むかし、
花のき
村に、五
人組の
盗人がやって
来ました。
それは、
若竹が、あちこちの
空に、かぼそく、ういういしい
緑色の
芽をのばしている
初夏のひるで、
松林では
松蝉が、ジイジイジイイと
鳴いていました。
盗人たちは、
北から
川に
沿ってやって
来ました。
花のき
村の
入り
口のあたりは、すかんぽやうまごやしの
生えた
緑の
野原で、
子供や
牛が
遊んでおりました。これだけを
見ても、この
村が
平和な
村であることが、
盗人たちにはわかりました。そして、こんな
村には、お
金やいい
着物を
持った
家があるに
違いないと、もう
喜んだのでありました。
川は
藪の
下を
流れ、そこにかかっている一つの
水車をゴトンゴトンとまわして、
村の
奥深くはいっていきました。
藪のところまで
来ると、
盗人のうちのかしらが、いいました。
「それでは、わしはこの
藪のかげで
待っているから、おまえらは、
村のなかへはいっていって
様子を
見て
来い。なにぶん、おまえらは
盗人になったばかりだから、へまをしないように
気をつけるんだぞ。
金のありそうな
家を
見たら、そこの
家のどの
窓がやぶれそうか、そこの
家に
犬がいるかどうか、よっくしらべるのだぞ。いいか
釜右ヱ門。」
「へえ。」
と
釜右ヱ門が
答えました。これは
昨日まで
旅あるきの
釜師で、
釜や
茶釜をつくっていたのでありました。
「いいか、
海老之丞。」
「へえ。」
と
海老之丞が
答えました。これは
昨日まで
錠前屋で、
家々の
倉や
長持などの
錠をつくっていたのでありました。
「いいか
角兵ヱ。」
「へえ。」
とまだ
少年の
角兵ヱが
答えました。これは
越後から
来た
角兵ヱ獅子で、
昨日までは、
家々の
閾の
外で、
逆立ちしたり、とんぼがえりをうったりして、一
文二
文の
銭を
貰っていたのでありました。
「いいか
鉋太郎。」
「へえ。」
と
鉋太郎が
答えました。これは、
江戸から
来た
大工の
息子で、
昨日までは
諸国のお
寺や
神社の
門などのつくりを
見て
廻り、
大工の
修業していたのでありました。
「さあ、みんな、いけ。わしは
親方だから、ここで
一服すいながらまっている。」
そこで
盗人の
弟子たちが、
釜右ヱ門は
釜師のふりをし、
海老之丞は
錠前屋のふりをし、
角兵ヱは
獅子まいのように
笛をヒャラヒャラ
鳴らし、
鉋太郎は
大工のふりをして、
花のき
村にはいりこんでいきました。
かしらは
弟子どもがいってしまうと、どっかと
川ばたの
草の
上に
腰をおろし、
弟子どもに
話したとおり、たばこをスッパ、スッパとすいながら、
盗人のような
顔つきをしていました。これは、ずっとまえから
火つけや
盗人をして
来たほんとうの
盗人でありました。
「わしも
昨日までは、ひとりぼっちの
盗人であったが、
今日は、はじめて
盗人の
親方というものになってしまった。だが、
親方になって
見ると、これはなかなかいいもんだわい。
仕事は
弟子どもがして
来てくれるから、こうして
寝ころんで
待っておればいいわけである。」
とかしらは、することがないので、そんなつまらないひとりごとをいってみたりしていました。
やがて
弟子の
釜右ヱ門が
戻って
来ました。
「おかしら、おかしら。」
かしらは、ぴょこんとあざみの
花のそばから
体を
起こしました。
「えいくそッ、びっくりした。おかしらなどと
呼ぶんじゃねえ、
魚の
頭のように
聞こえるじゃねえか。ただかしらといえ。」
盗人になりたての
弟子は、
「まことに
相すみません。」
とあやまりました。
「どうだ、
村の
中の
様子は。」
とかしらがききました。
「へえ、すばらしいですよ、かしら。ありました、ありました。」
「
何が。」
「
大きい
家がありましてね、そこの
飯炊き
釜は、まず三
斗ぐらいは
炊ける
大釜でした。あれはえらい
銭になります。それから、お
寺に
吊ってあった
鐘も、なかなか
大きなもので、あれをつぶせば、まず
茶釜が五十はできます。なあに、あっしの
眼に
狂いはありません。
嘘だと
思うなら、あっしが
造って
見せましょう。」
「
馬鹿馬鹿しいことに
威張るのはやめろ。」
とかしらは
弟子を
叱りつけました。
「きさまは、まだ
