今でこそ私もこんなに肥ってはおりますものの、その時分は
瘠ぎすな小作りな女でした。ですから、隣の大工さんの御世話で
小諸へ奉公に出ました時は、人様が十七に見て下さいました。私の生れましたのは
柏木村
||はい、小諸まで一里と申しているのです。
柏木
界隈の女は
佐久の岡の上に
生活を
営てて、荒い陽気を相手にするのですから、どうでも男を助けて一生
烈しい
労働を
為なければなりません。さあ、その烈しい労働を
為るからでも有ましょう、私の叔母でも、
母親でも、
強健い
捷敏い気象です。私は十三の
歳から母親に
随いて
田野へ出ました。同じ年
恰好の娘は未だ鼻を垂して
縄飛をして遊ぶ時分に、私はもう世の中の
歓しいも
哀しいも解り始めましたのです。
吾家では子供も
殖る、
小商売には手を焼く、
父親は
遊蕩で
宛にもなりませんし、
何程男
勝りでも母親の腕一つでは
遣切れませんから、
否でも応でも私は口を預けることになりました。その頃下女の給金は
衣裳此方持の年に十八円位が
頂上です。然し、私は奥様のお古か何かで着せて頂いて、その外は相応な晴衣の御
宛行という
約束に願って出ました。
金銭で頂いたら、
復た父親に呑まれはすまいか、という心配が母親の腹にありましたのです。
出るにつけても、母親は
独で気を
揉で、「
旦那様というものは奥様次第でどうにでもなる、と言っては済まないが」から、「御奉公は奥様の御
機嫌を取るのが第一だ」まで、
縷々寝物語に聞かされました。忘れもしない。母親に連れられて
家を出たのは三月の二日でした
||山家ではこの日を
山替としてあるのです。
微し風が吹いて
土塵の
起つ日でしたから、
乾燥いだ砂交りの灰色な土を
踏で、小諸をさして出掛けました。母親は新しい
手拭を
冠って
麻裏穿。私は
萌黄の地木綿の風呂敷包を
提げて随いて参りましたのです。こうして親子連で歩くということが、何故かこの日に限って恥しいような悲しいような気がしました。浅々と青く
萌初めた
麦畠の側を通りますと、丁度その畠の土と同じ顔色の
農夫が
鍬を休めて、私共を仰山らしく
眺めるのでした。北国街道は小諸へ入る広い一筋道。
其処まで来れば楽なものです。昔の宿場風の休茶屋には
旅商人の群が居りました。「
唐松」という名高い並木は
伐倒される最中で、大木の
横倒になる音や、高い枝の裂ける響や、人足の騒ぐ声は
戦闘のよう。私共は親子連の順礼と
後になり
前になりして、松葉の香を
履で通りました。
小諸の荒町から赤坂を下りて行きますと、右手に当って
宏壮な鼠色の
建築物は小学校です。その中の一
棟は
建増の最中で、高い足場の内には塔の形が見えるのでした。その
構外の石垣に
添て突当りました処が
袋町です。それはだらだら下りの坂になった町で、浅間の方から流れて来る河の
支流が浅く町中を通っております。この
支流を前に控えて、
土塀から柿の枝の垂下っている家が、私共の尋ねて参りました荒井様でした。
見付は小諸風の門構でも、内へ入れば新しい
格子作で、二階建の閑静な御
住居でした。
丁度、旦那様の御留守、
母親は奥様にばかり御目に
懸ったのです。奥様は未だ御若くって、
大な
丸髷に結って、桃色の
髪飾を掛た御方でした。物腰のしおらしい、背のすらりとした、黒目勝の、
粧れば粧るほど
見勝りのしそうな御
容貌。地の
御生でないということは美しい御言葉で知れました。奥様の白い手に見比べると、母親のは骨太な上に日に焼けて、男の手かと思われる位。
「奥様、これは御恥しい
品でごわすが、ほんの御印ばかりに」
と母親は
手土産を出して、
炉辺に置きました。
「あれ、そんな心配をしておくれだと
······それじゃ
反て御気毒ですねえ」
「
否、どう致しやして。家で
造えやした
味噌漬で、召上られるような
品じゃごわせんが」
「それは何よりなものを
||まあ、御茶一つお上り」
「もう
何卒御構いなすって下さいますな」
「よくまあ、それでも早く来てくれましたねえ。あの、何ですか。名は何と言いますの」
「はい、お定と申しやす。
実に不調法者でごわして。
何卒まあ何分
宜しく御願申しやす」
私はつんつるてんの綿入に
紺足袋穿という
体裁で、奥様に見られるのが何より気恥しゅう
御座ました。御傍へ
添れば心持の好い香水が顔へ匂いかかる位、見るものも聞くものも私には新しく思われたのです。御奉公の御約束も
纏りました。母親は
華麗な
御暮や美しい御言葉の
裡に私を
独残して置いて、柏木へ帰って
了いました。
御本宅は
丸茂という
暖簾を
懸た塩問屋、これは旦那様の
御兄様で、私の上りました御家は新宅と申しました。御本宅は大勢様、奉公人も十人の上
遣っておりましたが、新宅は旦那様に奥様、奉公人といえば
爺さんが一人と、其処へ私が参りましたから、合せて四人暮。御本宅は
旧気質の土地風。新宅は又た東京風。家の
構造を見比べても解るのです。旦那様は小諸へ東京を植えるという開けた
思想を御持ちなすった御方で、
御服装も、御言葉も、旧弊は一切御廃し。それを御本家では
平素憎悪んでいるということでした。
まあ、聞いて下さい。世には妙な
容貌の人もあればあるもので、泣いている時ですら見たところは笑っているとしか思われないものがあります。旦那様のが丁度それで、眼の
周囲の筋の縮んだ工合から口元と
頬の間に深い
皺のある御様子は、全く旦那様の御顔を見ると笑が刻んであるようでした。さ、その御顔です。
一時も油断をなさらない
真面目な
精神の旦那様が、こうした御顔でいらっしゃるということは、不思議なようでした。然し、それが旦那様の
御人の
好という証拠で、
御天性の
普通の人とは違ったところでしょう。一体、寒い国の殿方には
遅鈍した無精な癖があるものですけれど、旦那様にはそれがありません。
克もああ
身体が動くと思われる位に、
勤勉な
働好な御方でした。
小諸で新しい
事業とか相談とか言えば、誰は差置ても
先ず荒井様という声が懸る。小諸に旦那様ほどの役者はないと言いました位です。
私が上りました頃の御夫婦仲というものは、
外目にも
羨ましいほどの御
睦じさ。旦那様は朝早く御散歩をなさるか、御二階で御
調物をなさるかで、朝飯前には小原の
牝牛の乳を召上る。九時には帽子を冠って、前垂掛で銀行へ
御出掛になる。
御休暇の日には御客様を下座敷へ通して、
御談話でした。尋ねて来る御客様は町会議員、大地主、
商家の旦那、新聞屋、いずれも土地の御歴々です。
御晩食の後は奥様と
御対座、それは一日のうちでも一番楽しい時で、笑いさざめく御声が御部屋から
泄れて、耳を
嬲るように炉辺までも聞える位でした。その時は
珈琲か茶を上げました。
思えば
結構尽の御暮です。私は
洋燈の下で
雑巾を刺し初めると、柏木のことが
眼前に浮いて来て、毎晩癖のようになりました。
吾等の
賤しい
生涯では、
農事が
多忙しくなると朝も暗いうちに起きて、
燈火を
点けて
朝食を済ます。東の空が白々となれば
田野へ出て、一日働くと女の身体は綿のようです。ある時、私は
母親と一緒に疲れきって、草の上に転んでいると、急に
白雨が落ちて来た、二人とも起上る力がないのです。汗臭い身体を雨に打たれながら倒れたままで寝ていたことも有ました。その時に後で
烈い熱病を
煩って死ぬ程の
苦をいたしました。農家の女の
労苦はどれ程でしょう
||麦刈
||田の草取、それから思えば荒井様の御奉公は楽すぎて、毎日遊んで暮すようなものでした。
野獣のように土だらけな足をして
谷間を
馳歩いた私が、結構な畳の上では
居睡も出ました位です。
何一つ御不足ということが旦那様と奥様の
間には有ません。唯御似合なさらないのは御年です。ある日のこと、下座敷へ御客様が集りました。旦那様は
細い活版刷の紙を
披げて御覧なさる、皆さんが無遠慮な方ばかりです。「こりゃ
甚い、まるで読めない」と旦那様はその紙を投出しました。
「成程、御若い方の読むんで、
吾儕の相手になるものじゃありません。ここの処なざあ、細い
線のようです」
と言いながら、一人の御客様は
袂から銀縁の大きな眼鏡を取出しました。玉の
塵を
襦袢の
袖口で拭いて、
釣針のように
尖った鼻の上に載せて見て、
「これなら私にも、
明瞭とはいきませんけれど
······どうかこうか見えます」
「へえ、
一寸その眼鏡を拝借」と他の御客様が笑いながら受取て、「成程、むむ、これなら明瞭します」
旦那様も笑って
反りかえりました。やがて、
瞬をしたり、眼を
摩って見たりして、眼鏡を借りようとはなさいません。
「まあ、眼鏡はもう二三年懸けない
積です。懸けた方が目の為には
好と言いますけれど」
「ですから、私なざア何か読む時だけ懸けるんです」と眼鏡を出した方は
仔細らしく。
「驚きましたねえ」とその隣の方が引取って、
「こんなに
能く見えるのかなア。ハハハハ、こりゃ眼鏡を一つ
奢るかな」
終には旦那様も釣込れて、
「拝借」と手を御出しなさいました。
一人の御客様が笑いながら渡しますと、旦那様も面白そうに鼻の上へ載せて、活版刷の紙を遠く離したり近く寄せたりして御覧でした。
「懸けた工合は
······どうですな」と渡した方が旦那様の御顔を
覘くようにして尋ねる。
「や、こりゃ能く見える。これを懸ければすっかり読めます」
「ハハハハハ、
酷いものですなア」
「ハハハハハ」
と旦那様も手を
拍って大笑い、一人の御客様は目から涙を流しながら、腹を
抱えて笑いました。
終には皆さんが泣くような声を御出しなさると、尖った鼻の御客様は頭を
擁えて、御座敷から逃出しましたのです。
私も旦那様がこれ程であろうとは思いませんでした。人程見かけに
帰らない者はありません。これから気を
注けて
視ると、
黒髪も人知れず染め、鏡を朝晩に
眺め、御召物の
縞も
華美なのを
撰り、
忌言葉は聞いたばかりで
厭な御顔をなさいました。
殊に寝起の時の御顔色は、
毎も
微し青ざめて、
老衰えた御様子が
明白と解りました。
智慧の深そうな目の御色も時によると
朦朧潤みを
帯って、疲れ沈んで、物を
凝視る力も無いという風に変ることが有ました。私は又た旦那様の
顎から美しく白く並んだ御歯が
脱出るのを見かけました。旦那様は花やかに若く
彩った年寄の役者なのです。住慣れて見れば、それも
可笑しいとは思いません。御二人の御年違も
寧そ御似合なされて、かれこれと世間から言われるのが悲しいと
懐う様になりましたのです。
奥様は御器量を望まれて、それで東京から
御縁組に成ったと申す位、御湯上りなどの御美しさと言ったら、女の私ですら
恍惚となって了う程でした。旦那様が
熟と奥様の横顔を御眺めなさるときは、もう何もかも忘れて御了いなすって、芝居好が
贔負役者に
見惚るような目付をなさいます。聞けばこの奥様の前に、永いこと連添った御方も有たとやら、無理やりの御離縁も
畢竟は今の奥様
故で、それから御本宅と新宅の
