こどものとき
ある はるの
おてらの にわは さくらの
はらはらと ちる さくらの はなびらの したでは、おばあさんや お
「きれいだなあ ばあや。」
しばらく
きたない きものを きた こじきの
やがて
「ばあや、あれなあに。」
「おや
「そうじゃあないの、ばあや、
「あれは、お
「ふうーん。」
と、
「こじきにも お
「はい。こじきにも お
「ふしぎだ なあ。」
「あんな きたない こじきにも お
と、ばあやの
「ええ、
うばは、はたと こたえに つまって しまいました。
と いうのは、つぎの ような ふかい わけが あるからでした。
お
ほんとうならば
お
それで みんな お
それが こじきのおやこの むつまじい ありさまを みて、きゅうに むねが こみあげてきたのでした。
「いっそ お
と、おもいましたが、また おもい なおして、
「いやいや、それはいけない。」と、そっと なみだを ぬぐって、
「
「まろにも お
はじめて お
「ばあや、まろは どんな とおい ところにも いく。お
「とても、
うばも こまって しまいました。そして、
「
こういう わけですから、うばも
それが うばの しんぱいの たねでした。
ある
いたずらッ
うばが みるに みかねて、
「
と、たしなめて、
「そんなひまが あったら ちと べんきょうなさい。むかし、すがわらのみちざね と いう えらいかたは、七つのとき りっぱな うたを おつくりに なりました。
「うたを つくるより、
「いけません。
それをきくと、
「ばあや、その みちざねの つくった うたは、どんな うた だい。」
と、ききました。
「うるわしき べにの いろなる うめのはな
わこが かおにも つけべかりけり
と、いうのです。うめのわこが かおにも つけべかりけり
うばが いうと、
「そんな うたなら、いくらでも つくれらあ。」
「まあ、
「できるよ。ばあや、おどろくな。」
ふる雪 が おしろいならば 手 にといて
おくろの かおに つけべかりける
と、すらすら、と、うたいました。おくろの かおに つけべかりける
「まあ!」と、うばは びっくりしました。
すがわらのみちざねの つくったうたの、いみは こうです。
むかし きゅうちゅうに いる、わかい
わこ と いうのは わたし と いうことです。みちざねは
それで、
それで
「まあ、ひどい。」
うばは、あきれてしまいましたが、この あたまの よさには、すっかり かんしんしてしまって、
「
これは おかあさまの いよのつぼねの かげながらの とりはからい でした。
と いうのは、そのころは くにが みだれていて、さむらいや きゅうてい の ひとたちも おたがいに ねたみあい うたぐりあって いましたが、
けれども ごこまつてんのうの おん
そのころ、えらくなるには さむらいに なるか、おぼうさんに なるかしか、なかったのです。
それで、お
あんこくじの ひなそうに なった
ことに その とんちの いいことは、
あんこくじには、
つぎに、
ある
「おしょうさまが わたしたちに かくれて、まいにち こっそり
「みずあめ||あまいだろうなあ。なめたいなあ。」
「どこに あるの。」
「おしょうさまの いまの とだなの うえに、ほら、かべつちいろの かめが あるだろう。あの なかに あるんだよ。」
「ほんとに みたのかい。」
「ほんとさ。」と いって、
「わたしが ゆうべ しょうじの かみに あなを あけて、おしょうさまの みずあめを なめて いるのを、そっと のぞいて みたんだもの。」
「ふーん。」と、
「おしょうさまだけ なめるなんて ずるいや。わたしらにも すこし なめさせて もらおうではないか。」
と、いいだしました。
「そう しよう、そう しよう。」
みんな さんせいです。
「だれか いって おしょうさまに たのんで こいよ。」
「おこられるよ。いやだよ。」
みんな しりごみ します。
「しゅうけん、おまえ いってこいよ。」
てつばいは、いちばん とししたの
「それが いい、それが いい。しゅうけん いってこいよ。」
みんな そう いいます。
「うん そうか。それでは ちょっと いって きいてくる。」
いたずらっ
おしょうさまは ぼんやり にわを ながめていました。
「おしょうさま。」
と、
「なんじゃ。」
と、おしょうさまが
「おしょうさま、みずあめを なめさせて ください。」
「なんじゃと。」
「たなの うえの かべつちいろの つぼの なかにある みずあめを、すこしずつで いいですから わたしたちに なめさせて ください。」
おしょうさまは びっくりして、まじまじと
「たれが そんな ことを いった。」
「みたものが あります。おしょうさま、
「うん、そうか。ゆうべ しょうじに あなを あけたのは おまえじゃな。」
「わたしでは ありませんが、たしかに おしょうさまが みずあめを なめているのを みたものが あります。」
「うん、そうか。」
おしょうさまは
「みんなを ここに よんでこい。」と、いいました。
そんな こととは おもいも よらない
「おーい、みんな、こいよ。おしょうさまが みずあめを くださるぞっ!」と、
「そうか。くださるか。」
「みんな いこう。」
ずらり おしょうさまの まえに ならんだ
「みんなに いって おくことがある。よく きいておけ。」と、おごそかに いいました。
これは へんだぞ······
「じつは この かめの なかにある みずあめの ような ものは、ほんとうは、みずあめでは なくて、てんじくから とうらいした ちゅうふうの くすりじゃ。」
てんじくは いまの インドです。ぶっきょうの わたってきた ところです。この くすりは ぶっきょうと いっしょに にっぽんに わたって きたのでしょう。
「あれッ!」と、みんな
「いいか。あれは ちゅうふうの くすりじゃ。ちゅうふうという びょうきは
「へんな ことに なった もんだなあ。」
「わかったか||わかったな。」
「はい。」
「わかったら、でて いって よろしい。」
へんだなあ と、おもいながら みんな はんぶん べそを かいて、おしょうさまの へやを でて いきました。
なかでも いちばん へんだなア、と おもったのが、いちばん りこうな
つぎの
「よし、この あいだに あの かめの なかの ものが みずあめか どくか、ためしてみよう。」
いたずらものの
さっそく たなの まえに たちましたが、あいにく たなが たかくて、
が、かめが おもいものですから つるりと てが すべって、あッ と おもう まも あらばこそ、かめは どしーんと、
「しまったッ!」
そう さけんだ
その ひょうしに、
「あまい あまい。」
やっぱり ちゅうふうの くすりだなんて うそだ。くすりなら にがい はずだ!