釜師根性がぬけんからだめだ。そんな
飯炊き
釜や
吊り
鐘などばかり
見てくるやつがあるか。それに
何だ、その
手に
持っている、
穴のあいた
鍋は。」
「へえ、これは、その、
或る
家の
前を
通りますと、
槙の
木の
生け
垣にこれがかけて
干してありました。
見るとこの、
尻に
穴があいていたのです。それを
見たら、じぶんが
盗人であることをつい
忘れてしまって、この
鍋、二十
文でなおしましょう、とそこのおかみさんにいってしまったのです。」
「
何というまぬけだ。じぶんのしょうばいは
盗人だということをしっかり
肚にいれておらんから、そんなことだ。」
と、かしらはかしららしく、
弟子に
教えました。そして、
「もういっぺん、
村にもぐりこんで、しっかり
見なおして
来い。」
と
命じました。
釜右ヱ門は、
穴のあいた
鍋をぶらんぶらんとふりながら、また
村にはいっていきました。
こんどは
海老之丞がもどって
来ました。
「かしら、ここの
村はこりゃだめですね。」
と
海老之丞は
力なくいいました。
「どうして。」
「どの
倉にも、
錠らしい
錠は、ついておりません。
子供でもねじきれそうな
錠が、ついておるだけです。あれじゃ、こっちのしょうばいにゃなりません。」
「こっちのしょうばいというのは
何だ。」
「へえ、
······錠前······屋。」
「きさまもまだ
根性がかわっておらんッ。」
とかしらはどなりつけました。
「へえ、
相すみません。」
「そういう
村こそ、こっちのしょうばいになるじゃないかッ。
倉があって、
子供でもねじきれそうな
錠しかついておらんというほど、こっちのしょうばいに
都合のよいことがあるか。まぬけめが。もういっぺん、
見なおして
来い。」
「なるほどね。こういう
村こそしょうばいになるのですね。」
と
海老之丞は、
感心しながら、また
村にはいっていきました。
次にかえって
来たのは、
少年の
角兵ヱでありました。
角兵ヱは、
笛を
吹きながら
来たので、まだ
藪の
向こうで
姿の
見えないうちから、わかりました。
「いつまで、ヒャラヒャラと
鳴らしておるのか。
盗人はなるべく
音をたてぬようにしておるものだ。」
とかしらは
叱りました。
角兵ヱは
吹くのをやめました。
「それで、きさまは
何を
見て
来たのか。」
「
川についてどんどん
行きましたら、
花菖蒲を
庭いちめんに
咲かせた
小さい
家がありました。」
「うん、それから?」
「その
家の
軒下に、
頭の
毛も
眉毛もあごひげもまっしろな
爺さんがいました。」
「うん、その
爺さんが、
小判のはいった
壺でも
縁の
下に
隠していそうな
様子だったか。」
「そのお
爺さんが
竹笛を
吹いておりました。ちょっとした、つまらない
竹笛だが、とてもええ
音がしておりました。あんな、
不思議に
美しい
音ははじめてききました。おれがききとれていたら、
爺さんはにこにこしながら、三つ
長い
曲をきかしてくれました。おれは、お
礼に、とんぼがえりを七へん、つづけざまにやって
見せました。」
「やれやれだ。それから?」
「おれが、その
笛はいい
笛だといったら、
笛竹の
生えている
竹藪を
教えてくれました。そこの
竹で
作った
笛だそうです。それで、お
爺さんの
教えてくれた
竹藪へいって
見ました。ほんとうにええ
笛竹が、
何百すじも、すいすいと
生えておりました。」
「
昔、
竹の
中から、
金の
光がさしたという
話があるが、どうだ、
小判でも
落ちていたか。」
「それから、また
川をどんどんくだっていくと
小さい
尼寺がありました。そこで
花の
撓がありました。お
庭にいっぱい
人がいて、おれの
笛くらいの
大きさのお
釈迦さまに、あま
茶の
湯をかけておりました。おれもいっぱいかけて、それからいっぱい
飲ましてもらって
来ました。
茶わんがあるならかしらにも
持って
来てあげましたのに。」
「やれやれ、
何という
罪のねえ
盗人だ。そういう
人ごみの
中では、
人のふところや
袂に
気をつけるものだ。とんまめが、もういっぺんきさまもやりなおして
来い。その
笛はここへ
置いていけ。」
角兵ヱは
叱られて、
笛を
草の
中へおき、また
村にはいっていきました。
おしまいに