交情が自然氷のように成ったということでした。
譬えて申しましょうなら、御本宅や御親類は
蜂の巣です。其処へ旦那様が石を投げたのですから、奉公人の私まで痛い
噂さに刺されました。
しかし、山家が
何程恐しい昔
気質なもので、すこし毛色の変った
他所者と見れば頭から
熱湯を浴せかけるということは、全く奥様も
御存ない。そこが奥様は
都育です。御親類の御女中方は、いずれも
質素な御方ばかりですから、
就中奥様御一人が目立ちました。奥様は朝に
粧り、晩に
磨き、透き通るような御顔色の白過ぎて
少許蒼く見えるのを、頬の辺へはほんのり紅を
点して、身の
丈にあまる程の黒髪は
相生町のおせんさんに結わせ、
剃刀は岡源の
母親に
触させ、御召物の見立は
大利の番頭、仕立は馬場裏の良助さん
||華麗の
穿鑿を仕尽したものです。
田舎の女程物見高いものは有ません。奥様が花やかな
御風俗で御通りになる時は、土壁の窓から眺め、障子の穴から覗き、目と目を見合せて
冷な笑いかたを為るのです。そんなことは奥様も
御存なしで、御慈悲に拝ませて
遣るという風をなさりながら町を
御歩行なさいました。たまたま
途中で御親類の御女中方に御逢なさることが有ても、高い御
挨拶をなさいました。奥様の目から見ると、この山家の女は松井川の谷の水車
||毎日同じことをして廻っている、とまあ映るのです。たとえ男が長い冬の日を遊暮しても、女は
克く働くという田舎の
状態を見て、てんで笑って御了いなさる。全く、奥様は小諸の女を
御存ないのです。これを御本家
始御親類の御女中に言わせると折角
花車な当世の流行を
捨て、娘にまで手織縞で得心させている中へ、奥様という他所者が舞込で来たのは、開けて
贅沢な東京の
生活を
一断片提げて持って来たようなもの、としか思われないのでした。ですから、
骨肉の旦那様よりか、他人の奥様に
憎悪が多く掛る。町々の女の目は
褒るにつけ、
譏るにつけ、奥様の身一つに向いていましたのです。
春も深くなっての夕方には、御二人で手を引いて、遅咲の桜の蔭から
飛騨の遠山の雪を眺め眺め静に御散歩をなさることもありました。さあ、旧弊な御親類の御女中方は、御夫婦一緒に御花見すらしたことが無いのですから、こんな東京風
||夢にも見たことの無い、
睦まじそうに手を引き連れて
屋外を御歩きなさる御様子を初めて見て、驚いて了いました。得たり賢しと、
悋気深い手合がつまらんことを言い触して歩きます。私は奥様の御噂さを聞くと、
口惜しいと思うことばかりでした。
春雨あがりの暖い日に、私は井戸端で
水汲をしておりますと、おつぎさん
||矢張柏木の者で、小諸へ奉公に来ておりますのが通りかかりました。
「おつぎさん、どちらへ」
と声を掛ると、おつぎさんは
酸漿を鳴しながら、小
肥りな身体を一寸
揺って、
「これ」と袖に隠した酒の
罎を出して見せる。
「お使かね」
「ああ」
「御苦労さま」
「なあ、お定さん、お
前許の
奥様は
······あの
御盲目さんだって言うが、
真実かい」
「まあ、おつぎさんの言うこと」
「ホホホホホホホホホ、だって評判だよ。こないだの夕方、ホラお富婆さんなあ、あの人が三の門の前に立ってると、お
前許の旦那様と奥様が懐古園の方から手を引かれて降りて来たと言うよ。
私嫌だ。お
盲目さんででも無くて、手を引かれて歩くという者があるもんかね」
「馬鹿をお言いよ」
と私は水を掛る
真似をしました。おつぎさんはお尻を
叩いて笑いながら、
「
好御主人を持って
御仕合」
と言捨て逃げる拍子に、
泥濘へ足を突込む、容易に下駄の歯が抜けない様子。「それ見たか」と私は指差をして、思うさま笑ってやりました。
故と、
「どうも
実に御気毒様」
井戸端に遊んでいた
鶩が四羽ばかり
口嘴を
揃えて、私の方へ「ぐわアぐわア」と鳴いて来ました。忌々しいものです。私は
柄杓で水を浴せ掛ると、鶩は
恰も
噂好なお婆さん
振て、泥の中を
蹣跚しながら鳴いて逃げて行きました。
台所の戸に白い
李の花の匂うも
僅の間です。山家の春は短いもので、
鮨よ
田楽よ、やれそれと
摺鉢を鳴しているうちに、
若布売の女の群が参るようになります。
越後訛で、「若布はようござんすかねえ」と呼んで来る声を聞くと、もう
春蚕で忙しい時になるのでした。
御承知の通、小諸は養蚕
地ですから、寺の坊さんまでが衣の袖を
捲りまして、仏壇のかげに桑の葉じょきじょき、まあこれをやらない家は無いのです。奥様は御慣れなさらないことでもあり、御嫌いでもあり、蚕の
臭を
嗅げば胸が悪くなると
仰る位でした。御本家の御女中方が灰色の麻袋を首に掛けて、桑の
嫩芽を摘みに
御出なさる時も、奥様は長火鉢に
倚れて、東京の新狂言の御噂さをなさいました。
もともと旦那様は奥様に御執心で、御二人で
楽い御暮をなさりたいという外に、別に御望は無いのですから、唯もう嬉しいという御顔を見たり、御声を聞たりするのが何よりの御楽み
||こうもしたら御喜びなさるか、ああもしたら御機嫌が、と気を御
揉みなさいました。それは奥様を呼捨にもなさらないで、「綾さん、綾さん」と、さん付になさるのでも知れます。旦那様がこれですから、奥様は
家庭を温泉の宿のような気で、働くという昼があるでなければ、休むという夜があるでもなし、毎日好いた事して暮しました。「お定、きょうは
幾日だっけねえ」と、日も
御存ないことがある。たまたま壁の暦を見て、時の経つのに驚きました位。夢の間に軒の
花菖蒲も枯れ、その年の八せんとなれば
甲子までも降続けて、川の水も赤く濁り、台所の雨も寂しく、味噌も
黴びました。
祗園の祭には
青簾を懸けては
下し、土用の
丑の
鰻も盆の勘定となって、地獄の釜の
蓋の開くかと思えば、
直に仏の花も捨て、それに赤痢の流行で芝居の太鼓も廻りません。奥様は
外の
御歓楽をなさりたいにも、小諸は
倹約な
質素な処で、お茶の先生は上田へ引越し、
謡曲の師匠は
飴菓子を売て歩き、見るものも聞くものも
鮮いのですから、唯かぎりある
御家の内の御歓楽ばかり。思えば飽きもなさる
筈です。
終には絹
手
も鼻を
拭んで捨て、香水は惜気もなく
御紅閨に振掛け、気に入らぬ髪は
結立を
掻乱して二度も三度も結わせ、夜食好みをなさるようになって、
糠味噌の新漬に
花鰹をかけさせ、茶漬を召上った後で、「もっと何か
甘しい物はないか」と仰るのでした。新酔月の料理も二口三口召上って見て、犬にくれました。女の
歓楽ほど短いものはありません。奥様はその歓楽にすら疲れて、飽々となさいました。
「毎日、毎日、同じ事をするのかなア」
というのは、柱に
倚れての
御独語でした。浮気な歓楽が奥様への置土産は、たったこの
一語です。
次第に奥様は
短気にも御成なさいました。旦那様は物事が
精密過て、何事にもこの御気象が
随いて廻るのですから、奥様はもう
煩いという御顔色をなさるのでした。「これは
乃公の病気だから
止められない」と、
能く御自分でも承知していらっしゃるのです。
殊に、奥様が
癇癪を起した時なぞは、「ちょッ、
貴方のように
濃厚い方はありゃしない」と言って、ぷいと立って行って御了いなさることも有ました。奥様の癇癪の起きた日は
直に知れます。
毎でも御顔色が病人のようになって、鼻の先が光りまして、
眉の間が茶色に見えます。後の首筋を蒼くして、
無暗に御部屋の雑巾掛や御掃除をさせて、物を仰るにも御声が
咽喉へ
乾びついたようになります。そうなると、旦那様と
御取膳で御飯を召上る時でも、口を御
利きなさらないことがありました。
旦那様は
五黄の
金、その年の運気は吉、それに引換え奥様は
八方塞、唯じっとして運勢の開けるのを待てと、菓子屋の隣の悟道先生が占いました。全く、奥様の為には
廻合も好くない年と見えて、何かの
前兆のように
悪な夢ばかり御覧なさるのでした。女程心細いものは有ません。それを又た苦になさるのが病人のようでした。
結構尽の御身体は弱々しくなり、
心は
労れ、
風邪も引き易くなって、朝は
欠ばかりなさいました。「女というものは、つまらないものだ」と仰って、深い歎息に
埋って、花も嗅いで御捨てなさいました。旦那様は奥様の御機嫌を取るようになすって、御小使帳が
投遣りでも、御出迎に出たり出なかったりでも、何時まで朝寝をなさろうとも、それで御小言も仰らず。御家に奥様が居て下さるのは
||籠に
鶯の居るように
思召して、私でさえ御気毒に思う時でも御腹立もなさらないのでした。旦那様は銀行から御帰りになると、時々両手を組合せて、御庭の夏を眺めながら
憂愁に沈んでおいでなさることもあり、又、日によっては直に御二階へ御上りになって、御飯の時より
外には下りておいでなさらないこともありました。奥様が
御気色の悪い日には旦那様は
密と御部屋へ行って、
恐々御傍へ寄りながら、「綾さん、どっか悪いのかい。こんな畳の上に寝転んでいて、風でも引いちゃ
不可いじゃないか。そうしていないで、
診て
貰ってはどうだね」と御聞きなさる。「いいえ、
関わずに置いて下さい」というのが奥様の御返事でした。
変れば変るものです。奥様は
御独で縁側に出て、籠の中の鳥のように東京の空を御眺めなさることもあり、長い御手紙を書きながら
啜泣をなさることも有ました。時によると、
御寝衣のまま、
冷々した山の上の夜気に打れながら、遅くまで御庭の内を御歩きなさることも有ました。
秋のはじめから、奥様は虫歯の
御煩で時々
酷い
御苦痛をなさいましたのです。
烈しくなると私を御離しなさらないで、切ないような目付をなさりながら、私の
背に
御頭を押しつけておいでなさる。耳から頬へかけて
腫起りまして、御顔色は蒼ざめ、額もすこし黄ばんでまいります。これには旦那様も大弱りで、御自分の額を
撫でたり、大きな手を揉んで見たりして、御介抱をなさいましたのです。
と申したような訳で、よく歯医者が黒い
鞄を提げてやって参りました。
歯医者というのは、桜井さんと言って、年はまだ若いが、腕はなかなか有ました。私が勝手口の木戸を開けて、河ばたの石の上に
蹲跼みながら、かちゃかちゃと
鍋を洗っていると、この人が坂の下の方から能く上って参りました。
慣々しく私の
傍へ来て、鍋の
浸けてある
水中を覗いて見たり、土塀から垂下っていた柿の
枝振を眺めたり、その葉裏から秋の光を見上げたりして、何でもない
主家の
周囲を、さも面白そうに歩くのが癖でした。この人は東京の生ですから、新しい格子作を見る
度に、都を
想起すと言っておりました。一体、東京から来る医者を見ると、いずれも役者のように
風俗を作っておりますが、さて
男振の
好という人も有ません。然し、この歯医者ばかりは、私も
風采が好と思いましたのです。
この人が来る時は、よく私に物を
携って来てくれました。この人が帰って
去った後で、爺さんは
必と白銅を一つ握っておりました。
或日、旦那様は銀行の御用で
