世界の大勢を見よ=英雄主義=米国魂=日本の正命=自信力と自負心=戦勝の賜物は何か=国民の意気=危険なる社会主義=淫猥なる自然主義=陋劣極る平凡主義=非愛国者を葬れ
▲現時の日本は、安心すべき日本に非ず、警戒すべき日本なり。逸楽を夢想すべき時代に非ず。起つて戦ふべき時代なり。諸君は世界の大勢を見ずや。欧米列国を実利主義一点張の如くに思惟せし時代は既に過去つたり。彼等は富力を過度に尊重すること依然たりと
▲殊に太平洋の波濤を隔てゝ三千里、彼の巨大なる新興国米国を見よ。米国は黄金崇拝主義の本家本元なること云ふ迄もなけれど、彼等は単に黄金崇拝のみを以て満足し居る国民にあらず。余輩の
今日日本武士道に関する書籍が、米国一部人士間の最愛読書たる現象をば、諸君は如何に見るか。米国をハイカラの製造元の如くにのみ思惟するは誤れり。
▲今日以後所謂文明的戦国時代は永く継続すべく、外交に於て到底解決せざる事は、遂に戦争に訴ふるの外はなければ、列強はます/\競つて兵器の改良発明に苦心し、軍備の拡張に焦慮する事は云ふ迄もなく、而して軍備の拡張は原則として、其国の富力に比例すべければ、遺憾ながら我国より遙かに富力に於て勝れる欧米列強は、常に我国よりも多くの戦艦、多くの大砲、多くの飛行機を有するものと見做さゞるべからず、加ふるに彼等にして、従来我国民が有せし如き勇烈なる武魂を有するに至らば、我国民は果して枕を高うして眠るを得べきや否や。我国が日清戦争に於て日露戦争に於て、世界の歴史を飾るべき光栄ある大勝を得しは、兵器の力彼に勝りしが為にあらず、黄金の力彼より大なりしが為にも非ず、其最大原因は、我が勇敢なる祖先の伝へし
▲回想すれば、今より二十年以前の日本は、極めてミゼラブルなるものなりき。欧米列国は日本を侮蔑し、二等国或は三等国と呼ぶも猶ほ其言に甘んぜざるを得ざりき。軍事に於ても外交に於ても、学術に於ても、総ての実力に於て、日本は到底所謂列強の敵に非ずと、他も云へば、自己も亦た然かあらんかと思ひ、日本国及び日本人は世界の大舞台に於て、常に意気悄沈の態度、逡巡躊躇の行動を取りつゝ来りしも、一朝已むに
▲この戦争の結果は、俄然として日本人に偉大なる自信力を生ぜしめたり、己惚にあらざる真個の自信力は、個人に活気を与へ、又た国家に活気を与ふ。自信力の発動は奮励となり、健闘となり、発展となる。加ふるに当時遼東半島還附の遺恨問題あり、心ある国民は臥薪甞胆の意気燃ゆるが如く、何時かは世界第一等国民となつて、彼等を見返し
▲日本は古来武勇の国と雖も、地図の表面に現はれたる日本は、極東の一島帝国のみ、露国は欧洲否世界の第一大国、面積に於ても我に数十倍す。而して彼は世界の優等人種なりと自称する白色人種なり。我は彼等が目して、劣等人種なりと呼ぶ黄色人種なり。兵力に於ても、富力に於ても、智力に於ても、当時の欧米人士中、誰か日本の大勝を予期せしものあらんや、若し有りとせば、之れ達観の士なり。恐らく日本全国民と雖も、心の底の底には、此戦、死すとも負けまじと覚悟せしに相違なけれど、一面に於ては、実に危く感ぜしは疑ふべからざる事実なり。
▲然るに戦争の結果は如何。日本は大勝せり、露国は大敗せり。日本は邁往突進、全力を尽し、必死となつて戦勝の栄冠を奪取せり。露国は陸にあつては予定の退却、海にあつては絶間なき圧迫を受けて、世にも見苦しき敗北を遂げたり。極東の一島帝国、俄然として世界第一の大国を一蹴し去る。之れ何んの力に因るか、天祐もあらん、軍略の妙用もあらん、然れど其最も威大なる力は、日本武士魂の発動即ち之れなり日本人の発動は、日本人の生命たり。又た日本帝国の生命たり。此生命を有するものは、全力を尽す事を得べく、大事に臨んで必死となる事を得べし。全力を尽し必死とならば、天下何者をか恐れん。この偉大なる力の動くところ天祐も自ら
▲然れど諸君。この戦勝の結果||、殊に戦後に於ける日本社会の状態は、果して歓ぶべき現象なりや否や。余は一言の下に否なりと断言するを憚らず。歴史を繰返して見よ、戦勝の結果却つて亡国の非を招きし国は、古来其実例に乏しからず、
