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ブレーメンの音楽師

グリム Grimm

矢崎源九郎訳




 ある人が一ぴきのロバをもっていました。そのロバは、長い年月のあいだ、しんぼう強く、背中せなかにふくろをしょっては、水車小屋すいしゃごやまではこんでいました。でも、そのうちに、力もなくなってきて、だんだんこのしごとができないようになりました。

 そこで、主人しゅじんは、ここらで、ロバにかいばをやるのはやめるとしよう、と、考えました。

 ところが、ロバのほうでも、じぶんにぐあいのよくないようすを見てとって、さっさと主人のうちをにげだしました。そして、ブレーメンという町にむかって歩いていきました。ロバの考えでは、その町にいけば、町の音楽隊おんがくたいにやとってもらえるかもしれないと、思ったのです。

 しばらくいきますと、一ぴきの猟犬りょうけんが道にねころがって、口をあけて、ハア、ハア、やっていました。そのようすは、さんざん走りまわったために、すっかりくたびれてしまったとでもいうようでした。

「おい、あばれんぼう、きみはどうしてそんなに、ハア、ハア、やってるんだ。」

と、ロバはたずねました。

「いや、じつはね。」

と、犬がいいました。

「おれもすっかり年をとっちまって、からだが日ましによわってきたのさ。で、りにでかけても、むかしのようにかけまわれやしない。だもんだから、主人しゅじんがおれをころそうとするんだ。それで、あわててにげだしてきたってわけなんだが、さてこれからさき、どうやってめしにありついたもんだろうなあ。」

「そんなら、どうだい。」

と、ロバはいいました。

「おれは、これからブレーメンへいって、あの町の音楽師おんがくしになろうと思っているところだが、きみもいっしょにいって、音楽隊おんがくたいにやとってもらったら。おれはギターをひくから、きみはたいこをたたきなよ。」

 それをきいて、犬はすっかりよろこびました。そこで、二ひきはいっしょにでかけました。

 すこし歩いていきますと、一ぴきのネコが道ばたにすわりこんで、三日も雨にふりこめられたような顔をしていました。

「おや、ひげなでばあさん、なにをそんなにこまってるんだね。」

と、ロバはたずねました。

いのちにかかわることだもの、のんきにかまえちゃいられないさ。」

と、ネコはこたえました。

「わたしゃ、このとおり年をとっちまったし、もきかなくなった。それに、ネズミなんかをいまわすよりも、ストーブのうしろにでもすわりこんで、のどをゴロゴロやってるほうがすきなのさ。ところがそうすると、うちのおかみさんは、わたしを川のなかへぶちこもうっていう気をおこしたんだよ。それで、わたしゃ、いそいでとびだしてきたんだけど、といって、うまい知恵ちえもなし、これからどこへいったらいいだろうねえ。」

「おれたちといっしょに、ブレーメンへいこうじゃないか。おまえさんは夜の音楽がおとくいだから、町の音楽隊おんがくたいにやとってもらえるよ。」

 ネコは、それはいい考えだと思いましたので、みんなといっしょにでかけました。

 にげだしてきたこの三びきのものたちは、やがて、とある屋敷やしきのそばをとおりかかりました。すると、門の上に一のオンドリがとまっていて、ありったけの声でさけびたてていました。

「きみは、はらのそこまでジーンとひびくような声でないてるが、いったいどうしたんだ。」

と、ロバがききました。

「なあに、いいお天気だと知らせてるとこさ。」

と、オンドリはこたえました。

「なにしろ、きょうは聖母せいぼさまの日だろう、聖母さまが幼子おさなごキリストさまの肌着はだぎをせんたくして、かわかそうという日だからね。ところが、あしたの日曜にちようには、おきゃくさんがおおぜいくる。それで、なさけ知らずのおかみさんが、このぼくをスープにして食べちまえって、料理番りょうりばんの女にいいつけたのさ。だから、ぼくは、今夜、くびを切られちまうんだ。それで、せめて声のだせるいまのうちにと思って、のどのやぶれるほどないているとこさ。」

「おい、おい、なにをいってんだ。」

と、ロバがいいました。

「それより、おれたちといっしょにいったらどうだい。おれたちは、ブレーメンへいくところだ。ぬくらいなら、それよりもましなことは、どこへいったってあるさ。だいいち、きみはいい声だ。おれたちがいっしょに音楽をやりゃ、たいしたもんだぜ。」

 オンドリは、このもうがたいへん気にいりました。それで、こんどは、四ひきそろってでかけました。

 けれども、ブレーメンへは、一日ではとてもいけません。やがて夕がたになったとき、とある森にはいりましたので、そこでみんなはをあかすことにきめました。

 ロバと犬は、大きな木の下にごろりと横になりました。ネコとオンドリは、木のえだにのぼって、やすみました。ことに、オンドリは木のてっぺんまでとびあがりました。たしかに、そこなら、オンドリにとっていちばん安全あんぜんです。

 オンドリはねつくまえに、もういちど四方八方しほうはっぽうを見まわしました。すると、遠くのほうに、火がちらちらしているように見えました。そこで、なかまのものに声をかけて、そう遠くないところに家があるにちがいない、あかりがついているようだから、と、いいました。