御泊掛に上田まで御出ましでした。その晩は戸も早く閉めました。私も、さっさと台所を片付けたいと思い、鍋は伏せ、皿小鉢は仕舞い、物置の炭をかんかん割って出し、猫の足跡もそそくさと
掃いて、
上草履を脱ぎまして、奥様の御部屋へ参りました。まだ宵の口から、奥様は御横におなりなすって、寝ながら小説本を御覧なさるところでした。誰を
憚るでもない気散じな御様子。あらわな御胸の白い乳房もすこし見えて、左の手はだらりと畳の上に垂れ、右の足は膝頭から折曲げ、投げだした左の足の長い親指の
反ったまで、しどけない御姿は花やかな
洋燈の夜の光に映りまして、昼よりは
反て御美しく思われました。
「奥様、
御足でも
撫りましょうか」
と私は御傍へ
倚添いました。
「ああ、もうお済かい」と奥様は起直って、
懐を
掻合せながら、「お前、
按摩さんをしてくれるとお言いなの。今日はね、肩のところが痛くて痛くて
||それじゃ、一つ揉んで見ておくれな」
「あれ、
御寝っていらしったら、どうでございます」
「なに、起きましょうよ」
私はよく
母親の肩を揉せられましたから、その時奥様のうしろへ廻りまして、
柔な御肩に触ると、急に母親を想出しました。母親の
労働く身体から思えば、奥様を揉む位は、もう造作もないのでした。
「お世辞でも何んでもないが、お定はなかなか指に力があるのねえ。お前のように能くしておくれだと、
真実に私ゃ嬉しい。旦那様も、
日常褒めていらっしゃるんだよ」
それから奥様は私の器量までも御褒め下さいました。奥様が私を御褒め下さるのは、いつも
謎です、
||御器量自慢でいらっしゃるのですから。その時も私の方から、御褒め申せば、もう何よりの御機嫌で、
羽翅を
張げるように肩を高くなすって、
御喜悦は鼻の先にも下唇にも
明白と
見透きましたのです。
「ねえ、お定、お前は
吾家へ来る御客様のうちで、
誰様が一番
好とお思いだえ」
「そうで御座ますねえ
······まあ、奥様から
仰って見て下さい」
「
否、お前からお言いよ」
「私なぞは誰様が好か解りませんもの」
「あれ、そうお前のように笑ってばかりいちゃ仕様がない」
「それじゃ笑わずに申しますよ。ええ、と、銀行の吉田さん」
「いやよ、あんな
老爺染た人は
||戯けないでさ。
真実に言って御覧」
私はそれから、
種々なお方を数えて申しました。島屋の若旦那、越後屋の御総領、三浦屋の御次男、荒町の
亀惣様、本町の藤勘様
||いずれ
優劣のない当世の殿方ですけれど、成程奥様の御話を伺って見れば、たとえ男が好くて持物等の
嗜も深く、何をさせても小器用なと褒められる程の方でも、物事に迷易くて
毎も愚痴ばかりでは
頼甲斐のない様にも
有、
世智賢くて
痒いところまで手の届く方は又た女を馬鹿にしたようで此方の
欠点まで見透されるかと恐しくもあるし、気前が面白ければ
銭遣が荒く、
凝性なれば悟過ぎ、優しければ遠慮が深し、この方ならばと思うような
御人は弱々しくて、さて難の無い御方というのは、見当らないのでした。
「そんなら、奥様、あの桜井さんは」
「そうお前のように、私にばかり言わせて
······お前も
少許言わなくちゃ
狡猾いよ。あの方をお前はどう思うの」
「桜井さんで御座いますか。
実に歯医者なぞをさして置くのは惜しいッて、人が申すんで御座いますよ」
「ホホホホホ、それじゃ何に
御成なされば好と言うの」
「あの、官員様にでも
······」
「ホホホホホ」
「あれ、女であの方を褒めない者は御座ません。奥様、
貴方も桜井さん
贔負じゃ御座ませんか」
奥様は目を細くなさいました。何とも物は仰いませんでしたけれど、御顔を見ているうちに、美しい
朱唇が
曲んで来て、
終に
微笑になって了いました。
洋燈の側にうとうとしていた猫が、急に耳を振って、物音に驚いたように
馳出したので、奥様も私も殿方の御噂さを
休めて聞耳を立てていますと、
須叟猫は御部屋へ帰って来て、前
脚を延しながら一つ
伸をして、
撓垂るように奥様の御膝へ乗りました。御子様がないのですから、奥様も
恰も懐しそうに
抱〆て、白い頬をその柔い毛に
摺付て、美しい夢でも眼の前を通るような
溶々とした目付をなさいました。
つい側に針箱が有ました。奥様はそれを引寄せて、引出のなかから目も覚めるような美しい半
襟を取出して、「こないだから、これをお前に上げよう上げようと思っていたんだよ」
と仰りながら私に
掴ませました。夜のことですから、紫
縮緬が
小豆色に見えました。私は目を円くして、頂いてよいやら、悪いやらで、さんざん御断りもして見たのです。
「あれ、お前のようにお
言だと、私が困るじゃないか。そんなに言う程の物じゃないんだよ。お前がよく勤めておくれだから、
寸の私の志と思っておくれ。
······いいからさ、それは仕舞ってお置き」
奥様はまだ何か言いたそうにして、それを言得ないで、深い
歎息を
御吐きなさるばかりでした。危い
絶壁の上に立って、谷底でも御覧なさるような目付をなさりながら、左右を見廻して震えました。「お前だから話すがねえ」までは出ましても、二の句が口
籠って、切れて了います。
「今夜私がお前に話すことは、決して誰にも話さないという約束をしておくれ。それを聞かないうちは
||然しお前に限ってそんな
軽卒なことはあるまいけれど」
幾度も念を押して、まだ仰り
悪いという風でしたが、さて話そうとなると、急に御顔が耳の根元までも紅くなりました。
遂々奥様は御声をちいさくなすって、打開けた御話を私になさいました。その時、私は始めて歯医者とのこれまでの関係を聞きましたのです。私は手を堅く握〆られて、妙に顔が
熱りました。
他から内証を
打開けられた時ほど、
是方の弱身になることはありません。思いつめた御心から
掻口説かれて見れば、
終には私もあわれになりまして、
染々御身上を思遣りながら
言慰めて見ました。奥様は私の言葉を御聞きなさると、もう子供のように御泣きなさるのでした。
拠なく、私も引受けて、歯医者に逢わせる御約束をしましたら、
漸と、その時、火のように熱い御手が私から離れたようにこころづきました。
その晩は、私も
仮の出来心で、
||若い内に
有勝な量見から。
然し、
悪戯が悪戯でなくなって、
事実も
事実も恐しい事実になって行くのを見ては、さすがに私も震えました。私は後暗いと、恐しいとで、噂さを
嗅附ける犬のようになって、御人の好い旦那様にまで
吠えました。
或時は自分で責められるような自分の心を慰めて見たこともありましたのです。全く道ならぬ奥様の恋とは言いながら、思の外のあわれも有ましたので。人の知らない
暗涙は夜の御床に流れても、それを御話しなさるという女の御友達は有ませんので。ですから、私は独り考えて、思い慰めました。
さ、それです。
奥様は暖い国に植えられて、
軟な風に吹かれて咲くという花なので。この荒い土地に移されても根深く
蔓る
雑草では有ません。こうした御慣れなさらない
山家住のことですから、さて暮して見れば、都で聞いた
田舎生活の
静和と来て
視た
寂寥苦痛とは
何程の
相違でしょう。旦那様は又た、奥様を籠の鳥のように御眺めなさる気で、奥様の独り
焦る御心が解りませんのでした。
何時、羽根を切られた鳥の心が籠に入れて楽しむという飼主に解りましょう。何程、世間の奥様が連添う殿方に解りましょう。
||女の運はこれです。御縁とは言いながら、遠く御里を離れての旅の者も同じ
御身上で、
真実に
同情のあるものは一人も無い。こればかりでも、女は死にます。奥様の
不幸な。
歓楽の
香は、もう嗅いで御覧なさりたくも無いのでした。奥様は
歎き
疲れて、乾いた草のように
萎れて了いました。思えば御無理も御座ません
||活き返るような恋の雨が、そこへ
清しく降りそそいで来たのですから。
丁度、秋草のさかりで、歯医者の通う
路は美しゅうございました。
十月の二十日は銀行に十五年の大祝というのが有ました。旦那様に取ては一生のうちに忘れられない日で、
彼処でも荒井様、
是処でも荒井様、旦那様の御評判は光岳寺の鐘のように町々へ響渡りました。長いお
功労を
賛めはやす声ばかりで。
その朝は、私も早く起きて朝飯の用意をしました。台所の戸の開捨てた間から、秋の光がさしこんで、
流許の
手桶や
亜鉛盥が
輝って見える。青い煙は
煤けた
[#「煤けた」は底本では「媒けた」]窓から壁の外へ漏れる。私は鼻を
啜りながら、
焚落しの火を十能に取って炉へ運びましても、奥様は未だ御目覚が無い。
熱湯で雑巾を
絞りまして、御二階を済ましても、まだ御起きなさらない。その内に、炉に掛けた鍋は沸々と
煮起って、蓋の間から湯気が出るようになる。うまそうな汁の香が
炉辺に満ち
溢れました。
八時を打っても、未だ奥様は
御寐です。旦那様は炉辺で汁の香を嗅いで、
憶出したように
少許萎れておいでなさいました。やがて、御独で御膳を引寄せて、朝飯を召上ると、もう銀行からは御使でした。そそくさと御仕度をなすって、
黒七子の御羽織は
剣菱の五つ紋、それに
茶苧の
御袴で、
隆として御出掛になりました。私は鍋を掛けたり、下したりしていると、
漸う九時過になって、奥様は楊枝を
銜えながら台所へ御見えなさいました、
||恐しい夢から覚めたような目付をなすって。もう
味噌汁も煮詰って了ったのです。
その日は御祝の印といって、旦那様の
御思召から、門に立つものには白米と
金銭を施しました。
一体、旦那様は乞食が大嫌いな御方で、「乞食を
為る位なら死んでしまえ」と
叱
す位ですから、こんなことは珍しいのです。その日は朝から哀な声が門前に聞えました。それを又た聞伝えて、
掴取のないと思った世の中に、これはうまい話と、親子連で
瞽者の
真似、かみさんが「片輪でござい」裏長屋に住む人までが慾には恥も外聞も忘れて来ました。七十にもなりそうな婆さんまでが、
跛ひきひき前垂に白米を入れて貰いまして、門を出ると直ぐ人並に歩いたには、
呆れました。
昼過に、旦那様は紫
袱紗を小脇に
抱えながら、一寸帰っておいでなさいました。私は鶏に餌をくれて、奥様の御部屋の方へ行って見ますと、御二人で御話の御様子。何の気無しに唐紙の傍に立って、御部屋を覗きながら聞耳を立てました。旦那様は御羽織を脱捨てて、額の汗を御
拭きなさるところ。
「ねえ、綾さん、こういう時にはそんな顔をしていないで、もうすこし快くしてくれなくちゃ張合がないじゃないか。それに、今日は御祝だもの、奉公人だって遊ばせてやるがいいやね」
「ですから、いくらでも遊んでおいでッて言ったんです」
「それ、そう言われるから誰だって出られないやね、
||まあ、そうじゃないか。綾さんはこの節奉公人ばかし責めるようなことを言うが、そんなに
為たって
不可。お定にしろ、あの爺さんにしろ、高が人に
遣われてるものだ」
「誰も責めやしません」
「責めないって、そう聞えらア」
「私が何時責めるようなことを言いました」
「お前の調子が責めてるじゃないか」
「調子は私の持前です」