が、はらいっぱい みずあめを なめてから、
そればかりではなく、ふと みると、そばには おしょうさまの たいせつに している おちゃのみぢゃわんが こなごなに こわれて いるのでした。
すると うんの わるいときには しかたの ないもので、そこに ガラリと へやの しょうじが あいて、おしょうさまが かえってきました。
「わっ!」
「しゅうけん、なに しとるのじゃ。」と、
「は、はい、はい。」
「なにを しとると いうのじゃ。」
「おしょうさま、おしょうさま。わたしは おしょうさまのだいじな だいじな おちゃわんを こわして しまいました。それが かなしくて わたしは
そう いうと、
「なに、ちゃわんを わったと······。」
「そうです。おしょうさまの おるすの あいだに おへやを そうじして おこうと おもって、おちゃわんを わりました。おしょうさま、ああ、わたしは しにたい、しにたい。」
おしょうさまは あきれかえって、
「うそじゃ。」
と、おしょうさまは しかりました。
「ちがいます。うそでは ありません。」
「そうか。」
じっと かんがえこんだ おしょうさまは、とつぜん あっはっはっは······と、わらいだして しまいました。そして、いいました。
「しゅうけん、わしが わるかった。これは わしが おまえたちを だました、ほとけの ばちと いう ものじゃ。」
それを きくと、こんどは
「おしょうさま、わたしが わるうございました。わたしは うそを つきました。」
と、あやまりました。
「いいや、しゅうけん。はじめに うそを ついたのは わしじゃ。わるいのは この わしじゃ。」
「いいえ、わたしが わるうございました。」
「いや、わるいのは わしじゃ。」
「わかった、わかった。」
おしょうさまが、とうとう まけて しまいました。そして、
「しゅうけん、おまえの とんちには おどろいた。これからは わるいことを するなよ。わるいと きづいて さっそく あやまったのは、いい こころがけだ。」と、やさしく いいきかせました。
なにしろ
そのとしの としの くれの ことでした。
くれの ことなので、おしょうさまは
「しゅうけん、
おしょうさまは
すると、おしょうさまたちが でかけて だいぶ たってからの ことです。
「ごめん ください。ごめん ください。」
と、おしょうさまの おへやの ほうで ひとの こえがしました。
「おや、さっそく おきゃくさまだな。」
たった ひとり、あとに のこされて ぼんやり していた
「
うらぐちに たって いるのは、あんこくじの だんかの もとべえさんでした。
おいものとんやの もとべえさんは、かずおおい だんかの なかでも いちばん この おてらに よくして くれる だんかです。
「これは これは、もとべえさんですか。あいにく、おしょうさまは たくはつに でかけて おるすです。」
「それは かまいません。
と、いって、でっちの ちょうまつに せおわせてきた たくさんの おもちを おいて いきました。
「うまそうだなア。」
つつみを といて、
「うまいなア。」
「あっ、たいへんだ。」
「しゅうけん、また いたずらを したな。おしょうさまに みつかると
と、
「うわあ、くるしい。」
「しゅうけん、しゅうけん、十五やの
と、なぞを かけました。
すると
「くもに かくれて ここに はんぶん。」
と、こたえながら じぶんの はらを ゆびさしました。
これは 一つの うたになります。
十五やの 月 は まんまる なるものを
くもがくれして ここに はんぶん
おしょうさまのは かみの く、くもがくれして ここに はんぶん
おしょうさんは、この
「しゅうけん、でかした でかした。」
と、
「さあ、おもちを たくさん あげるから、みんなで たべなさい。」
と、たくさんの おもちを くれました。
「しゅうけん、うまく やったな。また たのむぞ。」
あにでしたちも
あんこくじの おぼうさんに なって 二三ねん たった ときでした。
はたやじくさい という ひとが、まいばんの ように あそびに きて、おしょうさまと おそくまで はなしあったり、ごや しょうぎを していきました。
このひとは ながさきで うまれたのですが、お
これが、いまでも なだかい にしじんおりの もとです。
「あれ、じくさいの やつ、また きたよ。」
ある
「ほんとだ。こんやも また おそくまで いるんだろうな。あいつが くると、わしらが いつまでも ねられなくて よわるよ。」
「なんとかして あの じくさいめが、こない ように する くふうは ないものかなあ。」
「わたしが じくさいさんの こなくなる まじないを しましょう。」
と、いいだしました。
「ほんとに そんなことが できるかい。へんな ことを すると、また おしょうさまから
あにでしたちは しんぱいそうです。
「だいじょうぶです。もし しくじったら、みんな わたしが つみを きます。」
「それじゃ、たのむよ。うまく やってくれよ。」
よくじつの ゆうがたの ことです。
まもなく、せかせかと げたの おとを させながら、じくさいさんが やってきました。
アイノコの じくさいさんは いつでも、けものの かわで つくった どうぎを きているのです。
「どうするかな、じくさいさん。」
おしょうさまと なかよしの じくさいさんは、いつでも あんないも こわず、ずかずかと げんかんを はいってきます。
ふと みると、げんかんに なにか かいてあります。
「おや、なんだろう。」
じくさいさんは、たちどまって、じっと、はりがみを ながめて いましたが、すぐ ハハハ······と
「ははは······
と いうと、そのまま おくに はいろうと します。
そのとき いきなり
「この はりがみが みえないのですか、じくさいさん。」
「ははあ、これは しゅうけんぼうずかい。はりがみは よみましたよ。」
じくさいさんは、にやにや わらって います。
「よんだなら、なぜ はいってきた。」
「
「おてらに けだものの かわを きて くると けがれます。これは ほとけさまの おしえです。かえって ください。」
「はっはっは······
「どこが まぬけです。」
