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なぞ

グリム Grimm

矢崎源九郎訳




 むかし、あるところに、ひとりの王子おうじがおりました。王子はのなかを歩きまわってみたくなりましたので、忠義ちゅうぎ家来けらいをひとりだけつれてでかけました。

 ある日のこと、王子は、とある森のなかにはいりこみました。そのうちに、日がくれてきました。けれども、まだ宿屋やどやが見つかりません。それで王子は、今夜はどこでをあかしたものだろうかと、とほうにくれてしまいました。

 と、そのとき、ひとりのむすめが小さい家のほうへ歩いていくのが、目にとまりました。そこで、近よってみますと、それはわかいきれいなむすめでした。王子はむすめに声をかけて、いいました。

「むすめさん、今夜ひとばん、わたしと家来けらいとをとめてもらえませんかね。」

「それはまあ、おとめすることはできますけど。」

と、むすめはかなしげな声でいいました。

「おすすめはいたしませんわ。おはいりにならないほうがようございます。」

「どうしていけないのですか。」

と、王子おうじがたずねました。

 むすめはためいきをついて、こたえました。

「じつは、あたしのまま母はわるいじゅつをつかいますし、それに、よそのかたにはしんせつにしないんですの。」

 これをきいて、王子おうじ魔女まじょの家へきたことを知りました。けれども、もうまっくらで、これいじょうさきへいくことはできません。それに、べつにこわいとも思いませんでしたので、王子はなかへはいりました。

 ばあさんは、ばたのひじかけいすにこしかけていましたが、赤い目でたびの人たちをじろっとながめました。そして、

「よくきたね、こしをおろして、ゆっくりやすむがいい。」

と、しゃがれ声でいいました。けれども、そのようすはいかにもしんせつそうでした。

 ばあさんは、ぷうぷうすみをふいて、小さなふかいなべをかけ、なにかをはじめました。それを見ますと、むすめはふたりに気をつけるように注意ちゅういして、

「まま母はわるいみものをつくっているんですから、どんなものでものんだり、食べたりしてはいけませんよ。」

と、もうしました。

 ふたりは、あけがたまでぐっすりねむりました。

 ふたりはでかけるしたくをすっかりととのえて、王子おうじははやくも馬にのりました。そのとき、ばあさんがいいました。

「ちょいとおち。でかけるまえに、おわかれのみものをあげたいからね。」

 ばあさんがその飲みものをとりにいっているあいだに、王子はでかけてしまいました。家来けらいのほうは、馬のくらをしっかりしめなければなりませんでしたので、ひとりだけあとにのこっていました。すると、そこへわるい魔女まじょが飲みものをもって、やってきました。

「これを、おまえさんのご主人しゅじんにもっていってあげておくれ。」

と、魔女まじょはいいました。

 ところがそのとたんに、コップがわれて、なかのどくが馬にはねかかりました。と、どうでしょう、それはものすごい毒だったものですから、たちまち、馬はそのにたおれて、んでしまいました。

 家来けらいは主人のあとをっていって、このできごとをのこらずものがたりました。そして、くらをこのまますてていくのもおしいからといって、ふたたびくらをとりにひきかえしました。ところが、死んだ馬のところまできてみますと、もう、カラスが一馬の上にとまって、死んだ馬をくっているのです。

「きょうのうちに、なにかもっといいことがないともいえない。」

 家来けらいはこういって、そのカラスをころして、もっていきました。

 それから、ふたりは一日じゅう森のなかを歩きつづけましたが、それでも森のそとへでることはできませんでした。やがて、日のくれかかるころ、ふたりはようやく一けん宿屋やどやを見つけて、なかへはいりました。

 家来けらいは宿屋の亭主ていしゅにさっきのカラスをわたして、ばんのごちそうに料理りょうりするようにいいました。

 ところが、ふたりは人殺ひとごろしののなかにとびこんだのです。ですから、くらやみにまぎれて、十二人の人殺しどもがやってきました。そいつらはこのたびきゃくを殺して、もっているものをうばいとろうというのです。けれども、しごとにかかるまえに、人殺しどもは、まず食卓しょくたくにつきました。宿屋の亭主ていしゅもあの魔女まじょも、そのなかまにくわわりました。そしてみんなで、さっきのカラスのにくをきざみこんでいれてあるスープをひとさらずつのみました。ところが、このカラスの肉には、馬の肉のどくがつたわっていたからたまりません。ひと口ふた口のみこむかのみこまないうちに、みんなはそのにたおれて死んでしまいました。

 生きのこったのはただひとり、亭主ていしゅのむすめだけでした。このむすめは心のすなおな子で、こんなひどいことには、なんのかかりあいもなかったのです。むすめはたびのふたりに、とびらという扉をのこらずあけて、なかにつみあげてあるたくさんのたからものを見せました。けれども王子は、

