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七羽のカラス

グリム Grimm

矢崎源九郎訳




 むかし、ある男に七人のむすこがありました。けれども、むすめはひとりもありませんでした。それだけに、この男はむすめをたいそうほしがっていました。

 そのうちに、おかみさんのおなかが大きくなって、子どもが生まれそうになりました。やがて生まれた子どもは、ちにまっていた女の子でした。

 この男はどんなによろこんだかしれません。けれども、子どもは小さくて、やせこけていました。そして、からだがよわいため、すぐにかりの洗礼せんれいをうけさせなければなりませんでした。

 おとうさんは、男の子のひとりをおおいそぎでいずみにやって、洗礼せんれいの水をもってこさせようとしました。すると、ほかの子どもたちも、いっしょにかけていきました。そして、みんなが競争きょうそうで水をくもうとしたものですから、つぼが手からすべって、泉のなかにおちてしまいました。

 みんなはぼんやりつっ立ったまま、どうしていいかわかりません。そして、だれひとりうちにかえろうとはしませんでした。

 おとうさんは、いつまでたってもだれもかえってこないので、いらいらして、いいました。

「きっと、またあそびにむちゅうになって、用事ようじをわすれちまったんだな。しょうのないやつらめ。」

 そのうちに、ぐずぐずしていると、女の子が洗礼せんれいもうけないうちに、んでしまいはしないかと、心配しんぱいになってきました。それで、ぷんぷんはらをたてて、

小僧こぞうども、みんな、カラスになっちまえ。」

と、どなりました。

 ところが、こういいおわるかおわらないうちに、頭の上でバタ、バタいう、はねの音がきこえてきました。空をながめますと、すみのようにまっ黒なカラスが、高くまいあがって、とびさっていきます。

 おとうさんとおかあさんは、さっきののろいのことばを、もうとりけすことはできません。ふたりは、七人のむすこをなくしたことを、たいそうかなしみました。でも、かわいらしい女の子がさずかりましたので、それでいくらかはなぐさめられました。

 女の子は、まもなく力もついて、一日ごとに美しくなりました。

 女の子は、じぶんににいさんたちのあったことを、長いあいだ知りませんでした。というのは、おとうさんもおかあさんも、この子のまえで、にいさんたちのことを話さないように気をつけていたからです。

 でも、とうとうある日、みんながこの子のうわさをして、

「あの子は美しいけれども、七人のにいさんたちがあんなにひどいめにあったのは、もとはといえば、あの子のせいなんだからなあ。」

と、いっているのを耳にしました。

 女の子は、すっかりかなしくなってしまいました。そして、おとうさんとおかあさんのところへいって、

「あたしには、にいさんたちがあったんですか。そして、そのにいさんたちはどこへいってしまったんですか。」

と、たずねました。おとうさんとおかあさんも、もうこれいじょう、この秘密ひみつをかくしておくわけにはいきません。そこで、

「でも、にいさんたちがそうなったのは、かみさまがおきめになったことで、おまえが生まれてきたためではないよ。」

と、もうしました。

 けれども、女の子は、まい日まい日、そのことばかり気にして、なんとかしてにいさんたちをたすけだして、もういちど、もとのようなすがたにしてあげなければならない、と思っていました。

 女の子は、もうじっとしていられなくなりました。だれにも気づかれないように、こっそりと家をぬけだして、ひろいのなかへでていきました。にいさんたちを見つけだして、たとえどんなことをしてでも、自由じゆうにしてあげようというつもりなのです。

 女の子は、ほんのわずかのものしかもっていきませんでした。おとうさんとおかあさんのおもに小さな指輪ゆびわをひとつ、それから、おなかがへったときのためにパンをひとかたまり、のどがかわいたときのために小さいつぼに水を一ぱい、それに、くたびれたときの用意よういにかわいいいすをひとつ、と、これだけしかもっていかなかったのです。