「では、ききますが、てらにも じこくを しらせる たいこが ありましょう。たいこは けだものの かわを はって あるでしょう。わたしも けものの かわを きて いますから、たいこの ように、ずっと おくまで とおりますよ。はい、ごめんなさい。」
じくさいさんは そう いうと、ちらと
すると
「これ、なにを する、
じくさいさんは、
「じくさいさんは、たいこの ように おくに とおると いったでは ありませんか。たいこと おなじなら いくら たたかれても、もんくは ないでしょう。」
と、いって、また ポカリ。
「まいった。」
すると じくさいさんは きゅうに あともどりすると、ぬいであった げたを つかんで、はだしで にげていきました。
「うまい、うまい、しゅうけん||ああ、むねが すーッと した。」
あにでしたちは
つぎの
「ゆうがた、ごちそう したいから、しゅうけんさんを つれて あそびに きてください。」と、かいて あります。
おしょうさまは、にこにこ わらいながら、
「しゅうけん、じくさいさんが、こんな てがみを よこしたよ。きっと きのうの かたきうちを するつもりだよ。」
と、いいました。
「ははあ、じくさいさん よっぽど くやしかったと みえますね、おしょうさま。」
ゆうがた
じくさいさんの いえは
おしょうさまと
この はし わたるな
「おやおや、やっぱりだね、しゅうけん。」
おしょうさまは そう いって うしろの
「つまんないこと かいてありますね。」
しかし、
「おしょうさま、まんなかを わたって いきましょう。」
「だって、はしを わたっては いけない、と かいてあるでは ないか。」
「だから、まんなかを わたるのです、おしょうさま。この たてふだには、わざと はしを かんじで かかないで、はしと かなで かいて あります。これが なぞを とく かぎですよ、おしょうさま。」
じくさいさんは いえの まえまで でて、
すると
「しゅうけんさん、おまえさんは あの たてふだが みえなかったのかね。」
と、いいました。
「いいえ。わたしは このとおり
「なに、みてきた。||では、なぜ はしを わたってきましたか。」
「いいえ。はしの ほうを わたっては いけないと かいて ありましたから、まんなかを わたって きました。じくさいさん、この はしは はしの ほうが くさって いるんですか。そうでしたら、あぶないから はやく なおしておいて ください。」
「まいった。」
と、おもわず ひたいを たたいて、おしょうさまに、
「しゅうけんさんの とんちには、おとなの わたしも とても かないません。」と いって、したを まいてしまいましたが、すぐ おもいかえして、
「でも、しゅうけんさん、こんどは まけませんよ。しゅうけんさんとの とんちきょうそうは これからですよ。」
と、いいながら にこにこして、おしょうさまと
さて、じくさいさんは どんな、なんもんを ようい しているのでしょう?
りっぱな へやに たくさんの ごちそうが はこばれてきました。
くいしんぼうの
「どれから さきに たべようかな。」
と、おぜんの うえを にらんでいました。
すると じくさいさんは、ゆうゆうと おちつきはらって、
「さて、しゅうけんさん、わたしが これから なんもんを だしますから、りっぱに こたえてください。もし、しゅうけんさんが わたしの なんもんに こたえられなかったら、
と、いじの わるいことを いいだしました。
「さっきの かたきうちですか。だめですよ じくさいさん、おやめに なった ほうが よいでしょう。」
やせがまんを いいます。
「なあに、こんどこそ しゅうけんさんを ぎゅう というめに あわしますよ。」
じくさいさんは、そう いって おいて、
「しゅうけんさん、したから うえに さがるものは なあに······。」
と、いって、
「さあ、しゅうけんさん、ごちそうばかり ながめて いないで はやく こたえて ください。」
「ははあ、そんなこと わけも ありません。」
ふじだなの みずに うつりし ふじの はな
したより うえに さがるなりけり
「はい どうです、じくさいさん。では、いただきますよ。」したより うえに さがるなりけり
「えらい、えらい。やっぱり わたしは しゅうけんさんに かないません。さあ、たくさん、めしあがってください。」
じくさいさんは
こんなふうに まけても かっても こだわらないで よろこんで いるのが、ぜんしゅうと いう しゅうしの えらい ところです。
そのころは、ぶっきょうの なかでも ぜんしゅうが とても さかんでした。
ぜんしゅうを しんこうする ひとたちは、もんどうが
それで、
「あんこくじの しゅうけん という
と、いう うわさが、ぱっと
そして、そのことが いつか しょうぐんけにも きこえました。
ときの しょうぐんは あしかが 三だいしょうぐんの よしみつ
「ほほう、それは おもしろい。では
と、いって、つぎの
「あす
と、いいました。
よしみつ
むかしは ぶしが としを とると、おてらを たてて ぼうずに なり、いんきょ することが はやったものです。
しょうぐんさまから まねかれる ことは
ふたりは すぐ りっぱな
「おめしにより、しゅうけんを つれ さんじょう いたしました。」と、いいました。
「おお ごくろうじゃった。」
よしみつ
「くるしゅうない。あたまを あげい。」
「はい。」
すると よしみつ
「しゅうけん、おまえは なかなか とんちの よい
「はい。おおせの とおりで ございます。」
「ところが、そのトラが まいばん そのびょうぶから ぬけだして、いたずらを するので ほとほと こまるのじゃ。ついては そのほう ただちに そのトラを しばって わしの もとに つれてまいれ。」
よしみつ
おしょうさま はじめ そこに いる
ところが
「はい、しょうち いたしました。」と、さらりと こたえました。
これには こんどは なんもんを だした よしみつ
「ただちに めしとるのじゃぞ。」
「はい、わけが ありません。」
「しょうぐんさま、おなわを おかしください。」
「おお、たれか しうゅけんに[#「しうゅけんに」はママ] なわを かしてやれ。」
けらいは すぐ なわを もって きて、
どうするのだろう?
