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ハツカネズミと小鳥と腸づめの話

グリム Grimm

矢崎源九郎訳




 むかしむかし、ハツカネズミと小鳥ことりちょうづめがなかまになって、一家いっかをもちました。長いあいだ、みんなはいいぐあいになかよくくらして、財産ざいさんもだいぶこしらえました。

 小鳥のしごとは、まい日森のなかをとびまわって、たきぎをとってくることでした。ハツカネズミは水をくんで、火をおこし、おぜんごしらえをするやくめです。それから、ちょうづめはたきをすることになっていたのです。

 しあわせすぎるものは、なにかかわった、あたらしいことをやってみたがるものです。そんなわけで、ある日、小鳥はとちゅうでほかの鳥にであって、じぶんののすばらしいしあわせを話して、さかんにじまんしました。ところが、その鳥は、

「おまえはばかだな。おまえはほねのおれるしごとをしているのに、ほかのふたりはうちでらくをしているじゃないか。」

と、小鳥をこばかにしていいました。

 なるほど、そういわれれば、たしかにそのとおりです。だって、ハツカネズミは火をおこして、水をくんでしまえば、あとはじぶんのへやにはいって、おぜんごしらえをしろといわれるまでは、やすんでいられます。ちょうづめはなべのそばにいて、食べもののえぐあいを見ていればいいのです。そうしているうちに、ごはんどきになったら、おかゆか、もののなかを、せいぜい四回もころがりまわれば、それであぶらっけもしおっけもうまくついて、したくもできあがりというわけです。そこへ小鳥ことりがかえってきて、おもたいをおろすのです。そこで、みんなはおぜんについて、やがてごはんがすみますと、あしたの朝までぐっすりねむります。なるほど、まことにもってすばらしいくらしです。

 小鳥は、ほかの鳥に知恵ちえをつけられたものですから、つぎの日は、

「ぼくは、もうずいぶん長いあいだ下男げなんしごとをやってきた。まるで、きみたちにばかにされていたようなもんだ。ここらでひとつやくめをかえて、ちがったやりかたをしてみようじゃないか。」

と、いって、どうしても森へいこうとはしませんでした。

 ハツカネズミばかりかちょうづめまでが、小鳥にいってきてくれとしきりにたのみましたが、小鳥はなんとしてもききいれませんでした。そこで、とにかくやってみなくてはというわけで、みんなでくじをひいてみました。すると、ちょうづめにくじがあたりましたので、腸づめがたきぎをとりにいくことになりました。そして、こんどは、ハツカネズミが料理番りょうりばんになり、小鳥が水をくむやくにまわりました。

 さてそれで、どんなことになったでしょうか。

 ちょうづめは森をさして、でかけていきました。いっぽう、小鳥ことりは火をおこして、ハツカネズミはふかいおなべの用意よういをしました。こうして、腸づめがあしたのたきぎをもってかえってくるのを、つばかりになりました。

 ところが、そのちょうづめはいつまでたってもかえってきません。それで、ふたりは、腸づめがどうかしたのではないかと心配しんぱいになってきました。そこで、小鳥がちょっととんでいってみました。

 すると、あまり遠くないところに、道ばたに一ぴきの犬がいました。この犬が、かわいそうに、ちょうづめを見るとどうじに、いいえものがきたとばかりにひっつかまえて、ころしてしまったのです。小鳥は犬にむかって、

「そりゃあおまえ、だれがみたって強盗ごうとうというもんだぞ。」

と、はげしくもんくをいいたてました。

 けれども、犬のほうでは、

「おれは、あのちょうづめのやつが、にせ手紙てがみをいくつももっているのを見つけたんだ。だから、おれがあいつのいきをとめてやったのさ。」

と、いいますので、どうにもしかたがありませんでした。

 小鳥は、しおしおと、たきぎをせおってとんでかえりました。そして、見たり、きいたりしてきたことを、ハツカネズミに話してきかせました。ふたりは、すっかりかなしくなりましたが、それでも、できるだけのことをしよう、そうして、いつまでもふたりでいっしょにいよう、と、かたく約束やくそくしました。

 こういうわけで、小鳥ことり食卓しょくたくのじゅんびをし、ハツカネズミは食べものの用意よういをしました。そして、ハツカネズミはすっかりごはんごしらえをしてしまおうと思いました。そこで、まえにちょうづめがやったように、なべのなかにはいって、おかゆのなかをころがりまわって、あじをつけようと思ったのです。ところが、ハツカネズミはまんなかまではいらないうちに、身動みうごきができなくなってしまいました。そして、かわをなくすだけではすまないで、いのちまでもなくしてしまったのです。

 小鳥がやってきて、食べものをならべようとしましたが、料理番りょうりばんのすがたが見えません。小鳥はあわてふためいて、たきぎをあっちこっちへほうりだして、大声によびながら、さがしまわりました。でも、料理番のすがたはどこにも見えません。

 こんなことでうっかりしているうちに、火がたきぎのなかにはいってしまって、火事かじになりました。小鳥はいそいで水をくみにいきました。ところが、水をくむおけが井戸いどのなかへおっこちるひょうしに、小鳥もいっしょにおっこちてしまいました。こうして、小鳥はもうどうすることもできなくなって、あぶあぶしているうちに、とうとう水におぼれてんでしまいました。






底本:「グリム童話集(1)」偕成社文庫、偕成社

   1980(昭和55)年6月1刷

   2009(平成21)年6月49刷

※表題は底本では、「ハツカネズミと小鳥ことりちょうづめの話」となっています。

入力:sogo

校正:チエコ

2021年2月26日作成

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