むかしむかし、ひとりのまずしい男がおりました。その男は、じぶんのたったひとりのむすこさえも、やしなえないようになってしまいました。そこで、むすこがいいました。
「おとうさん、だいぶくらしもくるしくなってきましたね。わたしはおとうさんの
重荷になるばかりです。いっそ、家をでて、じぶんでなんとかしてパンをかせぐようにしたいと思います。」
そこで、おとうさんはむすこのしあわせをいのって、
胸のつぶれるようなかなしい思いで、むすことわかれました。
ちょうどそのころ、ある強い国の王さまが
戦争をはじめました。
若者はこの王さまにつかえて、
戦場にでかけました。若者が
敵のまえまできたとき、ちょうどたたかいがはじまりました。そのあぶないことといったらありません。
鉄砲のたまが、
豆のようにバラバラふってきて、
味方のものはあっちでもこっちでも、ばったばったとたおれるありさまです。そのうちに、
隊長までも
戦死してしまいました。ですから、のこったものたちはあわててにげだしました。そのとき、若者がすすみでて、みんなに
勇気をつけて、大声によばわりました。
「おれたちの生まれた国をほろぼすな。」
それをきいて、ほかのものたちも
若者のあとにしたがいました。若者は
敵のなかにとびこんで、さんざんに敵をやっつけました。王さまは、たたかいに
勝つことができたのはこの若者ひとりのおかげだったときいて、若者をだれよりもとりたてて、たくさんの
宝ものをあたえたうえ、国いちばんの
家来にしました。
王さまには、ひとりのお
姫さまがありました。お姫さまはたいへん美しいかたでしたが、ただ、ひどくかわっていました。なにしろ、このお姫さまが
結婚しようと思う
相手の人は、もしもお姫さまがさきに
死んだばあい、お姫さまといっしょに生きうめにされてもかまわないと
約束できる人でなければだめだという、かたい
誓いをたてていたのですからね。
「あたしを心のそこからすいているのなら、あたしが死んだのち、どうして
命がいりましょう。」
と、お姫さまはいうのでした。
そのかわり、お
姫さまもおんなじことをするつもりでした。つまり、もしご
主人のほうがさきに死ねば、お姫さまもいっしょにお
墓のなかへはいる気でいたのです。いままでのところは、このかわった
誓いをききますと、お姫さまに
結婚をもうしこもうと思っていた人も、みんなおそれをなしてしまうのでした。
ところがこの
若者は、お姫さまの美しさにすっかり心をうばわれてしまって、ほかのことはなんにも考えず、お姫さまをいただきたい、と、王さまのもとにねがいでました。
「おまえは
約束しなければならぬことがあるのだが、それも知っているのかね。」
と、王さまがたずねました。
「もしもわたくしがお
姫さまよりあとまで生きておりましたら、お姫さまといっしょに
墓のなかへはいらなければなりません。」
と、
若者はこたえていいました。
「しかし、お姫さまをすきに思うわたくしの気持ちは、そのようなことはものともいたしませぬほどにふかいのでございます。」
これをきいて、王さまは
承知しました。やがて、ご
婚礼の式が、たいそうりっぱにおこなわれました。
それから、ふたりは、しばらくのあいだ、なに
不足なく、しあわせにくらしておりました。ところがあるとき、ふと、わかいお
妃さまがおもい
病気にかかりました。どんな
医者でも、お妃さまの病気をなおすことはできませんでした。
こうして、とうとうお妃さまがなくなりますと、わかい王さまは、まえにいやいやながらした
約束のことを思いだしました。すると、生きたままお
墓のなかにはいるのが、たまらなくこわくなってきました。といって、いまさらのがれる道もありません。なにしろ、王さまが門という門を
番兵ですっかりかためさせてしまったのですから、この
運命からのがれることはとてもできなかったのです。
いよいよ、お
妃さまの
なきがらを
王家のお
墓にほうむる日がきました。わかい王さまは、いっしょにお墓のなかへつれていかれました。やがて、門にかんぬきがさされ、
錠がおろされました。
お
棺のそばに、
机がひとつありました。その上にあかりが四つと、パンのかたまりが四つ、それにブドウ
酒が四本のせてありました。これだけのたくわえがおしまいになれば、わかい王さまはうえ
死にするほかはありません。
わかい王さまはかなしみにうちしずんで、そこにすわっていました。くる日もくる日も、パンをほんのひと口食べ、ブドウ酒をほんのひとしずくのむだけでした。それでもやっぱり、じぶんの死ぬときが、
刻一刻とせまってくるのがわかりました。
こうして、わかい王さまがぼんやりまえのほうを見つめていたときです。
墓穴のすみのほうから一ぴきのヘビがはいだしてきて、お
妃さまの
なきがらのほうへ近よっていきました。わかい王さまは、ヘビがなきがらをかじりにきたのだろうと思いましたので、
剣をぬいて、いいました。
「わたしの生きているかぎりは、妃のからだにはふれさせぬぞ。」
こういって、わかい王さまはそのヘビを三つに切りすてました。しばらくすると、もう一ぴき、べつのヘビがすみからはいだしてきました。けれども、まえのヘビが三つに切られて、そこに
死んでいるのを見ますと、そのままひきかえしていきました。けれども、すぐにもどってきました。みれば、こんどは、みどりの葉を三
枚、口にくわえています。
そのヘビは、三つに切られているまえのヘビのからだを、ちゃんともとのようにおしつけて、
傷口の上にその葉を一
枚ずつのせました。と、きれぎれになっていたからだの
部分が、たちまちつなぎあわさったかと思うと、ヘビはピクピクうごきだして、生きかえったではありませんか。そして、ヘビは二ひきそろっていってしまいました。
葉は
