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「享楽座」のぷろろぐ

辻潤




ダダはスピノザを夢見て

いつでも「鴨緑江節」を口吟んでいる

だから 白蛇姫に恋して

宿場女郎を抱くのである


浅草の塔が火の柱になって

その灰燼から生まれたのが

青臭い“La Varieteヴリエテ d'Epicureデピキュウル”なのだ

万物流転の悲哀を背負って

タンバリンとカスタネットを鳴らす

紅と白粉の子等よ!

君達の靴下の穴を気にするな※(感嘆符二つ、1-8-75)

ひたすら「パンタライ」の呪文を唱えて

若き男達の唇と股とを祝福せよ

怪しくもいぶかしいボドビルが

そこから生まれ落ちるだろう


民衆芸術のワンタンを喰うな

月経に汚れたブルジョア娘の下着を羨むな

それはバビロニアの王者

サルダナパロスの唾棄するところだ

帝劇と有楽座を外濠に埋めて

新しい“Follyフォリイ Varieteヴリエテ”を建設しろ

かくて常に Pimpピンプ の如き

Strikingストライキング”の憧憬者 黒瀬春吉は

一夜立花家歌子の尿を飲む夢みて

「ヴリエテ」の妄想を創造した

この時 痴呆の如き色情狂者は

賢くも「○○」のカツレツを吐き出して

阿片の紫衣をまとい 王者の姿に扮して

享楽座の舞台に登場するのである

畢竟 彼の「市場価値」は

正に見物の好奇心と角逐するであろう

ボオルとブリキの「平和博」が

腐れ弁天の池に吸い込まれ

山師の懐中に雨もりがして

尻に帆を揚げる滑稽を演じても

遂にその芸術的価値に於て

わが「享楽座」の茶番には及ばないのだ


虚無の大象に跨がり 毒々しい紅百合を嗅ぐ

サルダナパロスよ!

しばらく月光の下に汝の従順なピエロオと戯れろ その時 汝の尺八は幼稚なトロイメライを奏でて 汝の胸の冷蔵庫に秘められたドス黒い心の臓に 真赤な旋律を

点火するであろう


絶望と倦怠との餌食||

酷薄な「生命」に虐なまれる傀儡は

僅かに刹那の火花から

トマトの肌触りを[#「肌触りを」は底本では「飢触りを」]感じるのだ

ヒステリイの山犬よ 石油の空缶を早く乱打しろ!

そして幕をあげろ!!

ハッシュ!! ハッショ※(感嘆符二つ、1-8-75)






底本:「辻潤著作集2 癡人の独語」オリオン出版社


   1970(昭和45)年1月30日初版発行

※誤記等の確認に「辻潤全集」(五月書房、1982年発行)を参照した。

入力:et.vi.of nothing

校正:かとうかおり

1999年11月20日公開

2006年1月5日修正

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