「お前が御父さんに言う時の調子と、今のとは違うように聞えるぜ」
「誰が親と奉公人と一緒にして物を言うような、そんな人があるものですか。こんなところで親の恥まで
曝さなくってもようござんす」
「
奇異なことを言うね」
「ああ、奉公人まで引合に出して、親の恥を曝されるのかなア」
「解らない人だ。そんな訳で親を
担出したんじゃ無し、
||奉公人は親位に思っていなくて、使われると思うのかい。
······然し、そんな事はどうでもいい。まあ、今日は一つ綾さんに喜んで
貰おう」
と御機嫌を直しながら、旦那様は紫袱紗を
解いて桐の小箱の蓋を取りました。白絹に
包んだのを大事そうに
取除けて、畳の上に置いたは目も覚めるような
黄金の御盃。折畳んであった奉書を
披げて見せて、
「今日の御祝に、これは銀行から私へくれたのだ。まあ、私に取っては名誉な記念だ。そら、盃の中に名前が彫ってあるだろう。御覧よ、この奉書には
種々文句が書いてある」
「拝見しました」
「もっと
能く見ておくれ。そんな冷淡な
挨拶があるものか。折角こうして、お前に見せようと思って持って来たものを
······何とか、一言位」
「ですから拝見しましたと言ってるじゃ有ませんか」
旦那様は口を
噤んで了いました。御互に物を仰らないのは、仰るよりも
猶か冷い
心地がしましたのです。旦那様は
少許震えて、穴の開く程奥様の御顔を
熟視ますと、奥様は
口唇に
微な
嘲笑を
見て、他の事を考えておいでなさるようでした。やがて、旦那様は御盃を取上げて、
熟々眺めながら
歎息を
吐いて、
「そう女というものは男の
事業に冷淡なものかな。今までは、もうすこし
同情が有るものかと思っていた」
「どうせ私なぞに貴方がたの成さる事は解りません」
「無論さ。何も解って貰おうとは言やしない。同情が無いと言ったんだ。男の事業が解る位なら、そんな挨拶の出来よう
筈もない。まあ、私の言うことを能く聞いてくれ。自慢をするじゃアないが、
今日小諸の商業は私の指先一つでどうにでも、動かせる。不景気だ、不景気だ、こう口癖のように言いながらも、小諸の商人が
懐中の楽なのは、私が銀行に
巌張っているからだ。町会の事業でも、計画でも、皆私の意見を基にしてやっている。小諸が盛んになるも、衰えるも、私の
遣方一つにあるのだ。その私が
事業の記念だと言って、
爰へこうして並べて、お前に見て喜んで貰おうとしているのに
······アハハハハハハ」
と、旦那様は熱い涙を手に持った黄金の御盃へ落しました。
やがて、御盃や御羽織を
掻浚うようになすって、旦那様は御部屋から御座敷の方へいらっしゃる。御様子がどうも
尋常ではないと、私も御後から随いて行って見ました。もうもう
堪えきれないという御様子で、
突然、奉書を
鷲掴みにして、
寸断々々に引裂いて了いました。
啜泣の涙は男らしい御顔を流れましたのです。御一人で小諸を
負って御立ちなさる程の旦那様でも、奥様の心一つを御自由に成さることは出来ません。
微々な小諸の銀行を信州一と言われる位に
盛大くなすった程の御腕前は有ながら、奥様の為には一生の
光栄も
塵埃同様に捨てて御了いなすって、人の
賛めるのも
羨やむのも
悦しいとは思召さないのでした。これが他の殿方ででもあったら、奥様の
御髪を
掻廻して、黒
縮緬の御羽織も裂けるかと思う位に、
打擲もなさりかねない場合でしょう。
並勝れて御人の好い旦那様ですから、どんな
烈しい御腹立の時でも、面と向っては
他にそれを言得ないのでした。旦那様は御自分の髪の毛を
掻毟って、畳を
蹴って
御出掛になりました。ぴしゃんと唐紙を御閉めなすった音には、思わず私もひょろひょろとなりましたのです。
私は御部屋へ取って返して、泣き伏した奥様をいろいろと
言慰めて見ましたが、御返事もなさいません。すこし遠慮して、勝手へ来て見れば、又たどうも
気掛になって、御二人のことばかりが案じられました。
黄昏に、私は水汲をして手桶を提げながら門のところまで参りますと、四十
恰好の女が
格子前に立っておりました。姿を視れば巡礼です。赤い
頭巾を冠せた乳呑児を負いまして、鼠色の
脚絆に
草鞋穿、それは
旅疲のしたあわれな様子。奥様は泣
腫した御顔を御出しなすって、きょうの御祝の
御余の白米や
金銭をこの女に施しておやりなさるところでした。奥様が巡礼を御覧なさる目付には言うに言われぬ
愁が籠っておりましたのです。
「私にその歌を、もう一度聞かしておくれ」
と奥様が優しく御尋ねなさると、巡礼は
可笑な土地
訛で、
「歌でござりますか、ハイそうでござりますか」
寂しそうに笑って、やがて、鈴を振鳴して
一節唄いましたのは、こうでした。
ちちははのめぐみもふかきこかはでら
ほとけのちかきたのもしのみや
日に焼けた
醜い顔の女では有りましたが、調子の女らしい、節の
凄婉な、凄婉なというよりは
悲傷しい、それを
清しい
哀しい声で歌いましたのです。世間を見るに、
美い声が
醜い
口唇から出るのは
稀しくも有ません。然し、この女のようなのも
鮮いと思いました。一節歌われると、もう私は泣きたいような
心地になって、胸が込上げて来ました。やがて女は
蒼めた顔を
仰げて、
ふるさとやはるばるここにきみゐでら
はなのみやこもちかくなるらん
「故郷や」の「や」には力を入れました。
清しい声を鈴に合せて、息を吸入れて、「はるばるここに」と長く引いた時は女の口唇も震えましたようです。「花の都も」と歌いすすむと、見る見る涙が女の頬を伝いまして、
落魄た袖にかかりました。奥様は
熟々聞
惚れて、顔に手を当てておいでなさいました
||まあ、どんな
御心地がその時奥様の御胸の中を往たり来たりしたものか、私には量りかねましたのです。歌が済みますと、奥様は
馴々しく、
「今のは何という歌なんですね」
「なんでござります。はァ、御
詠歌と申しまして、それ芝居なぞでも能くやりますわなア
||お鶴が西国巡礼に
······」
「お前さんは
何処ですね」
「伊勢でござります」
「まあ、遠方ですねえ」
「わしらの方は皆こうして流しますでござります。御詠歌は西国三十三番の
札所々々を読みましてなア」
「どっちの方から来たんですね」
「
越後路から長野の方へ出まして、諸方を廻って参りました。これから御寒くなりますで、暖い方へ参りますでござりますわい」
その時、爺さんが
恍けた顔を出して、
「あんな乞食の歌を聞いて何にする」
と聞えよがしに笑いました。
「これはこれはどうも
難有うござります。どうも奥様、御蔭様で助かりますでござります」
巡礼は泣き出した児を
動揺って、暮方の秋の空を
眺め眺め行きました。
爺さんは奥様を笑いましたけれど、私はそうは思いませんので。
熟々奥様があの巡礼の口唇を見つめて
美い声に聞惚れた御様子から、
根彫葉刻御尋ねなすった御話の
前後を考えれば、あんな
落魄た女をすら、まだしもと御
羨みなさる程に御思召すのでした。この同じ屋根の下に旦那様と御二人で御暮しなさるのは、それほど
苦いと御思召すのでした。御器量から、御身分から
||さぞ、あの巡礼の目には申分のない奥様と見えましたろう。奥様の目には、又た、世間という鎖に
繋がれて
否でも応でも
引摺れて、その日その日を夢のように御暮しなさるというよりか、見る影もない巡礼なぞの身の上の方が
反って自由なように御思いなさるのでした。
御祝の
宴がありましたから、旦那様の御帰は遅くなりました。外で旦那様が鼻の高かった日も、内では又た寂しい悲しい日でした。旦那様は酒臭い
呼吸を奥様の御顔に吹きかけて置いて、直ぐ御二階の畳の上に倒れて御了いなすったのです。
その夜から御床も別々に
敷べました。
手桶を提げて井戸に通う路は、柿の落葉で埋まった日もあり、
霜溶のぐちゃぐちゃで下駄の鼻緒を切らした日もあり、
夷講の朝は初雪を踏んで通いました。奥様から頂いて
穿いた古
足袋の爪先も冷くなって、鼻の息も白く見えるようになれば、北向の日蔭は雪も溶けずに凍る程のお寒さ。
十二月の十日のこと、珍しい御客様を乗せた一
輌の
人力車が門の前で停りました。それは奥様の
父親様が東京から尋ねていらしったのです。思いがけないのですから、奥様は敷居に
御躓きなさる程でした。旦那様も早く銀行から御帰りになる、御二人とも御客様の
御待遇やら東京の御話やらに紛れて、久振で楽しそうな御
笑声が奥から聞えました。奥様の御
喜悦は、まあ
何程で御座ましたろう、
||その晩は大した御馳走でした。
御客様は
金銭上の御相談が主で、
御来遊になりましたような御様子。御
着になって四日目のこと、旦那様と御一緒に長野へ御出掛になりました。奥様は御留守居です。私は
洋傘と御履物を
揃えまして、御部屋へ参って見ると、未だ御仕度の最中。御客様は
気短い御方で、角帯の間から時計を出して御覧なすったり、あちこちと御部屋の内を御歩きなすったりして、待遠しいという風でした。その時、私は御客様と奥様と見比べて、思当ることが有ましたのです。御客様は丸い
腮を
撫で廻しながら、
「婆さんもね、早く孫の顔を見たいなんて、
日常その
噂さばかりさ。どうだね、
······未だそんな模様は無いのかい」
奥様は
俯いて、御顔を紅らめて、御返事をなさいません。やがて懐しそうに、
「
御父さん、羽織を着
更えていらッしゃいよ」
「なに、これで結構。こりゃお前上等だもの」
「それでもあんまりひどい」
「この羽織は十五年からになりますがね、いいものは丈夫ですな」
御客様は
袖口を指で押えて、
羽翅のように
展げて見せました。
遽に思直して、
「こうっと。面倒だけれど
||それじゃ一つ着更えるか」
と御自分の御包を
解いて、その中から
節糸紬の御羽織を抜いて、無造作に袖を通して御覧なさいました。
「あれ、
其方のになさいよ」
「これかね。どうして、お前、此方の着物を着た時の羽織さ。ね、
||この羽織で結構」
「でも何だかそれじゃ
好笑いわ。それを御着なさる位なら、まだ今までの方が
好のですもの」
御客様は茶の
平打の
紐を結んで、火鉢の前にべたりと坐って御覧なさいました。急に、ついと立ってまたその御羽織を脱ぎ捨てながら、
「それじゃ、これだ
||もともとだ。アハハハハハハ」
奥様がそれを引寄せて、御畳みなさるところを、御客様は
銜煙管で眺入って、もとの御包に
御納いなさるまで、
熟と視ていらっしゃいました。思いついたように、
「ハハハハ、婆さん紋付なんか入れてよこした」
こういう罪もない御話を
睦まじそうになすっていらっしゃるところへ、旦那様も御用を片付けて、御二階から下りておいでなさいました。見る見る旦那様の下唇には
嫉いという御色が
顕れました。御客様は
急き立てて、
「さあ、出掛けましょう。もう三十分で汽車が出ますよ」
御二人とも厚い
外套を召して御出掛になりました。爺さんも御荷物を提げて、停車場まで随いて参りました。後で、取散かった物を片付けますと、御部屋の内は煙草の