帰って
来たのは
鉋太郎でした。
「きさまも、ろくなものは
見て
来なかったろう。」
と、きかないさきから、かしらがいいました。
「いや、
金持ちがありました、
金持ちが。」
と
鉋太郎は
声をはずませていいました。
金持ちときいて、かしらはにこにことしました。
「おお、
金持ちか。」
「
金持ちです、
金持ちです。すばらしいりっぱな
家でした。」
「うむ。」
「その
座敷の
天井と
来たら、さつま
杉の
一枚板なんで、こんなのを
見たら、うちの
親父はどんなに
喜ぶかも
知れない、と
思って、あっしは
見とれていました。」
「へっ、
面白くもねえ。それで、その
天井をはずしてでも
来る
気かい。」
鉋太郎は、じぶんが
盗人の
弟子であったことを
思い
出しました。
盗人の
弟子としては、あまり
気が
利かなかったことがわかり、
鉋太郎はバツのわるい
顔をしてうつむいてしまいました。
そこで
鉋太郎も、もういちどやりなおしに
村にはいっていきました。
「やれやれだ。」
と、ひとりになったかしらは、
草の
中へ
仰向けにひっくりかえっていいました。
「
盗人のかしらというのもあんがい
楽なしょうばいではないて。」
とつぜん、
「ぬすとだッ。」
「ぬすとだッ。」
「そら、やっちまえッ。」
という、おおぜいの
子供の
声がしました。
子供の
声でも、こういうことを
聞いては、
盗人としてびっくりしないわけにはいかないので、かしらはひょこんと
跳びあがりました。そして、
川にとびこんで
向こう
岸へ
逃げようか、
藪の
中にもぐりこんで、
姿をくらまそうか、と、とっさのあいだに
考えたのであります。
しかし
子供達は、
縄切れや、おもちゃの
十手をふりまわしながら、あちらへ
走っていきました。
子供達は
盗人ごっこをしていたのでした。
「なんだ、
子供達の
遊びごとか。」
とかしらは
張り
合いがぬけていいました。
「
遊びごとにしても、
盗人ごっことはよくない
遊びだ。いまどきの
子供はろくなことをしなくなった。あれじゃ、さきが
思いやられる。」
じぶんが
盗人のくせに、かしらはそんなひとりごとをいいながら、また
草の
中にねころがろうとしたのでありました。そのときうしろから、
「おじさん。」
と
声をかけられました。ふりかえって
見ると、七
歳くらいの、かわいらしい
男の
子が
牛の
仔をつれて
立っていました。
顔だちの
品のいいところや、
手足の
白いところを
見ると、
百姓の
子供とは
思われません。
旦那衆の
坊っちゃんが、
下男について
野あそびに
来て、
下男にせがんで
仔牛を
持たせてもらったのかも
知れません。だがおかしいのは、
遠くへでもいく
人のように、
白い
小さい
足に、
小さい
草鞋をはいていることでした。
「この
牛、
持っていてね。」
かしらが
何もいわないさきに、
子供はそういって、ついとそばに
来て、
赤い
手綱をかしらの
手にあずけました。
かしらはそこで、
何かいおうとして
口をもぐもぐやりましたが、まだいい
出さないうちに
子供は、あちらの
子供たちのあとを
追って
走っていってしまいました。あの
子供たちの
仲間になるために、この
草鞋をはいた
子供はあとをも
見ずにいってしまいました。
ぼけんとしているあいだに
牛の
仔を
持たされてしまったかしらは、くッくッと
笑いながら
牛の
仔を
見ました。
たいてい
牛の
仔というものは、そこらをぴょんぴょんはねまわって、
持っているのがやっかいなものですが、この
牛の
仔はまたたいそうおとなしく、ぬれたうるんだ
大きな
眼をしばたたきながら、かしらのそばに
無心に
立っているのでした。
「くッくッくッ。」
とかしらは、
笑いが
腹の
中からこみあげてくるのが、とまりませんでした。
「これで
弟子たちに
自慢ができるて。きさまたちが
馬鹿づらさげて、
村の
中をあるいているあいだに、わしはもう
牛の
仔をいっぴき
盗んだ、といって。」
そしてまた、くッくッくッと
笑いました。あんまり
笑ったので、こんどは
涙が
出て
来ました。
「ああ、おかしい。あんまり
笑ったんで
涙が
出て
来やがった。」
ところが、その
涙が、
流れて
流れてとまらないのでありました。
「いや、はや、これはどうしたことだい、わしが