いならぶ
が、
「よういは できました。すぐ しばりますから、どうぞ たれかに この トラを びょうぶの なかから おいださしてください。」
と、いいました。
「う、う、うむ······なんと、その トラを おいだせと もうすか。」
よしみつ
「はい、おいだして くだされば しゅうけん ただちに しばります。はやく ごけらいに いいつけて おいだしてください。」
「う、う、うむ。」
よしみつ
これは はっきりと よしみつ
「いや、あっぱれじゃ。いかにも そちの とんち みあげた ものじゃ。」
と、ひざを たたいて
「それ、ものども しゅうけんに ごちそうを だしてやれ。」と、けらいに いいつけました。
おしょうさまと
が、よしみつ
ぜんしゅうでは さかな にく からいもの、おさけ などを たべたり のんだり することを きんじています。そういう ものを てらの なかに もってくる ことさえ きんじていました。
ところが、いま
おしょうさまは ごく したしいところでは さかなも にくも たべますが、いまは しょうぐんさまの まえなので たべようか たべまいか ためらっていましたが、
すると よしみつ
「こりゃ、しゅうけん、おいしいか。」
「はい、わたくしは くいしんぼうですから、おいしくて たまりません。」
「ほう。では、
「はッ!」
と、いって
「しょうぐんさまも たべて おいでですね。」
「おお。わしは さむらいじゃ。にくも さかなも たべる。」
「でも、しょうぐんさまも あたまを ぼうずに して いらっしゃいますね。」
「そうだ。わしも ぶつもんに はいったのじゃ。」
「そうすると やはり ぼうさんの なかまいりを したのでしょう。」
「その とおりじゃ。」
「おなじ ぼうさんなら しょうぐんさまも さかなや にくを たべては いけないのでは ないでしょうか。」
「うむ、うむ······わしは しかし ほんとうの ぼうさんではない。」
「なまぐさぼうず ですか。なまぐさぼうずなら いたしかた ありません。」
「すると おまえも なまぐさぼうずかな。」
と、ぎゃくしゅう して きました。
「いいえ、ちがいます。」
「へいきで なまぐさを たべる ところを みると、なまぐさぼうず だろう。」
「いいえ、わたしのは ちがいます。」
「どう ちごう。」
「にんげんの のどには、しょくどうと きどうと ございます。」
「ほう、
「このみちは、とうかいどうと かまくらかいどう みたいな ものです。」
しょくどうは たべものを たべるみち、きどうは くうきを すったり はいたり するみち||みなさんは、のどに 二ほんの くだなど ないことは ちゃんと しっているでしょう。しかし これは とんちもんどうですから、また べつです。
「ほう。」
よしみつ
「かいどうならば、もちやも とおれば、さかなやも とおります。とうふやも にくやも とおります。」
「かいどうなら とおるじゃろうな。」
「はい。それで、わたしの かいどうを ただいま さかなやと にくやと とうふやが とおった わけで、けっして にくや さかなが ひとりで とおった わけでは ございません。」
「ははあ、
よしみつ
「これ しゅうけん、かいどうならば ぶしも とおるであろう。すみやかに この ぶしを とおしてみよ。」
さあ
「いや、むやみ やたらには おとおし できません。」
「なぜじゃ。」
「おそれながら もうしあげます。ただいまは よのなかも しずかでは ありますが、まだまだ かたなを さした とうぞくも おれば、しょうぐんさまに
「しゅうけん、でかしたッ!」
と、
「しゅうけん、これからも よくよく がくもん して りっぱな そうりょに なれよ。それ、しゅうけんに ほうびを とらせよ。」
と、けらいに めいじて たくさんの ごほうびを しゅうけんに あたえました。
しかし
おしょうさまに ついて ねっしんに がくもんに はげんで いました。それで、
あるときの ことでした。
「もしもし、あなたは あんこくじの
と、ひとり みしらぬ おばあさんが
「はい、そうです。あんこくじの しゅうけんです。なにか ごようでしょうか。」
「やっぱり ほとけさまの おみちびきです。」と、いいます。
が、
「どうしたのですか、おばあさん。」
「はい、はい。じつは けさ はやく おじいさんが なくなったのです。どうぞ いんどうを わたして いただけないでしょうか。もしも おねがいが できれば、ほとけも うかばれます。」
「でも、おばあさん、それでしたら あなたの だんなでらに おねがい したら よくは ありませんか。」
「それが だめなので ございます。わたしの いえは おじいさんの ながわずらいで、一もんの おかねもありません。けさ おてらに いんどうを わたして ください とたのみに いきましたら、おてらさんでは、わたしが おふせを だせないことを しっていて、きて くれません。どうぞ おねがいします。」
おばあさんは かなしそうに なみだを ながして ぴたりと じべたに すわり、
「そうですか。」
ぶっきょうの もとを ひらかれた おしゃかさまは おうじの みぶんを すてて、
ところが そのころの ぼうさんの なかには おかねもちや、えらいひとにばかり こびへつらって、たくさんの おかねを もらい、ぜいたくを することばかり かんがえている ぼうさんが たくさん いました。
そんなことは ぼうさんと しては、いちばん わるいことです。ほんとうの ぼうさんの みちを みっちりと こころの なかに いれている
「ああ、なげかわしい ことだな。」
そう おもうと、
「そうですか。それは こまりましょう。それでは わたしが おきょうを よんで あげましょう。」
と、いって、
なるほど、おばあさんの いえは ひどい いえでした。やねも かべも くずれかかり、ちょっとの かぜにも ふっとんで しまいそうな きたない いえです。
「さあ おばあさん、おきょうを よんで あげましょう。」
「あなたは いきぼとけさまだ。」
と、いって よろこびました。
さて また
ある
「しゅうけん、ほんどうの おとうみょうを けして きなさい。」
と、いいつけました。
「はい。」
すると、これを みていた おしょうさまが、また、
「しゅうけん、しゅうけん、ちょっと おいで。」と、よびました。
「はい、なんで ございますか。」
「しゅうけん、いま おまえは なにで おとうみょうを けした?」と、ききました。
「はい、
「それは、いけません。
「············」
はい、と こたえるかと おもいのほか、
「では、おしょうさま、おきょうも
「なぜじゃ。」