烟ですこし
噎せる位。がらりと障子を開けて、御客様の
蒲団や、
掻巻や、男臭い御
寝衣などを縁へ乾しました。
御独になると、奥様は総桐の
箪笥から御自分の御召物を出して、畳直したり、入直したり、又た取出したりして御眺めなさる
||それは鏡に映る御自分の御姿に
見惚ると同じような御様子をなさるのでした。全く御召物は奥様の御身の内と言ってもよいのですから。私も御側へ寄添いまして見せて頂きました。どれを拝見しても目うつりのする
衣類ばかり。
就中、私の気に入りましたのは長襦袢です。それは薄
葡萄の浜
縮緬、こぼれ梅の
裾模様、

は
緋縮緬を一分程にとって、
本紅の裏を附けたのでした。奥様はそれを御膝の上に乗せて、何の気なしに御婚礼の晩御召しなすったということを、私に話して聞かせました。
不図、御自分の御言葉に
注意いて、今更のように
萎返って、それを
熟視たまま身動きもなさいません。
死だ銀色の
衣魚が一つその袖から落ちました。御顔に匂いかかる
樟脳の香を御嗅ぎなさると、急に楽しい
追憶が御胸の中を往たり来たりするという御様子で、私が御側に居ることすら忘れて御了いなすったようでした。
「ああああ着物も何も要らなくなっちゃった」
と
仰りながら、その長襦袢を御抱きなすったまま、さんざん思いやって、涙は
絶間もなく美しい御顔を流れました。
その日は珍しく暖で、冬至近いとも思われません位。これは山の上に
往々あることで、こういう陽気は雪になる
前兆です。昼過となれば、灰色の低い雲が空一面に垂下る、
家の内は薄暗くなる、そのうちにちらちら落ちて参りました。日は短し、暗さは暗し、いつ暮れるともなく
燈火を
点るようになりましたのです。爺さんも
何処へ行って飲んで来たものと見え、部屋へ入って寝込んで了いました。台所が済むと、私は奥様の
御徒然が思われて、御側を離れないようにしました。時々雪の中を通る荷車の音が寂しく聞える位、
四方は

として、沈まり返って、戸の外で雪の積るのが思いやられるのでした。御一緒に
胡燵にあたりながら、奥様は例の小説本、私は古足袋のそそくい、長野の御噂さやら歯医者の御話やら移り移って盗賊の噂さになりますと、奥様は急に寂しがって、
「どうしたろう、爺さんは」
「もう
最前に寝て了いました」
「おや、そう、早いことねえ。お前戸じまりをよくしておくれ。泥棒が
流行るッて言うよ」
と、二人で
恐がっておりますと、誰か来て戸を
叩く音が聞えました。「はてな、今時分」と、ついと私は立って参りまして、表の戸を明けて見れば
||一面の
闇。
仄白い夜の雪ばかりで誰の影も見えません。
暫く
佇立んでおりましたが、「晴れたな」と口の中で言って、二
歩三
歩外へ
履出して見ると、ぱらぱら冷いのが
襟首のところへ
被る。
「あれ、降ってるのか」と私は軒下へ
退いて、思わず髪を
撫でました。暗くはあるが、低い霧のように灰色に見えるのは、
微い雪の降るのでした。往来の
向で道を照して行く人の小
提灯が、積った雪に映りまして、その光が花やかに明く見えるばかり。
私は戸を閉めて
暫時庭に立っていますと、外からコトコトと戸を叩く音がする。下駄の雪を落す音が聞える。一旦閉めた戸を
復た開けて、「
誰方」と声を掛けて見ました。誰かと思えば
||美しい
曲者。
「奥様、桜井さんがいらっしゃいましたよ」
と、早速
申上に参りましたら、奥様は不意を打たれて、耳の根元から襟首までも
真紅になさいました。物の蔭に逃隠れまして、急には御見えにもなりませんのです。この雪ですから、歯医者の外套は
少許払った位で落ちません。それを脱げば着物の裾は
濡れておりました。いつもの様に御履物を隠して、奥様の御部屋へ御案内をしますと、男はがたがたと震えておりましたのです。
先ず濡れたものを脱がせて、奥様は男に御自分の裾の長い御召物を出して着せました。それは
本紅の胴裏を附けた
変縞の糸織で、八つ口の開いた女物に袖を通させて、折込んだ広襟を後から直してやれば、
優形な色白の歯医者には似合って見えました。奥様は左からも右からも眺めて、
恍惚とした目付をなさりながら、
「お定、よく御覧よ。まあ、それでも御似合なさること。まるで桜井さんは女のように御見えなさるんだもの」
と仰って、私の手を握りしめるのです。
私は歯医者から美しい
帯上を頂きました。
奥様の御
差図で、葡萄酒を
胡燵の側に運びまして、
玻璃盞がわりには京焼の茶呑
茶椀を上げました。静な上に暖で、それは
欺されたような、夢心地のする陽気。年の内とは言いながら梅も
咲鶯も鳴くかと思われる程。猫まで浮れて出て行きました。私は次の間に
退って、春の夜の夢のような恋の御物語に聞惚れて、唐紙の
隙間から
覗きますと、花やかな
洋燈の光に映る奥様の夜の御顔は、その晩位御美しく見えたことは有ませんでした。奥様があの
艶を
帯った目を細くなすって葡萄酒を召上るさまも、歯医者が例の細い白い手を振って楽しそうに笑うさまも、よく見えました。御物語も深くなるにつけ、昨日の御心配も、明日の御
煩悶も、すっかり忘れて御了いなすって、御二人の
口唇には
香油を塗りましたよう、それからそれへと御話が
滑みました。歯医者は桜色の顔を
胡燵に
擦りつけて、
「奥さん」
「あれ
復た。後生ですから『奥さん』だけは
廃して頂戴よ」
こころやすだてから出たこの御言葉は、言うに言われぬほど男の心を嬉しがらせたようでした。男は一寸舌なめずりをして、酒に乾いた口唇を動かしながら、
「酔った。酔った。何故こんなに酔ったか解らない」
「だっても
御酒を召上ったんでしょう」奥様は笑いました。
「少ばかりいただいて、手までこんなに紅くなるとは」
と出して見せる。
「でも、御覧なさいな、私の顔を」
と奥様は
頬に掌を押当てて御覧なさいました。
「貴方はちっとも紅く
御成なさらない。紅くならないで
蒼くなるのは、御酒が強いんだって言いますよ。
||貴方はきっと御強いんだ」
「よう御座んす。
沢山仰い」と奥様はすこし甘えて、「ですがねえ、桜井さん、私は
何程酔いたいと思っても、苦しいばかりで酔いませんのですもの」
男は奥様の御言葉に打たれて、黙って奥様の美しい目元を
熟視ました。奥様は障子に映る男の影法師を暫く眺めていらっしゃるかと思うと、急に御自分の後を振返って、物を探る手付で宙を
掴んで御覧なさいました。
恐怖は御顔へ顕れました。やがて、すこし震えて男の傍へ
倚添いながら、
「何時までもこうして二人で居られますまいかねえ。
噫、居られるものなら好けれど」
と
沈る。男は
歎息を
吐くばかりでした。奥様も萎れて、
「私はもう御目にかかれるか、かかれないか、知れないと思いますわ。あの
昨夜の
厭な夢、
||どうして私はこんな
不幸な
身に生れて来たんでしょう。若しかすると、私は近い内に死ぬかも
······もう御目にかかれないかも
······知れません」
「また、つまらんことを。夢という奴は宛になるもんじゃなし」
「そう貴方のように仰るけれど、女の身になって御覧なさい
||違いますわ。ああ、もういやいや、そんな話は
廃しましょう」と奥様は気を変えて、「何時でしたっけねえ、始て貴方に御目にかかったのは。ネ、去年の五月、ホラ磯部の温泉で
||未だ私がここへ
嫁いて来ない前
······」
「おおそうそう、
月参講の連中が大勢泊った日でしたなあ。御一緒に青い梅のなった樹の蔭を歩いて、あの時、ソラ
碓氷川で
清い声がしましたろう。貴方がそれを聞きつけて、『あれが
河鹿なんですか、あらそう、
蜩の鳴くようですわねえ』と仰ったでしょう」
「覚えていますよ。それから岡へ上って見ると、
躑躅が一面に咲いていて。ネ、私は坂を歩いたもんですから、息が切れて、まあどうしたら
好ろうと思っていると、貴方が赤い躑躅の枝を折って、『この花の露を吸うがいい』と仰って、私にそれを下すったでしょう」
[#「」」は底本では「』」]「あの時は又た能く歩きましたなあ。貴方も
草臥、私も草臥、二人で岡の上から眺めていると、遠く夕日が沈んで行くにつれて空の色がいろいろに変りましたッけ。水蒸気の多い夕暮でしたよ。あんな美しい
日没は二度と見たことが有ません、
||今だに私は忘れないんです」
「あら、私だっても
······」
御二人は目と目を見合せて、昔の美しい夢が今一度
眼前を
活きて通るような御様子をなさいました。奥様は茶呑茶椀を取上げて、
「さ、も一つ召上りませんか」
「沢山」
「そう、そんなら私頂きましょう」
「え、召上るんですか。
||然し、もう
御廃しなさいよ」
「何故、私が酔ってはいけませんの」
「貴方のは無理な御酒なんだから」
「それじゃ未だ私の心を
真実に
御存ないのですわ。私はこうして酔って死ねば、それが何よりの本望ですもの」
無理やりに葡萄酒の
罎を
握ませて、男の手の上に御自分の手を持添えながら、茶呑茶椀へ注ごうとなさいました。御二人の手はぶるぶると
戦えて、酒は
胡燵掛の上に
溢れましたのです。奥様は目を
閉って一口に飲干して、御顔を
胡燵に押宛てたと思うと、忍び音に御泣きなさるのが絞るように悲しく聞えました。唐紙に身を寄せて聞いて見れば、私も胸が込上げて来る。男は奥様を抱くようにして、御耳へ口をよせて
宥め
賺しますと、奥様の御声はその
同情で
猶々底止がないようでした。私はもう
掻毟られるような
悶心地になって聞いておりますと、やがて御声は
幽になる。
泣逆吃ばかりは時々聞える。時計は十時を打ちました。茶を熱く入れて
香のよいところを御二人へ上げましたら、奥様も乾いた
咽喉を
霑して、すこしは
清々となすったようでした。急に、表の方で、
「御願い申しやす」
それは
酔漢の声でした。静な雪の夜ですから、濁った
音声で
烈しく呼ぶのが
四辺へ響き渡る、思わず三人は顔を見合せました。
「誰だろう」と奥様は
恐がる。
「御願い申しやす、御休みですか」
歯医者はもう
蒼青になって、酒の酔も覚めて了いました。震えながらきょろきょろと見廻して、目も
眩んだようです。逃隠れをしようにも、裾の長い着物が足
纏いになって、物に
躓いたり、
滑ったりする。罎は
仆れて残った葡萄酒が畳へ流れました。
半信半疑で聞いていた私も、三度呼ばれて見れば、はッと思いました。
父親の声に相違ないのです。
「奥様、
吾家の
御父さんで御座ますよ」
奥様は
屏風の蔭にちいさくなっていた男の手を執って、押入のなかに忍ばせました。私は立って参りまして表の戸を開けながら、
「御父さん、何しに来たんだよ
······今頃」
「はい、道に迷ってまいりやした」と舌も
碌々廻りません様子。
「仕様がないなア、こんなに遅くなって人の家へ
無暗に入って来て」
親とは言ながら奥様の手前もあり、私は面目ないと
腹立しいとで
叱るように言いました。もう奥様は其処へいらしって、
燈火に御顔を
外向けて立っておいでなさるのです。
「お定の御父さんですか」
「
否、そうじゃごわしねえ。
