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三人の糸くり女

グリム Grimm

矢崎源九郎訳




 むかし、あるところに、ひとりの女の子がおりました。この子はなまけもので、糸をつむぐのが大きらいでした。おかあさんがいくらいっても、どうしてもいうことをききませんでした。とうとう、おかあさんはがまんがしきれなくなって、あるとき、はらだちまぎれに女の子をぶちました。すると、女の子はわあ、わあ声をあげて、きだしました。

 ちょうどそこへ、おきさきさまが馬車ばしゃにのってとおりかかりました。お妃さまは、泣き声をききつけて、馬車をとめさせました。それから、うちのなかへはいっていって、おかあさんに、

往来おうらいまで泣き声がきこえますが、どうしてそんなにぶつのですか。」

と、たずねました。

 するとおかあさんは、じぶんのむすめがなまけてばかりいることをひとに知られるのをはずかしく思ったものですから、こういいました。

「この子に糸くりをやめさせることができないものでございますから。この子は年がら年じゅう、糸くりをしたがっておりますが、わたくしどもは貧乏びんぼうで、アサを手にいれることができないのでございます。」

 それをきいて、おきさきさまがこたえました。

「あたしは糸くりの音をきくのが大すきです。あの、糸車いとぐるまのブンブンいう音をきくぐらい、たのしいことはありません。おまえのむすめを、いますぐおしろへよこしなさい。あたしのところには、アサがたくさんありますから、すきなだけ糸くりをさせてやりましょう。」

 おかあさんは心のそこからよろこびました。こうして、お妃さまは女の子をいっしょにつれていきました。

 おしろへつきますと、おきさきさまは女の子を上の三つのへやにつれていきました。見れば、どのへやにもそれはそれはみごとなアサが、ゆかから天井てんじょうまでぎっしりつまっています。

「さあ、このアサをつむいでおくれ。」

と、お妃さまがいいました。

「これをのこらずつむいでしまったら、あたしのいちばん上のむすこのおよめさんにしてあげますよ。おまえは貧乏びんぼうですけど、そんなことはかまいません。いっしょうけんめいせいだしてはたらくことが、なによりの嫁入よめいりじたくですからね。」

 女の子は、びっくりしてしまいました。だって、こんなにたくさんのアサでは、三百ぐらいのおばあさんになるまで、まい日朝からばんまでひっきりなしにつむいだって、とてもつむぎきれはしませんもの。女の子はひとりになりますと、しくしくきだしました。そうして、三日のあいだ、手もうごかさずにきつづけていました。

 三日めに、おきさきさまがやってきました。お妃さまは、まだなんにもつむいでないのを見ますと、ふしぎに思いました。けれども女の子は、

「おかあさんのうちを遠くはなれてまいりましたものですから、それがとてもかなしくって、まだしごとにとりかかれなかったのでございます。」

と、いいわけをしました。

 おきさきさまは、それもむりもないと思いましたが、へやをでていくときにこういいました。

「あしたは、しごとをはじめてくれなければいけませんよ。」

 女の子はまたひとりになりますと、どうしていいのかわからなくなって、かなしみながらまどぎわにあゆみよりました。すると、むこうから三人の女がやってくるのが見えました。そのうちのひとりは、ひらべったい、ひろい足のうらをしていました。もうひとりは、大きな下くちびるがあごまでぶらさがっていました。三人めの女は、はばのひろい親指おやゆびをしていました。

 三人の女は窓のまえに立ちどまって、上を見あげて、

「どうかしたの。」

と、女の子にたずねました。

 女の子は、じぶんのこまっているわけを話しました。それをききますと、三人の女たちはたすけてあげようといって、

「おまえさんがわたしたちを婚礼こんれいせきによんでくれてね、わたしたちのことをはずかしがらずにおばさんたちだといって、おまえさんの食卓しょくたくにつかせてくれるなら、そのアサをかたっぱしからつむいであげよう。それも、いくらもたたないうちにやってしまうよ。」

「ええ、そうするわよ。」

と、女の子はこたえました。

「さあさあ、はいってきて、すぐにしごとをはじめてちょうだい。」

 そこで、女の子は、この三人のきみょうな女たちをなかにいれて、さいしょのへやにすこしばかり場所ばしょをつくってやりました。すると、女たちはそこにこしをおろして、さっそく糸をつむぎにかかりました。ひとりが糸をひきだして、車をふみました。するともうひとりが、その糸をしめらして、三人めの女がそれをぐるぐるまわして、指でうけばんをたたきました。そして、この女がたたくたびに、いくらかのより糸が下へおちました。しかもそのより糸は、まことにみごとにつむいであるのでした。

 女の子は、この三人の糸くり女をかくしておいて、おきさきさまのくるたびに、つむぎあがったより糸をたくさん見せました。ですから、お妃さまは、口をきわめて女の子をほめました。

 さいしょのへやがからになりますと、こんどは、二ばんめのへやにうつりました。こうして、とうとう三ばんめのへやになりましたが、これもたちまちのうちにかたづいてしまいました。そこで、三人の女は女の子におわかれをして、

「わたしたちに約束やくそくしたことをわすれるんじゃないよ。おまえさんのしあわせになることだからね。」

と、いいました。

挿絵

 女の子がおきさきさまにからっぽになったへやと、より糸の大きな山を見せますと、お妃さまは婚礼こんれいのしたくをしました。花むこも、こんな器用きようなはたらきもののおよめさんをもらうのをよろこんで、女の子のことをそれはそれはほめました。

「じつは、あたくしにはおばが三人ございます。」

と、女の子がいいました。

「いままであたくしをたいへんしんせつにしてくれておりましたので、こういうしあわせなになりましても、おばたちのことをわすれたくはございません。つきましては、おばたちを婚礼こんれいの席によんで、いっしょの食卓しょくたくにつかせてやりたいと思いますが、おゆるしねがえませんでしょうか。」

「ゆるしてあげますとも。」

と、おきさきさまと花むこがいいました。

 さて、いよいよおいわいがはじまりました。そのとき、みょうななりをした三人の女がはいってきました。すると、花よめは、

「おばさまがた、よくおいでくださいました。」

と、いいました。

「いやはや、どうも。」

と、花むこがいいました。

「おまえはまた、ずいぶんみっともないれんちゅうと知りあいなんだねえ。」

 それから、花むこはひらべったい足をしている女のところへいって、たずねました。

「あなたは、どうしてそんなひらべったい足をしているのですか?」

「ふむからだよ、ふむからだよ。」

と、その女はこたえました。

 そのつぎに、花むこはもうひとりの女のところへいってききました。

「あなたは、どうしてそんなにたれさがったくちびるをしているのですか?」

「なめるからだよ、なめるからだよ。」

と、その女はへんじをしました。

 さいごに、花むこは三人めの女にたずねました。

「あなたは、どうしてそんなにはばのひろい親指おやゆびをしているのですか?」

「糸をまわすからだよ、糸をまわすからだよ。」

と、その女はこたえました。

 それをきくと、王子おうじはびっくりして、

「それなら、わたしの美しい花よめには、もうこれからは、けっしてつむぎぐるまに手をふれさせないことにする。」

と、いいました。

 おかげで、花よめはあのいやな糸くりをしないでもいいことになりました。






底本:「グリム童話集(1)」偕成社文庫、偕成社

   1980(昭和55)年6月1刷

   2009(平成21)年6月49刷

入力:sogo

校正:チエコ

2020年5月27日作成

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