或る仕立屋のお神さんが往来で素敵も無い大きな
金剛石入りの指環を拾ひました。お神さんは
吃驚して
直ぐに警察へ届けて置きましたが落した人がどうしてもわからないと云ふので一年経つとお神さんは呼び出されて「これはお前のものにして
宜い」と云つてそのダイヤモンドの指環を渡されました。お神さんは狂人の様になつて喜んで直ぐに
家に帰り亭主にそれを見せました。亭主も大喜びでしたがお神さんは亭主に向つて
此金剛石の指環を
篏めても恥かしく無い位の立派な着物をこしらへて
呉れと頼みました。亭主は直ぐに
家中にある一番良い
布を切つてお神さんの着物をこしらへて
其上に靴から帽子手提袋まで作つて与へますとお神さんは大喜びでそれを身に着けて方々歩いて
居りましたが
其中にこれ位立派な着物を着て
居るのに馬車が無くてはきまりが悪いから、立派な二頭立ての馬車を買つてくれと云ひ出しました。亭主は
家中に有り
丈けのお金でお神さんの望み通りの馬車をこしらへて遣りました。お神さんは喜んでそれに乗つて方々を
駈まはりました。すると又或日お神さんは外から帰つて来て、
妾の
身装りは貴婦人よりずつと立派にして
居るのにお前さんが仕立屋では困るぢやないの。お前さんがそんな賤しい仕事をして
居る為に
妾は貴婦人に
交際が出来ないぢや無いの。
妾はもうお前さんに
愛憎が尽きたから
此家を出て
行きます。といつて今にも出て
行かうとしましたので
流石にお人好しの仕立屋も
此言葉を聞くと大層
憤つてお神さんを打ちました。するとお神さんも
憤つて亭主に打ちかゝりました。
其拍子に指にはめて
居た
大切の
大切の指環が飛んで真赤に燃えて
居るストーブの中へ落ちました。お神さんも亭主も慌てゝ拾ひ上げようとしましたが間に合ひませんでした。指環の中の
金剛石は眼も
眩む程美しい光りを放つたかと思ふと見る
間に灰になつてしまひました。二人は
呆気に取られて見て
居りましたがお神さんはいきなり亭主の胸に
縋り付いて泣き出しました。そして申しました。
「
妾が悪う御座いました。堪忍して下さい。もうこれから
決して貴婦人にならうとは思ひませぬ。
彼の
金剛石は
貴方と
妾の
間を割く悪魔でした。」