私は東京でごわす」
と
恍け顔に言
淀んで、見れば手に提げた
菎蒻を庭の
隅へ置きながら
蹣跚と其処へ倒れそうになりました。
「これ、さ、そんな処へ寝ないで早く
御行よ」
「まあ、いいから其処へ暫く休ませて
遣るが
好やね」
「こんなに酔ったと言っちゃ寝てしまって仕方がありません。これ、
御行よ」
「そこですこし御休みなさい」
「はい」と
父親は
上框へ腰を掛けながら、
「私はお定さんに惚れて来やした」
「早く
去っとくれよ。こんなに遅くなって人の家へ酔って来たりなんかして」
「そう言うな。
十月余も逢わねえじゃねえか。顔が見たくはねえか
······」
奥様は炉辺の
戸棚を開けて、
玻璃盞を探しながら、
「水でも一つ上げましょう」
「見ろ、奥様はあの通り親切にして下さる、
······時にお定、今幾時だ」
「十二時」と私は
虚言を
吐いてやりました。
「なに、十
······」と
険しい声で、
「十一時半」
「さあ水を御上り」と奥様はなみなみ注いだのを下さる。
「難有うごわす。ええ、ぷ、
私は今夜芸者
······を買って、四五円くれて了った。
復、私はこれから行って、
······そ、そ、その、飲もうというんで」
「大変酔ったものだね」
「これ、早く御帰りよ。まるでその
姿は
雫じゃないか、
||傘も持たず」
「
洋傘は買ったけれども、美代助にくれて来やした。ええ、ぷ、
······なあ
奥様、一服頂戴して」
「煙草なんか呑まなくても
好から、さっさと
御行」
「さあ、煙草盆を上げますよ」
と出して下さる。その御顔を眺めて、父親は
甘そうに一服頂いて、
「よう、奥様は未だ若えなア。
旦那様は
||私旦那様の御顔も見て行きたい」
「旦那様は御留守だよ」と私が横から。
「幾時だ」と
復尋ねる。
「十一時半。
主家じゃもう十時になれば寝るんだよ。さあ、さっさと御帰りよ」
「水を、も一つ上げましょう」
「沢山、もう頂きました」
「すこし
沈静いたら、今夜は早く御帰りなさい。お定もああして心配していますから、ね、そうなさい」
「はい。はい。さあこれから行って復た芸者を揚げるんだ。六区へでも行かずか」
「さあ、そうだ、そうなさい」
「これは不調法を申しやした。御免なすって御くんなさい。酔えばこんなものだが、奥様、酔わねえ時は好い男だ。アハハハハハハ」
と、よろよろしながら立上りました。
「おやすみ、おやすみ」と
可笑な調子。
「何だねえ、
確乎して
御行よ」と私は叱るように言いまして、
菎蒻を提げさせて外へ送出す時に、「まあ、ひどい雪だ
||気を
注けて御行よ」と小声で言いました。
「お、や、す、み」
と歌のように調子をつけながら、千鳥足で出て行く。暫く私は門口に
佇立んで後姿を見送っておりますと、やがて
生酔の
本性を顕して、急にすたすたと雪の中を歩いて行きました。見れば
腰付から足元からそれ程酔ってはいないのです。父親は直ぐ闇に隠れて見えなくなって了いました。
ホッと一息
吐いて、私は御部屋へ参って見ますと、押入のなかに隠れた人は頭かきかき
苦笑をしておりました。私は御気毒にもあり、御恥しくもあり、奥様の御傍へ寄添いながら、
「御父さんは上りにくいもので御座ますから、あんな酔った振をして、
恍けて参ったんで御座ます」
「お前に逢い
度からさ」
「私が
是方へ上る時に、『
己も一諸に行こう』と申しますから、誰がそんな人に行って貰うもんか、旦那様の御家へなんぞ来るのは
止しとくれ、と言って遣りましたんで御座ます」
「逢い度ものと見えるねえ」
「『十月余も逢わねえじゃねえか、顔が見たくはねえか』なんて申しましたよ。馬鹿な、誰があんな酔ぱらいに逢い度もんか」
「
御母さんも心配していなさるだろうよ」
と言われて、私は逢いに来た
父親よりも、逢いに来ない
母親の心が恋しくも哀しくも思われました。歯医者は
熟と物を考えて、思い沈んでおりましたのです。奥様はその顔を覗くようになすって、
「桜井さん、何をそんなに考込んでいらっしゃるの」
「成程
||さすがは親だ」
「大層感心していらっしゃるのねえ」
「人情という奴は乙なものだ。
······そうかなあ」
「何が、そうかなあですよ」
「難有い」
「ホホホホホ」
「そういうものかなア」
「あれ、
復」
「そうだ、もう半年も手紙を遣らない」
「
誰方のところへ」
「なにも私は御恩を忘れて御
無沙汰をしてるんじゃ無いけれど
······」
「まあ、
好笑いわ」
「つい、
多忙くッて手紙を書く暇も無いもんだから」
「貴方、何を言っていらっしゃるの」
「え、私は何か言いましたか」
「言いましたとも。もう半年も手紙を遣らないの、御恩を忘れはしないの、手紙を書く暇がないのッて、
||必と
······思出していらっしゃるんでしょう」と奥様は私の方へ御向きなすって、
「ねえ、お定、桜井さんは御
容子が
好っていらっしゃるから
······」
「止して下さい。貴方はそう
疑り深いから厭さ」と男はすこし
真面目になって、「こうなんです
||まあ、聞いて下さい。私には義理ある先生が有ましてね、今
下谷で病院を開いているんです。私もその先生には、どんなに御世話に成ったもんだか知れません。全く、先生は私を子のように思って、案じていて下さるんで。私がこれまでに成ったというのも、先生の御蔭ですからね。ですから、『貴様は友達の出世するのを見ても羨ましくはないか、
悪
も好加減にしろ』なんて
平素御小言を頂戴するんです。
······先生の言う通りだ
||立身、出世、私はもうそんな考が無くなって了った。私の心を占領してるのは
······貴方、貴方ばかりです。ああ、昔の
友人と競争した時代から見ると、私も余程これで変ったんですなア」
と言って、
稍暫時奥様の御顔を見つめておりましたが、やがて、思付いたように立上りました。見れば今まで着ていた裾の長い糸織を脱いで、自分の着物に着替えようとしましたから、奥様も不思議顔に、
「何故、それを着ていらっしゃらないんですか」
「なんだか私は
······こう急に気分が悪く成りましたから、今夜は帰ります」
「お帰りなさるたッて、このまあ雪に
······。貴方の着物は未だ乾かないじゃ有ませんか」
「なあに、構いません。
尻端を折れば大丈夫」
「まあ、
真実に御帰りなさるんですか。それじゃ、あんまりですわ
······」
歯医者は
躊躇して、帽子を
拈っておりましたが、やがて
萎れて坐りました。
「無理に御留め申しませんから
······もう少し居て下さいな」
「然し、またあんまり遅くなると
······」
「遅くなったって好じゃありませんか。まあもうすこし」
「そう仰らずに、今夜だけは帰して下さい」
「そんなら、もう二十分」
誰言うとなく、いつ伝わるともなく、奥様の浮名が立ちました。
万御注進の髪結が煙草を呑散した揚句、それとなく匂わせて笑って帰りました時には、今まで気を許していらしった奥様も考えて、薄気味悪く思うようになりました。銀行からは毎日のように旦那様の御帰を聞きによこす。長野からも
御便が有ました。御客様は外の御連様と別所へ
復廻とやらで、旦那様よりも御帰が一日二日遅れるということでした。それは短い御手紙で、鼠色の
封袋に入れてありましたが、さすが御寂しいので奥様も繰返し読んで御覧なすって、その御手紙を見ても旦那様の不風流な御気象が解ると仰いました。いよいよ御帰という前の日、奥様は物を御調べなさるやら御隠しなさるやらで、気を御揉みなさいましたのです。
肌身離さず御持なすった写真が有ました。それは男に
活写し、
判は
手札形とやらの
光沢消で、生地から思うと
少許尤らしく
撮れてはいましたが、根が
愛嬌のある
容貌の人で、写真顔が又た引立って美しく見えるのですから、殿方ならいざ知らず、女に見せては誰も
悪むものはあるまいと思う程。頬の肉付は
豊麗として、眺め入ったような目元の愛くるしさ、
口唇は動いて物を
私語くばかり、真に迫った半身の像は田舎写真師の
技では有ませんのです。奥様はそれを隠す場処に困って、机の引出へ御入れなさるやら、針箱の糸屑の下へ御納いなさるやら、箪笥の着物の底へ押込んで御覧なさるやら、まだそれでも気になって取出しました。壁に高く掛けてありました
細な女文字の額の蔭に隠しても、何度かその下を歩いて御覧なすって、未だ御安心になりませんのです。この小な写真一枚の置処が有ません。
終には御自分の
懐に
納れて、帯の上から撫でて御覧なさりながら、御部屋の内をうろうろなさいました。
文箱の中から出ましたのは、
艶書の束です。奥様は
可懐そうにそれを
柔な頬に
磨りあてて、一々
披げて読返しました。中には草花の色も
褪めずに押されたのが入れてある。奥様は残った花の香を
嗅いで御覧なすって、
恍惚とした御様子をなさいました。旦那様に見られてはならないものですから、その艶書は一切引裂いて捨てて御了いなさる御積でしたが、さて未練が込上げて、揉みくちゃにした紙を復た
[#「復た」は底本では「腹た」]延して御覧なすったり、裂いた
片を
繋合わせて御覧なすったりして
||よくよく
御可懐と思召すところは、丸めて、飲んで御了いなさいました。
「
屑屋でござい。紙屑の御払はございませんか」
と呼んで来たのを幸、すっかり
掻浚って、
籠に
積った紙屑の中へ突込んで売りました。屑屋は大な財布を出して、銭の音をさせながら、
「へえ、毎度難有う存じます。それでは三銭に頂戴して参ります」
と言って、銅貨を三つ置いて行きました。
その日は奥様も思い沈んで身の行末を案じるような御様子。すこし
上気せて、鼻血を御出しなさいました。御気分が悪いと仰って、早く御休みになりましたが、その晩のように寝苦しかったことも、夢見の悪かったことも、今までに無い
怖しい目に御出逢なすったと、翌朝になって伺いました。
落々御休みになれなかったことは、御顔色の
蒼めていたのでも知れました。奥様の御話に、その晩の夢というのは、こう
林檎畠のような処で旦那様が静かに御歩きなすっていらっしゃると、
密と影のように御傍へ寄った者があって、何か
耳語をして申上げたそうです。すると、旦那様は大した御立腹で、
掴掛かるような勢で奥様を追廻したというんです。奥様は二度も三度も
捕りそうにして、
終には御召物まで脱捨てて、
裸体になって御逃げなすったんだそうです。いよいよ林檎畠の隅へ追い詰められて、樹と樹との間へ御身体が
挟って了って、もう絶体絶命という時に御目が覚めて見れば
||寝汗は御かきなさる、枕紙は
濡れる、
御寝衣はまるで
雫になっておったということでした。一体、奥様は私共の夜のようじゃ無い、一寸した
仮寝にも直ぐ夢を御覧なさる位ですから、それは夢の多い
睡眠に長い冬の夜を御明しなさるので、朝になっても又た
克くそれを忘れないで御話しなさるのです。「私の一生には夢が附
纏っている」と、よく仰いました。こういう風ですから、夢見が
好につけ、