涙を
流すなんて、これじゃ、まるで
泣いてるのと
同じじゃないか。」
そうです。ほんとうに、
盗人のかしらは
泣いていたのであります。
||かしらは
嬉しかったのです。じぶんは
今まで、
人から
冷たい
眼でばかり
見られて
来ました。じぶんが
通ると、
人々はそら
変なやつが
来たといわんばかりに、
窓をしめたり、すだれをおろしたりしました。じぶんが
声をかけると、
笑いながら
話しあっていた
人たちも、きゅうに
仕事のことを
思い
出したように
向こうをむいてしまうのでありました。
池の
面にうかんでいる
鯉でさえも、じぶんが
岸に
立つと、がばッと
体をひるがえしてしずんでいくのでありました。あるとき
猿廻しの
背中に
負われている
猿に、
柿の
実をくれてやったら、
一口もたべずに
地べたにすててしまいました。みんながじぶんを
嫌っていたのです。みんながじぶんを
信用してはくれなかったのです。ところが、この
草鞋をはいた
子供は、
盗人であるじぶんに
牛の
仔をあずけてくれました。じぶんをいい
人間であると
思ってくれたのでした。またこの
仔牛も、じぶんをちっともいやがらず、おとなしくしております。じぶんが
母牛ででもあるかのように、そばにすりよっています。
子供も
仔牛も、じぶんを
信用しているのです。こんなことは、
盗人のじぶんには、はじめてのことであります。
人に
信用されるというのは、
何といううれしいことでありましょう。
······ そこで、かしらはいま、
美しい
心になっているのでありました。
子供のころにはそういう
心になったことがありましたが、あれから
長い
間、わるい
汚い
心でずっといたのです。
久しぶりでかしらは
美しい
心になりました。これはちょうど、
垢まみれの
汚い
着物を、きゅうに
晴れ
着にきせかえられたように、
奇妙なぐあいでありました。
||かしらの
眼から
涙が
流れてとまらないのはそういうわけなのでした。
やがて
夕方になりました。
松蝉は
鳴きやみました。
村からは
白い
夕もやがひっそりと
流れだして、
野の
上にひろがっていきました。
子供たちは
遠くへいき、「もういいかい。」「まあだだよ。」という
声が、ほかのもの
音とまじりあって、ききわけにくくなりました。
かしらは、もうあの
子供が
帰って
来るじぶんだと
思って
待っていました。あの
子供が
来たら、「おいしょ。」と、
盗人と
思われぬよう、こころよく
仔牛をかえしてやろう、と
考えていました。
だが、
子供たちの
声は、
村の
中へ
消えていってしまいました。
草鞋の
子供は
帰って
来ませんでした。
村の
上にかかっていた
月が、かがみ
職人の
磨いたばかりの
鏡のように、ひかりはじめました。あちらの
森でふくろうが、
二声ずつくぎって
鳴きはじめました。
仔牛はお
腹がすいて
来たのか、からだをかしらにすりよせました。
「だって、しようがねえよ。わしからは
乳は
出ねえよ。」
そういってかしらは、
仔牛のぶちの
背中をなでていました。まだ
眼から
涙が
出ていました。
そこへ四
人の
弟子がいっしょに
帰って
来ました。
「かしら、ただいま
戻りました。おや、この
仔牛はどうしたのですか。ははア、やっぱりかしらはただの
盗人じゃない。おれたちが
村を
探りにいっていたあいだに、もうひと
仕事しちゃったのだね。」
釜右ヱ門が
仔牛を
見ていいました。かしらは
涙にぬれた
顔を
見られまいとして
横をむいたまま、
「うむ、そういってきさまたちに
自慢しようと
思っていたんだが、じつはそうじゃねえのだ。これにはわけがあるのだ。」
といいました。
「おや、かしら、
涙······じゃございませんか。」
と
海老之丞が
声を
落としてききました。
「この、
涙てものは、
出はじめると
出るもんだな。」
といって、かしらは
袖で
眼をこすりました。
「かしら、
喜んで
下せえ、こんどこそは、おれたち四
人、しっかり
盗人根性になって
探って
参りました。
釜右ヱ門は
金の
茶釜のある
家を五
軒見とどけますし、
海老之丞は、五つの
土蔵の
錠をよくしらべて、
曲がった
釘一
本であけられることをたしかめますし、
大工のあッしは、この
鋸で
難なく