「これは、おまえがみんなとっておきなさい。わたしはなにもいらないから。」

と、いって、家来といっしょにまた馬にのっていきました。

 ふたりは長いこと歩きまわったのち、とある町へきました。その町には、美しいけれども、たいそう思いあがったおひめさまが住んでいました。お姫さまは、もしじぶんにとけないようななぞをだすものがあったら、その人をじぶんのおむこさんにしよう、そのかわり、もしじぶんがそのなぞをといたら、その男はいやでもくびを切られなければならないというおふれをだしていたのでした。

 お姫さまは三日のあいだ考えることになっていたのですが、たいへんかしこいひとでしたので、だされたなぞは、いつもきめられた日のこないうちにちゃんとといてしまいました。

 王子おうじがこの町へついたときには、すでに九人のものが、こんなふうにしていのちをおとしていたのでした。だれもかれもが、お姫さまのあまりの美しさに目がくらんでしまって、じぶんの命をかけてもいいと思ったのです。

 王子はおひめさまのまえにでて、なぞをだして、いいました。

「ひとりがひとりもころさないのに、十二人殺したものは、なんでしょう。」

 お姫さまには、こればかりはなんだかわかりませんでした。いくら頭をひねって考えてみても、見当けんとうもつきません。なぞの本もいくさつかひらいてみましたが、本にも書いてはありません。つまり、お姫さまの知恵ちえがたねぎれになってしまったのです。

 お姫さまはもうどうしていいかわからなくなりましたので、侍女じじょにいいつけて、王子の寝室しんしつにしのびこませました。侍女は、そこで王子がゆめを見て、なにかいうのをきいてくるようにいいつかったのです。なぜって、おひめさまは、ひょっとしたら、王子おうじがねごとをいって、なぞのことでもいいあかしはしないだろうかと考えたのです。

 けれども、りこうな家来けらいは、主人しゅじんのかわりにじぶんがベッドのなかにはいってねました。そして、侍女じじょがそばまできますと、侍女がをつつんでいたマントをいきなりはぎとって、この女をむちでうって、いだしてしまいました。

 二日めのばんには、おひめさまは侍女じじょをやって、うまくきけるかどうか、とにかくやってみるようにいいつけました。けれども、家来けらいはこんどもまたマントをはぎとって、やっぱり侍女をむちでうって、追いだしてしまいました。

 そこで、王子おうじは、三日めのばんはだいじょうぶだろうと思って、じぶんのベッドにねていました。ところがこんどは、お姫さまがじぶんでやってきました。みれば、お姫さまはうすネズミ色のマントをにまとっています。そして、お姫さまは王子のそばにこしかけました。

挿絵

 お姫さまは、王子がねむってゆめを見ているのだと思いましたので、王子おうじに話しかけました。なぜって、こうすれば、よくみんながするように、王子もゆめを見ながらへんじをしてくれはしないかと、ひそかにねがっていたからです。

 ところが、王子は目がさめていたのです。そして、なにもかもこころえて、ちゃんときいていたのでした。

 おひめさまが、

「ひとりがひとりもころさなかったのは、なんですか?」

と、たずねました。

 すると、王子がこたえました。

どくがかかってんだ馬を、食べたために死んだカラスだよ。」

 お姫さまはさらにたずねました。

「それで、十二人を殺したのはなんですか?」

「それは、そのカラスを食べて、そのために死んだ十二人の人殺しのことだよ。」

 おひめさまはなぞのこたえがわかりますと、そっとぬけだそうとしました。ところが、王子がお姫さまのマントをしっかりおさえていたものですから、お姫さまはしかたなく、それをそのままおいていかなければなりませんでした。

 あくる朝、お姫さまはなぞがとけたとおふれをだしました。そして、十二人の裁判官さいばんかんをよびだして、そのまえでなぞをといてみせました。

 すると、なぞをだした王子おうじが、じぶんのいうこともきいていただきたい、とねがいでました。

「おひめさまは、ゆうべわたくしのところへしのんでこられて、わたくしからのこらずきいてしまわれたのです。さもなければ、とけるはずがございません。」

と、いいました。

 それをきいて、裁判官さいばんかんは口ぐちにいいました。

「では、その証拠しょうこをもってきなさい。」

 そこで、家来けらいがマントを三ちゃくもってきました。裁判官たちはお姫さまがいつもきている、うすネズミ色のマントを見ますと、

「このマントに金糸きんし銀糸ぎんしのぬいとりをおさせなさいませ。そうすれば、お姫さまのご婚礼こんれいのマントになりましょう。」

と、いいました。






底本:「グリム童話集(1)」偕成社文庫、偕成社

   1980(昭和55)年6月1刷

   2009(平成21)年6月49刷

入力:sogo

校正:チエコ

2020年12月27日作成

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