悪につけ、それを御目が覚めてから気になさることは一通りで無いのでした。奥様は今までが今までで、言うに言われぬ弱味が御有なさるのですから、御心配のあまり、私までも御疑いなさるような
言を二度も三度も仰いました。奥様は短い一夜の夢で、長い間の味方までも御疑いなさるように成ましたのです。
||風雨待つ間の小鳥の目の
恐怖、胸毛の乱れ、脚の
戦慄、それはうつして奥様の今の場合を
譬えられましょう。
三番の
上汽車で旦那様は御帰になりました。御茶を召上りながら長野の雪の御話、いつになく奥様も打解けて御側に
居っしゃるのです。私は買物を言付かって、出掛しなに縁を通りますと、御話声が障子越に
洩れて来る、
||どうやら私のことを御話しなさる御様子。
立竦んで息を殺して聞いて見ました。奥様はこんなことを旦那様に御話しなさるのでした。さ、その御話しというのは、あれも
紛失った、これも紛失った、針箱の引出に入れて置いた紫縮緬の半襟も紛失ったと御話しなさいました。どうも変だと
思召して私の風呂敷包の中を調べて見ると、その半襟やら帯上やら指輪やらが出て来たと御話しなさいました。私が井戸端で御主人の蔭口を
利いて、いらざる事を言触らして歩いたと御話しなさいました。それから、又、私が
我儘に成ったことから、或時なぞは牛乳配達の若い男が後から私の首筋へ抱着いたところを見たものがあると御話しなさいました。もうもう私の増長したのには
呆れて了った、
到底私のような
性の悪い女は奥様に
役えないということを御話しなさいましたのです。
私は
全身耳でした。
「何だ、そんな高い声をして
||聞えるじゃないか」と言うのは旦那様の御声。
「
否、使に行って居りませんよ」
「その話は今止そう。私は非常に忙しい身だ。これから直ぐに銀行へ出掛けなくちゃならないんだ。
······なにしろ、そんな者には早く暇をくれて了うがいい」
と言捨てて、旦那様は御立ちなさる御様子。
私は呆れもし、恐れもしました。油断のならぬ世の中。奥様のあの美しい
朱唇から、こんな御言葉が出ようとは私も思掛ないのです。浅はかな、御自分の罪の露顕する怖しさに、私を邪魔にして追出そうとは
||さてはと前の日の夢の御話も思当りました。私は表へ飛出して、夢中で雪道をすたすたと歩いて、何の買物をしたかも分らない位。風呂敷包を
抱〆て、口惜しいと腹立しいとで震えました。主人を
卑すという心は一時に
湧上る。今まで、美しいと思った御自慢の御器量も、
羨しいと思った
華麗な
御風俗も、奥様の身に附いたものは一切卑す気に成りました。怒の情は今までの心を振い落す。御恩も、なさけも、思う暇が有ません。もうその時の私は、
藁草履穿いて、土だらけな黒い足して、
谷間を
馳歩いた柏木の昔に帰って了いました。私は
野獣のような荒い佐久女の本性に帰って、「御母さん、御母さん」と
目的もなく呼んで、相生町の通まで歩いて参りました。
橋の
畔に
佇立んで往来を眺めると、雪に濡れた名物
生蕎麦うんどんの旗の下には、人が黒山のように
群っておりました。雪を
払いていた者は
雪払を
休める、黄色い真綿帽子を冠った旅人の群は立止る、岩村田
通の馬車の
馬丁は
蓙掛の馬の
手綱を引留めて、身を横に後を振返って眺めておりました。その内に、子守の群が叫びながら馳けて来て、言触らして歩きます。聞けば、
千曲川へ身を投げた若い女の
死骸が引上げられて、今蕎麦屋の角まで
担がれて来たとの話。一人の子守が「菊屋に奉公していた下女」と言えば、一人が「柏木から来たおつぎさんよ」と言う。さあ、往来に立っている群のなかには
噂とりどり。「今年は、めた水に
祟る
歳だのう、こないだも工女が二人河へ
入って死んだというのに、
復、こんなことがある」「
南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏」「オイ何だい、
情死かね」「情死じゃアねえが、大方
痴戯の
果だろうよ」「いや、菊屋のかみさんが
残酷からだ、
以前もあそこの下女で井戸へ飛んだ者がある」などと言騒いでおります。死骸を担いだ人々が坂を上って来るにつれて、おつぎさんということは確に成りました。おつぎさん
||ホラ、春雨あがりの日に井戸端で行逢って、私に
調戯って通った女が有ましたろう。その時、私が水を掛ける
真似をしたら、「
好御主人を持って御
仕合」と言って、御尻を
叩いて笑った女が有ましたろう。
丁度、日の光が灰色な雲の間から照りつけて、相生町通の草屋根の雪は大な
塊になって溶けて落ちました。積った雪は
烈しい光を含んで、ぎらぎら輝きましたから、目も
羞明しく痛い位、はっきり
開いて見ることも出来ませんのでした。白く
降埋んだ往来には、人や馬の通る
痕が
一条赤く
染いている
||その
泥交りの雪道を、おつぎさんの凍った身体は
藁蓆の上に載せられて、巡査
小吏なぞに取囲まれて、静に担がれて行きました。
薦が
被けて有りましたから、死顔は見えません、濡乱れた黒髪ばかり顕れていたのです。
それは胸を打たれるような
光景でした。同じ奉公の身ですもの、何の心も無しに見てはおられません。私はもう腹立しさも口惜しさも
醒めて、寂しい悲しい気に成ました。
娘盛に思いつめたおつぎさんこそ不運な人。女の身程悲しいものは有りません。変れば変る人の身の上です。
僅か小一年ばかりの間に、おつぎさんのこの変りようはどうでしょう。おつぎさんばかりでは有りません。旦那様も変りました。奥様も変りました。定めし
母親も変りましたろう。妹や弟も変りましたろう。
||私とてもその通り。
全く私も変りました。
道々私は自分で自分を考えて、今更のように心付いて見ると、御奉公に上りました頃の私と、その頃の私とは、自分ながら別な人のようになっておりましたのです。
華美な
御生活のなかに住み慣れて、知らず知らず奥様を見習うように成りましたのです。思えば私は自然と
風俗をつくりました。ひっつめ
鬢の昔も子供臭く、
髱は出し、前髪は幅広にとり、鏡も暇々に眺め、
剃刀も内証で
触て、長湯をしても叱られず、思うさま
磨き、爪の
垢も奇麗に取って、すこしは見よげに成ました。奥様から頂いた
華美な
縞の着古しに
毛繻子の
襟を掛けて、
半纏には
襟垢の附くのを気にし、帯は撫廻し、豆腐買に出るにも小風呂敷を
被けねば物恥しく、酢の
罎は袖に隠し、
酸漿鳴して、ぴらしゃらして歩きました。柏木の友達も土臭く思う頃は、母親のことも忘れ勝でした。さあ、私は自分の変っていたのに呆れました。勤も、奉公も、苦労も、骨折も、過去ったことを
懐いやれば、残るものは後悔の冷汗ばかりです。
こういうことに思い
耽って、夢のように歩いて帰りますと、奥様は頭ごなしに、
「お前は何をしていたんだねえ。まあ本町まで使に行くのに一時間もかかってさ」
と
囓付くように仰いました。その時、私は奥様と目を見合せて、言うに言われぬ
嫌な気持になりましたのです。怒った
振も
気取られたくないと、物を言おうとすれば声は
干乾びついたようになる、
痰も
咽喉へ引懸る。
故と
咳払して、
可笑くも無いことに
作笑して、猫を冠っておりました。
その晩は、まんじりともしません。始めて奉公に上りました頃は、昼は働に紛れても、枕に就くと
必と柏木のことを思出すのが癖になって、「御母さん、御母さん」と
蒲団のなかで呼んでは寝ました。次第に柏木の空も忘れて、
母親の夢を見ることも
稀に成りました。さ、その晩です。
復た私の心は柏木の方に向きました。その晩程母親を恋しく思ったことは有ません。
唐草模様の敷蒲団の上は、何時の間にか柏木の
田圃側のようにも思われて、
蒲公英が黄な花を持ち、地梨が紅く咲いた草土手を枕にして、青麦を渡る風に髪を
嬲らせながら、空を通る浅間の
鷹を眺めて寝そべっているような楽しさを考えました。夜も
更けて来るにつれ、寝苦しく物に襲われるようで、戸棚を
囓る鼠も怖しく、遠い人の叫とも寂しい水車の音とも
判かぬ冬の夜の声に身の毛が
弥立ちまして、一旦吹消した豆
洋燈を点けて、暗い枕
許を照しました。何度か寝返を打って、
||さて眠られません。青々とした
追憶のさまざまが、つい昨日のことのように
眼中に浮んで来ました。もう私の心にはこの
浮華な御家の
御生活が羨しくも有ません。私は柏木のことばかり思続けました。
流行謡を唄って
木綿機を織っている時、
旅商人が
梭の
音を賞めて通ったことを
憶出しました。岡の畠へ通う道々妹と一緒に摘んだ
野苺の黄な実を憶出しました。楽しい
菱野の薬師参を憶出しました。大酒呑の
父親が夕日のような紅い胸を憶出しました。父親と母親とで恐しい夫婦
喧嘩をして、母親が「さあ、殺せ、殺すなら殺せ」と泣叫んだことも憶出しました。
終には私が七つ八つの頃のことまで
幽かに憶出しました。すると熱い涙が流れ出して、自分で自分を思いやって泣きました。髪は濡れ、枕紙も湿りましたのです。思い
労れるばかりで、つい
暁まで目も合いません。物の
透間が
仄白くなって、戸の外に雀の寝覚が鈴の鳴るように聞える頃は、私はもう起きて、汗臭い身体に帯〆て、釜の下を
焚附けました。
私も奥様に
蹴られたままで、追出される気は有ません。身の明りを立てた上で、
是方から御暇を貰って出よう、と心を決めました。あまりといえば
袖ない奥様のなされかた、
||よし不義のそもそもから旦那様の御耳に入れて、御気毒ながらせめてもの
気晴に、奥様の計略の裏を掻いてくれんと、私は女の本性を顕したのです。もうその朝は
復讐の心より外に残っているものは無いのでした。
炉に掛けた
雪平の牛乳も白い泡を吹いて煮立ちました頃、それを
玻璃盞に注いで御二階へ持って参りますと、旦那様は御机に
倚凭って例の御調物です。御机の上には前の奥様の古びた御写真が有ました。旦那様もこの頃はそれを取出して、昔恋しく御眺めなさるのでした。とうとう私は何もかも
打明けて申上げましたのです。急に旦那様は御顔色を変えて、召上りかけた牛乳を御机の上に置きながら、
「むむ、分った、分った。お前の言うことは
能く分った」
と寂しそうに御笑なすって、湧上がる胸の
嫉妬を隠そうとなさいました。御顔こそ御笑なすっても、深い
歎息や
玻璃盞を御持ちなさる手の
戦慄ばかりは隠せません。やがて、一口召上って、
御独語のように、
「然し、元はと言えば
乃公の
過りさ。あれが来てから一年と経たない内に、もう乃公は飽いて了った。その
筈だろう
||あれとは年も違い、考も違う。まるで
小児も同然だ。そんな者と話の合いようが無かろうじゃないか。
噫、年
甲斐もない、
妻というものは
幾人でも取替えられる位の了見でいたのが大間違。二度目となり、三度目となれば、もう
真実の結婚とは言われない。若いうちから長く一緒に居たものは、自分の経歴も知っていてくれるし、自分の
嗜好も知っていてくれるし
······。お前が乃公のとこへ来てくれた時分は、乃公もあれを喜ばせたいばっかりに