切れる
家尻を五つ
見て
来ましたし、
角兵ヱは
角兵ヱでまた、
足駄ばきで
跳び
越えられる
塀を五つ
見て
来ました。かしら、おれたちはほめて
頂きとうございます。」
と
鉋太郎が
意気ごんでいいました。しかしかしらは、それに
答えないで、
「わしはこの
仔牛をあずけられたのだ。ところが、いまだに、
取りに
来ないので
弱っているところだ。すまねえが、おまえら、
手わけして、
預けていった
子供を
探してくれねえか。」
「かしら、あずかった
仔牛をかえすのですか。」
と
釜右ヱ門が、のみこめないような
顔でいいました。
「そうだ。」
「
盗人でもそんなことをするのでごぜえますか。」
「それにはわけがあるのだ。これだけはかえすのだ。」
「かしら、もっとしっかり
盗人根性になって
下せえよ。」
と
鉋太郎がいいました。
かしらは
苦笑いしながら、
弟子たちにわけをこまかく
話してきかせました。わけをきいて
見れば、みんなにはかしらの
心持ちがよくわかりました。
そこで
弟子たちは、こんどは
子供をさがしにいくことになりました。
「
草鞋をはいた、かわいらしい、七つぐれえの
男坊主なんですね。」
とねんをおして、四
人の
弟子は
散っていきました。かしらも、もうじっとしておれなくて、
仔牛をひきながら、さがしにいきました。
月のあかりに、
野茨とうつぎの
白い
花がほのかに
見えている
村の
夜を、五
人の
大人の
盗人が、一
匹の
仔牛をひきながら、
子供をさがして
歩いていくのでありました。
かくれんぼのつづきで、まだあの
子供がどこかにかくれているかも
知れないというので、
盗人たちは、みみずの
鳴いている
辻堂の
縁の
下や
柿の
木の
上や、
物置の
中や、いい
匂いのする
蜜柑の
木のかげを
探してみたのでした。
人にきいてもみたのでした。
しかし、ついにあの
子供は
見あたりませんでした。
百姓達は
提燈に
火を
入れて
来て、
仔牛をてらして
見たのですが、こんな
仔牛はこの
辺りでは
見たことがないというのでした。
「かしら、こりゃ
夜っぴて
探してもむだらしい、もう
止しましょう。」
と
海老之丞がくたびれたように、
道ばたの
石に
腰をおろしていいました。
「いや、どうしても
探し
出して、あの
子供にかえしたいのだ。」
とかしらはききませんでした。
「もう、てだてがありませんよ。ただひとつ
残っているてだては、
村役人のところへ
訴えることだが、かしらもまさかあそこへは
行きたくないでしょう。」
と
釜右ヱ門がいいました。
村役人というのは、いまでいえば
駐在巡査のようなものであります。
「うむ、そうか。」
とかしらは
考えこみました。そしてしばらく
仔牛の
頭をなでていましたが、やがて、
「じゃ、そこへ
行こう。」
といいました。そしてもう
歩きだしました。
弟子たちはびっくりしましたが、ついていくよりしかたがありませんでした。
たずねて
村役人の
家へいくと、あらわれたのは、
鼻の
先に
落ちかかるように
眼鏡をかけた
老人でしたので、
盗人たちはまず
安心しました。これなら、いざというときに、つきとばして
逃げてしまえばいいと
思ったからであります。
かしらが、
子供のことを
話して、
「わしら、その
子供を
見失って
困っております。」
といいました。
老人は五
人の
顔を
見まわして、
「いっこう、このあたりで
見受けぬ
人ばかりだが、どちらから
参った。」
とききました。
「わしら、
江戸から
西の
方へいくものです。」
「まさか
盗人ではあるまいの。」
「いや、とんでもない。わしらはみな
旅の
職人です。
釜師や
大工や
錠前屋などです。」
とかしらはあわてていいました。
「うむ、いや、
変なことをいってすまなかった。お
前達は
盗人ではない。
盗人が
物をかえすわけがないでの。
盗人なら、
物をあずかれば、これさいわいとくすねていってしまうはずだ。いや、せっかくよい
心で、そうして
届けに
来たのを、
変なことを
申してすまなかった。いや、わしは
役目がら、
人を
疑うくせになっているのじゃ。
人を
見さえすれば、こいつ、かたりじゃないか、すりじゃないかと
思うようなわけさ。ま、わるく
思わないでくれ。」
と
老人はいいわけをしてあやまりました。そして、
