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海の小品

原民喜





 あたたかい渚に、蹠に触れてゴムのやうな感じのする砂地がある。踏んでゐるとまことに奇妙で、何だか海の蹠のやうだ。




 じつと砂地を視てゐると、そこにもこゝにも水のあるところ、生きものはゐるのだつた。立ちどまつて、友は、匐つてゐる小さな宿かりを足の指でいぢりながら、

「見給へ、みんな荷物を背負はされてるぢやないか」と珍しげに呟く。その友にしたところで、昨夕、大きなリツクを背負ひながら私のところへ立寄つたのだつた。




 歩いてゐると、歩いてゐることが不思議におもへてくる時刻である。重たく澱んだ空気のとばりの中へ足が進んで行き、いつのまにか海岸に来てゐる。赤く濁つた満月が低く空にかゝつてゐて、暗い波は渚まで打寄せてゐる。ふと、もの狂ほしげな犬の啼声がする。波に追はれて渚を走り廻つてゐる犬の声なのだ。ふと、怕くなつて渚を後にひきかへして行くと、薄闇の道路に、犬の声は、いつまでもきこえてくる。






底本:「原民喜全詩集」岩波文庫、岩波書店

   2015(平成27)年7月16日第1刷発行

底本の親本:「野性」

   1950(昭和25)年9月

初出:「野性」

   1950(昭和25)年9月

入力:村並秀昭

校正:竹井真

2021年7月8日作成

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