事業をした。この節はあれを忘れよう
······忘れようで事業をしているのだ。あれの
不埓は乃公も薄々知ってはいた。知って今まで
堪えていたというのも
······その乃公の心持は
······アハハハハハハハ。こんなことをお前に話したところで始まらないなア。あれの
御父さんも御出なすったし、幸い一緒に連れて帰って貰う積りで、わざわざ長野までも出掛けては見たが、さて御父さんの顔を見ると
||ああいう
好人物だからなア、どうしても乃公にそんな話が出来ないじゃないか」と気を変えて、一段御声を低くなすって、「これはもうこれっきりの話だが、お前もそう言うからには何か証拠があるのかい。証拠がなくちゃ駄目だ。なあ、そうじゃないか。お前は何にも証拠がなかろう。だから、お前に一つ折入て頼みがある。お前が言う通り、桜井がこの節は毎日のように乃公の留守を
附狙って入込むという証拠には、どうだ二人で
出逢をしているところを乃公に見せてはくれまいか。きょうは赤十字社の北佐久総会というのがあるから、乃公は其処へ出掛る
振をして、お隣の小山さんに話している。よしか。桜井が来たらば、直に乃公の処へ知らしてくれ。お前の役はそれで済むんだ。そうしてお前はとにかく一旦柏木へ御帰り。お前がこれまで能く勤めてくれたのには、乃公も実に感心している。いずれ乃公の方からお前の
御母さんの処へ
沙汰をして、悪いようにはしないから」
「難有うぞんじます」
丁、
丁、
丁と
梯子段を上って来る人の気配がしました。旦那様は急に写真を机の引出へ御隠しなすって、一口牛乳を召上りました。白い
手
で御口端を
拭きながら、聞えよがしの高調子、
「さあ、今日は忙しいぞ」
丁度その日は冬至です。山家のならわしとして冬至には
蕗味噌と
南瓜を祝います。幸い秋から残して置いた
縮緬皺のが有ましたから、それを
流許で用意しておりますと、花火の上る音がポンポン聞える。私はいそいそとして、物を仕掛けてはついと立って勝手口の木戸を出て
眺めました。見れば
萌初めた柳の色のような煙は青空に残りまして、
囃立てる小供の声も遠く聞えるのでした。
軒並に懸る赤十字の
提灯、金銀の短冊、紅白の
作花には時ならぬ春が参りましたよう。北佐久総会とやらの式場は、つい東隣の小学校の広い運動場で、その日は小諸
開闢以来の
賑いと申しました位。前の日から紋付羽織に
草鞋掛という連中が入込んでおりましたのです。長野から来た楽隊の一群は、赤の服に赤の帽子を冠って、大太鼓、小太鼓、
喇叭、笛なぞを合せて、調子を
揃えながら町々を練って歩きました。赤い織色の
綬に丸形な銀の
章を胸に光らせた人々が続々通る。巡査は剣を鳴して
馳廻っておりました。島屋の若旦那、荒町の亀惣様、本町の藤勘様、越後屋の御総領、三浦屋の御次男、いずれも羽織
袴の御立派な御様子で御通りになりました。歯医者は
割笹の三つ紋で、焦茶色の中折を冠りまして、例の細い優しい手には
小豆皮の手袋を
着めて参りました。急いで歩いて来たものと見え、暫らく
土塀の傍に立って息を吐きましたが、能く見れば目の縁も紅く泣
腫れて、色白な顔が
殊更いじらしく思われました。姿の美しい男は怒れば怒ったでよし、泣けば泣いたでよく見えるものです。情を含んだ目元は奥様に逢いたさで輝いて、何もその外のことは
御存ない様子が、
反っていたわしくも有ました。いつ見ても、
悪めないのはこの人です。早く人目に懸らぬうちと、私は歯医者を勝手口から忍ばせて、木戸を閉めました。
「お定さん、今日は大層
賑だね」
「まあ、人が出ましたじゃ御座ませんか」
「お前さん、どうしたの。なんだか蒼い顔してるね」
「御寒いからです」
「寒けりゃ女は蒼くなるものかね。私は今まで赤くなるとばかり思ってた。いいえ、
戯言じゃないよ。全くこう寒くちゃ遣切れない。手も何も
凍かんで了う。時に、あの何は
||大将は
······」
「旦那様ですか。もう
最前に
御出掛に成りました。貴方、奥様は
先刻から御待兼で御座ますよ」
歯医者は
少許顔を紅くして勝手口から上りました。続いて私も上りまして、炉に掛けて置いたお鍋の蓋を執って見ますと、
南瓜は黄に煮え砕けてべとべとになりましたが、奥様の好物、早速の御茶菓子代り、小皿に盛りまして、
蕗味噌と一緒に御部屋へ持って参りました。奥様は思いくずおれて男とおさしむかい、薄化粧した御顔のすこし
上気せて耳の根元までもほんのり桜色に見える御様子の
艶かさ、南向に立廻した銀
屏風の
牡丹花の絵を後になすって、御物語をなさる有様は、言葉にも尽せません。伏目勝に、細く白い手を帯の間へ差込んでおいでなさいましたから、美しい
御髪のかたちは
猶よく見えました。言うに言われぬ
薫は御部屋のうちに匂い満ちておりましたのです。怒と恨とで燃えかがやいた私の目ですら、つい
見恍れずにはいられません位。はっと心付いて私は御部屋を出ました。
||もう奥様の御運は私の手の中に有ましたのです。
さすがに私も台所に立って考えました。
これを旦那様に申上げたら、事の破れはさてどうなるだろう。
耐えに耐えた旦那様の御怒が一旦洪水のように切れようものなら、まあその勢はどんなであろう。
平常御人の好い旦那様のような御方が御
立腹となった日には、どんな恐しいことをなさるだろう。とこう想い浮べましたら、
遽に身の毛が
弥起って、手も足も烈しく震えました。ふらふらとして其処へ
仆れそうにもなる。とても
躊躇わずにはいられませんのでした。私は見えない先のことに恐れて、上草履を鳴らしながら板の間を歩いて見ました。
冬の光は
明窓から寂しい台所へさしこんで、手慣れた勝手道具を照していたのです。私は名残惜しいような気になって、思乱れながら眺めました。二つ
竈は黒々と光って、角に
大銅壺。火吹竹はその前に横。
十能はその側に縦。火消
壺こそ物言顔。暗く
煤けた土壁の隅に寄せて、二つ並べたは漬物の
桶。棚の上には、伏せた鍋、起した壺、
摺鉢の隣の箱の中には何を入れて置いたかしらん。棚の下には味噌の
甕、
醤油の
樽。釘に懸けたは
生薑擦子か。流許の氷は溶けてちょろちょろとして
溝の内へ入る。
爼板の出してあるは南瓜を祝うのです。手桶の寝せてあるは
箍の切れたのです。
※[#「竹かんむり/瓜」、U+7B1F、62-6]に切捨てた
沢菴の尻も昨日の茶殻に交って、
簓と
束藁とは添寝でした。眺めては思い、考えては迷い、あちこちと歩いておりますと、急に楽隊の音がする。大太鼓や喇叭が冬の空に響き渡って、君が代の節が始りました。台所の下駄を
穿いて裏へ出て見ますと、幾千人の群の集った式場は十字を白く染抜いた紫の幕に隠れて、内の様子も分りません。幕の後から覗く百姓の群もあれば、
柵の上に登って見ている子供も有ました。手を
拍く音が
静って一時
森としたかと思うと、やがて
凛々しい能く徹る声で、誰やらが演説を始める。言うその事柄は能く解りませんのでしたが、一言、一言、
明瞭耳に入るので、思わず私も聞惚れておりました。
丁、と一つ、軽く
背を叩かれて、
吃驚して後を振返って見ると、旦那様はもう
堪えかねて様子を見にいらしったのです。旦那様も
唖、私も唖、
手附で問えば目で知らせ、身振で話し真似で答えて、御互にすっかり解った時は、もう半分
讐を
復したような気に成りました。私も随分
種々な目に出逢って、男の嫉妬というものを見ましたが、まあその時の旦那様のようなのには二度と出逢いません。恐らく画にもかけますまい。口に出しては仰らないだけ、それが
姿に
顕れました。目は烈しい嫉妬の為に光り輝やいて、蒼ざめた御顔色の底には、
苦痛とも、
憤怒とも、
恥辱とも、
悲哀とも、
譬えようのない御心持が例の
||御持前の笑に包まれておりました。
総身の血は一緒になって一時に
御頭へ突きかかるようでした。もうもう
堪え切ないという御様子で、舌なめずりをして、御自分の髪の毛を
掻毟りました。こう申しては
勿体ないのですが、旦那様程の御人の好い御方ですら
制えて制えきれない嫉妬の為めには、さあ、男の本性を顕して
||獣のような、
戦慄をなさいました。旦那様は鶏を
狙う
狐のように忍んで、息を殺して奥の方へと御進みなさるのです。
怖いもの見たさに私も
随いて参りました。音をさせまいと思えば、
嫌に畳までが鳴りまして、余計にがたぴしする。
生憎敷居には
躓く。耳には
蝉の鳴くような声が聞えて、胸の
動悸も烈しくなりました。廊下伝いに梯子段の脇まで参りますと、中の間の唐紙が明いている。そこから南向の御部屋は見通しです。私は柱に身を寄せて、
恐怖ながら覗きました。
南の障子にさす日の光は、御部屋の内を明るくして、銀の屏風に
倚添う御二人の立姿を美しく見せました。いずれすぐれた形の男と女
||その御二人が彩色の牡丹の花の
風情を脇にして、立っていらっしゃるのですから、奥様も、歯医者も、屏風の絵の中の人でした。
儚い恋の
逢瀬に世を忘れて、唯もう慕い慕われて、酔いこがるるより外には何も御存じなく、何も御気の付かないような御様子。私は
眼前に
白日の夢を見ました。男の顔はすこし
蒼めた
頬の
辺しか分りません
||それも
陰影になって。奥様の思いやつれた
容姿は、
眉のさがり、目の物忘れをしたさまから、すこし首を
傾げて、
御頭を左の肩の上に乗せたまでも、よく見えました。御二人は燃えるような
口唇と口唇とを押しあてて、
接吻とやらをなさるところ。奥様は乳房まで男の胸に押されているようで、足の親指に力を入れて、白足袋の爪先で立ち、手は力なさそうにだらりと垂れ、指はすこし
屈め、肩も揚って、男の手を
腋の下に挟んでおいでなさいました。手も、足も身体中の
活動は一時に
息って、一切の血は春の潮の
湧立つように
朱唇の方へ流れ注いでいるかと思われるばかりでした。
あまりのことに旦那様は物も
仰らず、身動きもなさらず、唯もう御二人を後から眺めて、
不動其処へ棒立のまま
||丁度、
釘着にして了った人のように御成なさいました。
「最敬礼、最敬礼」
と丘の上の式場で叫ぶ声は御部屋の内まで響きました。
遽に、表の
格子の
開く音がして、
「只今」
と御呼びなさるのは御客様の御声。
「今、帰りましたよ」
二度呼ばれて、御二人とも目を丸くして振返る途端
||見れば後に旦那様が黙って立っていらっしゃるのです。奥様は男を
突退ける
隙も無いので、身を
反して、
蒼青に御成なさいました。歯医者は、もう仰天して
了って、
周章て左の手で奥様の
腮を押えながら、右の手で虫歯を抜くという
手付をなさいました。
誰も御出迎に参らないうちに、御客様はつかつかと上がっていらっしゃると見え、唐紙の開く音がして、廊下が
軋む。
稲妻のような
恐怖は私の頭の脳天から足の爪先まで
貫き通りました。
その時、吹き立てる喇叭や、打込む大太鼓の音が
屋の外に
轟渡りました。幾千人の群は一時に声を揚げて、
「天皇陛下万歳。天皇陛下万歳」
それは雷の鳴響くようでした。