仔牛はあずかっておくことにして、
下男に
物置の
方へつれていかせました。
「
旅で、みなさんお
疲れじゃろ、わしはいまいい
酒をひとびん
西の
館の
太郎どんからもらったので、
月を
見ながら
縁側でやろうとしていたのじゃ。いいとこへみなさんこられた。ひとつつきあいなされ。」
ひとの
善い
老人はそういって、五
人の
盗人を
縁側につれていきました。
そこで
酒をのみはじめましたが、五
人の
盗人と
一人の
村役人はすっかり、くつろいで、十
年もまえからの
知り
合いのように、ゆかいに
笑ったり
話したりしたのでありました。
するとまた、
盗人のかしらはじぶんの
眼が
涙をこぼしていることに
気がつきました。それを
見た
老人の
役人は、
「おまえさんは
泣き
上戸と
見える。わしは
笑い
上戸で、
泣いている
人を
見るとよけい
笑えて
来る。どうか
悪く
思わんでくだされや、
笑うから。」
といって、
口をあけて
笑うのでした。
「いや、この、
涙というやつは、まことにとめどなく
出るものだね。」
とかしらは、
眼をしばたきながらいいました。
それから五
人の
盗人は、お
礼をいって
村役人の
家を
出ました。
門を
出て、
柿の
木のそばまで
来ると、
何か
思い
出したように、かしらが
立ちどまりました。
「かしら、
何か
忘れものでもしましたか。」
と
鉋太郎がききました。
「うむ、
忘れもんがある。おまえらも、いっしょにもういっぺん
来い。」
といって、かしらは
弟子をつれて、また
役人の
家にはいっていきました。
「
御老人。」
とかしらは
縁側に
手をついていいました。
「
何だね、しんみりと。
泣き
上戸のおくの
手が
出るかな。ははは。」
と
老人は
笑いました。
「わしらはじつは
盗人です。わしがかしらでこれらは
弟子です。」
それをきくと
老人は
眼をまるくしました。
「いや、びっくりなさるのはごもっともです。わしはこんなことを
白状するつもりじゃありませんでした。しかし
御老人が
心のよいお
方で、わしらをまっとうな
人間のように
信じていて
下さるのを
見ては、わしはもう
御老人をあざむいていることができなくなりました。」
そういって
盗人のかしらは
今までして
来たわるいことをみな
白状してしまいました。そしておしまいに、
「だが、これらは、
昨日わしの
弟子になったばかりで、まだ
何も
悪いことはしておりません。お
慈悲で、どうぞ、これらだけは
許してやって
下さい。」
といいました。
次の
朝、
花のき
村から、
釜師と
錠前屋と
大工と
角兵ヱ獅子とが、それぞれべつの
方へ
出ていきました。四
人はうつむきがちに、
歩いていきました。かれらはかしらのことを
考えていました。よいかしらであったと
思っておりました。よいかしらだから、
最後にかしらが「
盗人にはもうけっしてなるな。」といったことばを、
守らなければならないと
思っておりました。
角兵ヱは
川のふちの
草の
中から
笛を
拾ってヒャラヒャラと
鳴らしていきました。
こうして五
人の
盗人は、
改心したのでしたが、そのもとになったあの
子供はいったい
誰だったのでしょう。
花のき
村の
人々は、
村を
盗人の
難から
救ってくれた、その
子供を
探して
見たのですが、けっきょくわからなくて、ついには、こういうことにきまりました、
||それは、
土橋のたもとにむかしからある
小さい
地蔵さんだろう。
草鞋をはいていたというのがしょうこである。なぜなら、どういうわけか、この
地蔵さんには
村人たちがよく
草鞋をあげるので、ちょうどその
日も
新しい
小さい
草鞋が
地蔵さんの
足もとにあげられてあったのである。
||というのでした。
地蔵さんが
草鞋をはいて
歩いたというのは
不思議なことですが、
世の
中にはこれくらいの
不思議はあってもよいと
思われます。それに、これはもうむかしのことなのですから、どうだって、いいわけです。でもこれがもしほんとうだったとすれば、
花のき
村の
人々がみな
心の
善い
人々だったので、
地蔵さんが
盗人から
救ってくれたのです。そうならば、また、
村というものは、
心のよい
人々が
住まねばならぬということにもなるのであります。