「ただいまの おはなしですと、
「うむ、なるほど······。」
おしょうさまも、これには へんじの しようが ありません。
しかし、これは けっして へりくつでは ありません。どんな ことも こういう ぐあいにして、わるいところが あらためられて いくのです。
ひさしぶりで、じくさいさんから てがみが きました。
「なかなか あつい
「おしょうさま、じくさいさんから こんな てがみが きましたよ。」
「ほう、よしよし。それでは さっそく でかけるとしよう。」
こんどは、はしの たてふだも ありません。
「じくさいさん、
どこから なにが とびだすかも わかりません。
が、
そのうち めしつかいたちが どんどん おいしい ごちそうを はこびました。
と、ひとりの めしつかいが、いま へやを でて いこうと して、しきいを またいだ ときです。
「これこれ、ちょっと まちなさい。」
と、じくさいさんが その めしつかいを よびとめました。
「はい。」と いって、めしつかいは しきいを またいだまま たちどまりました。
すると じくさいさんは
「しゅうけんさん、あの めしつかいは、へやを でますか、それとも もどって きますか?」
と、ききました。
ははん、きたなと おもった
「じくさいさん、いま なった
と、いいました。
「はははあ······。」
じくさいさんは なにも いわないで わらっています。
これで、もんどうは じくさいさんの まけです。
みなさん わかりますか。
ですから、みぎ、と こたえれば、ひだりです、と いうかも しれません。
じくさいさんの よびとめた めしつかいも、
「でる。」
と、こたえれば、もどって くる つもりです。
「もどる。」
と、こたえれば、でていく つもりです。
へんじの しようが ありません。へんじの しようが ないでは ないか、と いうことを、
この もんどうだけで ごちそうが おわりました。
三にんで えんがわに でて にわを ながめて いると、ひとりの こどもが ちょこちょこと めの まえに でてきました。
その こどもは みぎてに
「しゅうけんさん、あの
「じくさいさん、わたしは へやを でますか、もどりますか?」
と、いいました。
それをみた じくさいさんは、わらいながら、
「わたしの まけです。」
と、いって おじぎを しました。
これも さっきの もんどうと おんなじことで、
「いきて いる。」
と、いえば、にぎりころす つもり、
「しんで いる。」
と、いえば、
「ほれ、この とおり いきて いる。」
と、いきた まま だして みせる つもりに ちがいないのです。
「しゅうけん、おまえも いつの
と、しんみりと いいました。
「ええ、おかげさまで いつか 十八に なりました。おししょうさまの もとに まいりましたのは、
と、
「ついては しゅうけん、おまえに おりいって
「はい、なんでしょうか?」
「じつは ね、しゅうけん、わしは もう おまえに おしえる ことが、なんにも なくなったのだ。わしの もっている がくもんは、みんな のこらず おまえに おしえつくして しまったのじゃ。このうえは たれか わしより えらい かたに おまえを おたのみして、おまえに もっと もっと がくもんを ふかめて もらいたいのじゃ。」
「はい。」
「十三ねんも いっしょに いた おまえと、いまさら わかれるのは わしも つらい ことじゃが、おまえの がくもんの ためには これも いたしかた ないことじゃ。」
「はい。」
「ついては、ここに さいごんじの おしょうに てがみが かいてある。さいごんじの おしょうは てんかに かくれない がくもんの ふかい おしょうじゃ。この てがみをもって、これから すぐ さいごんじに いきなさい。さいごんじの おしょうには もう よく
「はい、おししょうさま、ありがとうございます。」
さいごんじの おしょうさまは、あんこくじの おしょうさまの そえてがみを みて、
「しゅうけんと いう
と、どなりつける ように いいました。
「はい、しゅうけんと もうします。よろしく おねがい いたします。」
「おまえは
「いや、おしょうさま、わたしは けんかも こうろんも すきでは ありません。」
「なに、すきでない。それじゃあ おんなみたいに よわむしか?」
「でも ありません。」
「では、けんか こうろんは すきじゃろ?」
「ほんとは すきですが、しない ことにして おります。」
さいごんじの おしょうさまは、じょうひんで きだてのやさしい、まえの あんこくじの おしょうさまとは まるで はんたいで、かみなりの ような
「おまえを でしに するまえに、
と、もんどうを はじめました。
「おまえは いま けんか こうろんは せぬ、と いったな。」
「はい、もうしました。」
「では、ひとに つばや たんを はきかけられても、けんかを せぬか。」
「はい、おしぬぐって じっと だまり、おこらない しゅぎょうを したいと おもいます。」
「ほう、それでよい。それが おまえに、ほんとうに できるか?」
「はい、できます。できる ように しゅぎょう いたします。」
「そうだ。こちらが ただしいのに、つばや たんを はきかける ような やつは、いわば、ハエみたいなものじゃ。にんげんでは ない。そんな やつを あいてに けんか こうろん すれば、こちらが ばかに なる。」
「はい。」
「では、あいてが ぽかりと あたまを なぐって きたら、どうする。」
「がまん します。」
「いや、ただ がまんする だけでは いけない。そんな やつには、いくらでも なぐらせて やるがいい。わけの わからん やつがなぐった ときは、じぶんの あたまを あたまと おもうな。
「
「そうじゃ。わしの あたまは
「はい。」
こんどの さいごんじの おしょうさまは、こんなふうに てっていした こころを もっており、そのころ がくもんも おこないも、
「おまえは なかなか できている。どうじゃ、わしの ところで しんぼう できそうか。」
「いたします。」
「それでは
「そうじゅん、さっそくだが でしいりと きまったら、めしを たいて もらおう。」
でしいりが きまると、おしょうさまは さっそく しごとを いいつけました。
「はい。こめびつは どこに ありますか?」
「だいどころに ある はずじゃ。」
だいどころに いって みると、こめびつは あるが、こめびつの なかには おこめが
「おしょうさま、おこめが ありません。」
「ないなら、どこからか さがして こい。」
こんどの おしょうさまは がくもんや、がくもんを かんがえる じかんが おしくて、たくはつに でて、おこめを もらうのも わすれて いるのでした。