「それじゃ、そこへいくとしよう。どうも、ここのねごこちはよくないからね。」

と、ロバがいいだしました。

 犬はおなかのなかで、そこへいけばほねが二、三本あって、おまけににくでもいくらかついているかもしれない、そうだとありがたいんだが、と思いました。

 こうして、みんなはあかりの見えるほうにむかって、歩いていきました。歩いていくにつれて、だんだんその光がはっきりしてきて、ますます大きくなりました。やがて、みんなは、あかあかとあかりのついている家のまえまできました。

 いちばんの高いロバが、まどのそばへいって、なかをのぞいてみました。

「なにが見えるね、じいさん。」

と、オンドリがききました。

「なにが見えるかって。」

と、ロバがこたえました。

「うまそうないものやみものの、いっぱいならべてあるテーブルがあってな、そのまわりにどろぼうどもがすわって、ごきげんでいる。」

「そいつをいただきたいもんだ。」

と、オンドリがいいました。

「うん、うん、なんとかして、あそこへはいっていきたいなあ。」

と、ロバがいいました。

 そこで、動物たちは、どろぼうどもをっぱらうには、どうしたらいいだろうかと、相談そうだんをはじめました。そして、いろいろ相談したあげく、うまい方法ほうほうが見つかりました。

 つまり、ロバが前足をまどにかけ、犬がその背中せなかにとびのる、そのまた上にネコがのぼり、さいごにオンドリがとびあがって、ネコの頭の上にとまる、ということにしたのです。

挿絵

 そのとおりのじゅんびができますと、みんなはあいずにあわせて、いっせいに音楽をやりはじめました。ロバはヒヒン、犬はワンワン、ネコはニャオニャオ、オンドリはコケッコーとなきさけびました。それから、まどをつきやぶって、四ひきがいっせいにへやのなかへどっととびこみました。窓ガラスはガラガラ、ピシャンと、ものすごい音をたてて、こわれました。

 どろぼうどもは、このおそろしいさけび声をきいて、びっくりしてとびあがりました。てっきり、おばけがとびこんできたにちがいないと思いこんだのです。みんなはふるえあがって、森のなかへいちもくさんににげていきました。

 そこで、四ひきはテーブルについて、のこっていたごちそうをうまそうに食べました。それこそ、これからひと月ぐらいは、なにも食べられないとでもいうように、はらいっぱいつめこみました。

 四ひきの音楽師おんがくしはごちそうを食べおわりますと、あかりをけして、めいめいの生まれつきにしたがって、それぞれぐあいのいい場所ばしょをさがしました。

 ロバは、きたないわらのつみあげてある上に横になり、犬は戸のうしろにねころびました。ネコはかまどの上の、あたたかいはいのそばにまるくなり、オンドリはむね横木よこぎの上にとまりました。みんなは長いあいだ歩いて、つかれきっていたものですから、すぐにぐっすりねこんでしまいました。

 ま夜中よなかすぎになって、どろぼうどもが遠くからながめますと、家のなかのあかりはもうついてはいませんでした。それに、いやにしずかなようすです。そこで、かしらがいいました。

「おれたちゃ、あんなにびっくりしなくてもよかったんだ。」

 そして、ひとりの手下てしたをやって、うちのようすをさぐらせました。手下がいってみますと、うちのなかはしーんとしずまりかえっています。それで、台所だいどころへはいって、あかりをつけようとしました。ところがそのとき、この男は火のようにもえているネコの目を炭火すみびだとかんちがいして、その目にいきなりマッチをおしつけてしまいました。

 けれども、ネコには、こんなじょうだんはわかりません。それで、いきなり、どろぼうの顔にとびついて、つばをひっかけたり、ひっかいたりしました。どろぼうは、びっくりぎょうてん、あわててうら口からにげだそうとしました。

 ところが、そのとたん、そこにねていた犬が、どろぼうの足にかみつきました。ますますあわてたどろぼうが、にわへとびだして、きたないわらのつんであるそばをかけぬけようとしますと、こんどはロバが、あと足でいやというほどけとばしました。おまけに、オンドリも、このさわぎに目をさまして、横木よこぎの上から、

「コケッコー。」

と、さけびたてました。

 それから、どろぼうは、あとをも見ずに、むちゅうになって、かしらのところへとんでかえって、いいました。

「ああ、あのうちには、おっそろしい魔女まじょがいますよ。いきなり、あっしにいきをふっかけたかと思うと、長い指であっしの顔をひっかきやがったんでさ。戸のまえには、ひとりの男が立っていて、小刀こがたなをあっしの足につきさしゃがる。庭にはまた黒い怪物かいぶつがねこんでいて、こんぼうであっしをぶんなぐりますのさ。おまけに、屋根やねの上には裁判官さいばんかんがいて、『そのわるものをつれてこい』と、どなりたてるしまつなんです。とにかく、あっしゃ、ほうほうのていで、にげてきたんでさ。」

 それからというものは、どろぼうどもは、二度とこの家に近づこうとはしませんでした。いっぽう、ブレーメンの四ひきの音楽師おんがくしたちは、たいそうこの家が気にいって、もうここからでていこうとはしませんでした。

 これは、じぶんで見たという人の口から、きいたばかりのお話なんですよ。






底本:「グリム童話集(1)」偕成社文庫、偕成社

   1980(昭和55)年6月1刷

   2009(平成21)年6月49刷

※表題は底本では、「ブレーメンの音楽師おんがくし」となっています。

入力:sogo

校正:チエコ

2021年1月27日作成

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