が構内と番犬とを熟知してゐたに違ひない事は既に述べた。昨夕我々は建物のスケッチを取りにフアニイ、デュヴェネック兩氏と共に製革工場を訪問したが番犬の兇猛なるため遂に入ることが出來なかつた。今一つ不思議な事は恐るべき兇行の唖の證人たる馬が今朝は全身徹頭徹尾震え戰き恐怖のために眼も兇暴になつてゐた事實である。如何ほど撫でさすりあやしてやつても無效で午前中彼は全く恐怖の戰慄の中にあつた。
は犯人が被害者を慘殺するため又屍體を竈の中へ押し込むために使用されたものでまだ
熊手の外に槍の如く先端の尖つた長い
ジョン・ホルレルバッハはキェルステッド長官の命によりペニンガア中尉の手で今朝二時就寢中を逮捕され證人としてオリヴァア街警察署内に監禁された。彼は曖昧な陳述を固執した。今朝記者が會談した所によれば、ルウファアは若し自分がシリングを殺害したとしたらもつと適當な場所||製革工場の下の鹽水槽あたりへ屍體を隱匿したらう。彼處なら嗅ぎ出されなかつたらう。あの水槽は血に染つた衣類を引き出すのに格好な場所ではないかと云つた。
今朝檢死官の訊問で左の證人達が調べられた。ウィリアム・ホルレルバッハ、シイ・ウェステンブロオク少年、エヌ・ウェステンブロオク、バン・フルインク、ジョス・シリングロップ、アール・メルレンブローク、ヘンリイ・コルテ、イー・ケル、ウィリアム・オスターヘイヂ、ヘンリイ・コオト、イサドラ・フリイベルグ孃、ヘンリイ・フリイベルグ少年。ルウフアの妻の搜査に數名の役員が派遣されたがダンラツプ街の彼女の實家には見當らなかつたところルウファアは女房は實妹のピイタア・エッケルト夫人の許にゐると陳述した。
エッケルト夫人の居所をルウファアは告げなかつた。ウエルゼル中尉はエケッルト夫人の[#「エケッルト夫人の」はママ]夫が陶工だと云ふ事實以外何等の手引もなきまゝ搜査に出動し三四哩歩き廻つた末十數軒の家を訪ねて漸く並木通りで彼女を見付けた。
夫人は云ふのにルウファアの細君は自分の所にはゐない。暫く家へは來ない。近頃仲違ひしてゐるのでお亙ひに往來しないと語つた。かくてルウファアの女房の行方は今尚不明である。
夜半少し過ぎオリヴァア警察署の一役員が監禁者を留置場より出して
この事件に關する記事はその後數ヶ月間紙上でその調査の進展を發表しつづけてゐるが、原文の編者アルベルト・モルデル氏によれば、審理の結果はシンシナアテイ市史の一つに次の如く記録されてゐる。||アンドレアス・エグナーの息子は後に陳述を飜したので親父のエグナーとその共犯者ジョオヂ・ルウファアとは終身刑を宣告された。後にエグナーは結核に犯されたために許されたが、この異常な犯罪者は終に氣が違つて一八八九年に死したと云ふ。