片すみにかがむ死の影
宮本百合子
うす暗き片すみにかがむ死の影は
夜の気の定まると共に
その衣のひだをまし
光をまし 毒気をまして
人間の心の臓をうかがいて迫る。
黒き衣の陰に
大鎌は閃きて世を嘲り
見すかしたる様にうち笑む
死の影は長き衣を引きて足音はなし
只あやしき空気の震動は
重苦しく迫りて
塵は働きを止めかたずのみて
其の成り行きを見守る。
大鎌の奇怪なる角度より発散する
三角形の光りの細胞は
舞上り舞下りて
闇黒の中に無形の譜を作りて
死を讚美し祝し
|| おどり狂う
||大鎌をうちふりうちふりて
なぎたおされんものをあさりつつ
死は音もなく歩み
頭蓋の縫目より呪文をとなえ
底なき瞳は世のすべてをすかし見て
生あるもの
やがては我手に落ち来るを知りて
嘲笑う
||重き夜の
深き眠りややさめて
青白き暁光の
宇宙の一端に生るれば
死はいずこかの片すみにかがまりて
ひややかに見にくき姿をかくす
死のひそむ宇宙の一隅は
永劫にもだしあざ笑い
大鎌の偉大なる閃きは
夜々毎に生れ返り生き変りて
地熱のとどろきと
創造の力とには向いて戦う
●表記について
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