そのときは
「やーい、こじきぼうず。」と、はやしたてる ほどでした。
おてらの なかも ぼろぼろ||それでも、おしょうさまの おへやには
つぎの
「そうじゅん、これを よめ。」
と、かべに はってある かみを ゆびさしました。
そこには むそうこくし と いう えらい ぼうさんのかいた、ぼうさんの わけかたが はって ありました。
一、本 は たくさん よんでも、うたなどばかり つくって ほとけの おしえを わすれた ぼうず。これは あたまを そった ただの人 。
二、ごちそうばかり ほしがって、かってなことを しているぼうず。
「せけんには それを よんで
「そうだよ。十にんの うちの 八にんまでは
「あんこくじの おしょうさまは どのくらいでしょう。」
あんこくじは まえの おてらです。
「そうだね。まず、
「よしみつ
「まだ、
「おしょうさまは どのくらい ですか?」
「おれか。おれは
「はい!」
さすがの おしょうさまも、もう
「そうじゅんは いくつに なったな。」
ある
「二十一さいに なりました。」
「もう、ひとりだち しても いい ころだな。わしは もうおまえに なにも おしえる ことが なくなったよ。」
「おししょうさまの ごおんは けっして わすれません。」
ひとりだちして どこかの じゅうしょくに なれ、と すすめられましたが、
「いいえ、もっと がくもん します。」
と、いって、しばらく さいごんじに とどまっていました。
すると、そのとしの 十二がつに、おしょうさまが ぽっくり なくなりました。みんなが、
「そうじゅんさん、おしょうさまの あとを ついで、さいごんじの じゅうしょくに なって ください。」
と、たのみました。が、もっと もっと べんきょうしたい
「わたしは まだまだ しゅぎょうが たりません。とても あの がくもんの ふかい おしょうさまの あとを つぐことなどは できません。」
と、いって、さいごんじを でていきました。
まだ お
「お
「びわこの どこに いく つもりじゃ。」
「かそうさまの おでしに して いただきたいと おもいます。」
かそう という ぼうさんは むらさき
「それは けっこうです。でも おまえは どなたかの てがみを いただいて いますか?」
お
「いいえ。」
「それでは むずかしいのじゃないか。かそうさまは めったに でしを とらぬと もうします。」
「でしに してくださらなければ、いおりの まえに ざぜんを くんで、しんでも うごかぬ かくごです。」
「そうですか。それほどの けっしんが あるなら、かそうさまも きっと でしに してくださるでしょう。」
それから
その
あみを ひきあげて みると、おもいのも そのはず、わかい ぼうさんの したいでした。
かそうおしょうに もんぜんばらいを くった
まだ しんぞうの こどうが ありました。
しんせつな りょうしは
「どうして みなげなど したのです。」
じいさんと ばあさんが ききました。
「それでは しばらく わたしの いえに とまっていて、ねっしんに たのみなさい。」と、いってくれました。
「ああ、わたしは かそうさまの ゆるしを うけるまでは、いおりの まえで しぬまで ざぜんを くむ つもりだったのに、こんな ことでは とても だめだ。」
としも あけて 一
よるから ふりだした ゆきは、あたり いちめん まっしろに しています。
「どうぞ かそうさまが でしに してくださるように。」
と、ねがいながら ざぜんを くんで いました。
すると、ひょっと きが つくと、
「あッ! かそうさまだ。」
「どうぞ わたしを でしに してください。」
と、たのみました。
「おまえは そうじゅんと いったな。」
かそうさんは いいました。そうじゅんが いのちがでけで[#「いのちがでけで」はママ] でしに してくれと たのんで いることを しって いました。
「びわこに みを なげた そうじゃな。」そんな ことまで ちゃんと しって いました。
「はい。」
「
「さいごんじの おしょうさまに 四ねんかん まなびました。」
「そうか。さいごんじの おしょうに ついたか。さいごんじの おしょうも おしいことを したな。」
「はい。」
「さいごんじの おしょうも がんこ だったが、わしは もっと がんこじゃ。おまえは うわさに きいておろう。」
「はい、ぞんじて おります。」
「しんぼう できるか?」
「どんな しんぼうでも いたします。」
「そうか。ゆきの なかは さむい。それでは、いおりの なかに はいろう。」
「はッ! ありがとう ございます。」
こうして、
そのあいだに こんな ことが ありました。
いつか、
「あッ!」
ざぜんを くんで いる
「ああ、わしは なんと いけない こころを もって いたのだろう。」
どんな さとりを ひらいたのでしょうか。
すみとおった びわこの うえで、なんの こだわりもない からすの なきごえを きいた ひょうしに、
ひとの わるい ところを みて、ぶつぶつ いったり、けいべつしたり することは、いけない ことだ。そんな ことに きを かけず、じぶんさえ ほんとうの みちを あるいて おれば よい。そして、じぶんが ほんとうの みちを あるくことで、ほかの ひとが かんしんして、ひとりでに ほんとうの みちを あるくように なってくれるのが、ほんとうの ほとけの みちだ。
これは、ほとけの みち だけではなく、にんげん みんなの ほんとうの みちでしょう。
また ある
すると、どこからとも なく、うつくしい かなしい うたごえが ながれて きました。
ふと みると、みずうみの ほとりで、ひとりの こじきが びわを ひいて、うたを うたって いるのでした。
うたの きょくは、うつくしい しなの まいこが、
すると、おしょうさまは だまって へやに ひっこむと、
それまで そうじゅん と いっていた
こうして、
あんなに きびしい おしょうさまが、その
「
と、はなしかけました。
「はい、ゆめの ように すぎました。」
「わしは おまえに わしの がくもんの すべてを おしえた。また おまえの こころは どんなに わるい ぼうずと まじわっても、もはや けっして けがれる ことの ない、ふかい ところに たっした。もう おまえは この いおりを そつぎょうして いいぞ。」
「はい。みな おしょうさまの ごおんで ございます。」
「ついては、おまえに さしょうを あたえたい。」
さしょうと いうのは、いまの そつぎょうしょうしょと おなじものです。わしの もとで 五ねんあまり こっくべんれいして、ぶっきょうの おうぎに たっしたと いう しるしです。