 さて、女の子は、どこまでもどこまでも、歩いていきました。とうとう、世界せかいのはてまできてしまいました。

 そこで、お日さまのところへいきましたが、お日さまはとってもあついし、それに、こわくてたまりません。だって、小さな子どもを、がつがつ食べてしまうんですもの。

 女の子は、あわててそこをにげだして、お月さまのところへかけていきました。ところが、お月さまはつめたすぎて、ざんこくで、おまけに、いじわるでした。

 お月さまはこの子に気がつきますと、

「人間のにくくさいぞ、人間の肉くさいぞ。」

と、いいました。

 それで、女の子はここをもいそいでにげだして、お星さまたちのところへいきました。お星さまたちは、しんせつで、やさしくしてくれました。そして、めいめいがとくべつのいすにこしかけていました。けの明星みょうじょうが立ちあがって、女の子にひよこの足を一本くれました。そして、こういいました。

「この足をもっていないと、ガラス山の門をあけることができないよ。きみのにいさんたちは、そのガラス山にいるんだよ。」

 女の子はその足をもらって、だいじにぬのにつつみました。それから、また長いこと歩いていきました。

 やがて、ガラス山につきました。門にはかぎがかかっていました。そこで、女の子は足をとりだそうと思って、布をあけてみました。ところが、なかはからっぽです。女の子は、しんせつなお星さまたちからもらったものをなくしてしまったのです。さあ、どうしたらいいでしょう。にいさんたちをたすけてはあげたいのですが、ガラス山の門をあけるかぎがありません。

 心のやさしい妹は、小刀こがたなをとりだして、じぶんのかわいい指を切りおとしました。そして、それを門のなかにさしこんで、うまくあけました。門のなかにはいりますと、ひとりの小人こびとがでてきて、いいました。

「きみ、きみ、なにをさがしているの。」

「七のカラスになった、あたしのにいさんたちをさがしているのよ。」

と、女の子はこたえました。

 すると、小人はいいました。

「カラスさんたちは、いまるすだよ。でも、かえってくるまでつ気なら、こっちへはいっておいでよ。」

 それから、小人こびとはカラスたちの食べものを七つの小さなおさらにのせ、みものを七つの小さなさかずきにいれて、もってきました。妹は、七つのおさらからひとかけらずつ食べ、七つのさかずきからひとすすりずつのみました。そして、いちばんおしまいのさかずきのなかに、うちからもってきた、かわいい指輪ゆびわをおとしておきました。

 そのとき、とつぜん、空のほうからバタ、バタいうはねの音と、カア、カアというなき声が、きこえてきました。すると、小人こびとがいいました。

「さあ、カラスさんたちがかえってきたよ。」

 まもなく、カラスたちはおりてきました。そして、食べたり、のんだりしようと思って、小さなおさらやかわいいさかずきをさがしました。けれども、すぐに、

「だれがぼくのおさらのものを食べたんだ。だれがぼくのさかずきのものをのんだんだ。こんなことをしたのは、人間の口にちがいない。」

と、カラスたちはじゅんじゅんにいいました。

 しかし、七ばんめのカラスがさかずきをのみほしたとき、かわいい指輪ゆびわがころがりでました。よく見ますと、それはたしかに、見おぼえのある、おとうさんとおかあさんの指輪です。それで、そのカラスはいいました。

「ああ、妹がここにいてくれたらなあ。そうすりゃ、ぼくたち、たすけてもらえるんだけど。」

 女の子は戸のうしろに立って、そっときいていましたが、このねがいごとを耳にしますと、すぐにカラスたちのまえにでてきました。

 と、たちまち、カラスたちは一のこらず、もとの人間のすがたにもどったではありませんか。みんなはかたくだきあって、キッスをしあいました。そして、心もはればれとして、国へかえりました。






底本:「グリム童話集(1)」偕成社文庫、偕成社

   1980(昭和55)年6月1刷

   2009(平成21)年6月49刷

※表題は底本では、「七のカラス」となっています。

入力:sogo

校正:チエコ

2021年1月27日作成

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