▲臆面なく云へば、日露戦争に於ける戦勝の結果及び戦後の国状は、日清戦争に於ける夫れに劣ること数十等。否、寧ろ悪風潮、悪影響を受けつゝあり。日清戦争に於ける戦勝の結果、国民は自信力なる精神上の偉大なる賜物を得たり。然るに日露戦争に於ける戦勝の結果は、国民他に何等の得る処なく、却つて従来有し来りし自信力は、一転化して自負心となれり。己惚心となれり。慢心となれり。之れ実に憂ふべき現象に非ずや。自信力と自負心とは天地雲泥の相違あり。自信力は希望を生じ、智識を生み、活力となり、発展となる。自負心は惰気を生じ、虚栄を夢み、沈衰となり、退歩となる。
▲日清戦争に於ける戦勝の結果、我は当然得べき遼東半島を奪取せられしも、同時に臥薪甞胆なる壮烈の意気を得たり。之れに反し、日露戦争に於ける戦勝の結果は如何、僅に樺太二分の一の領土を得たるも、同時に臥薪甞胆の意気をすら失へるに非ずや。此根本的精神の相違は、日清戦後に比較して日露戦後に於ける醜劣なる社会現象の万端を解決す。軽薄なるハイカラの模倣、柔弱なる気風の
▲更に思潮界に於ては、悪性を帯びたる社会主義の蔓延。淫猥なる自然主義文学の流行、実に国家の為に痛嘆すべき也。社会主義、自然主義共に、其善意なるものに至つては、学問として研究するに何等の差支無からんも、今日我国に行はるゝ社会主義の多くは、日本の国是に反し、帝国の根柢を破壊せんとするもの、断じて許すべきに非ず。
▲淫猥なる自然主義文学、何んの必要かある。風俗を紊乱し国民を腐敗せしむるパチルスのみ。文士、文学を尊重し、主義の為に論議するは一理ありと雖も、区々たる文学を以て国家よりも重しと為すか。社会の風俗を紊乱し、国民を腐敗せしむるも、猶ほ自己の文学を保護せざる可からずと為すか。果して然らば非国民の根性なり。
▲実に社会主義、自然主義は共に、警戒すべき日本の今日に甚大なる害毒を流すもの、当局者が之れに圧迫を加ふるは理の当然と云ふの他はなし。然れど諸君、茲に社会主義又は自然主義の如く、未だ多く世人の注目を索くに至らねば、当局者に於ても亦た何等の考も無かるべく、随つて無論圧迫禁制等を受くる事なく、且つ其説述するところ、如何にも道理あるらしく、当世流の人耳に入り易くして、而も之れより発展すべく、膨脹すべく、雄飛すべき日本の将来に向つて、多大の害毒を流さんとしつゝある一派の主義者あり。何んぞや他に非ず。陋劣なる平凡主義者即ち之れ也。
▲平凡主義とは何んぞや。英雄主義の正反対なり。小人主義なり、俗物主義なり、小成功主義なり、事無かれ主義なり。即ち其名の示すが如く、世人は何も英雄豪傑となるの必要なし、回天の偉業とか破天荒の雄飛とかは二十世紀には流行らぬものぞかし、各自皆其分に安んじ、円満なる家庭を作り、極めて平凡に、成るべく安楽に、社会の一員として平和なる一生を送れば足れりと云ふなり。実に憫笑すべき小人根性ながら、此根性は武侠主義の敵なり、国家大発展の妨害者なり彼等は国家を愛するよりも、先づ金銭を愛し妻子を愛さん事を思ふ。彼等は他の助力を受けざる代りに、我れ亦た一切他を助くるの必要なしと云ふなり。彼等は英雄主義を冷笑し、日本武士道を嘲り、国士の行動を冷罵す。彼等は愛国者の血汐を土足に蹂躪し、国家の犠牲を馬鹿者と呼ぶに躊躇せざる也。学説として人は皆何事をも語るの権利あり。
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▲殊に英雄主義を蔑視し、豪傑道を嘲るに至つては、言語道断と云ふの他はなし。外邦の事は敢て説くの必要も無からん。日本が今日迄の運命を開拓せしは、二千五百有余年来、総て之れ英雄豪傑の力に非ずや。近くは日露戦争に於て、我国が大敵露国を打倒せしは、東郷、大山、乃木、其他幾百千の英雄豪傑の力にあらずや。英雄豪傑を
▲陋劣なる平凡主義者の如きは、断じて此国家に存在を許すべきに非ず。斯くの如き言説は之れを社会より葬れ、而して斯かる言説を為す者も亦た之れを社会より葬れ。
▲冒険世界読者諸君。余の論議は余りに過激なりしやも知るべからず。然れど諸君、我等は諸君と共に、日本の勇敢なる戦士を以て任ずるもの也。此帝国の士気を損はんとする者は総て我が敵。願くば諸君と相共に国家の為に奮励努力せむ。
(十一月十日稿)
『冒険世界』四十三年十二月号