かそうさまの さしょうは、どんな りっぱな てらの じゅうしょくにも なれる
が、
「おしょうさま、ありがとうございます。でも、わたしは ごじたい いたします。」
「いらぬか?」
おしょうさまは やさしく いいました。
「はい······。」
「
かそうさまは
「はい。おしょうさまの おなさけに そむくようで こころが いたみますが、わたしは てらの じゅうしょくには なりたく ございません。てらの じゅうしょくに なれば、いろいろ わずらわしい
かそうさまは それを きくと、
「そうか。
と、いって、
ある
たびに でた
えちぜんの くには、いまの ふくいけん です。
このまちに ありた はやと という けんじゅつの せんせいが いて、
「ああ、ここが うわさにきく てんぐの どうじょうか。」
たびに でた
その もんじんが
「おい、ぼうず、てんぐの どうじょうとは なんだ。」
と、さけんだので、ほかの もんじんも たくさん まどぎわに あつまってきて、
「なんだ、なんだ。」
と、さわぎだしました。
「あの ぼうずが へんな ことを いいやがったんだよ。」
「けしからん ぼうずだな。」
「たのもう。」
と、こえを かけました。すると
「これは たびの ぼうさん、どちらから おいでか?」
「うん、あちらから きた。」
「いや、うまれた ところは どこかと きいているのだ。」
「ははは、ききかたが まちがって いる。ぼうずには うまれた
もんじんは むっとしました。
「ここは きよき どうじょうじゃ。こじきぼうずなどの くる ところではない。なにか ほしければ だいどころに まわれ。」
「なるほど。」
「この どうじょうは、よこぐるまを おしては まちの ひとを くるしめ、
ほかの もんじんが でてきましたが、
「せっかくだが、ここは ぶげいの どうじょうだ。こじきぼうずに めぐむ ものなど ない。はらが へったら めしやに いけ。」
「なにか ほしかったら、かってぐちに まわれと いったぞ。」
この さわぎを ききつけて おくにいた せんせいが、
「なんじゃ、そうぞうしい。」
「せんせい、こじきぼうずが めしを くわせろ、と いっています。せんせいの ことを てんぐと いっています。」
「だいどころに とおして、めしを くわしてやれ。」
もんじんは せんせいが そう いうので、
「ぼうさん、こちらに きて ください。」
「それは かたじけない。」
「ちょっと ことわって おくが、わしは まずいものは きらいじゃ。たんと おいしいものを もって まいれ。」
「ぼうさん、そこは ちがいます。だいどころに きて ください。」
「いや、ここの ほうが よい。」
もんじんは また せんせいの へやに きて、
「せんせい、こじきぼうずが せんせいの ざぶとんに すわって、いばって います。」
「そうか。」
なにか わけが ありそうだと おもったらしく、せんせいが どうじょうに でてきて、
「これこれ、どうじょうには どうじょうの れいぎがある。かってなことを しては いかん。」
「もんくを いう まえに ごちそうを たのむ。」
どうじょうの せんせいも おこって しまいました。
「あまり かってな ことを すると、すてては おかんぞ。」
「どう なさろうと いうのじゃ。」
せんせいは ふと
「おや、ぼうさんは けんじゅつを なさるか?」
「いや、いたさぬ。」
「では、その
「よのなかの にせものに みせる ためじゃ。」
「にせもの?」
「そう。よのなかには この
「わしを にせものだと いうのか?」
「おまえも そう おもうだろう。」
「くそぼうずッ!」
と、せんせいは まっかに なって おこりました。いきなり そこに あった
「ぼうず、もいちど いってみろ。ただでは おかぬぞ。」
が、
「にせもの、どこからでも うって こい。」
もんじんたちは、ああ、かわいそうに、この こじきぼうず あたまを たたきわられるだろう、と じっと みつめています。
が、ふしぎな ことに じっと
「なぜ うたぬ。」
「うたれるのは わたしで ございます。」と いうと、ぴたりと
「ぼうさま、あなたは かねがね れんにょ
「ほう、そなたは れんにょの しんじゃか?」
「はい、この あたりの ものは、みな れんにょ
れんにょ
れんにょは
「そうか、れんにょの しんじゃなのに、きさまが はなつまみもの とは、わけが わからぬ。」
「もうしわけ ありません。」
「うでを みがくだけでは だめじゃ。こころを みがけ。」
「はい、
ありた はやとは もんじんたちに いいつけて
「
「なんじゃな。」
「この どうじょうの どの
「こんな ものを なんに いたす。」
「ぶつぜんに かざって、まいにち おがみ、こころを みがきます。」
「そうか。それは よい こころがけじゃ。」
「
と いう やかましい かけごえが きこえて、うしろから だいみょうぎょうれつが やってきました。
「ああ、うるさいものが やってきたな。」
すると、
「これこれ、あの おぼうさんは、この あついのに かさも もたずに おきのどくな ようす、たれか かさを
「はっ。」
かしこまった けらいの ひとりが、さっそく かさを もって
「おぼうさん、とのさまの おおせで、かさを もって まいりました。この あついのに、かさなしでは さだめし おあついことで ございましょう。どうぞ この かさを かぶってください。」
すると、
「それは まことに かたじけないが、わしは うまれおちるとから[#「うまれおちるとから」はママ]、あおぞらを かさに かぶっているから、せっかくの おことばだが おかえし いたします。とのさまに よろしく もうして ください。」
と、
けらいの ものは あきれかえって しばらく ぼんやりと
「なんと、がんこな ぼうずだろう。」と、おもいながら、とのさまの ところに かえって、そのことを はなしました。
とのさまは しぶいかおをして けらいの いうことを きいて いましたが、やがて にこりとして、
「あおぞらが かさか。なるほど おもしろい ことを いう ぼうさんだな。そんなことを ずけずけ いう ぼうさんなら、きっと ただの ぼうさんでは あるまい。そそうの ないように いたせ。」
と、けらいを いましめて、そのまま いきすぎて しまいました。
ゆうがたに なって、とのさまが やどやに とまると、
「おやおや、あおぞらを かさに かぶって あるく、と いった あの ぼうさん、いつ わしの かごを とおりぬけたものか、もう ちゃんと とまって いるぞ。」