地面におちたままになっていました。
ふしあわせな王さまは、このありさまをすっかり見ていましたが、いまヘビを生きかえらせたこの葉のもっているふしぎな力が、もしかしたら人間にもききはしないだろうかと、ふと思いつきました。そこで、わかい王さまはその葉をひろいあげ、一
枚を
死んだ人の口の上におき、あとの二枚を目の上にのせてみました。と、どうでしょう、葉っぱをのせたとたんに、はやくも
血が
血管のなかをめぐりだして、それがまっさおな顔にのぼって、ふたたび顔に赤みがさしてきたではありませんか。お
妃さまはそれから
息をして、目をぱっちりとあけて、いいました。
「あらまあ、あたしはどこにいるのでしょう。」
「おまえはわたしのそばにいるのだよ。」
と、わかい王さまはこたえました。
そして、いままでのできごとをのこらずものがたって、じぶんがお妃さまを生きかえらせたことを話しました。それから、わかい王さまはお妃さまにブドウ
酒とパンをすこしずつやりました。
やがて、もとのようにからだに力がつきますと、お妃さまは立ちあがりました。そうして、ふたりで
扉のところへいって、ドンドンたたいて、大声にさけびました。
番兵がそれをききつけて、王さまにもうしあげました。
王さまはじぶんでおりてきて、
扉をあけました。すると、ふたりが元気なじょうぶなすがたで立っています。王さまはふたりといっしょによろこびあいました。これで、
苦労はすっかりなくなってしまったわけです。
さて、あの三
枚のヘビの葉は、わかい王さまがもってきて、ひとりの
家来にわたして、いいました。
「これはたいせつにして、いつも
肌身はなさずもっていてくれ。またどんなことで、これがわたしたちの
役にたつかもしれぬからな。」
ところで、お
妃さまのほうは、生きかえってからというもの、心のなかがすっかりかわってしまったのです。じぶんの
夫を
愛する気持ちなどは、お妃さまの
胸のなかからあとかたもなくきえてしまったようでした。
しばらくたったとき、わかい王さまは海をこえて、じぶんの年とったおとうさまのところへいこうと思いたちました。そこで、お
妃さまとふたりで
船にのりこみました。ところが、ひどいことに、お妃さまは、わかい王さまがまごころからじぶんをかわいく思っていてくれるということも、またそのおかげで
死なずにすんだということも、すっかりわすれてしまって、
船頭がすきになってしまったのです。
そしてある日、お妃さまは、わかい王さまが横になってねむっているのを見すまして、その船頭をよびよせました。そして、じぶんはねむっている王さまの頭をつかみ、
船頭には両足をつかませて、ふたりでわかい王さまを海のなかへほうりこんでしまいました。こういうひどいことをしてから、お
妃さまは船頭にいいました。
「さあ、これからひきかえして、わかい王さまはとちゅうでなくなったともうしあげよう。あたしはおとうさまに、おまえのことをうんとほめたてて、あたしとおまえが
夫婦になって、やがては、おまえが王さまの
位につけるようにしてあげるよ。」
ところが、あの
忠義者の
家来が、このようすをのこらず見ていたのです。家来は、ひとに気づかれないように、
親船からそっと
小舟をおろすと、すぐさまそれにのりこんで、
主人のあとを
追ってこいでいきました。うらぎりものたちののっている船は、そのままいってしまいました。
忠義な家来は、
死んだわかい王さまをすくいあげますと、
肌身はなさずもっていた、あの三
枚のヘビの葉を、わかい王さまの両方の目と口の上にのせました。すると、そのおかげで、わかい王さまはふたたび生きかえりました。
わかい王さまと
忠義な
家来は、ふたりで、夜を日についで、力のかぎりこぎました。ですから、小舟はとぶように走って、ほかのものよりもさきに、年とった王さまのもとへつきました。王さまはふたりきりでかえってきたのを見ますと、ふしぎに思って、どうしたのかとたずねました。王さまはむすめのやったというひどいおこないのことをききますと、
「わしには、あれがそのようなひどいことをしたとは
信じられん。しかし、まもなく、ほんとうのことがわかろう。」
王さまはこういって、ふたりに、ひとに見られないへやにはいって、だれにも気づかれないようにしろ、といいつけました。
それからまもなく、
親船がかえってきました。この人でなしの女は、いかにもかなしそうな顔つきをして、王さまのまえにやってきました。
王さまはいいました。
「どうしておまえはひとりでかえってきたのだね。おまえの
夫はどこにいる。」
「ああ、おとうさま。」
と、わるものの女がこたえていいました。
「あたしは、ほんとうにかなしい思いをしながら、もどってまいりました。夫は、
航海のあいだに、きゅうに
病気になりまして、
死んでしまいました。もしこの感心な
船頭が手をかしてくれませんでしたら、あたしはとんだめにあうところでした。この人は夫の
最期のときに、いあわせましたから、なにもかもすっかりお話しすることができます。」
「わしが死んだものを生きかえらせてみせよう。」
王さまはこういって、あのへやをあけて、ふたりにでてくるようにいいつけました。女は夫のすがたをひと目見るなり、まるでかみなりにうたれたようにひざをついて、
「どうかおゆるしください。」
と、おねがいしました。
王さまはいいました。
「ゆるすことはできん。この男は、おまえといっしょに
死ぬかくごをして、おまえの
命をすくったのだ。それなのにおまえは、この男のねているときをねらって、
殺したではないか。おまえは、じぶんにふさわしいむくいをうけねばならん。」
こうして、女は、手つだいをした男といっしょに、
穴をあけた
舟にのせられて、海につきだされました。ふたりは、まもなく
波間にしずんでしまいました。