とのさまも びっくり しましたが、どうも あの ぼうさん おもしろそうだ、
「これこれ、あの ぼうさんを おまねきしてこい。」
と、いいつけました。
「はい、これは ありがたい。」
「おぼうさん、しばらく おまちを ねがいたい。」
と、こえを かけました。
「なんじゃ。」
「おぼうさん、たとえ おぼうさんとは いえ、ひとの ざしきに はいるのに、かさを かぶったままとは、ちと しつれいでござろう。かさを とって おはいりください。」
もちろん
それを とのさまは もんどうにして いったのでした。
が、
「いや、いわれるまでもなく かさを とって はいりたいのは やまやまだが、なにぶんにも わしの かさは、あまり
なるほど、あおぞらでは とっても おくところが ないだろう。とのさまは これを きくと、
「おぼうさんは
と、いいました。
「ははあ、ばけの かわが はげたか。」
とのさまは、
「
と、とのさまが ききました。
「ははは······よく きかれる ことじゃが、わしは とちゅうに ぶらぶら、と こたえることに して いる。」
「とちゅうに ぶらぶら とは、どう いう ことですか。」
「それがな、ゆうれいと いう やつは、ひとの こころの もちかたで、でたり でなかったりする。だから、でると いえば でる。でないと いえば、でない。つまり とちゅうで ぶらぶら······」
あるとしの
「いやな ぼうずだな。」
「この おめでたい お
と、
そのうち
すると そこに、しゃれこうべを もった うすぎたないぼうずがあらわれたのですから、きゅうべえは びっくりして、
「やい、この きちがいぼうずめ。」と、おこりました。すると
かどまつは めいどの たびの 一りづか
めでたくも あり めでたくも なし
めでたくも あり めでたくも なし
と、うたい、つづけて、
どんどは
と、うたって、
なんと いっても、お
それは、こういう わけでした。
そのころ
ことに ぜにや きゅうべえは、かねかしの なかでも いちばん たちの わるい やつで、きゅうべえから かねを かりた ひとは、みな くるしんで いました。それで、
「おまえは、かね かねと いって、びんぼうにんから たかい りしを まきあげ、じぶんだけ ぜいたくをして ひとを くるしめて へいきで いるが、おまえが いくら かねを ためても、しんで しまえば、この しゃれこうべと おんなじに なるのだよ。かねは あのよに もって いかれない。ちと こころを あらためなさい。」
と、いましめようと したのでした。
しんざえもんは
「わたしは うえむら ないき と いうものの けらいですが、このたび とのさまが しにました。その ゆいごんに わしが しんだら ぜひ
と、たのみました。
「しょうちした。」
と、こたえましたが、すぐ あとから、
「けれど、わしは おともが おおいぞ。それに、わしの ともは、ひとりに ついて、ぜに 一かんずつ もうしうける ことに なって いる。それを しょうち して くださるか?」
と、つけたしました。
「はい、かしこまりました。それでは よろしく おねがいいたします。」
と、いって けらいは かえりました。
それを そばで きいていた にながわ しんざえもんは ふしぎそうにして、
「あなたは よくの ないかただと おもって いましたが、あんがい よくが ふかいのですね。」
「まあ、いいよ。しんざえもん、みておれ。」
「さあ、しんざえもん、おまえにも ぜに 一かん もらって やるぞ。ついて こい。」
と いって、たちあがりました。
しんざえもんさんも、ははあ これは なにか わけが あるな、と きづきましたから、だまって
五じょうの はしを わたって、むこうの かわらに でると、
「もくさん もくさん、ちょいと たのみじゃ。ぜに もうけじゃ。」
こじきの もくさんが でて きました。
「なん
「なんですか、
「うえむら ないきの そうしきじゃ。」
「あれは かねもちだから、うんと かねを もらって やるのだ。」
「それは おもしろいですね。では、さっそく あつめましょう。」
こじきの もくさんは、そこらじゅうの こじきを よびあつめ、
かぞえて みると 三
「さあ、それでは たのむ。」
いくら ともが おおいと いっても、三
じひも せず、あくじも なさず しぬ ものは、ほとけも ほめず えんまも とがめず。
しんだ とのさまは ただ かねを ためるのが たのしみで、じひの こころを もたないで[#「もたないで」はママ] ゆうめいでした。そんな ひとの かねなら、こじきに やった ほうが いいと、
だいみょうも こじきも おなじ 月 は月 、水 、火 、風 の うつけもの奴 らッ!
にんげんは とのさまも こじきも おなじ にんげんだ、と いったのです。そう いった
しょうぐんや ぶしや えらいひとに こび へつらうことの きらいな
いつも
「
と、いいました。
「ほう、おかねが たまったので、くにに かえって しずかに くらす つもりかい。」
「とんでも ございません。しゃっきんが たまって、みせを やって いけなくなりました。」
「それは きのどくじゃ。しゃっきんは どの くらいか?」
「
「ほう、
「いい ことが ある。どうじゃな みえいどうさん、わしを おまえさんがたの ようしに して くださらんか。
「と、とんでもない。あなたさまの ような かたを わたしどもの ような ものの ようしだ なんて。」
ろうじんふうふは びっくりして しまいました。
「まあ、わたしに まかして おきなさい。」
と、いうと、つぎのあさ はやく のこのこと、みえいどうに でかけて いって、
「みえいどうさん、ふでと すずりを かして ください。」
「どうなさります。」
「いいから かしてください。」
ろうじんふうふから ふでと すみを かりると、
「さあ、わたしは
と、いって、ろうじんふうふを あそびに だして やりました。
そのあとで、
「
きごうと いうのは じを かく ことです。
さあ、おうぎを かえば、
ゆうがた、ろうじんふうふが「
「みえいどうさん、はい おかね。」
と、いうと、
「では、わたしは これで りえんして もらいますよ。」
さっさと いおりに かえって しまいました。
みえいどうさんは しゃっきんを はらっただけでなく、それからは ゆたかに くらすことが できました。
すると ぶんめい六
「はい、てんのうの いいつけと あれば、おうけいたしたく おもいますが、
てんのうの めいれいと あれば、うけない わけには いきませんが、そんな
「しょうち して います。いま
「もったいない ことです。」
そして
(おわり)